21 王からの知らせ
劇団の初公演は大成功に終わり、次の公演のチケットも予想以上に売ることができた。また、初公演を観た人たちが劇団やミュージカルのことを口コミで広げてくれたおかげで、新規のお客さんも徐々に増え始めてきている。
さらに新メンバーの募集も同時に行うと、劇団の見学希望者が何人も来てくれた。その中で入団を希望する人たちの面接を行なって、新たに数人メンバーが入団することになった。もちろん、みんな貴族だ。
劇団を運営するにはまだまだ少ないが、それでも大事な一歩である。
これから公演を重ねるうちに、もっと増えるといいな。
私とハンカルが新メンバーの受け入れに忙しくしている間も、劇団員のみんなは次の公演に向けて練習を始めている。初公演での反省を踏まえて、さらにいいミュージカルにしようと努力を重ねているのだ。
よぉーし、この勢いが続くように、私も次に向けて頑張らないと!
そう気合を入れていたある日の夕食時に、クィルガーからこんなことを言われた。
「ディアナ、明日アルタカシークの貴族全員に、『シハット』が届く。おまえも成人の貴族になったから、それを受け取る資格がある。ちゃんと目を通しておけよ」
「シハット? ってなんですか?」
クィルガーの言葉に、私は首を傾げる。そんな言葉は今で聞いたことがない。
「ああ……おまえは見たことないか。『シハット』っていうのは、簡単に言えば王からの通達だ。国にとって大切な知らせがある時に王から郵送される書簡だよ。どんな末端の貴族にも届くように、特別な配達官によって配られる大切なものだ。各家庭に一通だが、成人した貴族宛に送られてくるから、必ず受け取って目を通しておくように」
「普通のお知らせとは違うんですね」
「そうだな。普通、王や執務官からの知らせは各街の高位貴族に知らされて、そこから派閥を通して中位、下位に話がいくだろう? だが重要な知らせに関してはこの『シハット』が配られるんだ」
話を聞くと、今年の一の月のヤンギ・イルの儀式の急な実施についても、この『シハット』が使われたらしい。
ソヤリさんが急いで王都の貴族に知らせたって言ってたやつだね。こういう手段があったんだ。
「わかりました。劇団の館に行く前に目を通しておきます」
そして次の日の朝、本館の談話室で、私はヴァレーリアとともに『シハット』を受け取った。『シハット』は小ぶりの筒状になっていて、手紙を巻きつけてある筒の両端に円盤型の金具が付いてある。例えると、軽いミニバーベルみたいなものだ。その金具には複雑な模様が彫られてあり、高級感が漂っている。
わぁ……ただの手紙なのに凝ってる。これが全世帯に配られるの? すごい。
「これ結構お金かかってますよね。さすがに各家庭に一通になるわけだ……」
「成人貴族全員に配るとなると、かなりの数になるからねぇ」
ヴァレーリアはそう言って、筒状に巻かれた小ぶりの手紙を開いた。そこにはこう書かれてあった。
『親愛なるアルタカシークの貴族に告ぐ
以前より発掘と調査を進めていた封鎖街について、新たな施策を講じる。王族の管理下にある封鎖街を、数年後を目処に開放することとなった。ついては、その封鎖街の開発を貴族が主導して行うために、各街の代表者を決め、その者たちと封鎖街の今度の方向性を議論したい。
以下、それに関しての予定を記す。
◯来年の夏までに、各街の代表者を三名選出
◯再来年の夏までに、四街の代表者たちによる議論をまとめ、方向性を決定
◯それ以降、直ちに開発に着手
