91 絶命の危機
アリアたちは、竜騎兵の追撃を受けることなく、ハインリッヒのいる天幕の近くに戻ってきていた。
道中、アリアたちがなだめたことによって、ステラとエレノアは、一応、落ちついてはいるようである。
そのような状況で、アリアたちは、矢の補充やら、水分補給やらをしていた。
「ふぅ~! 生き返りますね! 一応、気を抜いてはいけないですけど、ホッとしてしまいますよ!」
アリアはグビグビと水を飲んだ後、そんなことを言う。
「本当ですわ! 竜騎兵に激突されたときは、死んだかと思いましたの! でも、トランタ山で鍛えた腕力のおかげでなんとかなりましたわ!」
サラは、アリアの隣で座って、休憩をしていた。
「それ、腕力、関係あるんですかね? 純粋にサラさんの実力だと思いますけど。ただ、鉱山で死ぬほどツルハシを振っていたので、剣の振りが早くなったのは関係ありそうですね」
すっかり落ちついたステラは、冷静にツッコミをする。
「いや、多分、関係あるぞ! もし、腕力が上がっていなかったら、竜騎兵の一撃を受けきれなかったかもしれない! 少なくとも、トランタ山に行く前の僕であったら、弾き飛ばされるだけでは済まなかっただろうな!」
エドワードは、サラの意見に同意した。
学級委員長だった二人も、ウンウンとうなずいている。
2組の学級委員長だった人はというと、その様子を笑いながら見ていた。
「まぁ、エドワードさんは、元々、弱かったですしね。トランタ山で、ツルハシを振りまくったことで、少しは強くなったのかもしれません。鉱山労働をして良かったですね、エドワードさん」
ステラは、思ったことを普通に言ってしまう。
「……まぁ、たしかに、そうかもしれない。さっきも、三人ではなくて僕一人だったら、防ぎきれなかったのかもな」
エドワードはそう言うと、シュンとしてしまった。
学級委員長三人組は、急いで、エドワードを慰め始める。
「おーほっほっほ! 奴隷1号、落ちこむことはありませんわよ! 逆に、竜騎兵に攻撃をされて生き残ったことを誇るべきですの! まぁ、ワタクシのように、追い払えば良いのでしょうけど、それは望みすぎというものですわ!」
エレノアは、エドワードを慰めている風の自慢をした。
「いや、だから、竜に炎の球が効かない以上、それはないですって。おおかた、主のいなくなった竜を連れ帰るために、撤退したんでしょうね」
ステラは、すぐにツッコミをする。
「もう、人がせっかく、良い気分になっているというのに! ほんっっとうに、暴力女は空気が読めませんの!」
「はぁ? 推測を述べただけなんですけど? というか、絶対、お馬鹿さんよりは、空気を読める自信がありますが?」
またしても、エレノアとステラは険悪な雰囲気になってしまった。
そんな中、ミハイルがやってくる。
「また、君たち、ケンカしているの? 本当に元気だね? 首から下を埋めるのは、まだ、有効なんだけど、忘れてしまっているのかい?」
ミハイルはそう言うと、二人に近づく。
その声を聞いた瞬間、エレノアは目にも止まらぬ速さで、ステラと肩を組んでいた。
「なにを言っていますの、団長? これを見てくださいまし! 仲良くないと、こんなに密着はしませんわ!」
エレノアは肩を組んだまま、目線でステラに合図をする。
ステラはというと、はぁとため息をつき、口を開く。
「ワァ! ワタクシタチ、スゴイナカヨシデス~!」
まったく演技をする気がないステラは、棒読みをしていた。
「あのさ、前も言ったと思うんだけど、もう少し演技を頑張ろうよ! まぁ、ステラがそれで良いと思っているなら、別だけどさ! そんなことより、竜騎兵って、どんな感じだった? 君たち、実際に戦ったんでしょう? なんでも良いから、教えてよ!」
ミハイルはそう言うと、アリアたちのほうを向く。
