14 衣装係と音出し隊
十の月の中旬になった。役者の練習は歌と踊りを重点的に仕上げる段階に来ていて、熱を帯びている。私は中広間でその練習を見たあと、イリーナのいる衣装係の部屋へと向かった。こちらは絶賛追い込みの真っ最中だ。
作業部屋の中に入ると、手前から作業机が並び、その間に作っている衣装がかけられ、雇った平民の職人たちが真剣な表情で手を動かしていた。
その部屋の一番奥からカタカタという縫製機の音が聞こえてきていて、私はそちらへ向かう。ちなみに貴族が前を横切る時は平民は跪かなくてはいけないのだが、そんなことをしていたら作業が進まないので、ここでは軽い恭順の礼をするだけになっている。
本当はそれも手が止まるからしなくていいんだけどね……そういうわけにもいかないんだろうな。
一番奥には机と縫製機が並んで置かれていて、イリーナが縫製機を動かしながら私の方にチラリと視線を向けた。
「イリーナ、今話して大丈夫?」
「ええ。大丈夫ですわよ。もう少しで最後の縫製が終わりますわ」
カタカタカタと縫製機を動かしながら、イリーナがそう答える。
「順調だね。さすがイリーナ。あとは飾り付けと仕上げ?」
「そうですわね。細かな装飾はこれから施しますけれど……それもすぐに終わりそうですわ。彼女たちがいますもの」
そう言って、イリーナは部屋の中央の机で作業する三人の職人に目を向けた。
「まさか、学生のころからの馴染みの職人の方達が来てくれていたとは思ってもいませんでしたわ。おかげで擦り合わせの時間が省けて、作業も早く始めることができました。感謝いたしますわ、ディアナ」
「彼女たちが来てくれたのは、イリーナが彼女たちと服作りを始めた時から、いい関係を築こうと努力していたからだよ。私は声を掛けただけ」
イリーナは学生時代、夏休みの間もアルタカシークに留まるために、その滞在費を必要としていた。そこで私が彼女のデザインした貴族服を学生たちに売ればいいのでは? と提案したのだ。学生たちが個人的にお金を稼ぐのはどうかという声もあったが、結局その商いの責任を各国からやってきていた大人の貴族がとるという条件付きで許可された。
それからイリーナはアルタカシークの商人に間に入ってもらい、自分のデザインした貴族服を平民の縫製工房に作ってもらうことになったのだ。
私よりもかなり貴族らしい価値観の持ち主であるイリーナは、最初こそ平民と一緒に服作りをすることに難色と戸惑いを見せていたが、彼女たちとの付き合い方がわかってからは態度を軟化させた。職人たちの腕が確かだったということも大きい。
この夏、貴族の劇団メンバーを集められなくて焦っていた私は、とにかく人が必要な衣装係の職人と音出し隊の演奏家を探そうと必死だった。そこで閃いたのだ。イリーナが学生時代に依頼していた仕立て工房に頼めば、何人かこちらに来てくれるのではないか、と。
思った通り、イリーナと仕事をするうちに彼女に憧れるようになった職人たちがいて、こちらで働いてくれることになった。馴染みのメンバーなので、イリーナもとてもやりやすいようだ。
「彼女たちが来てくれて本当に助かりましたわ。わたくしのやりたい事をすでに理解しているのですもの。今回も飾り付けはほとんど彼女たちに任せているのですよ」
「そうなんだ。すごいね……ちゃんとアルタカシークの貴族っぽい衣装になってる」
「こちらの国の刺繍などは彼女たちに任せた方が間違いないですもの。早着替え用の衣装もありますけれど、メイン衣装が三着だけというのも助かりましたわ。特にラクスとファリシュタの衣装は作り慣れていますから」
すでに縫製機での作業が終わり、平民の職人たちが仕上げに入っている二着は、ラクスとファリシュタの衣装らしい。最後に残ったのが今縫っているケヴィンのものだ。
「でもケヴィン様のも二年前に作ってたから慣れてるんじゃないの?」
「ふふ、そうなのですけれど……あの頃よりも背が伸びてらっしゃるのですよ、ディアナ」
「あれ、そうだっけ? 並んだ時にあまりそう感じなかったけど」
「それはディアナも成長したからですわ」
「ああ……そっか」
私の体が成長する前にもケヴィンには会ったが、あの時はクァガトの尋問が行われる時で、緊張していて気付かなかったらしい。
うちの男性陣はハンカルがダントツで背が高く、その次にエルノ、そしてケヴィンとラクスが同じくらいで、一番低いのがヤティリだ。ヤティリは姿勢が悪いのでその分低く見える。ちなみに女性陣はイリーナが少し背が高めで、次にファリシュタ、ダントツで低いのが私となっている。
うう……私もこれから成長すれば二人に追いつけるはず……!
