02 再会の宴
アルタカシークの王都は城を中心に巨大な丸の形をしている。その円形の街に、中央の城に繋がる大通りが東西南北を貫くように走り、王都の境界は立派な城壁に囲まれている。大通りによって区切られた街は、それぞれ北東街、北西街、南東街、南西街と呼ばれ、それぞれに行政機関が置かれて管理されていた。
王都の中は外側から農業区域、平民区域、商業区域、貴族区域に分かれており、貴族は王都の中心である城と貴族区域で生活をしている。
私の家であるアリム家は北西街の高位貴族で、代々優秀な騎士を輩出しているため、地位も高く、影響力も大きい。もちろん、その館を含む敷地は信じられないくらい広大で、建物も宮殿かと思うくらい立派だ。その館の玄関前にあるロータリーに着いたケヴィンが少々呆れた声を出す。
「……相変わらず、其方の家は広いな」
「ケヴィン様の家だって高位貴族なんですから、大きいんじゃないんですか?」
「館の広さは似たようなものだが、敷地はこちらの方が広いな。ザガルディは庭より建物を豪華にする方に金をかけるから」
「ああ……柱とかに装飾があるんですよね?」
「そうだ。立体的な彫刻を施すのが一般的だな」
恵麻時代によく映画や写真で見た、ヨーロッパの宮殿みたいな感じなのだろう。
確かにそれと比べるとアルタカシークの建物はスッキリしてるよね。三角屋根はほとんどなくて、白くて四角い建物がドーンとコの字型に建ってるものが多いから。
ケヴィンは馬車から降りてきたエルノに話を振る。
「エルノは私よりもこちらに来る回数が多かったのだから、もう慣れただろう?」
「な、慣れないですよ、ケヴィン様。ぼく……あ、私は下位貴族ですよ? 何度来ても高位貴族の家には圧倒されます」
「そうなのか?」
私は出迎えに出てきていた自分の使用人——女性はトカル、男性はトレルという——たちに指示を出しつつ、彼らの会話に加わる。
「エルノはもううちの家族なんだから、もっと気楽にしていいんだよ?」
「無理だよディアナ。いくら姉上がディアナの養母様だからって、私の階級が上がるわけじゃないんだから。今だってディアナに対してどんな言葉遣いにしたらいいのかわからないし……」
「あー、そっかぁ。貴族の社会って面倒だよねぇ……あーあ、学院の中は平等だったから楽だったなぁ。社会に出た途端階級が全面に出てくるの、本当にヤだ」
学院にいる間は、王であるアルスラン様が定めた「学生は皆平等である」という規則のもと、高位貴族だろうと中位、下位であろうと、はたまた平民出身の「特殊貴族」であろうと、同じ学年ならみんなタメ口が許された。だがそれは貴族社会の中ではかなり特殊な状況であり、普通の生活に戻れば言葉遣いや態度は身分によって左右される。
学生ではなくなった私とエルノも、今は高位貴族と下位貴族として接しなければならない。だが私は自分の劇団ではそれをなくそうと思っている。そう伝えると、二人とも目を大きく見開いた。
「まさか劇団の中も演劇クラブと同じ状態にするつもりか?」
「そうですよ。だって劇団のメンバーには高位貴族から特殊貴族までいるんです。そこでいちいち身分を気にしていたら練習だってしにくいし、指示も出しにくいじゃないですか」
「確かにそうだが……しかし……」
「エルノは作曲家としてこれから音楽を教えていく立場になりますし、歌姫であるファリシュタなんて特殊貴族ですよ? 身分を基準にしていたらなんにも進めなくなります」
そんなことを説明しながら玄関前の巨大な階段を上っていくと、トカルによって玄関の扉が開かれた。
「まあ、その話はあとでするとして、お二人はまず旅の疲れを癒してください。夕方からは劇団メンバーの再会の宴が待ってますから!」
私はそう言って二人を客用の館へ案内するようトレルたちに指示を出し、着替えをするために自室に向かった。
それから客用の館の談話室で、すでに到着していたメンバーたちも含めて再会のお茶を楽しんだあと、本館の小広間で宴が始まった。
アルタカシークは砂漠の国という特徴から、少しでも涼しい場所で生活するため、絨毯を敷いた床に座る。天井が高く、大きく開いたアーチ窓からは風が入り、夏でも涼しい。
小広間には長細い絨毯が奥に向かって左右二列敷かれ、そこに劇団メンバーが身分順に座っていた。私はホスト役として、一番奥の絨毯に向かい、ヤパンと呼ばれる丸い座布団に座って思いっきり口元を緩める。
「ふふ、ふふふ」
「ディアナ、顔が緩みっぱなしだぞ」
「だって、嬉しいんだもん。やっと、みんなと劇団を始められるんだって思ったら」
「それはわかったから、もう少ししっかりしてくれ。劇団の代表なんだから」
