冒険者組合に関する一考察とカール王の戦い
「大臣よ、どうにかならないのか?」
「どうにもなりませんな」
私がそう答えると、国王陛下はとても渋い顔をした。貫禄を出す為に伸ばし始めた髭が垂れる。髭のお陰で三十代ぐらいに見えるが、実際にはまだ二十代。私から見れば孫ほどの歳である。
午後の暖かな日射しが差し込む執務室には、今陛下と私しかいない。侍女や秘書も席を外している。だからこんな話も出来る。
「……冒険者組合、あいつらムカつかない?」
「そのご意見には同意しますよ。連中、王国の権威を蔑ろにしておりますからな」
冒険者組合。その名前の通り、冒険者たちを束ねるギルドのことだ。我が王国ガルトマンズだけに留まらず、中央大陸全土にその組織網が張り巡らされている。
元々は魔物退治をする荒くれ者どもに、冒険者という名前を与えて統制する為に自然成立した組織である。発足当初はそれぞれ独立した小組織として各地に分散していたが、三十年前の魔王軍襲来時に統一組織化され、現在に至っている。
「なんか理由つけて、潰したりできないかな?」
「ははは、ご冗談を。権威にかこつけて難癖付けるのは我ら王国のお家芸ですが、そうしたら陛下の首が物理的に飛びますぞ」
「マジかー。騎士団で何とか守れない?」
「まあ無理でしょうなあ」
私はゆったりと紅茶を啜る。
冒険者組合が王国に疎まれる理由其の一。冒険者という武力を有することだ。武力保有は国家権力の特権事項。そうでなければ治安維持が出来ない。やはりどんな綺麗事を並べ立てても、最後にモノを言うのは暴力なのである。
冒険者組合は、魔物退治という理由を盾に冒険者という武力を保持している。まあ軍隊という統一行動出来る武力であれば、王国軍の方が上だろう。所詮冒険者は個人の寄せ集めに過ぎない。集団行動は苦手だ。
だが冒険者の厄介なところは「一芸」に秀でている者がいることだ。一対一では敵わない強敵でも、それが通常の力自慢であれば数人で同時に戦いを仕掛ければ討ち取れる。だが世の中には、「一振りで十人纏めて吹き飛ばす戦士」や「城を丸ごと燃やす魔術師」という正直言って人外の能力を持った者が存在する。
それは魔物退治にとってはとても有効な力であるのだが、それをにこやかに眺めていられるのは、その力が魔物に向けられている間だけだ。それがもし王国に向けられたとしたら——同じ様な人外の能力者で無い限り、それを止めるのは困難だ。
勿論、騎士団の中にも人外クラスの者はいる。だが数がね……冒険者組合の方が多いんだよなあ。困ったことに。
つまり国王陛下といえども、物理的に寝首をかかれない為に、冒険者組合の顔色を伺わなければならないのだ。それを屈辱的だと思う気持ちは、よおく理解出来る。
「そういえば、ウチの国の冒険者組合のトップって、女性ってマジ?」
「本当でございますなあ。確かまだ二十歳そこそこで、三法(※剣法・魔法・神法)の使い手だとか」
「……ほぼ全裸だという噂は誠か?」
「ビキニアーマーという奴ですね。なんでも気を込めると、肌が鋼より硬くなるから鎧は不要との噂ですが……さて。だったら普通に服着ればいいと思うんですよね。私の見立てでは、あれは趣味ですな」
「そっかー」
陛下は至極残念そうな顔をした。破廉恥な姿は見たいが、破廉恥な精神は趣味に合わないらしい。陛下は昔から清純派な仕草がお好きでしたからな。
「それはそうと、ケイン男爵領の件はどうなってる?」
「ああ、所領の線引きで揉めていた件ですね。あれは……一応、キリーク伯爵と男爵の間で協定が結ばれまして。係争地域を折半することで折り合いが付きました」
「ほほう。グイン行政官も中々名采配をするではないか。見直したぞ」
「いえ、陛下。あの穀潰しは役立っておりません」
「……なに? しかしこの書類には、ヤツのサインが書かれているぞ」
「両者の揉め事を実質的に仲裁したのは冒険者組合です。グイン行政官はそれを追認しただけです」
「……マジか」
陛下は眉間に皺をよせて、ぺらっと書類を投げ出す。そして窓の外をぼんやりと見つめる。ああ、蝶々が飛んでいる……うふふ。まあ陛下が現実逃避したくなる気持ちも、分かる。
冒険者組合が王国に疎まれる理由、其の二。民衆の間に発生した揉め事を勝手に仲裁してしまう点だ。え、わざわざ揉め事を解決してくれるのだから王国にとっても良いことなんじゃない?
