12 初公演の宣伝お茶会
初公演に向けて練習の日々を送っていると、あっという間に九の月の下旬になった。今日は前から準備していた、初公演の宣伝を兼ねたお茶会の日だ。
クィルガー邸の広いロータリーに次々と馬車がやってくる。正面の階段を上った先にある正面玄関で、私はヴァレーリアと招待客である高位から下位の貴族の夫人たちを出迎えた。そう、今回のお茶会はご夫人たちの集いなのだ。
「ヴァレーリア、今日は招待ありがとう。楽しみにしてたわ。ディアナも久しぶりね」
「来てくれてありがとう、ナフィサ、ニルファ。今日は楽しんでいってね」
「ナフィサ様、ニルファ様、お久しぶりです。お会いするのを楽しみにしていました」
私の挨拶に、二人は優雅に微笑む。ナフィサは学院でお世話になったアサン先生の妻で、ニルファはクィルガーの幼馴染のエンギルの妻だ。ヴァレーリアと仲の良いこの二人とは、卒業してからも何度か顔を合わせている。
ふんわりとした雰囲気のナフィサと、百合のような凜とした佇まいのニルファ、そしてエキゾチックな魅力のあるヴァレーリアの三人はとても目を惹く。私にとって憧れのお姉さんのような存在だ。
彼女たちに続いて、五大老の一人であるヤルギリが夫人を連れてやってきた。彼だけは私から個人的にお願いしてきてもらった。
「今日は招待ありがとう、ヴァレーリア。おお、ディアナ、久しぶりだな。元気であったか?」
「ヤルギリ様、お久しぶりです。今日は私のお願いを聞いていただいて、ありがとう存じます」
「なんのなんの。ディアナの願いならどこまででもすっ飛んでいきますぞ。今日は思う存分、其方の劇の話をしよう」
五大老は前王に仕えていた身分の高い方達なのだが、おじい様と交流があるため今回招待することができた。
ヤルギリには六年生の公演の話をしてもらうつもりだ。あの公演には五大老全員がいたのだが、その中でも元地方執務長官で外向的なヤルギリに、劇のアピールをしてもらおうと思って招待状を送った。
……まあ、五大老全員呼んでも来てくれそうだけど。
なぜか私はこの街に来た時から五大老たちに気に入られ、彼らとアルスラン様の健康を守る同盟を結んで、みんなであれこれ悩んだりした。私にとっては気安く喋ることのできるおじいちゃんたちだ。ただ成人したての私が気軽に呼べる人たちではないため、今回はおじい様であるカラバッリに頼んで、招待してもらう形をとった。
彼らと挨拶したあとは、春の社交で会った夫人たちを出迎える。ヴァレーリアにも私にも穏やかに微笑んで挨拶をするが、これは貴族の社交スマイルだ。つまり表向きの顔である。私も貴族になる時の教育で教わったが、基本的に貴族はこの笑顔を貼り付けて社交をする。
身分が平等な学院と違うんだから、この笑顔を忘れないようにしないとね。
高位、中位の人たちの顔は覚えていたが、下位の夫人たちは初めて見る人も多かった。彼女たちはみな緊張した面持ちをしつつ、私の顔を見て僅かに目を見開く。初めて見るエルフに驚いているようだ。高位の人たちと比べて素直な反応をするので、こちらとしてはやりやすい。
全員の出迎えが終わり、ヴァレーリアと中広間に移動する。夫人たちのお茶会は正式な宴とは異なり、和やかな雰囲気にするため緩く円を描いてヤパンが置かれていた。彼女たちの前にはすでに飲み物やお菓子、果物などが足付きのお盆に置かれている。
入って正面奥にある上座に私とヴァレーリアが並んで座ると、みんながワインやお茶が入ったカップを持つ。
「本日は我が家のお茶会にようこそ。そんなに固くならず、ゆるりと楽しみましょう。ヤクシャイ」
「ヤクシャイ」
「ヤクシャイ」
ヴァレーリアの乾杯の合図とともに、夫人たちがカップを掲げてそこに口をつけた。ここまで人数の多い大人のお茶会に参加するのは初めてなので、私も少し緊張する。
お茶会はまず、当たり障りのない話題から始まる。
ヴァレーリアが最近の天候や、夏の間に貴族の間で話題になったことなどを口にすると、それに対してまず高位の夫人たちから反応があり、その流れで中位や下位の夫人にも話を振る。
