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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
序幕

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16/53

15 通し稽古と初公演当日


 十の月の終わり、本格的な冬が来る前に交易路の閉鎖が行われる。それに向けて他国の商人たちが慌ただしく帰国し、街の賑わいが落ち着いて来たころ、劇場の舞台の上では通し稽古が始まっていた。

 出来上がった衣装を纏ったケヴィン、ラクス、ファリシュタが歌い、踊り、演技をする。その様子を私は客席から見て、演出の修正点を指摘する。

 

「ラクス、踊る時はもっと前に出ていいよ。舞台を目一杯使って」

「ここまで出ていいのか? わかった」

「ケヴィン様、セットから飛び降りる時は十分に気をつけてください」

「ああ、わかっている」

 

 今回、本番までの準備期間が二ヶ月ほどしかない中、ベリシュ工房にお願いして簡単な舞台セットを作ってもらった。上下段に分かれたもので、両脇に階段があり、そこを上って上段へいけるようになっている。舞台に変化が出るように、その階段も動かしたりできるのだ。正面セットに使われている木製の板には、今回の話の舞台である洞窟っぽい絵が描かれている。

 

「短期間のわりによく作られているな。さすがベリシュ工房だ」

「親方がすっかり舞台作りのファンになっちゃったからね」

 

 学院で演劇クラブの舞台や緞帳を作る時に出会ったベリシュは、その後、私が提案するものにすごい勢いで食い付いてくるようになった。本人はまだ一度も公演を観たことがないというのに、新しい演劇というものに興味津々なのだ。

 

 いつか、ベリシュさんや他の平民の人たちにもうちの劇を観てほしいな。

 

 客席から見た修正点を伝え終わると、次に私はハンカルと一緒に舞台の天井裏へと向かう。今回は劇団メンバーが少なすぎるため、私も照明係として働くのだ。

 

「おお……思ったより広いね」

「ディアナ、足元に気をつけろ。落ちたら舞台まで真っ逆さまだぞ」

「うん、わかってる。大丈夫だよ。子どもじゃないんだから」

 

 私はハンカルにそう言いながら舞台の上に何本も渡された梁のような板の上を歩いていく。設置された照明は結構な量なので、二人で真ん中の方まで行って、魔石術を使って隅々まで起動させなければならない。すると、私の後ろをルザがピッタリとくっ付いてきた。

 

「ディアナ様が落ちぬよう、私が見ておりますので」

「ああ、それは助かる。頼むぞ、ルザ」

「もう、大丈夫だって言ってるのに」

 

 ルザは長身だが、身のこなしがしなやかで、バランス感覚に優れている。女性なので私が落ちそうになっても、体に触れて引っ張ることができるのだ。この世界では家族や婚約者以外の異性同士が触れ合うことは良くないこととされているため、私の一番側にはいつもルザがつくことが多い。

 ちなみにもう一人の側近のイシークはパワータイプの男性なので、今は天井裏の端に控えて、勝手にハラハラしている。

 

「よし、じゃあ照明入れて通しでやってみようか」

 

 私の合図で、下にいる役者組がスタンバイし、冒頭から演技を開始する。上から覗くと、音楽を録音筒と拡声筒を使って流すエルノと、役者組の衣装の様子を見つつ、舞台装置を動かすイリーナの姿が見えた。ちなみに舞台装置を動かす仕事はヤティリにもお願いしているのだが、姿を消しているらしく、ここからは見えない。

 

 見事に全員参加の舞台だね。

 

 なんとなく学院で初めて劇を披露した一年のころを思い出させる。私はくすりと笑って、通し稽古に集中した。

 

 

 

 そして十一の月の初め、いよいよ初公演当日がやってきた。その日の天候も穏やかで、秋の光に照らされた劇場が白く輝いている。最終確認のため、劇場の入り口の門から歩いて馬車が止まるロータリーまでやってきた私は、美しい劇場を見上げて微笑んだ。

 

