18 初公演 志と罠
ムロイの歌が終わったあと、三人はそれぞれの寝床を作り始めた。
『洞窟の中で野営をすることになった三人は、安全な場所を確保して交代で眠りにつきました。その夜——』
一人見張りをしているガンガルの元へ、ムロイがこっそりとやってくる。
「な……っお嬢様。一人で危ないよ」
「シィ。静かに。お兄様が起きてしまうわ」
ムロイはそう言って手で辺りを探りつつ、ガンガルの向かいに腰掛ける。
「眠れなかったのか?」
「……ええ。このようなところで眠るのは初めてだから」
「こんな薄気味悪い洞窟になんか、お嬢様は確かに来ないよな」
「そうなの。でも起きたのはそれだけが理由じゃないのよ」
「え?」
「ガンガル……さっきの貴方の空気が気になって。もしかして、胸に抱えているものがあるのではないの?」
その言葉にガンガルは目を見開き、周りをキョロキョロとしながら小声で問う。
「どうしてそんなことを?」
「私、小さいころに失明して、それからはいろんな気配を耳で感じるようになったの。誰かが息を呑む音、険悪な雰囲気、気を遣うような視線。見えてなくても、なんとなくわかるようになったのよ。だからさっき、貴方が私の気持ちを聞いて、落胆していたのも知ってる」
「……」
「今、驚いて言葉が出ないのも、わかる」
そう言ってムロイは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……お嬢様は、すごいな。そこまでわかるのか」
「人に言うと怖がられるから、普段は言わないのだけど」
そのあと、少しだけ二人は沈黙する。洞窟内を、携帯灯の灯りだけが照らしていた。重たい空気を動かすように、ガンガルが口を開く。
「……お嬢様のやりたいことを聞いて、自分が情けなくなったんだ。目が見えなくても、君は前を向いている。ままならない体だというのに、人の役に立ちたいと言う。それに比べて俺は……」
そこで静かなバラードの伴奏が流れ始めた。
小さなころから
嘆いていた
なにもできない
なにも買えない
なにも学べない
貧しい暮らし
裕福な平民より
貧しい暮らし
どうにかしたくて
どうにもならなくて
一人ぼっち
身軽で器用
そんなものが
なんになる
欲しいものは
仕事 お金
いや違う
俺は
志が欲しい
未来を変える
役立たずの
自分を変える
志が欲しい
静かなバラードを歌い切ると、ガンガルは「みんなの役に立ちたいという志がある、お嬢様が羨ましいよ」と言って俯いた。そんな彼に、ムロイは問いかける。
「ガンガルは、役に立っているわ。まさに今、罠を解除して私たちを助けてくれている。それではダメなの?」
「今は特別だよ。三人で進む必要があるから、そうしてるだけで」
「でも罠を解除できた貴方はとても楽しい声をしていたわ。お兄様に『よくやった』と言われて、笑っていたでしょう? 嬉しかったのではなくて?」
「それは……嬉しかったよ。そんな、人から褒められたこと……今までなかったから」
「では私と一緒ね。人の役に立つと、嬉しいものなのね。私も知らなかったわ、今まで。ガンガルもその嬉しい、という気持ちを広げていけばいいと思うわ」
「広げる?」
ガンガルが首を傾げると、ムロイも静かな声で歌い出す。
小さなころから
求めていた
なにかしたい
なにができる?
なにもできない?
暗い世界で生きて
光がないように思えた
一人ぼっち
そうじゃない
できることがある
周りを感じて
できることがある
小さくても
世界を動かせる
ささやかでも
前へ押せる
足元を見ないで
振り返らないで
貴方の前には
なにがある?
よく見て
その目があるのだから
よく見て
世界が貴方に望むことを
「世界が……俺に望むこと……」
「ガンガルには元気な体と、素敵な特技があるわ。だから志は絶対に見つかる」
「お嬢様の志は、誰かの役に立つこと?」
「そう。それと、お兄様を自由にすること。私は、自分の足で立たなくちゃダメなの。だから……これを最後にしたいの」
そう言い切るムロイに、ガンガルは眩しい視線を向け、「俺に……できること……」と自分に言い聞かせるように呟いた。
その後も洞窟の探索は続き、その間に三人の絆は深まっていった。タシュビもガンガルの懸命な働きに感心し、彼を認めていくようになる。
舞台には軽快なリズムとメロディが響き始め、ガンガルを中心に、三人がそれぞれステップを踏み出す。
ガンガルの成長の踊りだ。
俺にはできることがある
彼女に言われて気が付いた
自分の目の前にあること
ガンガルはそう歌いながらくるりと回転し、ムロイの前の床を布で拭く。
お嬢様の安全を確保!