次の成長期がいつになるかわからないが、成人貴族として見られるくらいの背丈は早く欲しい。
衣装係が順調にいっているのを確かめて、私は次に音出し隊の部屋に向かう。
音出し隊の部屋は本館の奥まったところにある。そこは館の中でも静かな場所で、うちでいう書庫が置かれている辺りだ。そこに全体練習ができる大きめの部屋と、各パートで練習できる小部屋を作った。もちろん防音性のある石を使っていて、音漏れの心配もない。
そのうちの大きめの部屋に入ると、そこで様々な音出しに囲まれたエルノが、一人で机に向かってウンウン唸っていた。
「エルノ、調子はどう?」
「ディアナ……この通り、上手くいってないよ」
エルノは机の横に並べて置いてある木琴をコンコンと叩きながら渋い顔をする。ここ一ヶ月半ほど彼と音楽作りに励んでいたが、まだ全ての曲は作り終えていない。早く用意しなければならなかった劇中歌はすでに出来上がったのだが、その他の背景音楽が残っているのだ。
「あー……ダメだ。完全に行き詰まっちゃったかも」
「最近ずっと根を詰めて作ってたからねぇ。ちょっと気分転換が必要かもね」
私が真っ白なままの楽譜を見ながら苦笑すると、エルノは目をパチパチとさせる。
「気分転換?」
「そう。……例えば、これを練習してみるとか」
私はそう言って机の近くの棚から布に包まれた長細い物を出す。それを見て今度はエルノが呆れて笑った。
「ディアナ、今ドゥタークを練習している余裕はないよ」
「だからいいんだよ。普段と違うこと、しかもちょっと難しいことをしたら気分も紛れるでしょ。新しいメロディも思いつくかもよ? あ、そうだ。どうせならここじゃなくて中庭でやろう。今日めちゃくちゃいい天気だし」
私は「ほらほら、立ってエルノ。これ持って」と言って彼にドゥタークを押し付けると、棚に保管してあるもう一つのドゥタークの包みを取り出して出入り口へと向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ディアナ! 外で演奏なんてしていいの?」
「いいのいいの。ここは劇団の館なんだから。敷地が広いからお隣の家まで響かないし」
そうして私とエルノは楽器を持ったまま中庭にある休憩スペースまで歩いていった。途中トカルやトレルが楽器を持とうと声をかけてきたが、これはかなりの貴重品のため自分たちで持ち運ぶ。中庭の中央にある休憩スペースには、いつでも劇団員たちが休めるように小上がりが用意されているのだ。
季節は秋。空は高く澄んでいて、風はなんとも清々しい。
「んん〜気持ちいいね。最高の季節だよ」
「確かに、アルタカシークの秋は気持ちいよね。学院にいたころもこの季節が好きだったな」
私たちはそこで布を開き、中からドゥタークを出して膝の上に乗せる。今年の冬にアルスラン様からドゥタークをエルノに教える許可を得て、ようやくレッスンを開始したのだ。ただ、作曲作業が優先のため、彼は普段は扱い慣れた木琴を使っている。
「この……弦を押さえる指を覚えるのが大変で……なかなか上達しないんだよね」
「エルノは私と違って指が長いから、押さえるのは楽にできるようになると思うよ。あとはひたすら練習して、感覚で覚えるとか」
「感覚かぁ……私はツァイナと違って感覚派じゃないからなぁ」
そう言いながら弾く練習をするエルノを。私は半眼で見つめる。
いつも感覚的にメロディを思いつく人が、なに言ってるかな……。
ツァイナは演劇クラブで活躍しているメンバーで、太鼓のスペシャリストだ。
太鼓を叩く達人のツァイナと、作曲の才能があるエルノ。私から見ればどちらも天才である。
練習をしながら私は話を続ける。
「今日は演奏家の人たちは休みなんだね」
「うん。曲がなかなか出来ないからね。ただ担当の音出しを渡して、練習してもらうように頼んでる」
「え、平民の家で音出しの練習なんて出来るの?」
「もちろん自宅では出来ないから、アイタの作業場でやってもらってるよ」
アイタとは平民区域で革屋を営む男性なのだが、実は地下にこっそり古い音出し——いわゆる楽器とよばれるもの——を集め、それの復元をしていた人物だ。彼はツァイナの平民時代の継父なのだが、その話はここでは置いておく。
五年ほど前に彼と出会った私は古い音出しのレプリカ作りを依頼し、その他にもたくさんの音出しを作ってもらった。このドゥタークを作ったのもアイタである。
ちなみに劇団の音出し隊に入ってくれた演奏家の人たちも、このアイタからの紹介だ。彼の元には古い音出しをこっそりと楽しむ愛好家たちが集まってくるので、その中から思いっきり演奏ができるという劇団に魅力を感じた人に来てもらった。平民の中では裕福で、子どもに店や仕事を継がせて時間に余裕が出来たおじ様たちだ。
イメージ的には、年をとってもジャズとか演奏して楽しんでいる、ダンディなおじ様って感じ。
音出しオタク、と言ってもいいかもしれない。彼らは若い貴族であるエルノが音出しを奏でる姿に驚き、その技術に感動して彼のことを師匠と崇め始めた。エルノの求める水準に追いつけるよう、練習も相当に頑張っていると聞いた。
「今まで禁忌だったものが、思いっきり使えるようになったんだもん。演奏家さんたちにも早く上達して欲しいね」
「もうすでに舞台音楽に使えそうなくらいのレベルにはなってるから、私は驚いたけどね」
エルノは平民に近い下位貴族なので、彼らと一緒に作業するのは全く問題ないらしい。どちらかというと、自分の父親と同じくらいの男性たちに崇拝されるのに困っているんだそうだ。
「私は貴族の中でいつも下だったから……年上の男性にそう思われるなんて考えたことなかったし。言葉遣いも迷うんだよ」
「……私も、最初は平民と話す時に丁寧な言葉使ってたなぁ……おじさんを呼び捨てにするのって難しいよね」
「自分のトレルにはできるのにね。不思議だよ……あ、今の上手くできた」
「お、いいねエルノ。その調子」
しばらく小上がりの上で二人で弾いていると、ちょうど休憩に入った役者組のメンバーたちがやってきた。せっかくなので私の生演奏に合わせてファリシュタに歌を歌ってもらう。その歌を聴いていたエルノが、やがて「あ、メロディ思いついたかも……」と呟いた。
気分転換作戦、大成功である。
イリーナとエルノの仕事の様子でした。
演劇クラブの時と違って、平民たちとの共同作業。
二人ともなんとか上手くやってます。
次は 通し稽古と初公演当日、です。