 うん、インパクトは十分。特別な時間が始まる雰囲気もバッチリ出てる。よし、やってやるぞ。

 

「スティラ、社交ホールの準備はできてる?」

「はい。軽食や飲み物の用意も済んでおります」

 

 公演がある日は、館の責任者のスティラに劇場まで来てもらって、こちらでスタッフとして働く使用人たちの監督をお願いしている。ここに来る貴族たちは高位から下位まで様々であるため、そこで働く使用人たちのレベルもそこそこ高い。お客さんに失礼があってはいけないので仕方ないのだが、使用人の雇用費もなかなかのものだ。

 

 ……早く、満席にしないとね。

 

 席は結局、一階席の八割が埋まった。満席には程遠いが、知名度のない状態でここまで埋まれば十分だろう。お茶会に来てくれた夫人たちが一生懸命広めてくれたようで、北西街の貴族の中でアリム家と敵対していない派閥の人も買ってくれたらしい。

 劇場の中に入り、玄関ホールや社交ホールの様子を確認した私は、裏のスタッフフロアの方へ向かう。そこに作られたリハーサル室では、役者の三人が最終稽古をしていた。

 

 うん、いいね。三人とも声も出てるし、動きもいい。

 

 初めての劇団での公演、しかも三人だけのミュージカル。お客さんは今まで演劇を見たことのない人たち。普通なら緊張で萎縮してしまう状況だが、ケヴィンもラクスもファリシュタも大舞台で主役を演じた経験があるので、適度に力を抜いて集中している。

 本番へ向けての気持ちの作り方がすでに出来ているのだ。そこが演劇クラブの時と大きく違うところだろう。

 

 頼もしいね。

 

 その練習を見たあと、軽い昼食をみんなと食べて、次は舞台の最終確認に回る。

 そこでのチェックが終わるころ、劇場のスタッフからお客さんが到着し始めたと連絡を受けた。初めて劇場に来たお客さんには、まず建物の中を見学したり、社交ホールで休憩できる時間を設けている。彼らの行動は非常にゆっくりであり、なにをするにも時間がかかるので開場時間はかなり早めに設定したのだ。

 私はスタッフに予定通りお客さんを迎えるように伝え、自分も玄関ホールに向かう。劇団の代表としてお客さんを迎えるためだ。

 

「ハンカル、玄関ホールに行って来るから、あとはよろしくね」

「ああ、わかった。こちらは任せてくれ」

 

 楽屋のあるスタッフフロアから関係者出入り口を通り、玄関ホールへ到着すると、そこに案内役の使用人たちがずらりと並んでいた。先頭にいるスティラの隣まで進んで背筋を伸ばして立ち止まると、ルザとイシークも私の後ろに控える。それを見てスティラが劇場の正面扉を開けるように指示を出した。

 重厚な扉が使用人の手によって開かれ、外の光がサアッと入ってくる。それに目を細めつつ、その先のロータリーを見つめると、そこに数台、馬車が入ってくるのが見えた。

 

 ここからだと、階段下までは見えないね。

 

 さて、一番初めのお客さんは誰だろう、と待っていたら、階段の下の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「はぁ、はぁ……老人に階段は堪えますな」

「運動不足が過ぎるのではないか? ヤルギリ殿」

「ヒシヤト殿のように騎士ではないからの、私は」

「ふぅ……私も少々辛いな」

「……私もだ。腰が痛い」

「はぁ、其方ら揃いも揃って衰えすぎではないか?」

 

 最後の呆れた声とともに姿を現したのは、おじい様のカラバッリだった。すぐ後ろにおばあ様のターナもいる。彼らは少し後ろを振り返ったあと、ため息を吐いてこちらへを歩を進めた。連れを待つのは諦めたらしい。

 

「ほぉ……このように立派な建物になるとは」

「素晴らしいでしょう? あなた。ディアナが頑張ったのですよ」

 

