98 夜の雑談
――アリアたちが店内に入ってから、4時間後。
長い拘束から自由になったアリアたちは、近衛騎士団の基地にある女子寮へ向けて、歩き始める。
辺りには、酔った人が大勢おり、かなり賑わっていた。
そんな中、アリア、サラ、ステラの三人は、酔い潰れたフェイと先輩方三人組を背負っている。
「ちょっと! アリア、ステラ! もう少し、ゆっくりと歩いてくださいまし! こんな状況で置いていくなんて、ひどいですわ!」
バール大尉の姉を背負ったサラは、大きな声を上げた。
サラが背負っているバール大尉の姉は、大剣を振り回せるほど身長が高いため、運ぶのに難儀しているようである。
しかも、酔っ払って寝ていることが、状況を悪化させていた。
体の力が抜けているため、普段、起きているときより、運びづらくなってしまっている。
そのような状況で、アリアとステラは後ろを向く。
「サラさん! 頑張ってください! 早く女子寮に連れて帰らないとマズいことになりますよ!」
フェイを背負ったアリアは、焦った声を出す。
「ここが踏ん張りどころです、サラさん。ぼやぼやしていると、キラキラが体にかかりますよ」
ステラはそう言うと、前を向いて、スタスタと歩いていく。
その速度は、先輩方二人を、それぞれ、左右の肩に担いでいるとは思えないものであった。
どうやら、キラキラが体にかかるのは、絶対、嫌なようである。
「ああああ! ちょっと! 待ってくださいまし! 戦友を見捨てると、大変なことになりますわよ!」
サラは大きな声を出すと、急いで、ステラの後を追う。
(私もキラキラが体にかかるのだけは、嫌だな。はぁ……せっかくの休日なのに、なんで酔っ払いの介抱をしているんだろう。まぁ、タダでたらふく食べさせてもらえたことだけは、感謝しているけども)
アリアは歩きながら、そんなことを考えていた。
それから、30分後。
サラとステラは、フェイの部屋の前に到着していた。
酔っ払ったフェイと先輩方三人組はというと、床に寝かされている状態である。
「鍵を借りてきましたよ! 今、開けますね!」
戻ってきたアリアは、急いで、扉を開ける。
開けられたことを確認したサラとステラは、床に寝かされた酔っ払い四人を、ベッドの上に運んでいく。
その後、アリア、サラ、ステラの三人は、体の向きを横にしたり、服を緩めたり、キラキラをためる用のバケツを持ってきたりしていた。
「ふぅ~、疲れました! 多分、これで大丈夫なハズです!」
酔っ払いを介抱するために準備した物を見つつ、アリアは部屋のイスに座る。
近くには、同じくイスに座っているサラとステラがいた。
酔っ払い特有の臭いが充満する中、ロウソクの明かりだけが揺れている。
「まぁ、最悪、私たちがいますからね。なにかあっても、大丈夫だとは思いますよ」
ステラはそう言うと、容器に入った水をゴクゴクと飲む。
「そうですの! とりあえず、中隊長たちが起きるまでの辛抱ですわ!」
サラも、机に置かれた水を飲んでいた。
アリアは、そんな二人のほうに顔を向ける。
「それにしても、凄い飲みっぷりでしたね! 普通の人だったら、あんなに飲めませんよ!」
アリアは、お店でのことを思い出していた。
「本当ですわ! クレア姉様と同じくらいか、それ以上の飲みっぷりでしたの!」
「その分、お会計も凄いことになっていましたね。普通のお店で、二桁万ゴールド出すところなんて、初めて見ましたよ」
サラとステラは、アリアの提供した話題に乗っかる。
「やっぱり、結構、鬱憤がたまっていたんですかね? 中隊長たちの話を聞いていたら、相当、大変だったみたいですけど」
「ワタクシも同じことを思いましたの! 改めて、士官は、大変だと思いましたわ!」
「中隊長は、第2中隊の管理に加え、いろいろと報告する書類を作成していたみたいですからね。しかも、戦うときは前線で中隊を指揮していましたし。体力的にも、精神的にも大変だったと思いますよ」
三人は、フェイたちが酔っ払いながら話していたことを思い出す。
「中隊長も、そうですけど、先輩方もヤバかったみたいですね! バール大尉のお姉さんが、無限書類地獄って言っていたのは、衝撃的でした!」
