10 ヤティリの悩み相談
「そんなわけで、ヤティリ。音出しの生演奏が映えるような脚本書いて欲しいんだけど」
「……」
ヤティリが普段こもっている館の中の書庫に行ってそう頼むと、彼はなぜかイーーーと歯を合わせて半眼になる。
「……なにその顔。え、ダメなの?」
「……別に、ダメじゃない」
「じゃあなんでそんな変な顔するの?」
「こ、これは別件のことで悩んでて……ちょっとすぐに思考が切り替えられないだけ……はぁ」
ヤティリはわざとらしくため息を吐くと、紙が大量に積まれた机に肘を付く。これは「話を聞いてくれ」というアピールだろうか。
「なんかあったの? 今は脚本書く時間はあるんだよね?」
九の月に劇団の初公演の脚本を書いたあと、彼は学院の演劇クラブの今年の脚本に取り掛かった。人数も多いため、クラブの脚本は大作になる。その仕事が終わったのが十の月の初めで、そこからは本屋で売り出す小説の執筆に入っていたはずだ。
「小説が上手くいってないとか?」
「……ううん。新作はこの前書き上げたよ。今ラマンに頼んで本にしてもらってるとこ。……まぁ、ディアナになら見せてもいいか」
ヤティリはそう言って、乱雑に散らかった机の上から紙の束と手紙の束を持ち上げて私に渡した。二つ同時に渡されて、私は左右の手を交互に見る。
「えっと、こっちは小説だよね。新作の?」
「そう。それでそっちの手紙は叔父さんからの手紙」
「叔父さんって……あのラティシ叔父さん?」
私が目を丸くして尋ねると、ヤティリはさっきのイーーーの顔をして頷く。ラティシ叔父さんとはヤティリの父の弟で、世界的なベストセラー作家だ。アルスラン様も気に入っていた小説を書いた人物で、過去に書いた「砂漠の騎士クィルガー物語」が爆発的に大ヒットして、一躍有名になった人である。もちろんこの物語のモデルはうちのお父様だ。
「夏が過ぎてから、叔父さんからしょっちゅう手紙が届くようになったんだ。あ、中身見ていいよ」
「……ええと、え、なにこれ。たった一言『面白いネタなんかないか?』ってだけ……。うわ、他の手紙もみんなそうじゃない」
「そうなんだよ。なんかさ……叔父さんかなり不調らしくて、書けてないみたいなんだ」
「不調って……体調が悪いとかそういうことではなく?」
「体調はいいって書いてた。単純に話が浮かばないとか、書く気にならないって感じじゃないかな。それで、僕になんか面白いネタがないか? って聞いてくるんだ」
「あー……スランプってやつかな」
「スランプ?」
「今までできていたことが、突然できなくなる現象のこと」
「ああ、まさにそれかも。で、今までマメに返事を返してたんだけど、その頻度が高くなってきて……ちょっと疲れた」
ヤティリはそう言ってイーーーの顔のまま机に顎を乗せる。彼にとっては尊敬する叔父さんで、ともに故郷から出てきた者同士であるため、ヤティリも心配して返事をせっせと書いていたらしい。しかしラティシのスランプは治らないらしく、まだネタを出せと手紙で催促してくるんだそうだ。
私は彼の愚痴を聞きながら、手紙の差出人の住所を確かめる。
「……これ、貴族区域の住所じゃないね。商業区域?」
「そうみたい。叔父さんの本を売ってる商人の事務所の一部屋を借りて、そこで寝泊まりしてるんだって。アルタカシークの貴族じゃない叔父さんがこっちの貴族区域に住むことはできないよ。僕と違って家出してきちゃったし……」
「本当に家出して、平民が住む区域で暮らし始めてるんだ……」
話を聞けば聞くほどめちゃくちゃな叔父さんだ。貴族の中では結構変わっているヤティリが可愛く思えるほどである。
「そこまで返事出して書けないのなら、しばらく放っておくしかないんじゃない?」
「そうしたいんだけど……僕から返事がなかったら催促がひどくなるんだよ」
「それはもう一旦無視しよう。ヤティリには劇団の仕事があるんだし」
「ディアナって叔父さんに結構冷たいよね、デュヒヒ」
「うちの大事な脚本家を疲れさせるような人だもん。私にはヤティリの方が大事だから」
