95 フレイル要塞陥落
――アリアたちがフレイル要塞に侵入してから、20分後。
ミハイルの先導の下、アリアたちは、フレイル要塞の総司令官がいるであろう建物の前に到着する。
「ふぅ~、やっとついたね! まったく、敵が多すぎるよ! まぁ、でも、建物の中に入れば、少しは楽になるだろうね!」
建物の前にいた敵を一掃しながら、ミハイルは、そのようなことを言っていた。
「団長! 本当にこの建物なんですよね!? これ以上、外で戦闘するのはキツイです!」
アリアは、側面から斬りかかってきた敵を迎撃しつつ、声を上げる。
「うん、事前の情報が正しかったら、ここだね! まぁ、建物の中からたくさんの敵が出てきているから、当たりだとは思うよ! それに違っていたらいたで、別の場所を探すだけだから、問題はないかな!」
ミハイルは、さも当たり前かのように言った。
「はぁ……団長はそれで良いんでしょうけど、私たちは、探している間に死んでしまいますよ……」
アリアは、疲れきった声で返答をする。
「ハハハ! アリア、そんな落ちこまないでよ! 軍人なんて、早く死ぬか、ちょっと遅く死ぬかの違いしかないからね! 例え、ここで君たちが死んでも、しょうがないことだよ!」
ミハイルは、いつも通りの陽気な声で、アリアたちに聞こえるよう、そう言った。
「団長! ワタクシが危なくなったら、助けてくださいまし! こんなところで死んだら、絶対、悔いが残りますの!」
エレノアは、ミハイルの言葉を聞き終わると同時に、声を上げる。
「コラコラ! エレノア、昔から言っているでしょう? 自分だけのことではなく、周囲のことも考えて行動しなさいって! そんな考えだと、真っ先に死ぬよ?」
ミハイルは敵をなぎ倒しながら、たしなめた。
「よく、そのようなことを言えますね。士官として、どうかと思いますよ。まぁ、お馬鹿さんには、恥という概念がないのかもしれませんね」
ステラは戦闘をしながら、エレノアに聞こえるよう、つぶやく。
「キー! 分かりましたわ! 皆さんが生き残るよう、ワタクシが率先して動きますの! これで、文句はないハズですわ!」
ミハイルとステラに注意をされたため、エレノアは怒りながらも、アリアたちを助けるような行動をする。
そのおかげか、先ほどよりも、アリアたちに向かってくる敵が少なくなっていた。
(……エレノアさんでも、反省することがあるんだな。まぁ、団長に助けてほしいって思うのは、悪いことではないよ。私もそう思うし。ただ、声に出しては駄目だよね。ステラさんの言う通り、士官としてどうなのよって話だからね)
アリアは、真面目に戦っているエレノアを横目に見ながら、そのようなことを思う。
そんなアリアの隣では、サラと学級委員長三人組が、必死の形相で戦っている。
エドワードも、吐き気なぞなかったのかのように、剣を振り回していた。
そのような状況で、戦うこと、20分間。
エンバニア帝国軍の兵士の動きに変化が起きる。
アリアたちの後方から攻め続けていた敵が、少なくなってきたのだ。
その理由は、明白であった。
「お! やっと、ミハルーグ帝国軍が来たみたいだね! 遅すぎて、来ないかと思ったよ!」
ミハイルは、少しだけ後ろを振り向いた後、いつも通りの陽気な声を出す。
アリアたちの目にも、次々と展開していくミハルーグ帝国軍の兵士たちが見えていた。
「これならいけますよ! 皆さん、一気に押し切りましょう!」
アリアは、剣を振り回しながら、大きな声を上げる。
その声に同調して、サラたちも大きな声で叫ぶ。
「お! 皆、元気になってきたみたいだね! それじゃ、僕も、そんな君たちに応えるために、少しだけ本気を出すよ!」
ミハイルはそう言うと、踏み出した左足に力をこめる。
と同時に、地面には亀裂が入っていた。
「よいしょっと!」
ミハイルは、あまり気合いが入っていない声を出す。
だが、そんな声とは裏腹に、ブンという重い風切り音とともに、横なぎが繰り出される。
その威力は凄まじく、ミハイルの目の前にいた兵士たちの隊列がまとめて吹き飛ばされていた。
(うわ! なに、今の攻撃!? ヤバすぎるでしょう! 隊列ごと吹き飛ばされていたよ! 本当に団長って、私たちと同じ生物なのかな?)
