07 劇団の育成
北西街の代表を決めるのが来年の夏、その前に各貴族たちが封鎖街の開発案を発表するのが来年の春。私はそれまでに劇団を成長させ、演劇の有用性を貴族たちに感じてもらわなければならない。
春まであと四ヶ月ほどかぁ……結構時間ないかも。
アルタカシークの厳しい冬が終わり、閉ざされていた交易路が開くのが三の月の初め、その後、春の訪れを祝う春祭りが行われるのが三の月の下旬。開発案の発表はその春祭りのあとに行われる。
それまでに劇団を成長させるには……新メンバーを鍛えるしかない、か。
どれだけ宣伝を頑張っても、お客さんのための特典を用意しても、肝心の演劇の内容が面白くなくてはどうにもならない。初公演はなんとか役者三人でクリアできたが、これからはもっとすごいものを観せていく必要がある。
ハンカルと話した翌日、私は劇団の館の中広間の練習室に向かった。今日は新メンバーも含めた劇団員全員に集まってもらっている。中に入ると、メンバーたちが部屋の隅に置いてある小上がりの前に固まって騒いでいた。
「ん? なんかあった?」
私がその小上がりの方へ向かうと、それに気づいたファリシュタが私を見て微笑みかける。
「おはよう、ディアナ」
「おはよう、ファリシュタ。みんな、どうしたの?」
「ふふ……それがね」
彼女が指差す方を見ると、小上がりにたくさんの花とお菓子が積まれていた。ローテーブルの上には収まりきらず、その周りにも広がっている。
「わぁ、すごいね。え、なんでこんなたくさんの花とお菓子が?」
「これね、全部キジーニ様からの贈り物らしいの」
ほら、とファリシュタが花束に添えてあるカードを見せてくれた。そこには『敬愛なるケヴィン様へ あなたのファンより』と書かれてある。どうやらこの贈り物は全部ケヴィン宛てらしい。それを見て顔を上げると、その花とお菓子の前でケヴィンが固まっていた。
「すごいですね、ケヴィン様。こんな熱心なファンが付くなんて」
「……ありがたいが、これは度を越しすぎではないか?」
「ご本人は楽しんでやってるんですから、素直に受け取っていいと思いますよ?」
「大体其方が、ファンという概念を彼女に教えたのが発端だろう⁉」
ケヴィンはクワっと目を見開いて私に喚く。そう、初公演から連日演劇に来てくれたキジーニに、私はファンという言葉を教えた。特定の人や物を熱心に支持する者。応援する者。そういう人たちのことをファンと呼び、応援の仕方として贈り物をする場合があると説明したのだ。
すると彼女は「それは素晴らしいですわ!」と感動し、その日からこうしてケヴィンにちょこちょこ贈り物をするようになったのである。
初めは花束一つだったのが……どんどんエスカレートしていってるね。
「このままさらに増えていったりして……」
「他人事のように言うな!」
「まあでも、減るもんでもないですし」
「そうだぞ! ファンがいるなんて羨ましいぜ。俺も早くファンができないかな」
「ラクスにもすぐに出来るよ。焦らなくて大丈夫」
「そうかなぁ?」
ちなみに、ファリシュタにも時々花と手紙が届く。彼女の歌に魅了された人たちがファンになってくれたのだ。特に女性たちからの支持が厚いのだが、そもそもファンになって盛り上げてくれるのは、女性が多い。貴族男性が表立って誰かのファンになるのは気恥ずかしさがあるのだろう。
私はそれからみんなの前に立ち、ここひと月のまとめと、今後の話をする。
「まずは初公演の全行程を完走した皆さん、お疲れ様でした! 皆さんの頑張りで、徐々にお客さんも増えて、まずまずなスタートになったと思います。本当に最高のミュージカルでした!」
私がそう言って拍手をすると、メンバーたちもお互いに拍手を送り合った。
「初公演で掲げていた目標はなんとかクリアすることができたので、この勢いのまま次の公演に向かっていきたいと思います」
「次の公演……もう決まってるのか?」
「もちろんだよ、ラクス。あまり間を空けるとお客さんたちの興味が移っちゃうからね」
そこで私はピッと人差し指を立てる。
「次の公演は来年の二の月の初めです。そして、そこで新メンバーをお披露目したいと思います!」
「ええ! マジかよ!」
「なんと……!」
「私たちが、もう舞台に?」
ラクスを筆頭にその場にいた新メンバーたちが目を見開き、すかさずケヴィンが口を挟んだ。
「待て待て! 二の月まであとふた月しかないではないか! 彼らの練習は始まったばかりなのだぞ⁉」
「大丈夫です、ケヴィン様。演技というものは本番を経験すればするほど伸びるものですから。その成長を見守るのも観劇の醍醐味ですし」
「いや、しかし……彼らは基礎練習をこなすのにまだ必死で……」
ケヴィンの焦りはわかる。初公演を観てうちに入ってくれた新メンバーは、演技指導どころか基礎練習を習得してもいない。
しかし彼らに出てもらわないと、困るのだ。
「次の公演では、初公演にはなかった要素を入れたいのです。新メンバーにも入ってもらわないと、それは実現しません」
「初公演にはなかった要素? 人数の多さか?」
「それもありますけれど、役者の幅ですよ、ケヴィン様」
私はそう言って役者組の新メンバーの方を見てニコリと笑う。そこには、いろんな年齢層のメンバーが立っていた。ダンディなおじさまからご夫人、三十代の女性、そして若い人まで。今回入ってくれたメンバーは年齢の幅がすごいのだ。
もう本当に嬉しい! これ学生の時には絶対できなかったことだから!
