09 次の一手
役者たちの練習の合間に、私は衣装部屋と音出し部屋の様子を見にいく。残念ながら音出し隊に新メンバーは入らなかったが、衣装係には新たに二人入ったのだ。
「お疲れ様イリーナ。なにか足りないものはない?」
「あら、ディアナ。そうですわねぇ……今のところは生地も机も足りていますわ」
そう答える彼女の側の机に、新しいメンバーがいた。
衣装係に入ってくれたのは、意外と若い二十代の女性だった。二人とも子育て真っ最中なのだが、高位貴族であるため、そちらはトカルやトレル、家庭教師に任せられる。高位貴族が刺繍ではなく、服作りに興味があるとは思わず、私も面接で驚いたのだが、彼女たちは初公演で見た役者の衣装に感銘を受けたらしい。
「あのような新しい服は見たことありませんでした。どうやって作っているのかこの目で見たくて」
「伝統的なアルタカシークの服でありながら、全く新しいのです! あの服は、今後こちらで流行りますわ!」
面接時に彼女たちは興奮気味にこう語った。
イリーナの服は、彼女が学生時代にいろんな国の学生と交流をし、その衣服を熱心に勉強したおかげで今までにない新しいデザインになっている。複数の国のデザインを上手く融合し、さらに洗練させて作り出しているのだ。そのため、新しい物好きの貴族——特に流行を作り出したい高位貴族たち——に非常にウケがいい。それは学生たちに売り出した服がバカ売れしたことからもわかる。
今回の初公演はアルタカシークの貴族が主人公であったため、こちらの国の服を基本に、イリーナ得意のアレンジが加わっていた。それがこちらの高位貴族の心を鷲掴みにしたようだ。
だからと言って、高位貴族が自分で服を作りたがるなんて思わなかったけど。
貴族女性は刺繍はするが、服作りは平民の専属職人に任せる。そういうものは下々のやること、という認識なのだ。イリーナもそれが原因で家族から服作りを止められ、演劇クラブに入るまでずっと苦しんでいた。
今目の前で机に向かってイリーナから指導を受けている二人は、私が来たことも気づかないくらい集中している。本気で服作りを学びたいと思っている顔つきだ。
私はそのまま声をかけずに、イリーナと部屋の隅に移動する。
「ここ数週間見て、どう? イリーナ」
「思った以上に真面目で、一生懸命取り組んでいらっしゃいますわ。中位貴族で年下のわたくしのことも敬ってくださいますし。ディアナが面接できちんと説明してくださったおかげですわね」
「もちろん、イリーナのことを尊敬できない人は入れるつもりはないって言ったけど、でも実際入ったらどうなるかわからなかったから」
そこでイリーナはこっそりと彼女たちのことを教えてくれる。
「あのお二人が身分を気にせず、わたくしの指導を素直に受けてくださるのは、学院出身者というのが大きいと思いますの」
「学院出身者?」
「彼女たちはシェフルタシュ学院設立当時に、二年から通い始めた世代らしいのですけれど、そこで学生の間は身分は平等だ、という価値観を経験したのですわ。わたくしたちと同じように。ですから、ご自分がいいと思ったことや望んだことを、身分の壁を超えてやろうとするのではないかと」
「身分の壁を超えて……」
「学院に入れた世代と、その上の世代ではきっと価値観が大きく変わってきているのですわ。それは学生の時から感じていたことですけれど……」
なるほど……学院で平等な社会を体験した子どもたちには、新しい価値観が備わってるってことか。前にアルスラン様が言ってたことだね。
演じるという全く新しいものを学びたいと思ってやってきた役者の新メンバーとは違い、衣装係の彼女たちは今まで決して貴族がやらなかった服作りを学ぼうとしている。衣服はこの世界では古代から大事にされ、大きく発展してきた文化だ。その大きな世界の中で、彼女たちはイリーナのように変化を起こそうとしているのかもしれない。
「……イリーナ、これ、思った以上にすごい流れになるかも」
「さすがディアナですわね。わたくしも同じことを思いましたわ。まさか高位貴族の方達から、服作りを学びたいと思う方が出てくるとは……。故郷の家族が見たら卒倒するかもしれません」
イリーナは新メンバーの方を見ながら眉を下げて笑う。その瞳に、故郷を思う寂しさが少しだけ宿る。しかし彼女は、次の瞬間にはいつもの貴族然とした笑みに戻った。
「そうそう、平民の職人とも上手くいっているのですよ。さすがに高位貴族が相手なので、いまだに緊張していますけれど、服作りという共通のものがあるのでなんとかなっていますわ」
「そっか。それも気になってたからよかった。服作りは、みんなを繋ぐ宝物だね」
「宝物……本当ですわね、さすがディアナ。わたくし、その言葉が気に入りましたわ!」
イリーナは「これからはわたくし達の宝物を育てていきましょう! と声かけしますわ」と言って新メンバーの方へ行ってしまった。
衣装係はイリーナより高位の人たちが来ても、なんとかなりそうだね。
私は次に音出し隊がいる部屋へ向かう。こちらには残念ながら新メンバーはいない。おそらく初公演が生演奏でなかったのが原因だと思うが、全く希望者がいなかったのがちょっと悲しい。
次の公演は生演奏でやりたかったんだけどな……。
そんなことを思いながら音出し部屋に入ると、中ではちょうど合奏が行われていた。エルノを中心に、平民の演奏家五人がそれぞれの音出しを持って演奏している。
ん? え……ウソ。
その合奏を聴いて、私は思わず目を見開いた。
上手い。めちゃくちゃ上手い! え、いつの間にこんなに⁉
エルノは入ってきた私に気づいたが、私はそのまま演奏を続けるように無言でジェスチャーをする。曲は六年生の時のミュージカル公演で使った曲だ。つまり、かなり難易度が高い。
それでもちゃんと調和してるし、表現力なんか、学生達よりすごいんじゃない?