一部始終を目撃していたアリアは、ドン引きしてしまう。
同じ人間だと思われていないミハイルはというと、『年かな? 昔より、剣の振りが遅くなっている気がするよ!』などと言って、左足を空中でプラプラとしていた。
「な、なんですの、今の音は! それに、風がビューって吹いてきましたわ!」
「なんだか、団長が凄い技を出したみたいですよ。そんなことより、今は目の前の敵に集中しましょう、サラさん」
「それも、そうですわね! 今こそ、トランタ山で鍛えたワタクシの腕力を発揮するときですの!」
サラとステラは、ミハイルのほうを向かず、後方からやってくる敵を倒すことに集中している。
学級委員長三人組も、ミハイルに背を向けて、必死の形相で戦っていた。
そんな中、エドワードがアリアのほうを向く。
「おい、アリア! なにを呆けているんだ! 敵が少なくなったとはいえ、まだまだいるんだぞ! 団長が意味のわからない動きをするのは、今に始まった話しではないだろう! とりあえず、今は戦闘に集中してくれ!」
ミハイルの動きを見ていたらしいエドワードは、大きな声を出す。
「ハッ! そうでした! すいません、エドワードさん!」
我に返ったアリアは、急いで戦闘に参加する。
「おーほっほっほ! エドワードの言う通りですの! 団長がおかしいのなんて昔からですわ! 反応するだけ無駄ですの!」
エレノアも、エドワードと同じような考えを持っているようであった。
「あのさ、君たち! そういうことは、僕の見えないところで言ってよ! いくら僕が美麗で強くても、傷付くことには変わりないんだからね! まったく、もう!」
当然、聞こえていたミハイルは、左足についた土を払いながら注意をする。
そのような状況で戦うこと、10分間。
アリアたちの下にも、ミハルーグ帝国軍が到着し始めていた。
そのため、エンバニア帝国軍の兵士は、アリアたちの足止めをできなくなってしまっている。
「団長! 今なら、いけるかもしれません!」
アリアは、ミハイルのほうを向くと大きな声を上げる。
「そうだね! ここはミハルーグ帝国軍の人たちに任せて、僕らは総司令官を探しにいこうか!」
ミハイルは大きな声でそう言うと、誰も出てこなくなった建物の中に入っていく。
アリアたちも返事をし、ミハイルについていった。
(さすがに、誰もいないみたいだな。まぁ、ほとんど団長が倒してしまったから当たり前か。ただ、隠れている兵士がいるかもしれないし、奇襲には要注意だな)
ミハイルの後ろを走りながら、アリアは警戒を強める。
そのような状況で、アリアたちが通路を走っていると、突如、辺りが騒がしくなった。
「お! どうやら、お客さんみたいだね! しかも、挟みうち! 完全に待たれていたみたいだ!」
ミハイルはキョロキョロとしながら、陽気な声を出す。
「ああああ! やっと危機的状況から脱したと思ったら、またですの! もう、嫌ですわ!」
最後尾を走っていたエレノアは、そんな叫び声を上げていた。
「エレノア! 落ちつくんだ! 騒いでも状況は変わらないぞ! とりあえず、炎の魔法は使うなよ! 建物が燃えたら、大変なことになるからな!」
エドワードは、エレノアに注意をする。
「ああ、もう! 言われなくても、分かっていますわ! こうなったら、やってやりますの! キェェェェェですわ!」
エレノアは奇声を上げながら、敵に突っこんでいく。
「おい! 待て、エレノア!」
エドワードも、エレノアの横に立ち、戦闘を始める。
「君たち! 後ろから来る敵は任せたよ! 僕は前から来る敵を倒すからね!」
ミハイルはそう言うと、前方の敵に向かって走っていく。
アリアたちも返事をし、後方の敵に斬りかかっていった。
(ああ良かった、小さい身長で。エドワードさんとか、滅茶苦茶、戦いづらいだろうな。身長高いし)
狭い通路で戦いながら、アリアはそんなことを思う。
――30分後。
挟みうちから脱していたアリアたちは、総司令官がいるであろう部屋の前に集まっていた。
「それで、誰が扉を開ける? ちなみに、僕はやらないからね!」
ミハイルはアリアたちの顔を見ながら、そう宣言する。
その言葉を聞いたアリアたちは、自然とエドワードのほうに視線を向けた。
