20 初公演の成功
お客さんの声とともに、大きな拍手が会場に響き渡る。わああ、と盛り上がるというより、どちらかというとどよめきに近い。初めて観るミュージカル、そのストーリーに、音楽に、歌に、なにかを感じてくれたに違いない。
お客さんたちの拍手に軽い恭順の礼で答えた役者の三人は、一度舞台袖にはけ、鳴り止まない拍手のなか再び舞台に戻ってくる。
そこに、一人の男性の声が響いた。
「素晴らしかった!」
その男性がそう声を張り上げて大きな拍手を送ると、それに倣うように他のお客さんからも次々と声が上がる。
「すごかった!」
「素晴らしいですわ!」
初めて見たものに対して上手く言葉が出てこないのか、「すごい」「素晴らしい」という意味の言葉だけが舞台に向かって投げられる。天井裏からは前方の席にいる五大老たちの姿も見えるのだが、彼らの声も届いてきた。
「これが観たかった!」
「良かったですぞー!」
ヤルギリとヒシヤトの言葉に、私はくすりと笑う。
大きな拍手は鳴り止まなかったが、舞台上の三人が十分にその拍手を受け止めたところで、私は黄の魔石術を唱えて木製の緞帳をゆっくりと閉めた。
閉めた先からもまだ、拍手の音が聞こえている。
「……ふう、終わったね」
「まだだぞ、ディアナ。最後の案内をしないと」
「うん、わかってる」
私はハンカルにそう答えて天井裏から下へと降り、舞台袖に用意していた拡声筒のスイッチを入れた。実はこれ、会場内に設置した拡声筒と繋がっていて、客席に声を届けることができるのだ。
もう拡声筒ってものじゃないよね。マイクとスピーカーが別々になってるもん。名前変えた方がいいかも。
『これにて、ディアナ劇団の初公演ミュージカル『願いの花』は終了でございます。最後までご観覧いただき、ありがとうございました。このあとは、社交ホールにてご歓談の時間を設けております。ぜひそちらへ足を運んでくださいませ。劇団長からもご挨拶させていただきます』
ざわついていた会場に私の声が響き渡り、出入り口の扉が開かれる音がした。それを確かめて舞台の方を振り返ると、演技を終えた役者の三人が興奮した面持ちで私の方へやってくる。
「ファリシュタ」
「ディアナ!」
私はファリシュタとぎゅうっと熱い抱擁を交わす。
「良かったよ! 最高だった」
「本当? 良かったぁ。拍手、とても大きかったね」
「ね、凄かった。最後の歌めちゃくちゃ良かったよ。三人の声がピタッと合ってて」
そんなことを話してると、その後ろでラクスとケヴィンがなにやら言い合っている。
「だから、隠すなってケヴィン。嬉しい時は泣いていいんだってば」
「泣いてなどいない! ただ、ちょっと久しぶりでグッときただけだ」
「またまたぁ。ほれ、顔見せて」
「こっちにくるな、ラクス!」
二人のドタバタのやり取りに、私や他のメンバーも笑い出す。
「二人もとても良かったですよ。もちろん、エルノ、イリーナ、ヤティリ、ハンカルも。みんなで最高の舞台ができたね!」
たった八人で初公演をやり遂げた。その満足感は、とても大きい。そして、わかったことがある。
「役者の三人とも、体力はまだまだいけそうだね。これなら連続公演も大丈夫そう」
「本当にやるのか?」
「やりますよ、ケヴィン様。この初公演さえ乗り切れれば、あとは……ふふふ」
私がそう言ってほくそ笑むと、ケヴィンは「嫌なものを見た」と言わんばかりの顔をして、ハンカルの方を向く。
「大丈夫なのか? ハンカル」
「まあ、こういう顔を見せなければ大丈夫でしょう。じゃあそろそろ行くぞ、ディアナ。あとは劇団長の働き次第だ」
「はーい。任せといて。みんな、がっぽり稼いでくるからね!」
私は笑顔で返事をして、ハンカルとともにスタッフフロアに入り、社交ホールの裏口を目指した。
社交ホールの裏、料理や飲み物を運ぶ使用人たちが出入りする扉の前では、スティラが待機していた。使用人たちに指示を出していた彼女は、私たちの姿を見ると、跪いて恭順の礼をとる。
「お待ちしておりました」
「中の様子はどう?」
「皆さま寛いでおいでです。気分が高揚されていらっしゃる方々が多くいらっしゃって、飲み物や食べ物が予想より早く無くなっております」
「量は足りそう?」
「初日は予想が付きませんので、あらかじめ多めに用意しておりました。問題はありません」
「さすがスティラ。そろそろ私が出ていっても大丈夫かな?」
「まだホールの熱気は落ち着かないご様子ですが……」
