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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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02 新しい幕開け


 アルスラン様が決定した、封鎖街の開発。それによって可能性が出てきた、古代劇場の本拠地化。前に夢見て、諦めていたことが突然目の前に現れたような感覚で、とてつもなく心が躍る。今はまだ達成するためになにをすればいいのかはっきりと見えてはいないが、チャンスが少しでもあるのなら逃したくない。

 そうやって、前世から私は生きてきたのだから。

 が、しかし……——。

 

「いだだだだだだっ!」

「お、ま、え、はぁぁぁぁぁぁ……! 一体なに考えてんだ!」

 

 私は家の内密部屋——音が外に漏れない特別室——でクィルガーから思いっきりぐわしを喰らっていた。ぐわしとは、クィルガーの大きな手で頭を鷲掴みにされてギリギリと絞められるお仕置きのことだ。もちろん本気の力ではないが、それでもかなり痛い。本当に痛い。

 

「封鎖街の開発に自分も関わりたいって言っただけじゃないですか!」

「あれはかなり政治的な話なんだよっ。封鎖街の開発を行うことで王都に住む貴族たちの確執をかいしょ……」

 

 クィルガーは怒りながらそこまで捲し立てて急に口を噤んだ。どうやら言ってはいけない内情をポロリしてしまったらしい。ここには私たち三人しかいないので秘密の話をしてもセーフだが、私たちにも言えないことが彼にはある。

 

「とにかく! 今年成人したばかりで、執務経験のないお前が首を突っ込む話じゃない!」

「あだだだだだっ」

 

 再び頭を絞められて悲鳴を上げていると、ようやくヴァレーリアがそれを止めてくれた。

 

「クィルガー、その辺にしてあげて。ディアナはもう子どもの姿ではないのよ」

「そうですよ。もうこういうことはしない方がいいか、って前に言ったのはお父様じゃないですか」

「それは頭を撫でる行為についてだ。叱るのを辞めたわけじゃないし、そもそも俺だってこんなことはしたくない。おまえはいつになったら大人になるんだ」

「自分としては立派な大人になってるつもりなんですけど……」

 

 頭を押さえながら口を尖らせてそう言うと、ヴァレーリアが「その顔はまるで子どもね」と笑う。

 

「クィルガーは、どうしてそこまで反対するの? アルスラン様が全ての貴族で議論するように言っているのだから、ディアナがそこに参加しても問題ないと思うのだけど」

「ディアナがそう言い出したのは、古代劇場を自分のものにしたいっていう個人的な願望からだ。そんな理由で参加する会議じゃない」

「別にいいじゃないですか。アルスラン様も止めませんでしたし」

 

 私の言葉に、クィルガーはギロリと睨む。

 

「アルスラン様は止める理由がなかっただけで、それが良いことだとは思っていらっしゃらない。かなり困った顔をしていらしたんだぞ」

「確かに見たことのない表情をされてましたね」

「おまえがそうしたんだろうが! アルスラン様の心労を増やしてどうする」

 

 クィルガーはクワっと目を見開いて再び私にぐわしをしてくる。痛い。


「理由はそれだけじゃない。貴族たちの会議は、普通の社交とは違う。いろんな貴族たちが自分たちの利を得るために策を巡らせ、敵対する相手を潰そうとしてくる。甘い世界じゃないんだ。……そんな大人たちの中にディアナを入れたくない」

 

 クィルガーは厳しい顔でそう言って、私の方を睨む。

 

「おまえはアルスラン様に認められた魔石使いとはいえ、エルフだぞ? 目立つなと言っても無理だろう。なにか難癖をつけられたらどうする。それに周りはアリム家の味方ばかりではないからな」

「うちと敵対しているのは、北西街以外の人たちではないんですか?」

 

 学生時代に私に嫌がらせをしていた人たちは、北西街以外の家の子どもだったはずだ。

 

「敵対している家は少ないが、北西街でのアリム家の立ち位置は少し特殊だ。昔から王宮騎士団長やそれに準ずる位に就くことが多かったから、政治的な会議が行われる時は一歩引いた立場にいることがほとんどだった」

 

 王宮騎士団長は王に一番近い騎士で、影響力が高い。そのため政治的な話し合いには本格的に参加しないというのが暗黙の了解であるらしい。

 

 確かに、お父様からアルスラン様に直接要望を通すことだってできるからね。それがまかり通ると政治の仕方が歪んでしまう。

 

「だから今回も俺は会議には参加しない。父上は参加するだろうが、おそらく会議で発言することはないだろう」

「え、じゃあおじい様は会議をただ見てるだけということですか?」

「そうなるだろうな。そこにエルフのおまえが参加したら『アリム家はなにかするつもりなのか』と警戒されるだろう。俺はそれが心配なんだ」

「でも、今回は自由な意見のやりとりが求められるんですよね? そういう場所なら私が発言しても大丈夫ではないですか?」

「今回は今までのやり方と違って、全ての貴族たちが会議に参加することができるが、そこで自由に発言できるかはわからん。なんせ初めてのことだからな」

「じゃあ、行ってみないとわからないじゃないですか。今までと違う会議なら、私のような若い人だってたくさんいるかもしれないですし……」

 

 私がそう食い下がると、クィルガーは口を真一文字に結ぶ。要は彼は「なにが起こるかわからない会議だから、参加してほしくない」と思っているのだ。心配性で親バカなクィルガーらしい。

 

「お母様はどう思いますか?」

「そうねぇ……ディアナに危険があるのなら止めるけれど。私もそういう政治的な会議には出たことがないし、判断が難しいわ。クィルガーが参加しないのなら、私も行けないでしょうし。お義父様とお義母様に相談した方がいいかもしれないわね」

