04 貴族たちの会議
その後の話し合いは予想通り難航した。
今までは高位貴族たちが集まって会議を開き、その決定を中位や下位に伝えるだけだったが、今回は違う。同じ場所にすべての身分の貴族たちが集まり、話し合いを行うなど前例がない。
しかも問題はそれだけではなかった。
派閥とは別に……貴族たちが二分してる?
北西街の代表者を決めるためにどういう段取りにするか、先ほどから何人かの高位貴族が手を挙げて発言しているのだが、その発言に反発する者が必ず出てくるのだ。
「今の意見には賛成できませんな。そのやり方ですと地元民の貴族が有利になるでしょう」
「それのなにが悪い。古代より長く住んでいる我々の意見が重くなるのは当然だ」
「アルスラン様はその悪しき慣例を変えようとされているではありませんか。今回の計画がそもそも我々の確執を解決するためだと明言しておられる。それがお分かりになりませんか?」
「其方らに我が王の真意がわかるわけがない。ここに住み始めてわずか十数年の余所者になにがわかる」
「我らはすでにアルタカシークの国籍を持っている。余所者という言葉は撤回してもらいたい」
「我らに認めてもらいたければ、婚姻関係を結べ。話はそれからだ」
『あー、待て待て。そちらで勝手に言い争いをするな。話が進まぬ』
進行役のヤルギリが困った顔をして二人を止める。喧嘩の内容を見るに、これが地元民と移住民の確執らしい。
「……おじい様。私こういうの初めて見たんですけど、前からあったことなんですか?」
「……ああ、そうだな。私も目の当たりにするのは初めてだが」
「そうなのですか?」
「詳しくはあとで説明しよう。この場で話すことでもないからな。それにしても……この話し合いをなんとかせねば」
議題は来年の夏までに代表者を決めるため、いつごろにまでに各自案を出して、いつ、どのように投票するか、である。その中で地元民の貴族が今年中に派閥の中で案をまとめて提出し、年明けに投票すればいいと提案したが、それでは力のある地元民の高位貴族が有利になる、とさっきの貴族が反対した。
「今年中に案をまとめるのは早過ぎだと、私も思いますけど」
「いつも通り高位貴族だけで話をまとめるのであれば、それも可能だ。しかし移住民の貴族たちはその話し合いに入れないからな」
「え……おじい様、もしかして今までの会議で集まっていたのって、地元民の貴族だけだったのですか?」
「そうだ。古くからこの街に住み、アルタカシークを支えてきた貴族で話し合いを重ねてきた」
私はそれを聞いて、目をパチパチとさせる。
カラバッリの言葉の中にも、それが当然だ、という価値観が見えた。
「ええと……一応あの方達もアルタカシークの民なのですよね? 国籍を持ったって言ってますし」
「そうだが……この国へ来て日が浅い者たちに、アルタカシークを任せることはできぬであろう?」
「任せるというか……」
そんな大袈裟なことではなく、話し合いに参加するくらいはいいのではないだろうかと思ったが、カラバッリの顔を見て私は口を噤む。なんとなく、私の価値観で反応してはいけない気がするからだ。
私の知らないことが、まだたくさんあるんだ。
今まで学院の中で長く暮らしていたため、アルタカシークの王都の暮らしについてはまだわからないことが多い。こういう政治的な話し合いがある場で学んでいかなければ、自分の意見も通すことができないだろう。
貴族たちは相変わらずざわざわと同じ派閥や、地元民と移住民の塊に分かれて意見を出し合っている。
そんな時、一人の女性が手を挙げた。
あ、さっき私を睨んでいた人だ。
ヤルギリがその女性に発言を許可すると、彼女に拡声筒が渡される。
「封鎖街の開発は今までにない大きな計画です。その場所をどのようなものにするか、その案を出すのに時間はかけるべきでしょう。私は開発案の提出を来年の春までに、その後、投票を夏までに行えば良いかと思います」
彼女の提案に、また地元民の貴族たちが噛み付く。
「そのように時間をかけてどうする。その間になにか企むつもりか?」
「あら、そちらは事の重大さがまだわかっていないのですか?」
「なんだと?」
「アルスラン様の『シハット』には、来年の夏までに各街の代表者を決め、その次の夏までに四街の代表者で案をまとめる、とありました。つまり、我らは来年の夏から四街の代表者たちとやり合うことになるのですよ? そこで短時間で決めた案で勝負するつもりですの?」
「……!」
「十分な議論もなされず決められた案で勝負するおつもりなら、どうぞなさってください。ただし、四街の代表者との話し合いで恥をかくかもしれませんけれど」
女性はそう言って不敵に笑う。若いわりに根性が据わった物言いだ。言い返された地元民の貴族はぐぬぬ、と青筋を立てる。そこにヤルギリが間に入った。
『まあ、確かに焦って案の提出を早めても、いいことはありませんな』
「し、しかしヤルギリ様……」
『我らが忘れてはいけないのは、この計画を実施されたアルスラン様の想いに応えることだ。違いますかな?』
「……!」
『そのために、浅慮な案を出すのは避けるべきですな。我が王を失望させてはならぬ』
そのヤルギリの言葉に、地元民の貴族だけでなく他の貴族たちも黙った。
おお、ヤルギリ様すごい。というか、アルスラン様の威力がすごい。みんな急に黙っちゃった。
その後、その女性の提案通り、来年の春に各自開発案を出す。派閥ごとに出しても、個人で出しても良い。ということが決まった。その案の発表はまたここですべての貴族に対して行われる。