「おお、じゃあ今がベストタイミングだね。行こう、ハンカル」
「いいのか?」
「お客さんが観劇の余韻に浸っている間に、押すの。大丈夫だから」
私はそう言ってまたほくそ笑む。自分が前世で何度もされたことを、これからは逆にしていくのだ。仕掛ける側というのも、なかなか面白い。
私は側近の二人とハンカルとともに裏の扉から社交ホールの中に入り、あらかじめ用意してあった広い台の上へと歩を進めた。私たちの姿を見て、ホールの中にいる人たちがざわざわと騒ぎ始める。
社交ホールには、大小様々な大きさの木製の小上がりが並べてあり、その上にローテーブルとヤパンが用意されていて、そこにお客さんたちが各々座って談笑していた。椅子とテーブルのない文化であるアルタカシークの社交は、大体が床に敷かれた絨毯の上に座って行われるのだが、劇場では普段とは違う特別な空間を演出したくて、正方形や長方形の小上がりを導入したのだ。
というか、これ学院の寮の談話室を参考にしたんだけどね。
もちろんこの小上がりも移動や組み立てが可能で、用途によって他の場所に移動したりできる。アルタカシークの中庭などでよく使われるこの木製の小上がりは、色々と使い勝手がいいのだ。
壇上に上がった私は、拡声筒を掲げてお客さんに向かって挨拶をする。
「改めまして、この度はディアナ劇団の初公演に来ていただき、ありがとうございました」
そう言って軽く恭順の礼をとると、お客さんたちが拍手を送ってくれた。見ると、どの人の顔も表情が明るい。どうやら初めてのミュージカルは楽しんでもらえたようだ。
それから私は、観劇の感想をお客さんに求める。終わりたてほやほやの感想を聞きたかったのだ。
すると、どの人からも「素晴らしかった」「体が震えた」「あれが歌や踊りというものなのか」「信じられないくらい感動した」「人が上から降りてくるとは……あの仕組みはどのようになっているのだ?」という嬉しい反応が返ってくる。
まずはお客さんに衝撃を与える、っていう目標は達成できたみたいだね。
しかしその中でも劇の内容に対してこんなことを言う人もいた。
「最後に出てきたあの怪しい男は、中位貴族だったのでしょう? なんだか、中位貴族が悪者に見えて嫌でしたわ」
「ああ、それは私も思った。どうせなら高位貴族にすればよかったのでは?」
「あら、それでは高位貴族が悪者になるではありませんか。中位貴族くらいがちょうどいいのではなくて?」
「んまぁ……」
お客さん同士でそう言って揉めている。それを見て私は眉を下げて口を開いた。
「最後の怪しい男……黒幕が中位貴族であった理由はいくつかあります。まず高位貴族ですと、あのような姑息な手を使わずとも、優秀な貴族の護衛をつけてあの洞窟に行くことができます。財力が違いますから。主人公たちと同じ下位貴族ですと、そもそもガンガルに仕事や金を与えることができませんし、彼もその誘いに乗らなかったでしょう。胡散臭い話ですし」
「……確かに」
「なるほど、それで中位貴族に……」
私の言葉にお客さんたちが納得したところで、違う人が声を上げる。
「あの、その黒幕は誰が演じていたのですか? 事前の説明では三人で演技すると聞いていたのですけれど」
「あの男はタシュビを演じていた役者がやっていたのですよ。一人二役、と言うのですけれど」
「まぁ! そうだったのですか?」
「一人二役……そんなことができるのか」
「あのような短時間で着替えたりしていたのか?」
それからも私はお客さんの質問に答えたり、感想を聞いたりする。初めて音楽に触れたお客さんたちの反応は面白い。驚き、不安、感動……様々な感情が彼らの中で生まれたのがわかる。そのどれも、演劇を楽しんでくれた人のもので、私は話を聞きながら思わず胸を押さえた。
嬉しい……ちゃんと、伝わってる。大人の貴族にも、演劇の楽しさが伝わってるよ。
社交ホールの熱気は益々高まっていったが、その中で私は次の展開へと話を進める。
「ここで、皆さまにお知らせがございます。実はこの公演は今日のみ行われるものではございません。劇団の公演はこれから何日にも渡って行われます」
「え?」
「んまぁ、そうですの? 明日もやるということ?」
ざわつくお客さんに、私はニコリと笑って言葉を続ける。
「明日ではございませんが、来週、再来週にも公演がございます。演目は本日の『願いの花』です。同じ演目を何日にも渡って開催するのが、劇団の公演なのです。さてそこで、一つ皆さまに耳寄りの情報があります」