学院の演劇クラブに入ってくるのは、当たり前だが若い学生たちだ。そのため、役づくりに苦労した。中年の役をそれらしく見せるために工夫したが、それでもやはり中年の渋さは出なかった。
特に本物のおじさんとご婦人が入ってくれたのがめちゃくちゃ嬉しいね!
私ににっこりと笑顔を向けられて、おじさま二人とご婦人一人は少し照れくさそうな顔をしてお互いに顔を見合わせる。
「こんな年寄りが入ってもいいものかと思ったが、我々が役に立つのですかな?」
「もちろん! だからこそ面接で合格としたのですから」
今話したおじさまがジャノーブ。シュッとした紳士で薄い白髪に帽子を被っている。藍色の瞳がとても穏やかで、優しい空気を纏っていた。まさに上品なおじさま、である。裕福な中位貴族で家はすでに子どもに継がせており、時間に余裕があるのだという。
「いやぁ、嬉しいですなぁ。家ではもう厄介なじいさんとして扱われていましたから」
そう言って朗らかに笑っているのがラルチャ。ジャノーブと違って豊かな黒髪と髭を持った少し小太りなおじさまだ。頭に被ったターバンの下から癖のある黒髪がふさふさと生えている。ジャノーブとは幼馴染らしく、彼が劇団に興味を持ったのがきっかけで、彼もここにくっついてきた。
「若い皆さまの足を引っ張らないようにしないとですねぇ」
彼らに向かっておっとりとした口調で話したのがモイナ。ジャノーブの妻で、彼とよく似た穏やかな雰囲気を持っている。顔以外をぴっちりとスカーフで覆っているので髪色はわからないが、明るいオレンジの目をしていて、ふくよかで愛嬌のある顔立ちだ。この夫婦は揃って私の劇団に入りたいと来てくれた。
面接した時に「劇団の練習は厳しくて、軽い気持ちではできないものですが、大丈夫ですか?」「男女が一緒の部屋で運動や練習をすることに抵抗はありませんか?」と質問したのだが、二人とも大丈夫だと頷き、「新しい挑戦を二人でしてみたいのだ」と言って笑顔を見せた。その余裕のある感じがいいなと思ったのだ。
苦労が多いのが中位貴族だと思ってたけど、彼らのように裕福で余裕のある人たちもいるんだね。
役者の基礎練習にはランニングのようなものもあるのだが、彼らはペースはゆっくりでもいつも最後までちゃんと完走している。これには正直びっくりした。元気なお年寄りというのはどこの世界にもいるものである。
そのおじさまたちの横で少々萎縮しているのが、インディという三十代の女性だ。アルタカシークには様々な顔立ちの人がいるのだが、彼女は東の大国リンシャークの血が入っているのか、顔が薄めだ。白めの肌に黒い髪、ダークブラウンの瞳で、なんとなく自分の前世の姿を思い起こさせる。下位貴族なのでジャノーブたちに気を遣った態度をとるが、決して卑屈な性格ではない。
面接で彼女の演技を見て、びっくりしたんだよね。
劇団の初公演を観たという彼女は、面接の時にその劇のセリフを披露してくれた。それが、とても魅力のある演技だったのだ。初めて演じたとは思えないくらい自然で、惹き込まれた。前世のドラマや映画で見た、とある個性派俳優さんの雰囲気に似ていたこともあって、私は彼女を合格にした。
そのインディの隣であわあわと一人焦っているのが一番若いアヤーリ。薄ピンクの髪に赤紫の目をしているとてもチャーミングな女性だ。下位貴族で、今年の春に学院を卒業したばかり。つまり、私の元同級生である。実はザリナと仲が良かった女の子で、私も面識はあった。学院にいたころから演劇クラブのことが気になって仕方がなかったらしいのだが、親に反対されて入会できず、見ているだけだったのだという。
今回母親と一緒に初公演を観にきて、やっぱり演劇をしてみたい、と親を説得して面接に来てくれた。
そんな役者の新メンバーを見て、ケヴィンは頷きながら腕を組む。
「役者の幅か……確かにそこは深められるな。物語の幅も広がりそうだ。しかし、ちゃんと演じられるようにまでなるのか? ふた月だぞ?」
「そこはなんとかしますよ、ケヴィン様。私がみっちり、稽古しますから」
私がそう言ってにっこりと笑うと、ケヴィンはぎゅっと眉に力を入れた。
「……まさか、其方が彼らを鍛えるのか?」
「はい、そうです。他のメンバーは新しい演目に集中してほしいですから」
「……大丈夫なのか? 彼らはまだ其方のやり方に慣れていないのだぞ?」
「そうですねぇ。本格的に私が教えるのは初めてですから。でもまあ、慣れてもらうしかないですね」
「ディアナ、笑顔が怖ぇよ……」
ラクスにツッコまれて、私はさらに笑顔を深める。劇団を成長させるためには、彼らの育成が鍵になるのだ。ここで手は抜いていられない。
「皆さん、次の公演に向けて頑張っていきましょうね!」
私が拳を握ってそう言うと、年配者の三人だけが元気よく返事をした。
なにをするにしても、劇団の成長が必須。
ということで新メンバーの育成に力を入れるディアナ。
年齢の幅が広がったのがクラブ時代と違うところですね。
次は 奥義の書、です。




