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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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08 奥義の書


 その日から、私の新メンバー育成が始まった。まずは基礎練習を徹底的に叩き込む。

 

「はい、ランニングが終わったら、次は柔軟にいってください。お水も飲んでくださいね。柔軟でしっかり体を伸ばしてください」

 

「ではまず、姿勢からいきましょう。背筋を伸ばして立って、肩は下げて。肩甲骨を意識してください」

 

「喉の開き方はこうです。うがいをする時のような、このまま声を出していきます」

 

 私が前世で子どものころからやってきたことを、こちらの人にも教えていく。演劇クラブの時にも散々やったが、どんな人が来ても、この基礎練だけはきっちりやっておかないといけない。今日まで半月ほど基礎をやってもらってはいたが、これだけ私が一から十までみっちり教えるのは初めてだ。

 

「この基礎練習を明日までに覚えましょう。そのあとはひたすら反復練習です」

「あ、明日まで?」

「はぁ……ひぃ……頭も体も大忙しだ」

「今までとは疲れ方が違いますわねぇ……ふぅ」

 

 疲労困憊のお年寄り組に休憩をとらせて、私はインディとアヤーリの個人レッスンを始める。


「インディ様は姿勢はいいですが、体が固まりすぎですね。もっと肩の力を抜いて、柔軟性を高めていきましょう。息を大きく吸って……長く細く吐いて……そうです。その脱力している感覚を覚えてください」

「は、はい」

「アヤーリは……うん、顔はできてるけど、足の位置が疎かになるね。指先や足先にまで神経を行き渡らせて」

「足先まで⁉ うう……!」

 

 私に手や足のポジションを直されて、アヤーリが情けない声を上げる。体幹がまだできておらずフラフラしているが、顔だけは満点の笑顔を作れていて、少し笑ってしまう。

 アヤーリは面白い性格をしていた。下位貴族で、基本的に腰は低いのだが、自分の顔には自信があり、自己肯定感がめちゃくちゃ高い。

 

「先生、こうですか⁉」

「うん、笑顔だけはできてる。ほら、背筋をもっとピンとして」

「ああん、難しい〜」

 

 そうして悔しがる表情でさえ、作っている。そのあざとい仕草に私は思わず前世のアイドルを思い出した。

 

 この世界にもいるんだね、こういうタイプ。

 

 自分が可愛いと自覚し、自分をどう見せれば好かれるかわかっている人。こういう人は、しんどいことから逃げるために、その可愛さを武器にすることがある。

 だがしかし、その可愛さは私には通じない。私は可愛い人は大好きだが、それはそれ、これはこれである。

 

「はい、まだ力抜かないで。インディ様のように長くその姿勢を保ってみよう」

「……! せ、先生ぇ〜痛いですぅ」

「ん、これくらいなら大丈夫。はい、頑張って」

 

 私は彼女の背中を触って力が入っていることを確かめ、その肩を軽く叩く。そして彼女の耳元に口を寄せて一言呟いた。

 

「舞台の上で、その可愛い笑顔をたくさんの人に見てもらうんでしょう? アヤーリならできるよ」

「……!」

 

 彼女は私の言葉に目を見開き、背筋をピンと伸ばして、とびっきりの可愛い笑顔を作った。

 

 うん、ある意味とてもやりやすいし、タフだ。

 

 舞台で一番輝く可愛い人になるために、彼女は厳しい練習にも付いてくるだろう。

 ちなみになぜか私は新メンバーたちに「先生」と呼ばれている。アヤーリが呼び始めたのだが、なぜかそれがみんなに伝わってしまった。

 

 まあ、劇団長より言いやすいだろうからいいんだけど……。

 

 私はその後、回復したお年寄り組にもレッスンを開始し、基礎を徹底的に叩き込んでいった。前もって厳しいとは伝えていたので、手は抜かない。

 

「おお〜、やってるなぁ」

 

 その途中でラクスとケヴィン、ファリシュタが休憩のため中広間に帰ってきた。新メンバーに集中してもらうため、彼らには大広間の方で練習してもらっているのだ。

 

「あ、いいところに来た。ラクス、ちょっとこの姿勢やってくれる?」

 