 カラバッリとターナは正面玄関の装飾や柱を見ながら、私の方へ近付いてきて声をかける。

 

「ディアナ、来たぞ」

「おじい様、おばあ様、本日は来てくださり、ありがとう存じます」

「この人も五大老の方達も早く劇場に行きたいと仰って、午前中からうちに集まっていたのですよ」

「まあ、そうなのですか? おばあ様」

「こちらへ来るの、早過ぎではなかったかしら?」

「大丈夫ですよ。もう準備は出来ていますから。どうぞ中へ入って開演時間まで寛いでください。トカルやトレルたちが案内しますので」

 

 そんなことを話している間に、彼らの後ろから「おおー!」「豪華ですのー‼」「なんとこれは……!」「……美しい」と四人のおじさまの騒がしい声が聞こえてきた。

 五大老のうち、ヤルギリ、ヒシヤト、クシュラサ、アサビの四人がそれぞれの夫人を連れてやってくる。ヤルギリ以外は北西街ではない街に住んでいるのだが、今回私のためにわざわざ足を運んでくれたのだ。五大老最後の一人であるオリム先生は学院での業務があるため、不参加である。

 

「おお、ディアナ! 久しぶりだな!」

「お久しぶりです、ヒシヤト様。クシュラサ様もアサビ様もお変わりなく」

「ああ、其方も息災でなによりだ。今日は楽しみにして参ったぞ」

「……このような建物になるとは想像していなかった」

「皆さま、夏の間に建設現場に来てくださり、ありがとう存じました。お陰様でとても素敵な建物になりました」

 

 私が改めてお礼を言うと、四人は目尻をふんにゃりと下げる。

 

「いやいや、ディアナのためなら当然ですぞ」

「ディアナは可愛い孫みたいなものですからな!」

「ヤルギリ様もヒシヤト様も、大したことはしていなかったではないか」

 

 クシュラサがそう言ってため息を吐く。五大老の中で一級なのはクシュラサとオリム先生だけだ。作業を爆速で進めることが出来たのはその二人だけである。あとの人たちは遊びに来たというノリだった。

 

「……我々の役目は、現場を賑やかにすることだったからな」

 

 あ、賑やかしの自覚はあったんだね。あんな真夏の暑い日にわざわざ遊びに来るなんて……面白すぎでしょ。五大老。

 

 私は彼らにも案内役をつけ、中へ入るよう声を掛ける。玄関ホールに入った五大老たちはそこでさらに感動の声を上げていた。夫人たちの声も聞こえたので、女性たちの心も掴めたようだ。

 それから次々とやってくるお客さんを正面玄関で迎える。ほとんどが社交で会ったことのある人たちだったが、たまに知らない人もいた。派閥の人に紹介されて来た人たちだろう。彼らと初めましての挨拶をし、少しだけ会話をする。

 初めはエルフの耳に視線がいっていたその人たちも、私が貴族らしい受け答えをしているうちに肩の力が抜けたようで、少しホッとした顔をして中へと入っていった。

 客層は三十代から五十代くらいの人たちが多く、夫婦で来ている人たちがほとんどである。中には成人した子を連れた親もいた。今日は休みの日ではないため、仕事のある若い人たちの数は少ない。

 ちなみに今回、特にドレスコードは指定していなかったのだが、そこはさすが貴族。みんな正式な社交場に着ていく格好をしていて、装飾品などをふんだんに付けて着飾っていた。私は振り返り、玄関ホールで談笑している貴族たちを見ながら「おお……」と小さく呟く。

 

 着ている服や髪型は違うけど、まるで本物のオペラ座みたいだね。貴族がいたころの。

 

 それは中世の映画を見ているような光景で、私は心がワクワクするのを止められなかった。

 

 

 

 

通り稽古を終えて、いよいよ初公演当日を迎えました。

劇場にやってくるお客さんを迎えてワクワクのディアナ。

五大老は相変わらずディアナに甘々です。


次は 初公演 ミュージカル「願いの花」、です。

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