16 初公演 ミュージカル「願いの花」
劇の開演時間が近づき、スティラや他の使用人たちの案内で、社交ホールで寛いでいたお客さんたちが会場に入ってきた。
「んまぁ……! 中はこのようになっているのですか」
「ご覧になって、あの正面の大きな扉」
「こちらも見事な装飾ですわ。さすが王立ですわね」
会場の前方にある関係者用の扉を少し開けてその様子を見ていた私は、夫人たちの声を聞いて口角を上げる。
こっちも貴族には好評だね。頑張って作ってよかった!
それからお客さんが席に座り、開演時間十分前になったところで、私はハンカルとその扉から会場に入った。お客さんたちの視線を浴びながら舞台横の階段を上り、緞帳の前を進んで中央まで歩く。もちろん後ろにはルザとイシークも付いてきている。
私は舞台の真ん中で立ち止まると、拡声筒と呼ばれる筒状の魔石装具を口元まで上げた。
「皆さま、本日はディアナ劇団の初公演に来てくださり、ありがとうございます。劇団長のディアナと、こちらは副団長のハンカルです。劇を楽しんでご覧いただくために、私たちからいくつかの注意点がございます」
私はそこで観劇マナーについて説明する。これは演劇クラブの公演時にもやっていたことなのだが、初めて劇を観るお客さんには必要不可欠なものだ。
観劇中に余計な私語はしないこと。席を立たないこと。退席しなければいけなくなった時は、周りのお客様に迷惑にならないようにすること。他にも感動した時は遠慮せずに拍手していいことや、そのタイミングや音の鳴らし方も伝授する。
「それでは、今から始まる特別な時間を楽しんでください」
そう言って私とハンカルが軽い恭順の礼をすると、お客さんたちから拍手が送られた。
うん、練習した通り。いい拍手。
開演前の説明を終えた私たちは、舞台から降りて関係者用の扉からスタッフフロアへと入り、そこから舞台袖に繋がっている扉へと急ぐ。その中に入ると、劇団員全員が集まっていた。役の衣装に着替えたラクスがニヤリと笑う。
「ディアナ、あれやるだろ?」
「もちろん」
みんなで円陣になって私はいつもの言葉を紡ぐ。
「まずは首を左右にゆっくり傾けます。首の筋を伸ばす感じで……いち、に、さん、し。それから首を傾けて、肩を上下に動かしましょう。ぐぐー……ぱっ、ぐぐー……ぱっ」
みんな私の言う通りに動いて、体の緊張を解していく。それからゆっくりと深呼吸をして、本番前のリラックスルーティンは完了だ。
「この運動はずっと変わらないな」
「一年生のころからやってるもんな」
ケヴィンとラクスの言葉にみんなも表情を緩める。今回は珍しくヤティリもこの輪に参加していた。彼はいつも本番中は客席側から観ていることが多かったので、円陣もこの運動もあまりしたことがない。
「ヤティリ、まだ緊張してる?」
「そ、そりゃね……本番中の舞台に関わるの、初めてだから……舞台装置の移動失敗したらどうしよう……」
「大丈夫だよ。あれだけ練習したんだし。イリーナもフォローしてくれるから」
「お任せくださいな。頭の中には全ての段取りが入ってますわ。わたくしが忙しいのは終盤だけですから」
胸を張ってそう答えるイリーナに、私はくすりと笑う。本当に、彼女の肝の座り方は素敵だ。いつだって元気が出る。
「では皆さん、手のひらを下にして、前に出してください」
私がそう言うと、円陣の中心に向かってメンバーたちが手を差す。
「ついに、劇団初めての公演です。会場もお客さんも今までとは違いますけど、私たちがやることは同じです。人数が少なくても、今日ここへ来てくれた人たちに、歌や、踊り、そして演劇の素晴らしさを伝えることが、絶対にできます。今までの練習の成果が思う存分出せるよう、全力を尽くして……楽しみましょう。ディアナ劇団、初公演、行こう!」
「おお!」
「はい!」
私の言葉と同時にみんなで手を上にあげる。そして拍手をしながら、みんなそれぞれのスタンバイ位置に向かった。ハンカルと天井裏に上った私は、一つ深呼吸をして、閉じていた目を開ける。
よし、やるぞ。