 私がバレエの立ち姿勢をやってくれと頼むと、ラクスが「おう、いいぜ」と言って新メンバーの前でスッとポーズを取る。

 

「皆さん、わかりますか? これが正しい姿勢です。肩が下がって、余分な力が抜けていますが、足先と指先の位置はピシッと決まっていて綺麗でしょう?」

「おお……本当だ」

「まぁ、鏡で見ると自分のとは全く違いますね」

 

 練習室に置かれた大きな鏡の前で、新メンバーたちは自分でポーズをとりながら感心している。

 

「ていうか、この姿勢とかディアナが見せればいいだろ? 俺だってディアナから教わったんだから」

「私だと体が小さいからわかりにくいかなって思って。それに女性がするより男性が見せた方が風紀的にいいでしょ?」

「まあ……それはそうだけど」

 

 この世界では男女とも肌は極力見せないようにするのがマナーだ。服も長袖、長ズボン、ワンピースが基本で、髪も全てを露わにしてはならない。そのため運動する時もあまりピチッとした服は着ない。普段着より袖や裾は絞られているが、体のラインが出ないようなデザインになっている。

 その上、女性を凝視するというのも貴族男性にとってはタブーで、それが許されるのは家族だけである。そのため私が見本となって体の使い方を教えるというのは、風紀上よくないということになる。

 演劇クラブの時は私しか教える人がおらず、みんな同年代ということもあって許されていたが、これだけ年齢の違う人たちがいるとなると、そうもいかない。

 私はラクスにお願いしてそのあとも見本を見せてもらった。

 

「はい、ではこちらも休憩に入りましょう。皆さん水分と糖分はしっかりとってくださいね」

「あ〜やっと休憩だぁ。ふぅ〜」

 

 部屋の隅にあるいくつかの小上がりにメンバーたちが座り、各々水を飲んだり、飴のようなお菓子を摘む。そんな中、インディがローテーブルの上に小さな紙を置いてなにやら書き出し始めた。

 

「インディ様、それは?」

「あ、今習ったことを書き出していたのです。感覚で掴んだことを忘れないように」

「真面目ですねぇ」

「私は理屈で考えることが多くて……こうして書き出さないと頭の中がはち切れそうになるのです」

「インディ様すごい……私こんな風に細かく書けません」

 

 インディのメモを覗き込んで、アヤーリが目を丸くしている。すると、その様子を見ていたラクスが、「あ、そうだ」と言って部屋の角に置いてある戸棚の方へ行き、そこから一冊の小冊子を抜き出して持ってきた。

 

「すっかり忘れてた。初公演までは忙しかったから、それが終わってからディアナに見せようと思ってたんだ」

「ん、なに?」

「俺、ジャヌビ国からこっちに出発する前に、ナモズの人たちに別れの挨拶をしにいったんだよ。で、その時にこれを渡されたんだ」

 

 ナモズとは、ラクスが踊りを知るきっかけになったジャヌビ国の平民の一族だ。自然を敬う儀式を執り行っていて、その中でひっそりと古代から踊りを受け継いでいた。

 ラクスから渡されたノートを広げると、そこには絵が描かれていた。四コマ漫画のように上からコマ割りされていて、棒人間のような人が順番にいろんなポーズをとっている。

 

 これ漫画みたい! いや、そうじゃなくて。

 

「もしかして、これって踊りの絵?」

「お、よくわかったな。そう、これナモズに伝わる貴重な踊りの本の写しらしいんだ」

「え、そんなもの貰ったの?」

「うん。本当は一族の外の人間に見られちゃダメなものらしいんだけど、俺だけは特別だって言って……これからも踊りを踊っていくなら、これが役に立つはずだからって」

「それってかなりすごいものなんじゃ……」

 

 いわゆる一子相伝や奥義秘伝、門外不出みたいなものではないのだろうか。一族の奥義みたいなものを、ラクスに教えようとしてくれたのだ。

 

「で、ここに描いてる踊り、踊ってみたの?」

「いやそれがさ、わかんないんだよ。どんな踊りなのか」

「へ?」

「ディアナ、それちょっと見てくれねぇか?」

「え、でもラクスだけに特別渡してくれたものなんでしょ?」

「いいからいいから」

 

 そう言われてそのノートを読み込んでいくが、確かにパッと見ではどんな踊りなのか全くわからない。

 