「滅茶苦茶、強いですの! 一騎でも、ヤバいですわ! ワタクシは魔法で追い払えましたけど、アリアたちはやっとの思いで倒していましたの!」
待っていましたとばかりに、エレノアは大きな声を上げる。
すでに、ステラはエレノアから離れている状態であり、なにもついていない肩を手で払っていた。
「団長。エレノアが追い払ったのは嘘なので、信じないでください。実際は、主を失った竜を連れ帰っただけなので」
「なにを言っていますの!? あれは、ワタクシの魔法が効いたおかげですわ! ステラこそ、嘘を言わないでくださいまし!」
そこから、エレノアとステラは口論を始める。
ミハイルは、そんな二人の様子を見て、諦めたような顔をした。
どうやら、注意するのも面倒になってしまったようである。
「なんだか、聞くのすら面倒になってきたよ! とりあえず、君たちが一人で対処できたのかどうかだけ、教えて!」
ミハイルはそう言うと、口論をしている二人を放置し、アリアたちのほうを向く。
「一人では、絶対に無理です! 竜騎兵一騎につき、三人は必要ですね! しかも、近接戦闘をする場合での話です! 空を飛んでいる場合は、全員が矢での奇襲をして、なんとか一騎を落とせるかどうかといったところでした!」
アリアは、端的に説明をする。
説明を聞いていたサラたちは、ウンウンとうなずいていた。
「へぇ~! まぁ、それなりには強そうだね! 少しの油断でも、君たちにとっては、致命傷になりかねない感じに聞こえたよ! お! そんなことを言っていたら、竜騎兵が来たみたいだ! 天幕の場所がバレないよう、頑張ってね! 心の中で君たちの健闘を祈っているよ!」
ミハイルは、上空を眺めた後、そそくさと天幕のほうへ戻っていく。
アリアたちは、苦々しい顔をしながら、フレイル要塞のほうを眺める。
一個小隊ほどの竜騎兵が、アリアたちのいる場所に向かってきているのが見えた。
そのことを確認したアリアたちの顔は、険しい顔になってしまう。
ステラとエレノアでさえ、口論をやめ、眉間にしわを寄せ、上空を眺めていた。
(はぁ……これは、非常にヤバいことになりそうだ。分散して、どっかに行ってくれないかな? あそこで飛んでいるのが、全部来たら、さすがに対処するのは無理だろう)
アリアは、上空をにらみながら、そんなことを思ってしまう。
――5分後。
(まぁ、そう上手くはいってくれないか。まだ見つかってはいないみたいだけど、矢を放ったら、すぐに見つかるだろうな)
アリアは、森に隠れ、上空をうかがっていた。
現在、迎撃に出た若手士官の面々は、ハインリッヒのいる天幕から離れた場所に布陣している。
上空には、一個小隊ほどはいそうな竜騎兵が旋回をしていた。
「アリアさん、あそこを見てください。多分、この小隊の指揮官ですよ」
ステラは小声でそう言うと、上空を指し示す。
そこには、積極的に指示を出している竜騎兵がいた。
(どんな指示をしているかは聞こえてこないな。まぁ、結構、高い場所にいるから、当たり前か。ただ、奇襲をかける相手は決まったな。指揮官を潰せれば、多少なりとも、混乱してくれるだろう)
そう思ったアリアは、全員の顔を見渡す。
ステラの声が聞こえていたサラたちは、上空を確認すると、アリアの顔を見て、うなずく。
(全員、目標は確認できたか。それじゃ、戦闘を開始するとしよう)
アリアは、静かに右手を上げる。
弓に矢をつがえる合図であった。
サラたちは、物音を立てないように準備をする。
辺りに戦場独特の緊張感が漂う。
そのような状況で、準備完了を確認したアリアは、右手を振り下ろす。
瞬間、ピュンと音を立てて、矢が飛んでいく。
アリアたちの放った矢は、指揮官と思われる竜騎兵に向かって、真っ直ぐ、進んでいった。
(頼む! 指揮官だけでも、倒してくれ!)