「ハンカル、それはディアナには無理なんじゃないか? 俺もちょっと気持ちはわかるし」
最初に注意をしたのが、私の一番近くに座っているハンカル。ウヤトという小国出身の高位貴族で、黒髪に琥珀色の目をした長身の男性だ。学院に入学した時からの付き合いで、その真面目な性格から演劇クラブの副クラブ長として私を支えてくれた。劇団では事業部の責任者として運営を執り仕切ることになっている。私の性格を大いに理解している、大事な右腕だ。
その隣で私の味方をしてくれたのがラクス。南の国ジャヌビ出身の中位貴族で褐色の肌に赤い髪、オレンジの目をしている。彼も入学したころからの付き合いで、踊りが得意なことから演劇クラブの黎明期を支えてくれた役者の一人だ。今では歌も習得し、これから劇団で主演をどんどんこなしていく予定である。
彼らの会話にその向かいに座っているケヴィンがため息を吐くと、その隣に座っているイリーナがくすくすと笑った。
「わたくしも早くこちらに来たくてウズウズしていましたから、ディアナの気持ちもわかりますわ。親には引き留められましたけれど、国でゆっくりするつもりはありませんでしたから、予定をこなしてすぐに出発しましたもの」
「イリーナはこっちで結婚するんだから、もう国に帰ることはあまりなくなるんでしょ? そんなお別れで良かったの?」
「わたくしの夢である服作りを許してくれなかった家族に、未練はありませんわ。レスト国の布であるヤルクリクを広めたということで、国からは恩賞もいただきましたし、これからはアルタカシークの人間として生きたいと思っています」
イリーナはそう言って優雅に微笑む。縦ロールにした金髪にオレンジの目、その自信に満ちた眼差しは出会ったころから変わらない。彼女は小さなころから服を作るのが好きだった。刺繍をするのが嗜みである貴族女性だが、服作りは平民の職人が行うことだったため、その夢は親から反対されていた。
学院で演劇クラブに入り、役者の衣装を手がけるようになった彼女は、それまでの鬱憤を晴らすかのように素晴らしい衣装を何着も作ったのだ。そして卒業後も劇団で服を作り続けるため、アルタカシークの中位貴族との縁談を自力でまとめたのである。
「結婚は来年の五の月だよね。衣装はこれから作るの?」
「花嫁衣装ならもう出来てますわよ、ディアナ」
「え! 早っ! いつの間に作ったの?」
「縁談が決まりそうだとわかった時から合間を縫って作っていましたし、国への行き帰りの間も暇だったので、そこで仕上げてしまったのです」
「うわぁ、さすがイリーナ……」
「私はもう見せてもらったよ、ディアナ。すっごい素敵だった」
そう言ってラクスの隣にいるファリシュタがニコリと笑う。彼女はアルタカシークの平民出身の特殊貴族で、水色の髪にピンク色の目をしている。特殊貴族とは、平民の中からたまに生まれる、魔石術を使える者が特別に貴族になった人たちのことだ。この世界では魔石術と呼ばれる魔法の力を使える者が貴族、使えないものが平民とキッパリ分かれている。
ファリシュタは学院の入学試験の日に出会い、そこから大の親友になった。初めは大人しくて引っ込み思案だったが、演劇クラブでいろんな経験を積むうちに、特別な歌の才能を開花させた。六年生の公演ではラクスとともに主演を務め、その天使の歌声で観客たちの心を掴んだ。これから劇団でも活躍してもらい、その歌声を世界中の人々に届けたいと私は思っている。
そんなことを話しているうちに使用人たちによって料理が並べられ、お酒の入ったコップがみんなに配られた。
おお……お酒だ。前までは乾杯はお茶だったのに。
「私たちも大人になったねぇ」
「卒業したのだから当たり前だろう。それよりも、其方は飲んでいいのか? 見た目はまだ子どもだが」
「むう、中身はちゃんと成人してるので大丈夫ですよ! それにエルフってお酒に強いのか、飲んでも全然酔わないんです」
「そうなのか。なら乾杯の挨拶を、劇団長」
ケヴィンにそう言われ、私はコップを持ってコホンと咳払いをしてみんなを見回す。
「では、これから苦楽をともにする劇団員のみんなとの、再会と未来を祝して、ヤクシャイ!」
「ヤクシャイ!」
「ヤクシャイ」
乾杯の掛け声を聞きながら、私はコップに入った美味しい葡萄酒をグイッと喉に流し入れた。
学院で苦楽を共にしたメンバーが集まりました。
乾杯がお茶からお酒に代わって成人したことを実感します。
宴は続きます。
次は 予想外の現状、です。
明日もう1話更新して、月火木金の更新ペースに移ります。
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