13 夫人たちの共感
「私は六年ほど前に、記憶を失った状態で発見されました。そんな私を王宮騎士であるクィルガーが保護し、ここへ連れて来てくれたのです」
私がアルタカシークにやってきた経緯を話すと、夫人たちは神妙な顔で頷く。この話は私がクィルガーの養子になった時から何度も説明してきたことなので、彼女たちもすでに知っている。
「当時の私は、とても不安でした。自分が何者かわからない上に、エルフという禁忌の存在でしたから」
眉を下げて、私は静かに語る。
「お父様とお母様とこの王都にやって来るまでの間、これからどうなってしまうのだろう、自分を受け入れてくれる人は本当にいるのだろうか。エルフということがバレたらどうなるのか……そんなことばかり考えていました」
「……」
私から語られる言葉に、夫人たちが少しだけ鎮痛の表情を見せる。見た目がまだ子どもである私が、自分の素性に悩んでいたと知って、思うところがあったのかもしれない。
「それに、テルヴァという恐ろしい一族にも出会いました。彼らはエルフである私を攫い、毒を使って意のままに操ろうとしたのです。結局その時はお父様とお母様に助けられましたが、テルヴァが毒を使うところを見て……とても、恐怖を感じました」
「……まぁ。それは、怖かったでしょうね」
「テルヴァたちは手段を選ばない者たちですから」
十六年ほど前に王都で起こったテルヴァたちの毒撒き事件を覚えているであろう夫人たちから、そんな反応が返ってくる。彼女たちも、テルヴァの恐ろしさは身に染みてわかっているのだ。
「そのような者たちにこれからもずっと狙われるのかと、とても陰鬱な気持ちでした。……しかし、とある街で私は旅芸人に出会いました。彼らは大きな音を鳴らし、通りを行進し、大きな広場で出し物を始めたのです」
その様子を見に行った私は、そこで旅芸人の劇を観たのだと説明する。本当はイマイチな劇だったのだが、そこは話を少々盛っていく。
「私は旅芸人たちの劇にすっかり夢中になり、気が付けば笑顔になっていました。今まで頭の中を支配していた不安や恐れが、その劇を観ている間はどこかへいってしまったのです。それが、私と劇の出会いでした」
私はそこから演劇というものに興味を持ち、のめり込んでいき、そのうち自分で劇を作ってみたいと思ったのだと話す。
「劇を観ている間は、悩みや不安から解放される。そう気づいてから私の視界は開けました。ここで地に足をつけて生きてみよう、と前向きに思えるようになったのです」
「まぁ……そんな経緯があったのですね」
「ディアナ様は劇に救われたということですか」
「はい。演劇というものには、力があるのです。人を癒したり、元気付けたり、前向きにさせたり……それは日々我慢することが多い貴族の皆さまにこそ必要なものではないか、と私は思っているのですよ」
私がそう言うと、夫人たちは互いに目を見合わせながら「私たちに……必要なもの?」と首を傾げた。私はさっき自分に疑問を投げかけた中位貴族のキジーニに視線を向けながら、問いかける。
「皆さまは、暮らしの中で不満を感じていませんか? 悩み、苦しんでいることはございませんか?」
その問いに、ほとんどの夫人がハッとした顔になり、キジーニが息を呑んだ。
ここは階級社会だ。魔石術が使えるということで、平民よりは恵まれた貴族という身分を手にしているが、その中でも格差はある。威厳や地位を守らなければならない高位貴族、貴族の中でも質素な暮らしを余儀なくされている下位貴族、そしてその間でうまく立ち回り、安定させることに必死な中位貴族。
悩みはそれぞれにあり、それぞれに悩んでいる。この世界の階級社会は頑張れば位が上がるということがほとんどないため、下位にいくほど鬱屈したものが溜まるのだ。
どこの世界に行っても、悩んでない人、不安のない人なんていないんだよね。
思ってた通り、夫人たちは考え事をするように目を伏せる。
「私は、この貴族社会には楽しみが極端に少ないのでは、と考えているのです。決まり事が多く、気が抜ける場所が少ない。そうした社会で生活を送っていると、心の中になにか重たいものが溜まっていくような、そんな気がするのですけれど。どうでしょう?」
「……」
夫人たちが、私の問いに静かに頷いている。やはり毎日に不満を抱える人は多いのだ。
「そこで、私はそんな毎日にとびきりの楽しみを提供したいと考えました。それが、ディアナ劇団です!」
私がピッと指を立ててそう言うと、彼女たちが一斉にこちらを向く。
「先ほども言いました通り、劇には人の悩みをどこかへやってしまう効果があります。劇を観ている間、私たちは別の世界へと旅立つことができるのです。その特別な時間に身を任せ、心を向けて、入り込むという体験をすれば、今までの自分には戻れない心地になるでしょう」
その言葉に、ヤルギリが何度も頷く。
「ああ、わかりますなぁ。まさにあの公演はそういった体験ができた場所であった。今思い出しても心が震えるほどだ」
「まぁ……そんなに」
「今までの自分には戻れない……そのような」
「恐ろしくもありますけれど……正直興味が湧いてきましたわ」
わずかに身を乗り出してこちらに視線を向ける夫人たちに、私はにこりと笑う。
「私が観たものは、平民の旅芸人の劇です。貴族となった私がそのまま真似することはできません。ですから、誰も観たことがない新しい演劇を作ろうと、それまで禁忌だった歌と踊りを取り入れることにしたのです。そもそも歌と踊りは、元は人間が作ったものなのですから、取り入れても全く問題はありません!」
エルフの私が胸を張って言うことでもないが、そう言い切ると夫人たちの顔が徐々にワクワクしたものに変わる。いつもの社交スマイルではない、本当に興味を持った時にする表情だ。キジーニもさっきとは打って変わって、興味深そうに私を見ている。
私への不信感は少し減ったかな?