開演時間になり、合図の鐘の音が会場内に響き渡る。それと同時に、ハンカルが天井裏に設置してある魔石装具を起動させた。すると客席から「灯りが」「真っ暗ですわ」と戸惑った声が上がる。この魔石装具は会場側の照明の魔石装具に繋がっていて、こちらで点灯したり消したりできるのだ。
そして暗くなった会場内にナレーションが響き渡る。
『これより、ディアナ劇団第一回公演会、ミュージカル『願いの花』を開演いたします』
このナレーションはイリーナにお願いして録音したものだ。私の声がまだ幼いため、今回は彼女に手伝ってもらった。
『舞台はここアルタカシークの王都。その下位貴族のとある館に、仲の良い幼い兄妹がおりました。兄の名前はタシュビ、正義感の強い真面目な少年で、妹の名前はムロイ、穏やかでのんびりとした性格でした。彼らの親は仕事のため忙しく、遊びに行けるほど裕福ではなかったため、いつも二人は一緒でした』
そこで会場には和やかな音楽が流れてくる。初めて聞く音楽というものに、お客さんが驚いている様子が聞こえた。そこに、幼い二人の会話が重なる。
『お兄様、待って』
『こっちだ、ムロイ』
『二人はいつも、中庭で遊んでいました。しかしある日、タシュビが大きな岩に登って遊んでいたところ、そこから足を踏み外して落ちそうになります』
『お兄様! 危ない!』
『ばかムロイ!』
そこにドカッという音が響く。
『ムロイ! しっかりしろ! 目を開け……うわぁ!』
『ムロイは兄を助けようとして、その反動で足を滑らせ、下にある石に顔をぶつけてしまったのです。彼女の目の辺りからは血が流れ、意識はありません』
『誰か! 医者を……いや、魔石術を使える者なら誰でもいい! 早くムロイを助けてくれ!』
『その後、ムロイは治療を施され意識をとり戻しましたが、癒しの魔石術を使うのが遅くなってしまったため、失明してしまいます』
『そんな……ムロイが……僕が、僕のせいで……うわあああ!』
『自分のせいで妹の目が見えなくなってしまったと、タシュビは自分を責めました。ムロイの命は助かりましたが、彼女はもう二度と、この世界をその目に映すことができなくなったのです。そして、それから十年の月日が経ちました……』
そのナレーションが終わると、私は黄の魔石術を使って木製の緞帳を左右に開いていく。それと同時にハンカルが舞台の照明を灯した。舞台に現れたのは、ファリシュタ演じるムロイだ。彼女は目が見えないため、常時目を瞑ったままである。もちろん演じるファリシュタはわからない程度に目は開けている。
「まぁ……大きな扉が開きましたわ」
「さっきのアレは……とても衝撃的な始まりでしたけれど……」
「し、静かに」
緞帳が開いてお客さんたちの反応がダイレクトに聞こえて来た。冒頭のシーンで動揺している人が多いようだ。
舞台の中央に置かれた椅子に目を瞑ったまま座るムロイの方へ、上手からケヴィン演じるタシュビが笑顔で駆け寄ってくる。
「ムロイ! 聞いてくれ。いい情報を見つけたぞ!」
「おかえりなさい、お兄様。いい情報というのは?」
「其方の目を治すことのできる方法に決まっているではないか!」
「まぁ……お兄様、まだ諦めていなかったのですか?」
「当たり前だ。其方の目が見えなくなったのは私のせいだ。私は、其方の目を治すまで絶対に諦めない。必ず治療法を見つけてみせる」
タシュビがそう言って拳を握ると、ムロイは眉を下げて仕方なさそうに微笑む。
「お兄様……もう十年も経つのですよ? 医師もとっくに諦めたというのに。私は大丈夫ですから、もうご自分の人生を歩んでくださいませ」
「其方の目を治すのが私の人生での最優先なのだ。それより、聞いてくれ。街で有名な情報屋からいい情報を手に入れたのだ。なんと、どのような願いも叶えてくれる『願いの花』というものがあるらしい」
「『願いの花』……? そのようなもの聞いたことありませんけれど……」
「最近見つかった砂漠にある洞窟で発見されたそうだ。なぜか魔石術の使える貴族しか洞窟には入ることができず、中には罠も多数あるのだとか。その洞窟の一番奥に、どんな願いも一度だけ叶えてくれる花が咲いているというのだ」