ふむふむ……なるほど。そうやって話を広げるのか。
ヴァレーリアはおばあ様のターナに高位貴族としての教育を叩き込まれたため、お茶会の進め方もとてもスマートだ。笑顔を絶やさず、全ての話題に反応して、話を広げている。こうして場を温めてから、お茶会の本題である私の劇団の話へと繋げるのである。
ちなみに私はご夫人のお茶会に慣れていないので、口を挟まずにとりあえずニコニコしている。
話題は夏にあった出来事から、春の社交、そして春から本格的に執務復帰したアルスラン様へと移った。驚いたことに、アルスラン様の話になった途端、夫人たちの空気が変わる。社交スマイルを貼り付けたまま、ほう、とため息のようなものを吐くのだ。
「アルスラン様のお体が回復して、本当に安心いたしました」
「年明けのヤンギ・イルがなかった時は、この国はどうなってしまうのか不安に思いましたけれど」
「寝込むこともなくなり、執務官と顔を合わせる機会も増えている、と主人が言っていましたわ」
「まあ、それはなによりですわね。ところで、ご主人はアルスラン様とお会いしましたの?」
「春に特別に執務官たちのために宴が開かれたでしょう? 今までの働きを労う目的の。そこにわたくしも招待されたので、そこでチラリと……」
「まぁ! では夫人もその姿を? 羨ましいですわ!」
高位から中位の夫人たちがその話で盛り上がると、彼女たちは視線をヤルギリとヴァレーリアに向ける。
「ヤルギリ様ともなると、アルスラン様とは何度もお顔を合わせていらっしゃいますよね?」
「ヴァレーリア様も。クィルガー様は王宮騎士団長ですもの。お会いされたのでは?」
「はっはっは、ご夫人方はその話題が好きだのう。私はティムール様によく呼び出されるのでな、そこでお会いしたりしてますぞ」
「私は一度ご挨拶する機会があっただけです。夫から聞いていた通り、聡明で博識で……国の王たる威厳に満ちたお方でした。それに……皆さまが気になっているお姿も、他に類を見ない魅力をお持ちでしたよ」
ヴァレーリアが悪戯っぽくそう言うと、その場にいた夫人たちが一斉に黄色い声を上げる。特に普段から王を見る機会のない下位の夫人たちの食いつきが顕著だ。
おお……学院でもそうだったけど、ここでもアルスラン様の話題はすごい盛り上がるね。さすがこの国の奇跡の王。
その盛り上がりの中で、ヴァレーリアが私にすかさず話を振った。
「四の月に娘のディアナが行った演劇公演会に、アルスラン様もいらっしゃったそうですよ。私も話を聞いて驚いたのですけれど」
「その話は、わたくしも娘からも聞きましたわ。不思議な場所で演劇クラブの公演を観て、そこにアルスラン様もいらしたのだと」
「私も息子から聞きました。アルスラン様のお姿を拝見したのも、クラブの公演も素晴らしい体験だったと。けれど話を聞くだけではどうにもよくわからなくて……」
夫人たちのその反応に、私は笑顔のまま口を開く。
「私も、あの公演にアルスラン様がいらっしゃることは直前まで知りませんでした。驚きましたが、とても光栄なことでした。あの劇にはヤルギリ様もいらしていたのですよ。私たちの劇はどうでしたか? ヤルギリ様」
私がそう話を振ると、ヤルギリはニヤリと口の端を上げた。
「そりゃあもう、今まで見たことのない素晴らしい劇だったぞ。だがその魅力を説明しきれない人の気持ちもわかる。あれは実際にこの目で見て体験しないとわからない面白さだったからな」
そこで彼は公演がいかに素晴らしかったか語り出した。
まず野外の立派な会場で、学生全員が入れる大きさだったこと。劇の物語も壮大で、主人公の運命がどうなるのかと、のめり込んでいったこと。見たことのない光の演出と、音出しの迫力、そして歌と踊りを初めて見たこと。
「今まで禁止されていた歌と踊り……それがいかに素晴らしいものであるかを知った。劇を見る前と後では、それに対する思いが変わってしまった。私の価値観が見事にひっくり返されてしまったのだ」