「なるほど、それもそうですね。じゃあおじい様とおばあ様に聞いてみます。お父様、それでいいですか?」

「……」

 

 クィルガーは渋い顔のまま黙っているが、私はさっさと話を切り上げる。不確定な未来の不安を考えても仕方がないからだ。

 

「お父様、おじい様と相談してちゃんと対策を考えますし、危ないと感じたらすぐに引きますから。今回だけは許してください」

 

 ね? と首を傾けてお願いすると、クィルガーは眉間にぐぐぐっと皺を寄せたあと、深いため息を吐いた。

 

 

 その後、カラバッリ邸の方へ行ってカラバッリとターナと話し合いをした。彼らも最初は難色を示していたが、今回の会議が今までと違うということで、一度様子を見に行くくらいならいいということになった。会議には家の代表ともう一名まで参加ができるということらしいので、カラバッリと私が行くということに決まる。

 

 元王宮騎士団長で現役バリバリのオーラを放つおじい様が一緒なら、怖いこともないよね。

 

 北西街の会議第一回目は一週間後に早速行われるので、私はそれまでに劇団の仕事に精を出す。劇団員のみんなは封鎖街の開発については知っているが、私がそれに参加して古代劇場を本拠地にしようと考えていることはハンカルにしか言っていない。

 というか、みんなに話すのはハンカルに止められた。

 

「『願いの花』の公演が終わるまでは黙っていた方がいい。せっかくみんな集中しているんだから。しかし全く……劇団が始まったばかりだというのに……」

「もちろん劇団の方も力は抜かないから。ハンカルだって古代劇場が本拠地にできたらいいと思うでしょ?」

「そりゃな……あの劇場の価値は俺にでもわかるよ。まあその開発はこれから何年もかけて動いていく大きな計画なんだろう? その間にどんな流れになっていくかもわからないしな。話を聞きにいくだけでも有益な情報がありそうだ。俺は他国の人間で参加できないから、しっかり聞いてきてくれ」

「うん、任せて!」

 

 意外にもハンカルには反対されなかった。どうやらアルスラン様が次々と新しい試みをしていることに関心が向いているらしい。私がいつも突っ走る時には慌てて止めにくるのに、それよりも政治的に重要な情報が欲しいようだ。

 

 ハンカルらしいね。

 

 そして一週間後、私はカラバッリとともに馬車に乗り、北西街の高位貴族が住むエリアの真ん中あたりにある会議場へと向かった。

 この会議場は北西街の貴族たちが話し合うために作られた集会場なのだが、主に上から降りてきた通達や命令について、高位貴族たちが話し合うための場所となっている。広大な敷地内にこぢんまりとした四角い建物が立っているのだが、今日はそこを訪れる馬車の数がすごいことになっていた。

 

「さすがに、北西街の貴族たちがみんな来るとすごいですね」

「これでも来る人間はかなり限られているがな。中位や下位貴族は乗合馬車を使うものも多い故、これでもマシな方だ」

 

 カラバッリの視線の先には、ロータリーに向かう乗合馬車が何台もあった。高位貴族の馬車と他の馬車を振り分ける作業をしている職員たちがかなり大変そうである。学院と違ってここでは身分が最優先なので、高位貴族の馬車から優先的に誘導されていく。

 

「おじい様はこういった会議には何度も参加されているのですか?」

「そうだな……現役を退いてからは度々顔は出している。だが基本的には黙って聞いているだけだ。あまりにおかしな提案が出された時は意見を述べることもあるが……私がなにか言うと、みなが黙ってしまうのでな」

 

 カラバッリはそう言って顎を撫でる。眉間に深く刻まれた皺に左目の眼帯。未だ鋭さを保ったままの空色の瞳。アルタカシーク最強と言われていた元王宮騎士団長になにか言われたら、確かに反論なんてできないかもしれない。

 だがカラバッリは私の予想とは違うことを言う。

 

「アリム家は昔から中立の立場を貫いている。どこにも偏らぬ意見というのは、貴族たちにとってはやりにくいものだ。派閥ごとに主張も違うしな」

「そういうものなのですか? お互いが自分の利を得ようと動くのならば、結局どちらの意見も取り入れた折衷案が選択されると思うのですけれど。それは中立とは違うのでしょうか」

「ディアナは意外とわかっておるのだな。まあ私の場合は折衷案というより、もっと新しい第三の意見を言うこともあるのでな。そこがまた、面倒なのであろう」

 

 第三の意見、なんてとてもいいではないか。新しい意見と聞いただけでワクワクしてくる。

 

「……私も、そこはおじい様と似てるかもしれません」

「ほう、そうなのか?」

「まあでも、私の基準は演劇や娯楽にあるので、第三の意見どころか突拍子もない変な意見になる可能性が高いですけど」

 

 私がそう言って肩を竦ませると、カラバッリは空色の瞳を細めて口の端を上げた。

 

「自分の意見を持っているというのは素晴らしいことだ。それでこそアリム家の一員だ」

「そうなんでしょうか?」

「ああ。ディアナはそのままでいれば良い。今まで誰も成し得ていないことをすでにしているのだからな」

 

 カラバッリに真っ直ぐに褒められて、私の口角が勝手に上がる。彼の言葉には力がある。それが自信となって自分を満たしてくれるのだ。

 

 おじい様といたら、なんでもできそうな気がしてきちゃうね。

 

 私は改めて気合を入れ直し、馬車を降りて会議場へ向かった。

 

 

 

 

久しぶりにクィルガーのぐわしを喰らいました。

なんとか周りを説得し、貴族の会議に向かいます。


次は 北西街の貴族たち、です。

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