10 家の談話室にて
王の書斎から家に戻ると、夕食を終えたばかりの弟妹たちと本館の廊下でバッタリと会った。その後ろからヴァレーリアも姿を見せる。
「あら、おかえりディアナ。クィルガーに呼び出されたって聞いたけど……用事は終わったの?」
ウェーブがかった黒からローズピンクにグラデーションしている長髪に、魅惑的な紫の目をしたヴァレーリアがそう言って意味ありげに微笑む。
彼女は私が秘密裏に王の塔に行ってアルスラン様に会っているのを知っているので、クィルガーの呼び出しがどういうものか把握しているのだ。
「ただいま戻りました、お母様。用事は無事に終わりましたよ」
彼女の胸に飛び込んでぎゅうっとハグをしていると、弟や妹たちが次々と私の服にしがみついてきた。
「おかえりなさい、姉上。夕食を一緒に食べられなくて寂しかったです」
「おかえりなさいー」
「あうあううー」
「ただいま、ジャシュ、アルトゥル、ラズーリ。夕食はまた明日一緒に食べようね」
五歳、三歳、一歳の可愛い盛りの弟妹たちにハグを返して、私はニコリと笑う。するとジャシュが口を尖らせて文句を言う。
「今から姉上と遊びたいです」
「ダメだよジャシュ、もう寝る準備をする時間でしょう?」
「ええー、もっと姉上と一緒にいたいよ」
「アルもアルもー!」
「だぁめ。寝るのが遅くなったら明日の朝の訓練に行けなくなっちゃうでしょ? 明日の夕食はゆっくりできるから」
私の返答に二人の弟は不満げにブーブーと駄々をこねる。二人とも貴族としての教育が始まっているが、まだまだ言葉遣いも態度も幼い。
「もう、二人とも文句言わないの」
「ディアナ、そんな緩んだ顔で言ったって聞かないわよ」
「え? えへへ……だって三人とも可愛いんですもん」
ヴァレーリアのツッコミに緩んだ頬を指で摘む。クィルガーとヴァレーリアの実子であるこの三人は、私のことが大好きなのだ。その事実だけでご飯三杯はいける。
そのあとヴァレーリアが彼らのトカルやトレルたちに自室へ連れて行くよう言って、可愛い弟妹たちは連れていかれてしまった。
あう……私も本当は遊びたかったな。
「ディアナ、これから少し時間ある? お義父様からディアナに手紙が届いているのだけど」
「ああ、今度開催するお茶会の話ですね。招待するお客様のリストだと思います。お父様とお母様にも見てもらいたいんですけど」
「じゃあこのまま談話室に行きましょうか。そのうちクィルガーも帰ってくるでしょうし」
それから談話室に入ってヴァレーリアとお茶をしていると、側近の仕事を終えたクィルガーが帰ってきた。彼は着替えたあと、談話室で夕食をとりながら私たちの会話に加わる。
「お父様、これがおじい様とおばあ様に選んでいただいた招待客のリストです」
「ふむ……まあいいんじゃないか? うちの派閥の高位から下位まで満遍なく入っているようだし」
「他の派閥の人たちは呼べないんですかね」
「お前の劇団の初公演の宣伝をするお茶会なんだろう? まずは派閥内から案内したほうがいいだろうな」
「春の社交で劇団の宣伝した時も同じ派閥の人中心にしましたけど、あまり反応がなかったので心配で……」
「あの時は挨拶程度に話すくらいしかできなかっただろう? あそこで交わされる言葉はほぼ社交辞令だからな」
クィルガーはそう言って肩を竦める。確かに春の社交は馴染みの家に招待されて、顔合わせで挨拶をするという流れがほとんどで、込み入った話はできなかった。私も成人したての社交デビューだったので、おじい様とおばあ様や、クィルガーとヴァレーリアの後ろに付いて一言二言言葉を交わすだけだった。
その中でもすかさず劇団の話を振ったけど、会う人はまず私の容姿に注目してたからね。
耳が長く、まだ成人前の姿の私は、社交の中ではとにかく目立つ。周りはみんな成人貴族ばかりだからだ。
「せめて私が大人の姿だったら、もう少し話もできたと思うんですけど」
「自分ではどうしようもないことを言っても仕方ない。そもそもエルフというだけで注目されるんだからな」
「むう、私もお父様のような屈強な騎士だったらよかったのに。迫力で話を聞いてもらえそうですし」
「ディアナ、それだと相手が威圧されて縮こまってしまうわよ」
ヴァレーリアが私の言葉に吹き出して、横にいるクィルガーの肩を叩く。
クィルガーは金に近い銀髪をコーンロウに編み込んで、その上に砂漠の騎士特有のターバンをしている。赤い目は鋭く、体はムキムキだ。この世界最強の戦闘民族であるカタルーゴ人の彼から放たれる威圧感は凄まじい。
クィルガーは二歳のころカタルーゴ国からアルタカシーク国のアリム家に預けられて養子になったので、こちらの厳しい貴族教育を受けているのだが、カタルーゴ人は体の中に怒りを溜める体質であるため、それがオーラとなって漏れ出ているのだ。