私はそう言って、ピッと人差し指を立てた。
「ディアナ劇団では、リピーター特典というものをご用意しました。これは、一度観に来たお客様が同じ公演をもう一度観たいと思った時に、優先的に座席を買えるというシステムです。しかも、リピーターの方には特別カードを用意していて、観に来た回数ごとに印章を押させていただいて、その数によってちょっとしたお土産を受け取れるようにしました」
「まぁ……それはいいですわね」
「お土産とはどんなものかしら」
「さらにもう一つ、ご紹介特典というものもご用意しました。こちらは皆さまに今からお配りするご紹介カードを、お友達に広めてもらい、紹介した人にもされた人にもお土産がつく、というものです」
そう、私が用意したのは前世のイベントやお店でよくあった、リピーター特典とご紹介特典だ。割引券というものも作ろうかと思ったが、値段を値切るのは貴族の社会ではあまりないので、割引の代わりにお土産を渡す特典というものにした。
ちなみにちょっとしたお土産とは、私が考案したスイーツの詰め合わせである。もっと劇団が軌道に乗ったら、劇団グッズも作ってみたいと考えている。
「いいですわね。私ちょうどお友達を誘いたいと思っていたところですの」
「リピーター……というのは、常連ということですよね? まだ誰も知らない新しい劇団の常連になるのも、悪くないですわ」
「あなた、来週も来ましょう。ね?」
「まあいいが……」
お客さんたちは私の耳寄り情報を肯定的に受け止めてくれたようで、夫人たちが夫におねだりする声があちこちから上がった。
私はすかさず、次の公演のチケットやリピーター特典、ご紹介特典の受付をもう一つの社交ホールで行うことを告げ、帰りにそちらに寄ってもらうように案内する。すると、気の早い人たちが早速そちらに向かい出した。というか、大体夫が買いに行かされている。
慌ただしくなったホール内を見て、私はにこりと笑う。
「次の公演へのご案内、大成功だね」
「……ディアナには、恐れ入るよ」
お客さんの流れを見ながらハンカルとそんなことを言っていると、一人の女性が急ぎ足で私たちの方へ近づいてきた。ルザとイシークがすぐに警戒体勢に入るが、私は二人を止める。やってきたのは、初公演の宣伝お茶会に来ていた、中位貴族のキジーニだった。
彼女は少し後ろを気にしながら私の方へやってきて、小声で話しかける。
「ディアナ様……その……お礼を申し上げにきました。それと、先日のお詫びを……私、とても失礼なことを言ってしまいました。申し訳ございません」
「いえ、キジーニ様の懸念は当然だと思いましたから……。それはそうとキジーニ様、演劇はどうでしたか?」
私の質問に、キジーニはパッと顔を上げて目をキラキラとさせる。
「それはもう! 言葉にならないほど感激いたしました! 私、あのような体験をしたのは初めてです! まるで今までの自分の価値観が覆されるような……! ああ、ヤルギリ様が仰っていたのはこういうことなのですね!」
おお……なんだか思った以上にハマってくれたみたいだね。貴族なのに感情が丸わかりだよ。
「それに、その……こんなことを言っていいのかわからないのですけれど……」
キジーニはそう言ってモジモジし出すと、なぜか顔を赤らめながらキョロキョロとして、さらに私の方へ顔を寄せる。
「あの、タシュビを演じていた方……あの素敵な方はなんという方なのです? 私、すっかり彼に夢中になってしまいましたの……!」
「え……」
「あのシュッとした涼しげな目元に、魅力的な声……あのような騎士が目の前にいたらと思うと……ああっこの歳になってこんな思いを抱くなんて! はしたないですわ! それでもどうにも止まりませんの!」
はぁはぁと興奮しながら「このことは夫には秘密にしてくださいませ!」とお願いしてきたキジーニに、私とハンカルは呆気に取られる。彼女はその後も、ひとしきり推しへの愛を語って、来週からの公演も絶対に来ると言って離れていった。
ケヴィン様のファン第一号が、爆誕しちゃったよ……これは予想外だったね。
次の公演までに、劇団員の情報を書いたパンフレットを用意しなければ……と、私は速攻で次の段取りを考え始めた。
初公演が無事に終わり、ディアナはすかさず次のお客さんの確保へ
劇団はこうしてスタートを切れました。
次は 王からの知らせ、です。序幕は次で完結




