異世界なんて行きたくなかったはずなのだが!
だから、僕は異世界転生なんてしたくないと言ったはずなのだが。
何もない学園生活に、僕は飽き飽きしていた。
そこらでイチャイチャしているカップルや、
何が楽しいのか体を酷使して部活に励む学生、
同じ趣味を持った人間を集めた友人とかいう人間関係。
それら全てが僕には無意味に見えてしまう。
皆別々の楽しみを見出しているのだから、否定はしない。
ただ、僕にはそんな学園生活の何が楽しいのかさっぱり検討がつかないのだ…。
って言えば、どうだろう孤独を楽しむ一匹狼のように見えるだろうか??
(そうさ!!!本当は僕にとってそれら学園生活を送れている彼らが、羨ましいに決まってあるではないか!)
(心の中でこうやって独り言を呟いているくらいだから、想像がつくかもしれないが、僕は小学校6年間、中学校3年間、そして高校3年間と一切友達ができていない!
ましてや、彼女なんてものももちろんいたことがないのだ!)
(おっと、心の中で取り乱してしまった。)
僕の名は、鈴木 一人。
高校3年生にして、何の取り柄もない若者だ。
趣味といえばもっぱら小説を読むこと。
あ、でも勘違いしないでほしい、ラノベではなく
純文学を愛している。
そう、特に異世界転生ものなんていうのは、好きではないのだ。
都合よく転生だの、転生先ではチート能力をもっているだの、勇者になるだの僕からしたら羨ま…おっと違う非現実的であるからだ。
僕は、純恋愛や主人公の苦悩などがよく書かれた純文学を愛しているのであって…。
「…って僕は1人で何を考えているんだか…。」
我に帰った僕は、夕日の元で青春の汗を流している彼らの姿を見る。
「あぁ、本当は羨ましいとも。特に特徴のない僕にとって彼らの学園生活が羨ましくないはずがないじゃないか…。」
昔は努力する方であった。
友達作りに、スポーツ、勉強、それに恋愛も。
全てに対して小学校の頃から僕は努力していた。
ただ、世界とは不条理だ。
“あれ″があってから僕はそれら全ての努力をやめてしまったのだ。
「ここ(学校)にいるだけであれを思い出してしまう。なんかナイーブな気持ちになるし、そろそろ帰るか。」
僕はグラウンドを後にし、正門を出た。
(今日も駅前の書店に寄るとしよう。)
いつも帰り道で僕は必ず駅前の書店に立ち寄って、小説の新刊が出ているか確認をしていた。
今日もいつも通り、本屋で小説を見てから帰ろうと考えていたが、今日だけはそのいつも通りにはいかなかったようだ。
(新刊コーナー新刊コーナーっと)
いつも僕が行く書店には、書店イチオシコーナーが設置されており、月一で更新されるようになっている。
今日は、10月1日。そうまさにイチオシコーナーの更新日なのである!
「さてと、今月はどんな小説が…」
僕はイチオシコーナーを見て固まってしまった。
理由は簡単だ、僕が嫌いな異世界転生もののラノベが並んでいたからである。
(何故、今月に限って異世界転生もの…)
僕が異世界転生ものを読まなくなったのには、明確な理由があった。
本音を言うと主人公が羨ましく、何も持たない自分に対しさらに劣等感を抱いてしまうからである。
転生ものの主人公は、僕みたいなごく普通の人間が多い。それが可愛い子に囲まれ、あれやこれやとハーレムが掲載される。
挙げ句の果てに最強能力を手にし、バサバサ敵を蹴散らし周囲からの信頼も厚く友人がめちゃくちゃできる。
転生もののラノベを読むとそんな主人公と僕を比べてしまい、転生なんていう非現実的なことに憧れ、自分もいつかはなんて思ってしまう。
ただ、そんなラノベを読んだ次の日に当然の如く迎えるぼっちな学園生活が苦でならないのである。
(今日は、いつにも増して悲観的な考え方ばかりしてしまう。もう帰ろ。)
僕は書店から出て、帰路に着こうとした。
いや、今思えば帰路に″つきたかった”がただしいかもしれない。