全体的に音量は抑え気味だが、音はクリアで滑らか。なによりメロディに感情がこもっていて、心が揺さぶられる。その音楽に導かれるように、スカーフの中からパンムーが出てきて、私の肩の上で体を揺らし始めた。パンムーはいい音楽を聴くと勝手に踊り出すのだ。
曲はクライマックスを迎えて一層盛り上がると、エルノの指揮に導かれるように、静かに丁寧に終わる。
すごい! すごいよ!
私が思わず拍手すると、背を向けて演奏していたおじさま達が一斉にギョッとしてこちらを振り向いた。
「ディアナ様! これは失礼を」
「劇団長様っ」
驚いてその場で跪こうとした彼らを止めて、私はエルノの側に向かう。
「すごいね、聴き惚れちゃったよ! 感動して鳥肌立っちゃった!」
「ふふ、今のはこれまでで一番よかったね。一体感があったよ」
「いや本当に、すごいよ。いつの間にこんなに上手くなったの?」
私が身振り手振りで興奮を伝えながら問いかけると、エルノはおじさんたちを見回してくすりと笑う。
「全部、自主練の成果だよ、ディアナ」
「へ?」
「彼らは練習時間以外でもずっと音出しに触れているし、休みの日も一日中練習してるんだって。私よりも多いくらい。笛や太鼓は私よりもすでに上手いよ」
「わお……そうなんだ。練習量がものすごいんだね。皆さん、素晴らしい演奏でした」
私がそう言ってもう一度拍手を送ると、おじさま達は恐縮しながらも照れくさそうに笑う。私がいつもの練習のように喋ってくださいとお願いすると、彼らは顔を見合わせながらこくりと頷く。
「師匠のご指導が素晴らしいのです。わしらにもわかる言葉で丁寧に教えてくださる。この年で上達することができるなんて思いませんでした」
「このように自由に何時間も音出しを鳴らせる機会はありませんでしたから、嬉しくてつい鳴らし続けてしますのですよ」
「本当に。音出しの愛好家として生きてきて、今が一番幸せです」
「なんとお礼を申し上げればいいのか……」
「ディアナ様とお師匠様のおかげです!」
そう言う彼らの顔は充実感に満ち溢れている。長年こっそりと隠れて楽しむしかなかった音出しを、こうして表で触れられることが本当に嬉しいのだろう。まるで初めて楽器を買ってもらった少年のように、彼らの目はキラキラと輝いていた。
……こんなに熱心に練習してくれて、さっきみたいな演奏ができるのなら。
そこで私の中に明確な目標が浮かび上がった。次の公演会の、はっきりとした目標が。
「……エルノ、提案があるんだけど」
「え、なに?」
私の言葉に少々身構えるエルノに、私はニコリと笑いかける。
「次の公演、生演奏でいかない?」
「え! 生演奏って……あの劇場のピットで演奏するってこと?」
「そう。ここにいる六人で」
「ええええ! 平民の彼らも一緒に⁉ そんなのいいの?」
「別に平民が入っちゃいけないってルールはないよ。まあ、ピットの中は暗いから、いい服着ていればバレないだろうし」
「そ、それはそうだけど……え、でも六人しかいないよ?」
「もちろん足りない音は録音筒で追加することになるけど、さっきみたいな素晴らしい演奏を、お客さんにも生で聞いて欲しいんだよね。それに……」
私たちの会話に目を丸くしているおじさん達を見て、言葉を続ける。
「どうしても生演奏で太鼓を響かせたいんだよ。あの振動をお客さんに伝えたいの、直接」
今おじさんの中で太鼓を叩いている人は二人。あとは笛とその他の打楽器だ。基本的な太鼓のリズムは学院にいるツァイナにお願いして録音筒に入れてもらっているのだが、録音された音では太鼓のあのビリビリと痺れる振動は十分に伝わらない。
「太鼓の振動で、お客さんをもっと新しい世界へ連れてきたい。欲を言えば太鼓の数はもっと欲しいんだけどね」
「……ディアナは本当に、すごいこと思いつくよね」
「その方向でいっていいかな? エルノ」
「私に反対なんてできるわけがないよ。ディアナはいつも、新しい音を教えてくれるから」
エルノはそう言って肩を竦めて笑う。そして「それにしても、レベルが上がったと思ったら、さらにその上を目指そうって言ってくるんだから……ディアナって本当に手加減しないよね」とこぼした。
さて、目標が決まったら次は脚本だ。ヤティリに相談しにいこう。
劇団の仕事は今までにない職種ですが
長い歴史のある服飾系の仕事で新しいことをするのと
ずっと禁止されていた音楽で新しく仕事をすること
二つには大きな違いがあります。
そして急成長している音出し隊を見てディアナは次の一手を閃きました。
次は ヤティリの悩み相談、です。