そして夏前に行う投票の具体的なやり方について決める段階になって、また揉め出した。
「各派閥の代表者が集まって投票すればいいのではないか? 今までと似たやり方でやりやすいであろう」
「それだと高位貴族同士の話し合いと変わらないではないか」
「ではどうするのだ? この場にいる全員に挙手させるのか?」
「誰がそれを数えるのだ」
「支持する案ごとに集まる場所を決めて、そちらに移動したらいいのでは? 挙手するより数えやすいぞ」
ガヤガヤとみんなが好き勝手に発言し始め、収集がつかない事態になってきた。
あー……そっか、投票っていうシステム事態、今までなかったことなんだもんね。
私はその話し合いを眺めながら、隣にいるカラバッリの袖を引っ張る。
「おじい様、私投票についていい案があるのですけれど、発言してもいいですか?」
「いい案というのは?」
「みんなが平等に投票できて、スムーズに数を数えられるやり方です」
「そのようなやり方があるのか? ならば良いが……」
カラバッリはそう言って壇上にいるヤルギリに合図を送る。
『おや、カラバッリ様にも案がおありか?』
「いや、うちのディアナに良い提案があるそうだ。少し良いか?」
『もちろんですぞ』
ヤルギリの許可が出て、どこからか拡声筒が回ってくる。私はそれを持って口を開いた。
「投票のやり方ですけれど、紙を使った投票というのはどうでしょう? 各自に配られた投票用紙に自分が支持している開発案名を記入し、それを一つの投票箱に入れるのです。投票時間が終わったあとその箱を開き、票の集計を行います。紙を数えるので間違いがないですし、証拠も残ります」
「なんと、紙で投票とは……」
「しかし確かにその方が確実ではありますな」
私の発言にまた貴族たちが騒ぎ出す。そこで私はもう一押しした。
「ちなみに紙には自分の名前などは書かないようにします。こうすることで投票の匿名性を確保できます」
「匿名性だと? どういうことだ」
「アルスラン様は今回の件をすべての貴族で考えるように、と仰いました。匿名性がなければ、派閥の力関係などで、自分が本当に支持したい案に投票できない事態が起こるかと思ったのです。どうでしょうか?」
特に力の弱い下位貴族たちは、自分が望む案に票を入れられないだろう。すべての貴族で投票と言っていても、実質は力のある者の意見に集約されてしまう。それは、平等な投票ではない。
私の意見に貴族たちは様々な反応を見せた。高位貴族たちは嫌な顔をし、中位や下位貴族たちは好意的に受け止めている。そして、移住民の貴族たちの反応も良かった。匿名性にするならば、地元民の貴族の中から味方に引き込むことも可能だと思ったのだろう。
しかしそこでヤルギリが疑問を呈した。
『ディアナの案は面白いと思うが、その投票を数える者が問題にはならぬか? その者が不正を働くかもしれぬ』
「不正を防ぐために票の集計者は複数人いることが条件だと思うのですが……そうですね、そこが心配なら集計者を別の街から連れてくるとか……利害関係にない人たちを連れてくるしかないと思います」
『完全に利害関係にない者か……それだと監察官くらいしかいないのう』
ヤルギリは「監察官を動かせるのはアルスラン様だけだ。うぬ……どうしたものか」と言って首を捻る。するとカラバッリが肩を竦めて彼に言う。
「アルスラン様に願い出れば良いではないか。其方ならできるであろう?」
『簡単に言いますなあ……世間話をしにいくのとは訳が違うのですぞ。……だがまあ、一度提案はしてみよう。アルスラン様の意見も聞けるかもしれぬしな』
「おお……さすがヤルギリ様だ」
「アルスラン様と直接お話ができるとは」
周りの貴族たちの反応を聞いてヤルギリも満更でもない顔をする。
『では、投票のやり方と集計者に関しては、アルスラン様に相談の上、改めてみなに知らせよう。他に反対意見や新たな意見を持つ者は?』
彼がそう言うと、貴族たちはお互い顔を見合わせるだけで静かになる。
こうして今回の会議はなんとか終わった。後ろ側にいる下位貴族たちから退場が始まり、私はその場で待ちながらカラバッリと話す。
「なんとか終わりましたね」
「ディアナ、先ほどの投票のやり方はどのように思いついたのだ?」
「えっと……昔学院で演劇クラブの新メンバーを募集した時に、投票箱のようなものを設置したのですよ。それを思い出して……」
前世の記憶からなどとは言えないのでそう説明すると、カラバッリは納得した顔になる。
「それにしても匿名で投票か……そのようなことは初めてだな」
「おじい様はあまり賛成ではないですか?」
「いや、今までとやり方が違いすぎて戸惑っているだけだ。それが良いのか悪いのかはアルスラン様が判断されるであろう。我らはそれに従うだけだ」
なるほど……そう考えるんだね。
なにもかも身分で考え、力のある者が全てを決めていく。そんな世界に平等な投票というものが入っていくのだ。このやり方が良い方向にいくのかは、まだ誰にもわからない。
結局アルスラン様に投げちゃったけど、大丈夫なのかな。
そんなことを思っていると、私たちの後ろから声がかかった。振り向くと、例のあの女性が立っていた。
初めて尽くしの会議はなんとか終わりました。
ディアナも一つ提案ができてホッとしてます。
そこに移住民である例の女性がやってきました。
次は、アンビシアとの出会い、です。