「……その話が本当なら、それを発見した人がすでに持ち帰っているのではありませんか?」
「いや、その話を提供した人は、その花の存在を知る古の民から話を聞いて洞窟まで行ったらしいのだが、平民であったため入れなかったようだ。しかし実際に洞窟は存在していたので、その情報を情報屋に売ったのだと聞いた」
「……」
「どんな願いでも叶えてくれる花が本当にあるのなら、其方の目も治すことができる。……ただ、本人が花が咲いている場所で願わないと叶わないそうなのだが」
その言葉に、ムロイは眉を顰めた。
「本人が……ということは、私が行ってその花に頼まなければならない、ということですの?」
「……ああ。本当は私が行って願ってきたいところなのだが……」
そこでタシュビが顔を伏せ、舞台の前の方へ歩き出すと、音楽が流れ始める。その伴奏に、タシュビの歌声が重なる。
幼い日の罪
私の過ち
消すことはできない
私の償い
優しい妹
大事な妹
必ず助けると誓った
幼い決意は今も
長い年月 探し
手に入れた けれど
治せなかったものたち
ようやく掴んだ 知らせ
この希望の 知らせ
逃すことはできない
光を
明るい未来を
彼女に
「まぁ……」
「これが……歌ですの?」
タシュビの歌にお客さんたちが戸惑いの声を上げる。
その歌が終わると、タシュビは再びムロイの元へ戻り、膝をついた。
「ムロイ。其方のことは私が必ず守る。だからその洞窟へ一緒に行こう」
「お兄様、私はこのままでもう十分なのです。私のせいで、お兄様が危険な目に遭うのかもしれないのに……そのような洞窟には行けませんわ」
「大丈夫だ。私はあの日から自分を鍛えてきた。魔石術の力は弱いが、王国騎士団の騎士として務めを果たしている。罠の対策も十分に練ろう」
タシュビはそう言って自分の胸を叩くが、ムロイは眉を下げて立ち上がり、数本歩いて首を振る。
「でも私は目が見えないのですよ? 足手まといにしかなりません」
「私が罠を解除するから、其方は私の誘導するままに付いてくれば良い。何も心配いらない。亡くなった父上も母上も、其方が幸せになることを望んでいる。な? ムロイ。一緒に行こう」
「お兄様……」
ムロイは目を瞑ったままタシュビの方を向き、俯く。そこで再び伴奏が流れ始め、ムロイの声が重なった。
幼い日の出来事
私の失敗
消すことができない
私の傷
優しい兄
真面目な兄
彼の人生を変えてしまった
私の傷
長い年月 憂い
償おうとする けれど
叶わなかった願い
いつまで続けるの
もう終わりにしたい
償いの日々は
これで最後に
光を
明るい未来を
彼に
ムロイの歌声に客席の空気が変わったのがわかった。息を呑むように目を見開いて、お客さんたちは舞台上のムロイを見ている。彼女が最後のフレーズを美しい響きとともに歌い終えると、その音の余韻が会場の天井や壁にぶつかって波を残した。
ファリシュタの歌声は本当に……すごいよ。天使が泳いでるみたい。
歌い終えたムロイは、目を瞑ったままタシュビの顔を見上げた。
「お兄様……一つだけ、約束してくださいませ。今回の件で私の目が治っても治らなくても、これで終わりにすることを」
「ムロイ……しかし……」
タシュビは戸惑った顔を見せて視線を落とすが、ムロイが両手を強く握りしめているのを見て、僅かに頷く。
「……わかった。其方がそう望むのなら、そうしよう」
『こうして、タシュビとムロイの兄弟は砂漠の中にある洞窟に向かうことになりました。やる気に燃えるタシュビとは違い、ムロイは心配でなりませんでした』
「このような情報を、なぜ下位貴族のお兄様が掴めたのかしら。平民の情報屋の話だから、高位貴族たちは知らないということ?」
ムロイの独り言が終わると、舞台がスウっと暗転した。
ミュージカルが始まりました。
初公演はとある兄妹のお話。
歌や踊りがどんどん出てきます。
次は 初公演 洞窟の出会い、です。