「信号が青になったら、どっちが向こう側につけるか勝負な!」
「たっちゃんずるいよー!たっちゃんの方が足が速いんだから僕負けるに決まってるじゃん。」
(子供は本当に危なっかしいな。)
そんなことを思いながら、僕は書店を出てすぐの信号が青に変わるのを待っていた。
「ほらみっちゃんいくぞー!よーーーい…」
(まて、なんかすごく嫌な予感がする。まだ、
車道側の信号が青い。黄色にもなっていないのだぞ?このまま、この子がフライングなんてしたら…。)
僕の嫌な予感は的中した。
「ドンだ!!!!!」
よーいどんの掛け声でこのたっちゃんとかいう子供は勢いよく赤信号に向かい走りだした。
そして、車道にはかっちゃんに向かって走る大きなトラック。
(あぁ、なんでベタな展開なんだ。)
僕は気づいたらかっちゃんめがけて走り出していた。
(今日は厄日だ。異世界転生ものならこの後転生して、勇者とかになるのかな。ちょっと憧れる。いや、きっとぼくは死ぬな。)
そんなことを考えていた僕の体は、宙をまっていた。かっちゃんという子供は、僕が後ろから押したことで、対面の路上に倒れ込んで泣いている。
(全く泣きたいのは、僕の方だ。でもまぁ、あの子が助かって、ある意味僕は勇者になれたのかな?憧れていた存在にはなれたのかな?)
走馬灯というやつなのか、僕の頭には学園生活が振り返る。
弁当を1人で食べる僕。1人で帰る僕。そして、1人で家で小説を読む僕。
(ずっと1人でいるからってそんな走馬灯しか流れないのか!?え、こんな1人でいる奴がこのまま死んで悲しむやついるのか?親くらいか?
あ、やだ、このまま死にたくない、、、ってか長くない?)
(よく死ぬ間際は、肉体と精神とが離れて、時間が長く感じるというがあまりにも長い。
そう長すぎる。こんなくだらない考えが頭をよぎるくらいにって…。飛んでる!?)
僕の体は、文字通り地面に叩きつけられることなく宙を浮いていた。
(あ、これってまさか…。女神とか出てくるパターンなのか。)
そんな僕の考えは的中した。今日は、嫌な予感や考えが怖いほど当たる日だ。
「私の名はアフロディーテ。愛の女神です。今あなたは勇敢な行動をし…」
「お話中、ごめんなさい。あの僕極度の高所恐怖症なので、とりあえず地面に下ろしていただけないでしょうか?」
「チッ、私の名はアフロディーテ、」
腰まで伸びた金色に光る髪の女神は舌打ちをし、再度同じことを話し始めた。
「あの待って待って、えっとアフロディーテさん?あの怖いんで降ろし…。」
そう僕が話そうとすると、まるでゴミを見るような目で女神は僕を睨みつけた。
(これ、話最後まで聞かないと殺されるやつだ。)
「こほん。私の名はアフロディーテ。愛の女神です。今あなたは勇敢な行動をし、幼き命を助けました。その勇士を讃え、あなたにはチャンスを与えることにしました。」
「あ、もしかして異世界に転生して世界を救いなさいとかですか?もしそうなら無理です、やめてください。僕に特殊な能力あっても、戦うとか怖いです。このまま極楽浄土に。」
「あんたさっきから、話を遮らないでくれるかなあ!??」
慈愛に満ちた笑顔の女神は、怒りをあらわにしていた。
「あのさぁ、なんで先に行っちゃうかなあ。あーそうだよそうそう異世界いけっていってんの!」
怖い。話を挟んでしまった僕が悪いが、こんな怖い女神よりも怖い敵となんて戦いたくない。
「いやだ!絶対に嫌だ!異世界怖い!やめ…」
「いや、もうめんどいからとりあえず異世界送るね?えい!」
「やめてぇええええええええええ!!!!?」
僕の体が光だし、気がつくと大草原にいた。
周りには女神もいなくなっており、家や駅、信号もない。
そう何もない大草原に、いや訂正しよう。
いかにもなスライムとゴブリンが20匹入る大草原に、いやさらに訂正しよう。
スライムとゴブリンに僕が囲まれた大草原に転生していた。
あぁ、だから僕は異世界転生なんてしたくないと言ったはずなのだが。