01 はじまり
——この紺碧の空の映像から始まるエンタメの広告があったら、どんな風になるだろう。
王都の城門を少し出たところ、砂漠に繋がる広い街道の端で、私は空を見上げながらそんなことを考える。季節は夏の終わり、雲一つない痛いほどの青空が視界いっぱいに広がっていた。
私の名前はディアナ。
砂漠の国アルタカシークの王都に住む高位貴族で、世界唯一のエルフだ。透き通るような長い金髪と青い眼、音がよく聞こえる長い耳を持っている。今の見た目は中学生くらいだが、実は日本で十九歳まで生きた記憶を持っている、転生者だ。
前世での名前は本田恵麻。小さな頃からエンタメが大好きで、ミュージカル俳優になるのが夢だったが、それは叶わず……じゃあエンタメのプロデュースをしようと熱意に燃えているところで事故で死んで、この世界にやってきた。
ところがここは歌と踊りが禁忌とされている世界で、しかも生まれ変わったこのエルフという種族は大昔に人間に迫害され、すでに絶滅していた。そして、その暗い歴史からエルフは禁忌の存在とされていたのである。
エンタメのプロデュースがしたいのに、歌も踊りも禁止で、自分までワケありの存在で……本当、どうしようかと思ったんだよね。
それからクィルガーという騎士に助けられ、大きな大陸の真ん中に位置する砂漠の国アルタカシークにやってきた私は、その国の王であるアルスラン様に保護され、王立の魔法学校であるシェフルタシュ学院に入学することになった。
自分で言うのもなんだけど、かなり波瀾万丈な六年間だったなぁ……でも、そのおかげで自分の望みを叶えることができたんだから、結果的にはよかったよね。
私の望みとは、この世界でもエンタメのプロデュースをすること、だ。
どれだけ世界から疎まれようと、忌避の目で見られようと、この夢だけは譲れなかった。
そこで私は魔法学院に入ったあと、演劇クラブを立ち上げ、生徒である各国の貴族の子どもたちを勧誘し、わずか十二人で活動を開始した。そのクラブも六年生になる頃には大所帯となり、彼らの頑張りで踊りや歌も解禁されて、クラブの公演は大成功を重ねた。そして私の存在に戸惑っていた他の学生たちも、毎年の公演を楽しみにしてくれるまでになったのである。
私はそんなクラブの活躍を喜びながら、卒業後もエンタメのプロデュース活動をしていきたいと思い、アルスラン様に劇団の設立を打診し、課題を乗り越えてその許可を貰った。アルタカシーク初、いや、この世界初の王立の劇団を作ったのである。
劇団員には今まで苦楽を共にした演劇クラブのメンバーの中から、劇団に入って欲しい人を口説き落とした。他国出身者も多かったが、演劇やミュージカル、歌や踊りという世界に魅了されたメンバーたちは、私の要望に応えてくれたのだ。
そしてこの春、その学院を無事に卒業した私は、晴れて成人の貴族として認められ、劇団をスタートさせるべく数ヶ月間その準備に明け暮れた。
ああ、やっと劇団を本格的に始められるよ……楽しみだなぁ。
そんなことを思ってニマニマしていると、私の後ろに控えていた側近のルザとイシークが声を上げた。
「ディアナ様、あの馬車ではないですか?」
「アリム家の紋章が見えます」
「え、どこどこ?」
この国で育ったルザと、身体能力の高いカタルーゴ人であるイシークには見えているようだが、私にはさっぱりわからない。愛馬のクイグルの上から街道の先を見ても、道を行き来する人たちが多くて、その先が判別できない。
私たちが待っているのは、これから自分の劇団で働いてもらうメンバーのうち、西の大国ザガルディ出身の二人だ。卒業して一旦自国に帰っていたメンバーたちが、いよいよアルタカシークに戻ってくるということで、私は朝からこうして王都の西の城門の外で待機していたのである。
しばらく目を細めてルザとイシークが指差すところを見ていると、やがて朝日に照らされた馬車が見えてきた。間違いなく、うちの家の馬車だ。
「あ! 見えた!」
「国境まで迎えに行かせて正解でしたね。アリム家の馬車のおかげで順調にいったようです」
ルザが少しホッとしたような声で言う。うちは高位貴族で、しかも代々騎士を輩出している家だ。その家の馬車は普通のものより頑丈にできていて、馬も立派なため、砂漠でも問題なく走れる。そして貴族の紋章がある馬車を見て、街道を行く人々は驚いて道を譲ってくれるのである。
見る見るうちに近付いてきた馬車は、私たちがいる待機場にゆっくりと入ってきて留まった。御者が馬車の扉を開けている間に、私たちも馬を降りて馬車へと近付く。