「確かにお父様だと宣伝は難しそうですね。じゃあお母様みたいな絶世の美女だったらよかったのに」
私がそう返すと、今度はクィルガーがゴフッと咽せた。
「なに言ってんだ……っ」
「あら、ディアナだって成人すれば美人になると思うわよ? 今もとても可愛いもの」
「なりますかねぇ? 全く想像できないんですけど」
「馬鹿、そんな色目を使って宣伝なんてするんじゃない。変な男が寄ってくるだけだろ。俺の仕事を増やすな」
クィルガーは眉間に皺を寄せて私をジロリと睨む。相変わらずそっち関係には厳しい。見事な親バカである。
「とにかく、春にはできなかった話を、そのお茶会では積極的にしたらいい。おまえだけじゃ心許ないなら、五大老の誰かを招待して劇団を後押しして貰えばいい。俺や父上はあまりそういうのが得意じゃないからな」
「あ、それいいですね。五大老は演劇クラブの公演も一度観てますし、応援してくれそうです」
「じゃあ父上に頼んでおけ。俺はその日は仕事だからな」
「わかりました。大事な初公演ですから、出来る手は打っておきます!」
私がそう言って気合を入れていると、クィルガーが片眉を上げる。
「その肝心の劇団の方は大丈夫なのか? メンバーが八人しかいないんだろう?」
「本格的な練習はこれからですけど、大丈夫ですよ。うちのメンバーは優秀ですから」
「どこから来るんだその自信は……はぁ、毎回言ってるな、これ」
「本当にお父様は心配性ですねぇ。私ももう成人したんですから、ドーンと構えていてくださいよ」
「構えられるか。いつも突拍子もないことを言って、行動して、突き進むのは誰だ」
そう言って目を瞑るクィルガーに、私とヴァレーリアが同時に笑う。彼らと出会って六年、家族となってからも私たちのやり取りはずっと変わらない。心配され、守られ、愛されて、私はずっと幸せだ。
「久しぶりに、サモルとコモラも連れて五人でお出かけしたくなってきました」
「なんだ、急に」
「私たちって初めて会ったころから変わらないなぁって思って……えへへ」
「ちょっとは成長してくれ……」
クィルガーはそう言いつつ、口元をヘの字にする。これは少し照れている顔である。ヴァレーリアがその顔を見て目を細め、「それなら今度、商業区域にみんなで行きましょう」と言ってクィルガーの腕に手を添えた。
それから私は女性館の自室に戻り、寝る前に学院の副学院長であり、演劇クラブの顧問であるオリム先生に手紙を書いた。今度録音筒をもらいに学院に行くこと、その旨を演劇クラブのメンバーに伝えて欲しいこと、それと面会に来てほしいメンバーの名前も書いておく。
「これでよし、と。明日はハンカルとお茶会の打ち合わせしなきゃね」
私はぐぐーっと伸びをすると、トカルたちが整えてくれた寝台に入って目を閉じる。
さっき昔のことを思い出したからか、六年前に彼らと出会った時の光景が瞼の裏に浮かんできた。
ザガルディの北の祠の氷の中で目覚めて、大蛇に襲われていたところをクィルガーに助けられて、冒険者だった貴族のヴァレーリアと商人のサモルと料理人のコモラと出会って……テルヴァに攫われた……。
もうずっと昔のことみたいなのに、たった六年前の話なんだよね。
テルヴァの元から助け出されて、クィルガーがヴァレーリアに求婚して、二人が私を養子にしてくれることが決まって、五人でアルタカシークにやってきた。あの道中の砂漠の夜の光景は今も忘れていない。パチパチと焚き火の爆ぜる音。座った砂の感触、ヴァレーリアの膝枕の柔らかさ。星が落ちてくるかもしれないと感じた、満天の星空。
あの時はエルフの記憶を失ったままだったから……どうにか生きる道を探らなきゃって必死だったな。
学院に入学してからも色々あって……とある事件のあと、私は自分に前世の記憶があることをクィルガーとヴァレーリアに告白した。あの時から、私たちは本物の家族になったのだ。
そして、そのあと初めてアルスラン様と対面した。
初めは本当に……怖かったんだよね。私の行く末がかかってたから。
その当時と、さっき会ったアルスラン様を比べて、私は布団の中でふふ、と笑う。人との関係は本当に変わるものだ。この六年の間にたくさんの人たちと出会い、繋がって、私の中には大事なものがたくさん増えた。
私は首から下げていた透明のネックレスを引っ張り出して、ぎゅっと握る。
かあさま……私、ちゃんと生きてますよ。生きて、笑ってます。だからこれからも見守っていてくださいね。
そう心の中で呟いて、私はスッと眠りに落ちた。
長男のジャシュはすでに騎士になるべく訓練を受けています。
まだ五歳ですがクィルガーにそっくりなパワータイプ。
家族はディアナにとって要となる存在です。
次は 練習の日々、です。