次にガンガルは階段に上り、その脇に布袋を掲げて、水を掬う動作をする。
危ない場所での水の確保!
その布袋をタシュビに押し付けて、ガンガルは洞窟のあちこちをアクロバティックな動きで走り回る。
他にも食べ物を探したり
隠し通路を見つけたり
もちろん罠も解除して
俺にはできることがある
目の前をよく見たら
できることはたくさんある
そう歌いながら、ガンガルはその喜びを表現するように楽しげに跳び、踊る。
「おお……すごいな……」
「これが踊りですの?」
ラクスの上級者の踊りの凄さが、お客さんにも伝わったらしい。みんな圧倒された顔になっている。
得意の跳躍の踊りを次々と披露して、自分が変わっていく喜びを全身で伝えるガンガルに、見てる私まで笑顔になる。
ラクスの本領発揮だね。
リズムは徐々に速くなっていき、ダイナミックな踊りを披露したガンガルは、最後にフィニッシュのポーズをバッチリと決めた。これにはお客さんたちも思わず拍手を送る。初めて劇を観たお客さんでも、拍手をせずにはいられないほどの熱気が会場を覆っている。
「よくわからないが……感動したぞ!」
「胸がドキドキしてますわ!」
踊りを終えたガンガルは、タシュビとムロイの元へ駆け寄り、彼らの荷物を持って先頭を歩いていく。
「ガンガル、無理するな。体力が持たないぞ」
「これくらい大丈夫だ。任せとけ。なあタシュビ様、こんな俺に向いてる仕事ってあるかな?」
「そんなに動き回るのは平民くらいだが……そうだな、それだけ体力があるのなら、王国騎士団の一番下っ端くらいなら出来るかもしれない」
「本当か?」
「ただし、騎士団は礼儀にも戒律にも厳しいぞ。それに耐えられる能力がなければ入れない」
「俺、頑張る。タシュビ様、指導してくれるか?」
「くれますか? だ」
「くれますか?」
「正しくは、指導していただけませんか? だが」
「指導してイタダケマセンカ?」
言葉遣いを直されるガンガルの方を見て、ムロイがクスクスと笑い出す。
「違う、やり直し。背筋は伸ばして、騎士の敬礼はこうだ」
「指導していただけませんか?」
「頭をもっと下げろ。もう一度」
「指導していただけませんか!」
何度もやり直しをさせられるガンガルのコミカルな動きに、お客さんたちも笑い出した。
「……まぁいいだろう。帰ったら特訓だな」
「やった! ありがとうタシュビ様!」
「ありがとう存じます、だ。やり直し!」
「ひぃぃぃありがとう存じます!」
その二人のやり取りにドッと会場が笑いに包まれる。貴族がここまで笑うのは滅多にない。上下関係がはっきりしている貴族社会では、こういうネタが受け入れやすいのだろう。
「こんなことをして遊んでる場合じゃない。食料は限られているんだ。先を急ぐぞ」
ムロイに笑われていることに気づいたタシュビは、少し気恥ずかしそうな顔をして、舞台の下手へとはけていく。そこにムロイが続き、ガンガルも向かう。しかし彼はハッとなにかに気づいた顔をして、後ろを振り返った。しばらくすると、舞台の上手からカツンカツンという、小さな足音が聞こえてくる。
「……」
ガンガルはその方向を見て険しい表情を見せ、そして下手へとはけていった。
舞台が暗闇に包まれると、そこでイリーナとヤティリによって階段やセットの一部が動かされていく。
『その後も三人は力を合わせ、洞窟のかなり奥へと進むことができました。そうして……彼らはついに、最奥の場所へと辿り着くのです』
再び舞台に照明が灯ると、そこには今までとは違う光景が広がっていた。左右の端にそれぞれあった階段は真ん中へと移され、その先にある二階の正面には台座が現れている。かなりの高さがあるその台座の上に、一輪の花が咲いていた。
そこへ、三人が上手から姿を現す。
「はぁはぁ……かなり奥へやってきたな。ムロイ、かなり冷えてきたが大丈夫か?」
「ええ……お兄様こそ先程の戦いでかなり疲労したのではありませんか?」
「敵を引きつけるために少し走っただけだ。ああ、癒しは必要ない」
「タシュビ様! あれを!」
「……!」
ガンガルが階段の先にある台座を指差し、タシュビがハッとそちらへ顔を向ける。
「あれは……まさか!」
「お兄様、ガンガル、どうしたのです?」
「お嬢様、階段の先に台座があって……そこに花が咲いてるんだ!」
「まさか……それが『願いの花』⁉」
「絶対にそうだよ!」