この件に関しては、全ての貴族による議論を求める。代表者に関しても、偏りのなきように。封鎖街の詳細については、追って知らせる。
——アルタカシーク王、アルスラン』
封鎖街というのは、王都の北東部に隣接している街で、かつての王都である。今の場所に王都が作られてから廃れ、そのまま砂に埋もれていたのだが、そこに重要な遺跡が埋まってるとわかり、アルスラン様が発掘調査を命じていた。エルフに関する重要な施設もあるので、私にとっても特別な場所だ。
その手紙を読んで、私は首を傾げる。
「ええと……これって封鎖街をこれから開発するから、そのアイデアを求めるよ。ってことですか?」
「そうね。……でも、それだけじゃないわ」
「え?」
顔を上げると、ヴァレーリアが眉を寄せて難しい顔をしていた。
「すごいわね……アルスラン様は、本当にこれまでのやり方を変えるおつもりなんだわ。こんなのザガルディでも聞いたことがない」
「どういうことですか? お母様」
「これはどの国にも言えることなのだけど……国が主導する施策について、貴族全員に意見を求めるなんて今まであり得なかったことなの。大体は王と執務官……しかもかなり上位の人たちの間で議論されて決まることがほとんど。それ以外の人たちは決定したことを知らされて、それに従うしかなかった。もちろん、問題があってその後、修正することはあったけれど……」
「そもそもなにも知らないうちに大事なことが決まる、っていうのが普通だったってことですか?」
「そうよ。しかも封鎖街は王の所有物でしょう? そんな重要な場所の開発の議論を、貴族全員に任せるなんて……」
ヴァレーリアはそう言って手紙の最後の方を指差す。彼女によると、ここにある『全ての貴族による議論を求める』『偏りのなきように』という言葉は、力のある高位貴族に釘を刺すものなのだという。
「いつもなら高位貴族が仕切って、いいように取りまとめてしまうからね。それを防ぐためにこの一文を差し込んだのだと思うわ」
「なるほど……今までと違って高位貴族だけで決めずに、ちゃんと全員の意見を聞いてまとめるんだよ、ってことですか」
階級社会であるこの世界の貴族にとっては、かなり驚く内容になっているようだ。
……アルスラン様、本当にこの社会を変えようとしてるんだね。
「クィルガーから、最近執務のやり方を大きく変えたとは聞いていたけれど……」
「アルスラン様の本気度が伝わってきますね。……それにしても封鎖街の開発かぁ……あそこ変わったちゃうのかな」
封鎖街には魔石術が発見される以前の街並みが、ほとんどそのまま残っていた。あの貴重な遺跡たちが開発で無くなってしまうのは寂しいし、惜しい。
「そうねぇ……でもそのまま放っておくのもね。……例のあそこも、建て替えてしまうのかしら」
ヴァレーリアはそう言って意味ありげな視線を私に向ける。言葉を濁したあそこがどこかわかって、私は「あ」と声を上げた。
そうだ、封鎖街の中にはあの古代劇場がある。私が六年生の公演の時に使用した円形劇場が。しかも、その地下にはエルフの重要な拠点である奉納場もあるのだ。
え? あそこはさすがに手をつけないよね? ウヌア様に繋がる、かなり重要で秘密の場所だし……。
そこまで考えて、私は少し焦り出した。
「この封鎖街の開発の範囲って、どこからどこまでなんでしょうか……」
「さあねぇ……書いてないからわからないけれど」
もしこの古代劇場まで開発の対象だったらどうしよう……そ、そんなのダメだよ! 今すぐアルスラン様に会って確認しないと!