「まあ……そんなに」
「経験豊富なヤルギリ様がそこまで仰るなんて……」
「私の息子と同じことを仰ってますわ」
夫人たちはそう呟いて、チラリと私の方に視線を向ける。
「ヤルギリ様にそこまで言っていただけるなんて……嬉しいです。ありがとう存じます」
「一緒に観たアルスラン様も感心しておられたであろう。ディアナの作る劇をもっと観てみたい、と……」
「はい、あのお言葉に……これまでの努力が報われた思いがしました」
私たちの会話に、夫人たちが「そのようにアルスラン様に思われるなんて」「認められたというのは本当ですのね」とざわつく。彼女たちの反応が好意的なものに変わったのを見て、私は心の中でヤルギリにお礼を言う。
そこから私は、改めて自分が作った劇団の話を始めた。基本的には学院で学生たちに話した内容と同じだ。平民の旅芸人が行う劇とは全く違うものを作ったこと。そこに踊りと歌を加えて、さらに進化させたこと。それは今まで誰も見たことのない新しいものであることを。
「全く新しい……」
「誰も見たことがないもの……」
貴族は新しい流行を生み出すことに意義を見出す人たちだ。学生たちと同じように、ここにいる夫人たちも真新しさのある情報にすぐに興味を持った。
けれど、学生のようにそのまま素直には流されない。一人の高位貴族の夫人が困ったように眉を下げる。
「それでも、やはり今まで禁忌であった歌……と踊りを使った劇だなんて……少し抵抗がありますわ」
「わたくしも娘に勧められたのですけれど、想像がつかなくて」
やはりネックはそこか。ヤルギリ様やアルスラン様が感動したと言っても、自分ごととなると身を引いちゃうのかな。
そこで私は、歌と踊りの起源の話をする。
「元々、歌や踊り……音楽は人間が作り出したものでした。魔女時代を生き抜くために、人間同士を繋げ、発展させるために生まれたものなのです」
人と人を結ぶ音楽。農作業の中の歌や収穫を祝う歌。絆を深める踊り。そこから始まり、それがエルフに広まって、今度はエルフと人間を繋ぐものとなった。
そんな話をすると、夫人たちは素直に感心する。
「歌や踊りはエルフのものではなかったのですね……」
「そのような歴史は初めて知りましたわ」
ここにいる夫人たちは、学院ができる前に教育を受けた人たちがほとんどだ。この歴史は学院の図書館の本を読めば知ることができるが、その機会がないと知らないままなのである。
「そのような知識が学院の図書館で得られるのですか」
「すると、アルスラン様もすでにご存知のことですのね。それで演劇クラブをお認めに……」
私の説明に夫人たちは納得した様子だ。興味を持ってもらえたかな、と思ったところで一人の中位のご夫人が私を見て、意を決したように口を開いた。
「ディアナ様はなぜ、そのような歌と踊りを入れた劇を作られたのですか? 失礼ながら申し上げると、なにか思惑があるのではと思ってしまうのです」
その険のある言葉に、夫人たちがざわつく。ここまではっきりと、あなたが怪しい、と発言する人は今までいなかった。
つまり、いくら周りが認めても、劇団を作ったのがエルフである私で、それ自体が怪しい……信用できないってことだよね。
それは想定していた問いだった。演劇クラブや劇団は私が立ち上げ、始めたことだ。今まで禁忌だった存在がなぜ、そんなことを始めたのか。疑問に思うのは当然だろう。
私に疑問を投げかけたあと、少し緊張気味に構えているその夫人を私は真っ直ぐに見つめる。あの人は確か、中位貴族の中でも保守的な家の夫人で、キジーニという名前だったはずだ。
彼女に視線を送ったまま、私は眉を下げてニコリと笑った。
「私が演劇クラブや劇団を作ったのは……私が、孤独だったからです」
その言葉に、夫人たちの視線が一斉にこちらを向いた。
夫人たちとのお茶会が始まりました。
和やかな雰囲気の中、鋭い質問がディアナへ。
彼女はどう切り抜けるのでしょうか。
次は 夫人たちの共感、です。