コトはそう簡単では無い。場合によっては武力を有していることより、王国にとっては許しがたい点になりえる。
王国——統治機構にとって一番の関心時は、いかに民衆が権威に従うか、という点だ。つまり国王が「白」といえば、民衆もそれを「白」だと思ってくれること。これが権威であり、統治能力の源泉だ。だから王国にとってのもっとも重い仕事は、国土を広げることでも徴税をすることでもなく——民衆の間の揉め事を仲裁し、それを認めさせること。これに尽きる。
冒険者組合が揉め事を解決してしまうというのは、民衆がその裁定に従っているということになる。つまり——権威の萌芽である。これは王国としては断じて認められない一線なのだ。
今はまだ、冒険者組合の仲裁には魔物退治という言い訳を必要としている。これが、その言い訳すら必要となくなった時、それは冒険者組合という国が生まれるといっても過言ではないのだ。
「大体さ、なんで冒険者組合ってあんな大手を振るっているの? 昔の王族は、こうなる前に手を打とうとか思わなかったワケ?」
「あー、それですか」
陛下が至極もっともな疑問を口にする。確かに冒険者組合は今では大組織で、おいそれとは手が出せない。だが発足当初はもっと小さな組織だったはずだ。歴史は諸王国の方が長いのだから。冒険者組合がそんな大勢力になる前に、手は打てたはずだ。王国お得意の権威棒でガシガシと叩けば良かったのだ、ここまで大きくなる前に。
「それは、歴史のお勉強になりますな。まあ過去の王族が仕出かしているんですが」
「え、ウチが?」
「まあご先祖様が、ですが」
発端は三十年前に魔王軍侵攻である。東の暗黒大陸から謎の軍勢が大挙して押し寄せてきて、中央大陸全土が戦火に吞まれた。
諸王国軍は疲弊、戦力が減衰した。その補充の為に、当時はまだ各地に分散していた冒険者組合を統合し、冒険者の戦力化を行った。まあここまでは良かった。
しかし、そうは言っても冒険者とはつまり荒くれ者たちの集まりである。烏合の衆である上に、その粗暴さから民衆からも疎まれている。戦地に赴いても、その地の民衆から食糧等の支援を受けなければ、集団として動くことすら侭ならない。つまり、せめて民衆からは「こいつらは貴方たちの味方ですよ」と認めてもらう必要があった。
そこで行われたのが、冒険者組合への王族の派遣である。王族といっても国王や継承順位の高い者たちのことでは無い。男子で言えば六男とか八男とか、国王になれる見込みは無い者たちである。
そういう者たちは通常成人すると、幾ばくかの領地や資金を貰って王族から離れるのが一般的であった。つまり王族としての権威を放棄する代わりに、年金を貰ってそれで食っていくというワケである。
当時、そういう王族末席の者たちが沢山いた。そういう連中を冒険者組合へと派遣したのである。末席とはいえ王族には違いない。その血統の信用力で、民衆の支持を得ようとしたのだ。
かくして冒険者の戦力化は軌道に乗ることになる。魔王軍との戦果も上がり、それに伴って冒険者組合への民衆の支持も増えていったのだ。
「つまり、冒険者組合がデカい顔してるのは、元々はご先祖の仕業ってことなの?」
「そういうことですな。まあ当時はその必要があったのですが」
「ぐわー。それって不味いんじゃない」
「そうですな。不味いですな」
そうなんだよなあ。こうやって歴史を紐解くと、冒険者組合の権威の源泉は王国と同じ王族の血筋による権威に辿り着くんだよなあ。末席の末席とはいえ……。つまり冒険者組合が王国にとって代わることも、権威上は不可能じゃ無い。
「どうしたら良いと思う……大臣?」
「そうですなあ。長い道のりになりますが、まずは少しずつ特権を剥ぐことですな」
「具体的には」
「金融と通信の部門を分離させる。連中は報酬配分と依頼配信の為にという理由で、関所での実質免税が認められております」
「うむ、そうだな」
「税率を一般並みにすると言えば不平が出ましょう。なので、冒険者組合にそれらの部門の透明化を要求するのです。連中、未だにどんぶり勘定ですからな。イヤとは言えますまい。そして透明化したそれぞれの組織のトップに、王国寄りの人間を付ける様に工作する」
「なるほどな。そうやって次々と冒険者組合を解体していくかワケか!」
「左様です。後は新たに騎士団を創設してはどうでしょうか?」
「騎士団を? 今でも親衛と近衛があるが……」
「そうですね。例えば主要都市に「都市騎士団」を設立します。当然人員が必要となりますが……」
「ッ! 冒険者たちを引き抜くということか?」
「ご明察です。まあ荒くれ者たちですから教育には時間がかかるでしょうが、騎士団という名誉を欲しがる人間はいるでしょうから」
「なるほどな……都市騎士団が上手く機能すれば民衆の支持も得られ、その分冒険者組合の権威は低下するか。なかなか良い案だ」
「お褒め戴き、光栄です」
国王陛下はすくっと立ち上がった。その表情は自信と決意に満ち満ちている。
「こうなれば、すぐにでも着手してくれ。この戦い、王家の威信にかけて負けられぬ」
「ははっ……陛下はどちらへ?」
「う、うむ。何な。戦って勝利する為には、まず相手のことを知らねば。少しお忍びで……冒険者組合を見てくるとしよう」
「お気を付けて……あ、陛下?」
「な、なんだ?」
「今日は暖かなれど、今は冬。さすがにビキニアーマーでは出歩いていないかと思われます」
「う、うむ! 貴重な助言、感謝するぞッ!」
そういって、国王陛下は執務室を颯爽と出て行った。
——こうして後の世に、ガルトマンズ王国中興の祖と呼ばれるカール四世と冒険者組合の長い戦いは始まったのであった。
【完】
おはようございます、沙崎あやしです。
今回の短編小説は「冒険者組合+歴史のお勉強+異世界」で攻めてみました。お楽しみいただけましたでしょうか?
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