「お、お母様……私今すぐにでも行きたいところができたんですけど!」
「気持ちはわかるけれど、今すぐは無理でしょう。クィルガーに相談しなさい」
度々アルスラン様と会っていることを知っているヴァレーリアは、焦る私に苦笑して、ポンポンと私の肩を優しく叩いた。
その日の夜、仕事から帰ってきたクィルガーに勢いそのままお願いすると、すんなりと許可が出た。「ソヤリが予想していた。きっとおまえが話を聞きに行きたいと言い出す、って。だからすでにそういう手筈になっている」とクィルガーから言われて私は驚く。
ちょうど私を王の塔に呼ぼうとしていた頃合いでもあったらしいが、自分の思考が読まれていてちょっと恥ずかしい。
そして翌日の夕方、限られた人しか知らない秘密の通路を通って、私は王の塔へ入った。浮石を使って塔の上部へ向かうと、書斎前の廊下でちょうどソヤリと出会う。
「ああ、来ましたね。ちょうど夕食を持ってきたところです」
「今日は執務官さんたちと食事会ではないんですね」
「貴女が来る日は夕食前に執務を切り上げるようにしてますから。では、あとはお願いします。それと、あまりアルスラン様を困らせるような質問はしないように。特に執務の内容に関しては話せないことも多いので」
「それは気をつけますけど……聞きたいことは聞きますよ?」
その私の答えに一度首を振って、ソヤリは離れていった。私は彼から受け取った夕食の乗ったワゴンを黄の魔石術で持ち上げて、王の書斎に入る。中ではアルスラン様が王のヤパンに座ってなにかを読んでいた。
「アルスラン様、まいりました」
「ああ、来たか」
そう言って読んでいた紙の束を机の上に置いて、アルスラン様はこちらに視線を移す。
「お体はどうですか? 食欲はありますか?」
「体調は変わりない。最近は夜食も食べているからな。……もう夕食の時間か」
「まだお仕事があるのでしたら待ちますけれど……」
「いや、良い。それより私に聞きたいことがあるのではないのか?」
「はい。それはもう……ソヤリさんが予想していたということは、アルスラン様もすでにわかっていらっしゃるのではないですか?」
私が口を尖らせてそう言うと、アルスラン様はフッと口の端を上げる。
「心配せずとも、奉納場や古代劇場はそのままにするつもりだ」
聞きたかったことにズバリと答えが返ってきて、私は目をパチパチとさせる。
「本当ですか?」
「当然であろう。上部の劇場はともかく、奉納場やエルフの住んでいた地下遺跡は国家機密を含む重要な場所だ。そこに人を入れるつもりはない。特にあの奉納場の奥の部屋については、誰にも知られるわけにはいかないからな」
その答えを聞いて私はホッと息をつく。奉納場の最奥には私とアルスラン様しか知らないエルフの秘密が隠されているのだ。奉納場の大扉はエルフである私と、王であるアルスラン様がいなければ開かないが、それでもあの地下遺跡に不特定多数の人が入るのは嫌だった。
あそこは、私の一族がいつか帰りたいと思っていた場所なのだから……。
「それを聞いて安心しました。封鎖街の開発がどこまでの範囲かわからなかったので、不安で……」
「封鎖街の開発は、様々な問題を解決するために必要なことなのだ。詳しくは、これから各街で行われる会議で知らされるであろう。今ここで其方にだけ言うことはできぬ」
「はい、わかってます。古代劇場や奉納場が無事であることさえわかれば、私は大丈夫です」
そう言ってにっこりと笑うと、アルスラン様は少し呆れたように笑った。
その後、夕食を一緒にとりながらアルスラン様がポツリと呟く。
「古代劇場や旧王宮を残すことは決めているのだが……それで開発が上手くいくのかという懸念はある」
「どういうことですか?」
「今回の封鎖街の開発は新しい試みだ。貴族に広く周知させ、忌憚のない意見を集め、より良い案をまとめて実行に移したい。その時に、すでに残すことが決まっている建物があるのは……邪魔にはならぬのか、とな」
「……自由な発想が出にくいってことですか? でも、そもそも封鎖街は王の持ち物なんですよね? そこを開発するのですから、触れてはいけないところはあって当然かと思うのですけれど」
私がそう言うと、アルスラン様はパンを食べながら眉根を寄せて考え込む。どうやら貴族たちに求める自由な意見交換を、自分が邪魔しているのではないかと悩んでいるようだ。
相変わらず真面目だね……。
「……それならば、その残す建物たちを存分に活かせる案が出ればいいのではないですか?」
「存分に活かせる?」
「そもそも邪魔にならない、むしろその建物たちがあることで魅力が上がるような、そんな街にすれば……」
そこまで言って、私はピタリと止まる。
ん? 私、なんかすごく大事な可能性について忘れてない?