まず馬車から出てきたのは、サラサラの黒髪に紫の目をした青年だった。
「ディアナ!」
「エルノ! 長旅ご苦労様だったね」
「わざわざ迎えに来てくれるなんて」
「何言ってるの。大事な劇団メンバーなんだから、これくらい当たり前だよ」
彼とは卒業以来、約四ヶ月ぶりなのでそこまで久しぶりな気はしない。二人で再会を喜び合っていると、彼の後ろから特徴的なつり目と緑色の髪をした青年がやってきて、呆れた声を出す。
「相変わらず騒がしいな、其方は」
「ケヴィン先輩! じゃなかった、ケヴィン様、ようこそアルタカシークへ!」
「うぐ、いざそう呼ばれると気持ちが悪いな……」
「気持ち悪いとはなんですか! これからは先輩じゃなくて様で呼べって言ったのはそっちですよ。それに二人に早く会いたくてここまで来たんですから、もっと喜んでください」
「この馬車に乗っているのだから、放っておいても其方の家まで行けただろう? それに、私も二の月までは外交官としてこっちにいたからな、そのように喜びを分かち合う月日でもあるまい」
「むう、相変わらず素直じゃないですね」
「それに、ここで我々が立ち話しているのも目立つ。早く王都の中へ入らないと、野次馬で大変なことになるぞ」
ケヴィンにそう言われて周りを見ると、大勢の通行人や城門の見張りの騎士たちが自分たちに注目していることに気付いた。遠巻きにしながら足を止めている人や、目深に被っていたフードを上げてこちらを覗き込むようにして見ている人もいる。普段、馬や馬車に乗って移動する貴族が、こんなところで立ち話していることが不思議なのだろう。
「確かに、貴族がここで突っ立ってても良くないですね。入りましょうか」
「いや、目立ってる原因はどう考えても其方だろう。なぜ耳を出したままなんだ」
「え? これですか? まあ……テルヴァももういないし、いいかなって……」
私がスカーフから出ている長い耳を触りながら首を傾げると、ケヴィンは眉間に皺を寄せた。
「確かにテルヴァの長は処刑されたし、匿っていた国はテルヴァごと滅びたが、それでも完全にいなくなったわけではないだろう? こんな平民がたくさんいるところで耳を出して大丈夫なのか?」
テルヴァとは、私が目覚めた六年前から私のことを狙っていた狂信者の一族のことだ。滅亡したエルフに仕えていた人間の使用人で、一千年ぶりに現れたエルフの私のことを一族の長にしようと躍起になっていた。
学院に入っていた六年の間、他国の王族や貴族と共謀して何度も私を手に入れようと画策したが、結果的には私と王であるアルスラン様、そして騎士たちの働きで捕えることができた。
テルヴァを匿っていた国にも周囲の国から軍事的圧力が入り、ほとんどのテルヴァは捕まえられ、処刑された。
テルヴァは平民だったため、それまで私の行動範囲は彼らが入り込みにくい貴族区域にほぼ限られていたが、その必要も無くなり、私はこの春から平民区域へ行くことが許されたのである。
「お父様も、ルザとイシークがいるなら大丈夫だろうって許可を出してくれたので、私は気にしてないんですけど……」
「いや、そもそも平民にだってエルフは物珍しいものだろう? 変に目立っても良くないのではないか?」
「平民は貴族と違って忌避的な感じで見てこないので、大丈夫ですよ」
「はあ……其方は相変わらず呑気だな。エルノから体が少し成長したと聞いていたのだが、中身は全く変わっていないではないか」
「変わっていなくてホッとしました?」
「呆れてるんだ!」
「安心してください。ケヴィン様を世界一の喜劇役者にしたいという野望も、一ミリも変わっていませんから!」
「そんな野望はさっさと捨ててくれ!」
ケヴィンのツッコミに思わず吹き出すと、エルノや側近まで肩を揺らして笑う。
ああー、やっぱりケヴィン先輩のツッコミは最高だね!
「私はホッとしましたよ。ケヴィン様のツッコミ力が変わってなくて」
「どこでホッとしてるんだ! ……く、其方といると本能的にツッコんでしまう。ほら、もう行くぞ。城門での手続きもしなくてはならないんだからな」
ケヴィンは一方的にそう言って馬車の中へと戻っていく。私はエルノと顔を合わせてもう一度笑い、すでに城門での手続きは完了していることを告げて、愛馬の方へと向かった。
他の劇団メンバーたちもすでに王都に到着している。
さあ、新しい生活の始まりだ。
はじまりました。ディアナの物語の続きです。
まずは懐かしいメンバーとの再会から。
次は 再会の宴、です。
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