「少佐になれば、少しは楽になれると思っていましたの! でも、上からも下からもペシャンコにされるのは変わらないみたいですわ!」
「近衛騎士団本部にいる人たちが求めていることと部隊の実情を分かっている中隊長が求めていることでは、全然、違いますからね。そのような状況では、当然、作成した書類もやり直しになってしまいますよ」
ステラは、冷静に分析を述べていた。
「……中隊長たちの話を聞いていたら、昇進するのが嫌になってきました。まだ少尉なのに。これから、大変になる未来しか見えませんよ」
「ああ、もう! そういうことは思っても、言わないでくださいまし! ただでさえ、近衛騎士団に配属されて大変なのに、これ以上、負荷をかけないでくださいまし!」
サラは、プンプンと怒り出してしまう。
「まぁまぁ、サラさん。落ちついてください。嫌なことばかりではありませんよ。昇進すれば、良いこともあるハズです。まず、階級が上がれば、上がるほど、いろいろな人から気を遣ってもらえますよ」
ステラは、サラのことをなだめようとする。
「たしかに、それは嬉しいことですの! でも、それ以上に大変だったら、意味がありませんわ!」
「まだ、良いことはありますよ。階級が上がれば、上がるほど、給料もグンと上がるみたいです。将官ともなると、相当なお金がもらえるらしいと聞いたことがあります。もちろん、佐官でも、かなり給料はいいみたいですよ」
「ムムム……それを聞くと、昇進も悪くはないと思えますわ。やっぱり、お金は正義ですもの! あるに越したことはありませんわ!」
サラは、少しだけ機嫌を直す。
良い機会とみたアリアは、さらに情報をもたらそうとする。
「しかも、近衛騎士団の独身士官であれば、寮に住めますからね! 家賃とかの分、お金が浮きますよ! 中隊長たちも、お金ならそれなりにあるみたいな話をしていましたし、相当、たまるんじゃないですか?」
「そんな話もしていましたわね。まぁ、近衛騎士団の独身士官である限りは、お金に困ることはなさそうですの。ただ、独身であるうちは、ですわよ」
サラは、独身という言葉を強調した。
「まぁ、たしかに、そのうち結婚をするかもしれないですしね。そうなったら、女子寮から出ていかないといけません。その分、お金はたまらなくなりますね」
「サラさん、ステラさん! もしかして、結婚する相手がいるんですか!? 全然、気がつきませんでしたよ!」
アリアは、立ち上がると大きな声を上げる。
対して、サラとステラは冷静であった。
「アリア。とりあえず座りますの。興奮しても、しょうがありませんわよ」
サラは、フェイたちを見た後、アリアのほうを向く。
その声に従って、アリアは静かに座る。
「……それで、実際、どうなんですか?」
アリアは、サラとステラをジト目で見ている。
「はぁ……少なくとも、ワタクシにはいませんわよ。ただ、ステラはどうか知りませんの」
「私にもいませんよ。いたらいたで、お二人にはすぐ報告しますし」
サラとステラは、落ちついた声でそう言った。
「ふぅ~! 焦りましたよ! いや、早とちりをしてしまって、すいません! てっきり、お二人には、結婚するお相手がいるのかと思いまして!」
アリアは、なぜか分からないが安心した面持ちになる。
「まぁ、今はいないだけですの! いずれは、もちろん、結婚しますわ!」
サラは、フェイたちをチラッと見た後、そう言った。
「私も佐官になる前には、結婚したいですね。そうでないと、一生、独身になってしまいますし」
サラも、チラッとフェイたちを見る。
(うん。二人の考えていることは分かるよ。あそこで寝ている人たちみたいになりたくないもんな)
アリアは、ベッドに横になっている四人に視線を移した。
四人とも、半目のまま、いびきをかいて寝ている。
「……私も早いうちに結婚したいです。はぁ……どこかに、格好良くて、財力がある人はいませんかね?」
アリアは、サラとステラのほうに視線を戻していた。
「それなら、とっておきの人がいますわよ! 顔はまぁまぁですけど、財力はピカイチですの! しかも、アリアとそれほど年は離れていませんわ!」
「え!? 本当ですか!? 紹介してください!」