そう答えて階段を上ろうとするガンガルは、なぜかハッとして一度止まり、周りをキョロキョロと見回す。
「どうした?」
「いえ……タシュビ様、ここに罠がないかしっかり調べた方がいいと思います」
「……! 確かに……今までも罠だらけだったのだ。ここになにもないとは考えられないな」
「俺、ちょっと調べてきます」
ガンガルはそう言って階段やその周りの壁や床を念入りに調べていく。
「階段は……大丈夫だ」
「よし、じゃあゆっくり行こう、ムロイ」
「はい……」
タシュビはムロイの手を取ってゆっくりと階段を歩いていく。ガンガルはその二人を見守りながら先に階段を上りきり、二階の上手側を調べていく。
そして二人が階段を上り切ったところで、不意に下手側から唸るような声が聞こえて三人はハッとそちらを向いた。
「魔物か⁉」
「タシュビ様! 一旦下がって!」
「ガンガルはムロイを守れ! これが最後の魔物だろう。私が倒してやる!」
「ダメだ! タシュビ様!」
ガンガルの静止を聞かずにタシュビが剣を構えて二階の下手へ向かっていく。と、その時、下手側の奥から突然細長い触手のようなものが飛び出してきた。その触手は素早くタシュビの足に絡みつくと、彼の体を引き倒し、そのまま奥へと引っ張っていく。
「うおおおお!」
「タシュビ様!」
「お兄様⁉」
タシュビはどこかに捕まろうと手を伸ばすが上手く掴むことができない。そしてあっという間にタシュビの体が二階の通路から、その裏側へと引き摺り下ろされてしまった。
「うわああぁぁぁぁ」
タシュビの悲鳴が裏側へ消えていくように響き、静寂が訪れる。
「お兄様‼」
「お嬢様はここにいるんだ!」
ガンガルはムロイから離れ、タシュビが消えてしまった通路の端まで走り、裏側を覗き込む。
「……! そ、そんな……」
「ガンガル! お兄様は⁉」
ガンガルはその場で膝をつき、震える顔を手で覆う。
「……この裏は崖になってて……とても深くて……先が見えない」
「そんな……! お兄様の姿は⁉」
「どこにも……魔物の姿も、なにもない……」
「……!」
その言葉にムロイが口に手を当てて息を呑む。舞台の上は薄暗く、スポットライトがムロイとガンガルだけを照らしていた。静かで、悲壮感のある背景音楽が、その二人を包み込む。
「ど……どうすれば……あ! 黄の魔石術を使えば引き上げられるのでは?」
「……お嬢様の魔石術の力でもそれはできないんだろう? それに、姿が見えないと引き上げることもできない」
「じゃ、じゃあ癒しを掛けるわ。『ヤシル』お兄様に癒しを!」
ムロイがそう唱えると、腕輪の緑の魔石が光って……そしてそのままどこにも放たれず、消えてしまった。それを見ていたガンガルが、思わず「嘘だ! くそぉぉぉぉ!」と叫ぶ。
癒しの魔石術は生きているものにしか掛けることができない。つまり、癒しの光が対象者に飛ばないということは、その人がもう生きていないということを意味する。
ガンガルの悲壮な叫びを聞きながら、お客さんたちが目を見開いたまま固まってしまった。
「う、嘘でしょう?」
「死んだのか?」
「まさか……こんなにあっさり……」
ざわつくお客さんの言葉を遮るように、ガンガルの慟哭が大きくなる。そんな彼に向かってムロイが手を這わせながら進んでいく。
「ガンガル……どういうことなの? 癒しは……私の魔石術は効かなかったの?」
「ううう……うわあああ」
ガンガルは泣きながら、ムロイを助け起こし、魔石術が飛ばなかったと告げた。それを聞いたムロイは床にペタリとお尻をつき、呆然とする。
「嘘でしょう……? 魔石術が……それじゃあ……お兄様はもう……」
「お、俺のせいだ。俺がもっと早く魔物に気づいていれば……! わかってたのに。なにか罠があるってわかってたのに……‼」
その言葉にムロイはハッと顔を上げ、眉を寄せる。
「それはどういう意味なの? ガンガル……! 貴方はやっぱり……」
と、その時、突然上手から男の笑い声が響き渡った。
「ははははは、上手くいったな。ガンガル、もういいぞ。お前の役目は終わった」
「……!」
「え? 誰⁉」
彼らが顔を上げると、舞台の上手から一人の男が姿を現した。
順調に進み、絆を深めた三人でしたが
タシュビが魔物にやられてしまいました。
そこに新たな人物が……。
次は 初公演 ムロイの願い、です。
公演は次回でラスト。