ズバっとそう言うと、ヤティリは爆笑しながら「ディアナ、そんな台詞男に向かって言っちゃダメだよ」と言って机を叩いた。私の後ろでルザがコホン、と咳払いをして口を開く。
「ディアナ様、成人になったのですから、お言葉には気をつけてください」
「あ、はい。すみません……」
格好いいことを言ったつもりだったのに注意されて、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「はぁー……笑った。ああ、でも返事を書かずに急に連絡取らなくなるのも、怖いなぁ」
「じゃあ『忙しくなるからこれ以上ネタは出せない』って書いて送ったら? 私の名前出して『劇団長の指示だから』って書いてくれてもいいし」
「あ、それいいかも……。じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ」
ヤティリはそこからさっさと手紙の返事を書いて、劇団の脚本作りに移ってくれた。私の要望を聞き、それを新しい物語へと落とし込んでいく。
それから彼は一週間もかけずに脚本を完成させた。それとともに新メンバーたちの練習も新たな段階へと入っていき、寒くなっていく季節とは逆に、レッスンはどんどんと熱を帯びていった。
そうしてあっという間に時間は流れて十二の月の中旬になった。
本格的な冬を迎え、暖房灯がたくさん設置された家の内密部屋で、私はルザから報告を受ける。
「ここひと月の貴族の動きはかなり活発でした。高位貴族を中心に社交を頻繁に開いているようですね」
「やっぱり、みんな考えることは同じだね」
ルザは高位貴族で監察官の訓練を受けているため、たまにこうして貴族たちの情報を集めにいってもらっている。私が今一番知りたいのは、北西街の代表選へ向けて貴族たちがどう動いているのか、だ。
「すべての貴族が開発案を出せると言われていても、実際に動き出しているのはやはり高位貴族が多いようです。詳しい情報を手に入れることはできませんでしたが、貴族にとってのより良い住宅街がテーマだろうと」
「それもまあ、予想通りだね。住宅問題を解決するんだから、住宅地になるよねぇ」
「そのようですね。それと今の情報はあくまで地元民の貴族に限られます。移住民の方は少し違った動きが見られます」
「違った動き?」
「あちらは下位貴族の数が多く、高位貴族が少ないですから、どの身分の貴族も動き回っているようです。かなりの数の社交を開いているという情報を得ました」
ルザの報告に、私はうーんと腕を組む。
「結束は移住民の方がありそうだもんね。そこで意見をまとめられるなら、かなり多くの票を集められるんじゃない?」
投票は多数決だ。一番多くの支持を得た人が代表に決まる。そのために一致団結できる組織が必然的に強くなる。
「ディアナ様、移住民に対抗するのならば、地元民もまとまる必要があるのでは?」
「まあそうなんだけど……地元民は高位貴族が多いからねぇ」
うちの家と懇意の家もあるが、歴史が古い分いろんなこだわりがある家が多く、意見がまとまり辛い。しかも見た目が子どもでエルフの私が、そんな古老がひしめく家々をまとめるのは非常に難しい。
……やっぱり、見た目だけでもお父様みたいな屈強の騎士だったらよかったのにな。
「地元民の高位貴族も意見をまとめないと票を獲得することはできないのですから、いずれこちら側で話し合いが持たれるのではないですか?」
今回の代表選は自然と地元民対移住民という構図になってしまっていた。今まで移住民が頭を抑えられていた状態だったのだから、当然といえば当然なのだが、アルスラン様が意図していたこととは反対になっている気がして気分が沈む。
「でもルザ、地元民と移住民でそれぞれまとまったとすると、代表が三人にはならないんじゃない?」
アルスラン様が決めた代表の決め方には、『選ばれた案を作った者から一人、その案を支持した別派閥の者から一人、その案を中立にまとめられる者を一人、その三人を代表者とする』とあった。