「私の目的は、皆さまに特別な時間を提供し、楽しんでもらうこと。ただそれだけです。きっと自分がエルフでなくても、私は劇団を作ったでしょう」
話をそう締めくくり、私は次の十一の月に初公演があることを告げた。もちろん豪華絢爛な劇場の話もする。
「んまぁ……! そのように豪華な建物で劇を観るのですか」
「どんな会場なのかしら。気になりますわ」
「劇団の初公演は今までにない全く新しいものがたくさん見られます。その初体験の機会を得られるのは、ここにいる皆さまです。もちろん、お友達にも広めてください。歌と踊りを使った演劇は、これからの貴族社会に大きな影響を与えるでしょう。皆さまはその第一の目撃者となるのです!」
私がそう言い切ると、夫人たちから拍手が送られる。それから口々に「わたくし、思い切って行きますわ!」「私も、絶対に観に行きます!」「夫に話さなくては!」「チケットというのはどのように購入しますの⁉」と捲し立てた。
それから私は控えていたイシュラルに合図をし、用意していたチケットを夫人たちに売る。もちろん彼女たちには一番いい席を用意した。
結局そのお茶会に参加していた全員がチケットを購入し、初公演の宣伝は大成功に終わったのだった。
「……やっぱり、ディアナってすげーな」
「夫人たちの悩みにつけ込むとは……」
翌日、お茶会の報告を劇団のみんなにすると、ラクスとケヴィンが呆れたように口を開いた。
「つけ込むとは失礼な。共感を得ると言ってくださいよ、ケヴィン様」
「共感を得る……か。どちらにしろ女性ならではの集客の仕方だな。男性のお茶会でそういうのはできないぞ」
「確かにそうですね……男性たちの支持を得ようと思ったら、なにか勝負事を企画した方が早い気がします」
ケヴィンとそう話していると、ハンカルがチケット購入者のリストが書かれた紙の束を見ながら片眉を上げる。
「とりあえず、この宣伝のおかげで一階席の半分は埋まったな。初公演にはもう少し欲しいが……」
「一階席は全部埋まって欲しいもんね。他の派閥の人とか、五大老の知り合いとか、他の街で仲良い人とかに声掛けてみるよ」
「あれ、一階席だけでいいのか? 俺はてっきり四階席まで全部埋めなきゃならないのかと思ってたけど」
そう言って首を傾げるラクスに、私は眉を下げる。
「さすがに一番初めから満席は無理だよ。学生の時だって、お客さんは徐々に増えていったでしょう? 演劇はとにかく、口コミが命だから。初公演を観てくれた人たちが広めてくれるのを待たないと」
「え、でも二年の公演の時にはもう、大教室がいっぱいだったじゃないか」
「あれはイバン様とレンファイ様がいたからだよ。大国の王子と王女の集客率と今を一緒にしないで」
「ディアナ、イバン様の人気を集客率などと言うな」
ポロッと言った言葉にケヴィンが素早く噛み付く。ケヴィンは元々イバン王子の側近だったので、その名前に今でも反応が早い。
「相変わらずイバン様命ですね、ケヴィン様は」
「当たり前だ。私の一番尊敬する方なのだからな」
その返答に私は「あっ」と声を上げる。
「そうだ……宣伝にイバン様とレンファイ様のことを入れてもいいかもしれません」
「は?」
「学院ではあの大国の王子と王女が演劇クラブに入って主役を演じたことがある、という情報を流すんです。あの二人の影響力はこちらにもありますから」
「おい! あのお二人を宣伝に使うな! 恐れ多い」
「事実だからいいではありませんか。こちらの貴族はイバン様やレンファイ様を実際に見たことはないんです。恐れる気持ちより、好奇心の方が勝ちますよ、きっと」
「それでも駄目だ! おいハンカル、ディアナを止めろ」
ケヴィンにすごい剣幕で名指しされたハンカルは、少し眉に皺を寄せたあと、「それもいいのではないでしょうか」と口にした。
「こちらとしては背に腹は変えられませんし、ディアナの言う通り、アルタカシークでは興味を持つ人の方が多いかと」
「な……!」
「すでにアルタカシーク王アルスラン様に認められた劇団、というのは知られていますし、ここでもう一押ししておきましょう」
「やった。じゃあ決まりだね。ヤティリ、宣伝文句考えてくれる?」
「う、うん……わかった。ちょっと待ってて」
私たちの話を聞いていたヤティリが、携帯筆記具を持って中広間の隅にある小上がりに向かっていく。
話は決まったと、次の話題に移る私とハンカルに、ケヴィンがワナワナと震えながら「頼むから、イバン様に許可を得てくれ!」と喚いた。
わざわざ『劇団の宣伝のために、お名前を使わせていただいてよろしいでしょうか?』なんて聞けないよ。あっちはもう大国の王と王配なんだから。
その返事を待つ時間もないしね。
私は心の中で「イバン様、レンファイ様、ちょっとお名前お借りしますね!」と勝手な宣言をして、仕事を続けた。
宣伝はなんとか成功しました。
ディアナの宣伝の仕方を初めて見たヴァレーリアは
ちょっと驚いてます。
次は 衣装係と音出し隊、です。