「おい! 皆、ひどくないか!? なぜ、僕なんだ!?」
エドワードは、大きな声で叫ぶ。
「いや、やっぱり、こういうときはエドワードさんかなと思ったので」
「ワタクシもそう思いますの! こんな重要なことはエドワードにしか任せられませんわ!」
「それに、エドワードさんは私たちの中で一番弱いですからね。万が一、待ち伏せにあって、死んでしまっても損害は少ないかと」
アリア、サラ、ステラは、それぞれ理由を述べる。
その言葉を聞いた学級委員長三人組は、すぐにエドワードの良いところを言い始めた。
「おーほっほっほ! 奴隷1号! 総司令官の部屋に踏みこむ名誉を譲ってあげると言っていますの! 分かったのなら、おとなしく部屋に入りなさい!」
「くっ! 団長! ひどいと思いませんか? 僕一人にやらせようとするなんて!」
「はぁ……もういいよ。僕が行くからさ……」
いつまでも決まらない様子を見かねたミハイルはそう言うと、部屋の扉を開ける。
と同時に、仕掛けられていたであろう矢が飛んできた。
「うわ! なんか、飛んできた!」
ミハイルは、飛んできた矢を手でつかむ。
矢じりからは、なにやら液体が垂れていた。
(……飛んできた矢ってつかめるのか? 少なくとも、私たちにはそんな芸当できないな……)
アリアは、ジト目でミハイルを見ている。
「これ、多分、毒が塗られているよ! エドワードが入っていたら、確実に死んでいただろうね! というか、やっぱりいなかったか! なんせ、人のいる気配がまったくなかったからね」
ミハイルはそう言うと、矢をポイっとしていた。
「……もし、僕が入っていたら、犬死にではないですか。それに、いないのが分かっていたんですね……)
エドワードは、気落ちした様子で部屋の中を見ている。
「落ちこまないで、エドワード! 結果、生きているんだから、それで良いじゃない!」
ミハイルはエドワードの肩をポンと叩き、元気づけた。
「団長! そんなことより、どうしますか? フレイル要塞の総司令官もいないようですし、他の場所を探すしかないと思います!」
部屋を素早く見終わったアリアは、質問をする。
「いや、もうフレイル要塞にはいない気がする! 部屋が荒れているからね! 多分、抵抗したんだろうけど、そば仕えの人たちが強引に連れていったんじゃないかな? そうじゃなきゃ、部屋が荒れている理由の説明がつかないからね!」
ミハイルはそう言うと、部屋の外へ出ていった。
「団長! どこへ行くんですか?」
アリアは後ろを追いながら、声をかける。
「探しても見つからないだろうから、城門のほうに行こうと思ってね! 総司令官が逃げたって、叫べば、降伏してくれそうじゃない? まぁ、そんなに上手くいくとは思わないけどね!」
ミハイルは歩きながら、そんなことを言っていた。
「そうですか! 分かりました! 皆さん、団長が城門のほうに行くみたいですよ!」
アリアは、部屋の外に出た面々に行き先を告げる。
その言葉を聞いたサラたちは、げんなりとした顔をしていた。
(うん、その気持ち、よく分かるよ! 城門の近くなんて、絶対、激戦地に決まっている! それと比べてフレイル要塞の総司令官を探すほうが、簡単だろうしな!)
アリアもガッカリとした顔をしながら、ミハイルの後を追う。
結局、アリアたちは、予想通り、城門の近くで激戦を繰り広げることになってしまう。
ミハイルが、『総司令官が逃げたぞ! 降伏をせよ!』と叫んでも、あまり意味はなかった。
アリアたちも、同じような内容を必死で叫んでいたが、エンバニア帝国軍の兵士はとまらない。
どうやら、総司令官が逃げるのは、事前に知らされていたようである。
だが、夕暮れの頃には、勝敗は決していた。
さすがに、城門が開かれてしまったため、これ以上、戦うのは不可能と判断したようである。
次々とエンバニア帝国軍の兵士たちは、降伏していった。
後々、分かったことだが、トランタ山の周囲にいた現地住民や出稼ぎ労働者などを逃がすために、時間を稼いでいたようであった。
そのため、ミハルーグ帝国軍がトランタ山に行った頃には、宿場街を含め、周囲に誰もいない状態となってしまっていた。