「む、むずぅ……」

「だろ? 俺もすぐにわかんないから教えてくれって言ったんだけど、それを解読するのも修行のうちだって言われてさ」

「だったらやっぱりラクスが自分で解読しないと意味ないんじゃ……」

「そんなこと言ったら俺、一生踊れない気がする。ちょっとヒントになるようなことがわかればいいからさ。なんかわかるとこ、ない?」

「うーん……そんなこと言われても。……ん?」

 

 ラクスに返事をしながら読み進めていくと、とあるページで私の手が止まる。そこに描かれた棒人間のポーズに見覚えがあったのだ。

 

 これ……ボリウッドダンスの動きに似てない?

 

 ボリウッドダンスとは、よくインド映画などに挿入される独特な踊りのことだ。前世で流行っていた時に真似して踊っていたこともあるので、よく覚えている。

 

 特にこの足の動き……ラクスが覚えてきた跳躍の踊りにも似てるけど、それよりさらに複雑で早い。手の動きも独特だ。

 

 棒人間も、顔の動きや向きまで細かく描かれている。中には表情を指定するコマもある。

 

 おお……そう思って見れば見るほど、ボリウッドダンスだよ!

 

「ラクス……ちょっとわかったかも」

「本当か⁉」

「これ、テンポは……ああ、この端に書いてる文字かな。これ、なんて読むかわかる?」

「ああ、これはナモズの使ってた数字で、ええと……これくらい」

 

 ラクスは小上がりのテーブルを指でコンコンと叩く。

 

「うわ……速い」

 

 メトロノームでいう一六〇くらいだ。

 そこから私は小上がりから離れ、ラクスと二人で踊りの解読を始める。

 

「これがこうなってるから、次で手をこう、で、脚をこっちに」

「次の絵でこうなってるけど、ここから移動するのか?」

「その前にこの絵に変な記号があるでしょ? これって多分脚を揺らすか、細かく動かすって意味だと思うんだよ」

「えっ今のこの間に、この動き入れるのか⁉ 速すぎだろ!」

「で、片足で立ったままこの動きを連続で入れる……」

「体幹が……死ぬ!」

 

 少し踊ってみただけで二人ともフラフラになった。

 

「はぁ……はぁ……これをこの速さでって……不可能だろ」

「はひぃ……これは、新しい扉を開いちゃうかもねぇ……」

「ナモズの奥義……マジでやべぇ……」

「でも折角教えてもらったんだから、やらないと勿体無いよ」

「これ……ミュージカルで使えるのか?」

「もちろん。むしろ絶対入れたいから、頑張って覚えてよ、ラクス」

「うひぃ……なんてもの渡してくれたんだよ……あのばーさん……」

 

 どうやらナモズの奥義の踊りは女性たちの代表が受け継いできたものらしい。その人にブツクサと文句を言っているラクスを見ながら、私は鼓動を抑えるように胸に手を置く。

 

 ボリウッドダンスとミュージカルって、相性いいんだよね。どっちも音楽と踊りを使って、感情を表現するものだから。あのインド映画のように、たくさんの踊り手が一斉にこの踊りを踊ったら……すごいことになるよ。

 

 私は奥義の書を手に取って考える。この踊りをミュージカルに入れるには、もちろん優秀な踊り手が必要なのだが、それと同時にこのテンポを正確に刻める人がいる。

 

 ……ツァイナがいないとダメだね。

 

 太鼓の達人である彼女が学院を卒業して、うちの劇団に入るのは来年の春。残念ながら来年二の月の公演には間に合わないが、その先なら……。

 

「……ラクス。お願いがあるんだけど」

「ん、なんだ?」

「この踊り、全部解読してみるから、来年の春までにマスターしてくれない?」

「ええ⁉ 本気かよ!」

「私はいつでも本気だよ。これを使ったミュージカル、絶対にやってみせるから」

 

 私は彼にそう言って、ニヤリと笑った。

 

 

 

 

新メンバーのレッスンが始まりました。

年齢性別関係なく、ディアナのスパルタが始まります。

そしてラクスが持ってきたナモズの奥義の書。

新たな可能性が見えてワクワクのディアナです。


次は 次の一手、です。

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