アリアは、ここぞとばかりに、サラの言葉にくいつく。
「サラさん。もしかして、それって、エから始まってドで終わる人ではないですか?」
サラがなにかを話す前に、ステラは質問をする。
「ステラ! よく分かりましたわね! もしかして、狙っていましたの?」
「いや、それだけはありませんね。自分より弱い人と結婚するのは考えられないので」
ステラは、即座に否定をする。
(うん? ステラさんより弱い人かつエから始まってドで終わる人って、もしかして……)
アリアの頭には、一人の男性が思い浮かんでいた。
「ですわよね! エドワードは、恋愛対象になりませんの!」
サラはそう言うと、ゲラゲラと笑い出す。
「ちょっと、サラさん! ひどいじゃないですか!? エドワードさんなんて、私も嫌ですよ! たしかに、性格は悪くないですし、実家もお金持ちですけど、付き合うなんて考えられません!」
対して、アリアはプンプンと怒り出す。
「お二人とも、やめましょう。恋愛対象にはなりませんけど、エドワードさんが良い人なのは間違いありませんから」
ステラは、アリアとサラを落ちつかせようとする。
二人は、その声に従って、いつも通りの表情に戻った。
あまり騒ぎすぎると、起きた四人に怒られると悟ったためである。
「それで、ステラさんとサラさんは、どんな感じの男性が良いんですか?」
とりあえず、アリアは話を戻すことにした。
「ワタクシは、普通の人が良いですわ。可もなく不可もない感じの男性ですの。あ! でも、父上に紹介できるくらいじゃないと困りますわね」
サラは、至極当たり前のような顔をする。
横で、ステラもウンウンとうなずいていた。
(二人が思う普通の男性って、どんな人なんだろう? 多分、私の考えている普通の男性とは違うんだろうな。とりあえず、細かく聞いてみるか)
そう思ったアリアは、口を開く。
「お二人の思う普通の男性って、どんな感じなんですか? もちろん、貴族であるのは最低条件ですよね?」
「そうですわね。分かりやすく言うと、学級委員長たちくらいの普通さですの。あの普通さであれば、父上も母上も、許してくれると思いますわ」
「私も、学級委員長たちくらいですかね。まさに、ちょうど良い感じですよ」
サラとステラは、ウンウンとうなずいている。
「……ちなみに聞きますけど、お二人にとって、学級委員長さんたちは恋愛対象になりますか?」
アリアは、一応といった感じで、そう聞いた。
「なりませんわね。ワタクシより強い男性ではないと嫌ですの」
「私も同じ意見です。せめて、私より強くないとお話になりませんよ」
サラとステラは、どうやら、同じような考えを持っているようである。
「そうですか……」
アリアはそう言うと、ベッドの上に横たわっている酔っ払いのほうに目を向けた。
(……多分、中隊長たちも、少尉くらいのときから、サラさんとステラさんと同じような考えを持っていたんだろうな。二人の言う普通の人でなおかつ強い人って、この世に存在するのか? 少なくとも、私には思いつかないよ)
アリアは、酔っ払いを見ながら、そんなことを思ってしまう。
それから、四時間後。
アリアたちが他愛のない話をしていると、フェイたちが目を覚ました。
「くっ! 頭が割れそうだ! アリアたち、済まないな。お前たちが運んできてくれたのだろう?」
起きたフェイは、アリアたちにお礼を言う。
その横では、先輩方三人組も、同様に礼を言っていた。
対して、アリアたちは、言葉を返す。
その後、アリアたちの持ってきた水を一気に飲んだフェイたちは、トイレへと向かった。
ほどなくして、フェイが四人の中で一番に帰ってくる。
「いや、悪いな、お前たち。もう帰っても大丈夫だぞ」
フェイはそう言うと、ふたたび、ベッドの上で寝てしまった。
アリアたちは、その言葉に従い、部屋を出ていく。
入れ替わりで、先輩方三人組が、フェイの部屋に入る。
どうやら、自分の部屋に戻るのが面倒なようであった。
アリアたちが、自分の部屋に戻る中、『なんで、私の部屋に帰ってくるんですか! 自分の部屋に帰ってくださいよ!』などと、フェイの叫んでいる声が聞こえてきた。