残されることが決まっている古代劇場、今後解放される予定の封鎖街……。遠くない未来に、封鎖街に人が出入りできるようになる。
そこで私はハッと気づく。
「あ……アルスラン様、昔私が言ったこと覚えてますか?」
「昔とはいつのことだ?」
「初めて封鎖街の調査に一緒に行った時に、現れた円形劇場を見て私が言ったことです!」
私が少し興奮しながらそう言うと、アルスラン様は怪訝な顔をしながら口を開く。
「……其方が、円形劇場を見て興奮していたのは覚えている。それと、あの劇場を劇団の本拠地にしたいと言っていたことも」
「そう! それですよ! あの、数年後に封鎖街が解放されるのなら、そこには人がたくさんやってくるのですよね? いろんな人が行き来できるようになるのですか?」
「……そうだな。新たな街として人が出入りするようになる」
「でしたらあの古代劇場を劇団の本拠地にすることも可能なのではないですか⁉」
あの時は封鎖街は王の持ち物で、現時点で人の出入りを許可するつもりはないので不可だと言われた。まだほとんどが砂に覆われたままで、調査も進んでいなかったから当然だ。だが封鎖街の開発が行われるのなら、あの古代劇場を使うことだってできるはずだ。
私の言いたいことが伝わったのか、アルスラン様が片眉を上げる。
「劇団の本拠地である劇場は、其方が北西街に造ったばかりではないか」
「あそこはあそこ、ここはここです! 前とは違って、その可能性はゼロではなくなったってことですよね?」
「それは……そうだが」
その答えを聞いて、私は頭をフル回転させる。
私のやりたいことが、できるかもしれない。あの古代劇場を本拠地として、劇団を運営できるかもしれない。そのためにしなければならないことは……。
「アルスラン様、その各街で行われる会議に参加するのに、なにか条件はあるのですか?」
「いや、通達の通り、特に制限は設けておらぬ。成人していれば誰でも参加して良い」
「では私でも、参加できるのでしょうか」
「できるが……なにを考えている?」
眉を少し寄せるアルスラン様に、私は不敵な笑みを浮かべて、拳を握った。
「その会議に、私も参加します。そして、古代劇場を劇団の本拠地にします!」
「……自分でその権利を勝ち取るつもりか? しかし其方は、劇団の運営に忙しいのではないのか」
「もちろん、今の劇団も手は抜きませんよ。それはそれ、これはこれです。せっかく封鎖街の開発について、自分の意見を出せる場所ができるのですから、動かない手はないでしょう? 私は挑戦します!」
勢いよくそう宣言すると、アルスラン様がわかりやすいほどに呆れた顔になった。今まで見たことのないくらい、気の抜けた顔だ。
そんな顔、できるんだね。アルスラン様。
「……其方は本当に……」
「演劇のこととなると熱くなるのは、アルスラン様もご存じでしょう? 気づいたからには、もう引けません」
「はぁ……別に止めはせぬが……無茶はするな。あまり目立つと、敵を作るぞ」
「大丈夫です。なんとかします」
「其方の大丈夫は当てにならぬ……」
アルスラン様はそう言って眉間に指を添えながら「……余計なことを話してしまったな……ソヤリやクィルガーになんと言われるか」と呟いてため息を吐いた。
アルスランと話したことで思い出した自分の野望。
見つけた可能性。それを逃すディアナではありません。
一方この計画にディアナが参加するとは思っていなかったアルスラン。
さて、これからどうなるのでしょうか。序幕はこれにて完結。
来週から 第一幕 北西街の代表選、が始まります。
劇団の運営と古代劇場の野望にディアナは突き進みます。
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