例えば地元民がまとまって票を獲得して、彼らの掲げた開発案を作った人が代表となっても、その案を支持した別派閥という人物はいないのではないか。
そんな疑問を口にすると、ルザは考えながらそれに答える。
「別派閥、というのは地元民の中でも複数ありますので、いないということはないと思います。地元民、移住民と派閥は同一ではありませんから」
「あ、そっか……ううーややこしいな」
「特に地元民は大きな派閥がいくつかありますから、そのうち二つの派閥が意見をまとめることができれば、それぞれの派閥から代表者一名づつ、その他の派閥から中立の人を代表者に選ぶことができます。アリム家も大きな派閥の一つですし」
ルザは私の開発案を支持してくれる大きな派閥がもう一つあれば、目標を達成できるかもしれないという。
「北西街の高位貴族の派閥で、そこまでややこしいところはなかったはずです。もちろん計算高い人が率いている派閥はありますが……」
「その派閥の動きは?」
「派閥内での社交に留まっているようですね。彼らも派閥内の意見をまとめるのに時間がかかっているのではないでしょうか」
「そっか。うーん……どうしよ。私も早くアリム家の派閥の人に頼んだ方がいいんだろうけど……」
こちらは肝心の劇団が育っていないのでなにもできない。
「ディアナ様、一度社交だけ開いて、開発案の大まかな方向性を説明して、まずは支持を得た方がよろしいのでは?」
「まだまだ開発案としては弱いからねぇ。そんなので支持を得られるかなぁ」
私がそうボヤくと、ルザは目をパチパチとさせる。
「ディアナ様は貴族たちから支持を得るのは得意ではないですか」
「あれは劇団の良さを話すだけでよかったからね。今回はそれ以外の魅力も伝えなくちゃいけないし、これが魅力的な街づくりです! って強く言える根拠がないと難しよ」
開発案の中心に据えたい劇団の存在感をもっと高めないと、なにもできないのだ。
周りの貴族たちが動いていく中、なかなか動き出すことができない今の現状に、私はモヤモヤとするだけだった。
そしてそれから一週間後、年末に向けて冬の寒さが一層強まってきたころ、劇団の館の練習室にヤティリが飛び込んできた。その手には手紙が握られている。
「た、たた大変だよ、ディアナ! どうしよう!」
「どうしたの? ヤティリ。落ち着いて」
彼は私の元へすっ飛んでくると、持っていた手紙を私の方へ差し出した。それをルザが受け取り、中身を確かめる。
「……貴族区域の門を守る騎士からですね。こちらにとある貴族が居座っていて困っている。この住所にある館に甥がいるからそこに行きたい。行けるまでここを動かないと言っているので、その甥の名前宛にこの手紙を送る。どうしたものか。という内容です」
「この住所って、ここのこと? そこにいる甥って……」
まさかという顔をすると、ヤティリは青い顔でコクコクと激しく頷く。
「お、叔父さんだよ! ラティシ叔父さんが貴族区域の門の人たちに迷惑かけてるみたい!」
「えええ!」
「どうしようディアナ!」
「ど、どうしようって言ったって……こっちが呼んでもいないのに招待するなんてできないよ。諦めて帰ってもらったら?」
「それが……これも手紙の中に入ってて……」
そうして彼が出したもう一枚の紙には、『ヤティリ、食いもんがなくて死にそう。助けてくれ』と書いてあった。
……この人、本当に貴族なのかな。
私の頭の中にお腹を空かせて門の中でヨボヨボ倒れてる男性の映像が浮かぶ。
「……ヤティリ、とりあえずお金持って貴族区域の門まで行ってみたら? ヤティリの顔見たら安心するかもしれないし」
「うう……そ、そうだね。そうするしかないか……」
「館の馬車使って。あとついでに食べ物も少し用意するから持ってって」
「あ、ありがとうディアナ……」
そうして私は背中を丸めてトボトボと歩いていくヤティリを見送った。
手がかかる親戚を持つと大変である。
ヤティリの悩みと北西街の貴族の動きについてでした。
想定外の動きをするラティシにディアナも困惑です。
次は 売れっ子有名小説家、です。