アリアは、飛んでいく矢を見た刹那、そのような願望を抱く。
だが、結果は、そう上手くいかなかった。
指揮官と思われる竜騎兵は、すぐに上昇してしまったからだ。
そのため、アリアたちの放った矢は、空しく、誰もいない上空を飛んでいってしまった。
「皆さん! 逃げましょう! 囲まれたら一巻の終わりですよ!」
結果を確認したアリアはそう大声で叫ぶと、走り始める。
「くっ! なんだ、あの反応は!? 分かっていても避けれるものではなかったハズだ! 相当やるぞ、あの竜騎兵!」
エドワードは、悔しそうな顔をしながら、そんなことを言っていた。
「きっと、エレノアが殺気を出していたせいですよ。まったく、重要な場面で役に立ちませんね」
「殺気なんて出していませんわよ! できるだけ凝視しないよう、矢を射ましたの! 避けられたのも、偶然だと思いますわ!」
ステラとエレノアは、走りながら、言い合いをしている。
「ステラ、エレノア! 今は逃げることに集中しますの! ケンカは生き残ったら、幾らでもできますわ!」
二人の後ろを走っていたサラは、大きな声を上げた。
その声を聞いたステラとエレノアは、逃げることに集中をする。
どうやら、争っている場合ではないと思ったようであった。
すでに、後方からはアリアたちを狙って、多数の竜騎兵が矢を射っている状態である。
当然、竜自体も、炎の球を吐きだして、援護をしていた。
辺りにある木々に、炎の球が当たり、燃え始めている。
(くっ! 後ろはもちろん、私たちの左右にも竜騎兵が展開している! 散開して逃げようにも、これでは無理だ! しかも、追いこまれている気がする! これは、本当にヤバい!)
アリアは、森の中を逃げ回りながら、命の危機を感じていた。
そのまま、アリアたちは、竜騎兵たちに追い立てられていく。
しばらくすると、森の切れ目にある広場に出てしまう。
アリアたちは、広場の中心に集まり、どこから攻撃をされても良いように、剣を構える。
全員の顔からは、冷たい汗が流れていた。
「エレノア。あれ、できますか?」
「なんですの、あれって?」
「馬鹿みたいに巨大な火の球ですよ。あれを放てば、生き残れるかもしれません。まぁ、焼け死ぬ可能性のほうが高いでしょうけど」
ステラは、剣を構えたまま、小声でエレノアに話しかける。
先ほどから、竜騎兵たちは、アリアたちから少し離れた場所で旋回していた。
どうやら、なにかを待っているようである。
「あれは、放つのに、少しだけ時間がかかりますの! 絶対、準備している間にやられますわ! しかも、こんなところで放ったら、確実に焼け死にしますの! ワタクシの攻撃で自分が死ぬなんて、まっぴらごめんですわ!」
エレノアは、小声ながらも、力のある声を出す。
「はぁ……やっぱり、難しいですか。さて、このままだと確実に死にますけど、誰か、打開案とか思いつきました?」
ステラは、旋回している竜騎兵たちに向かい合ったまま、尋ねる。
「…………」
だが、誰も答えない。
より正確に言うと、誰も思いつくことができなかった。
「……別にやり残したこともありませんけど、意外な終わりですね。まぁ、一人孤独に死ぬよりはマシですか」
ステラは、どうやら、生き残るのを諦めたようである。
「……父上より先に死ぬのをお許しください。全力は尽くしましたが、駄目だったようです」
エドワードは、剣を構えながら、ボソッとつぶやく。
学級委員長三人組も、口々に辞世の句を言っていた。
「ふぅ~、ヤバすぎて、逆に落ちついてきましたの。いろいろとやり残したことはありますけど、最後はレッド家の令嬢に相応しい戦いを見せるとしますわ」
エレノアは、泣きわめくワケでもなく、いつもと違い、真剣な顔をしている。
各人が覚悟を決める中、アリアが口を開く。
「サラさん、この際なので、謝っておこうと思います。一緒にお風呂に行っているとき、たびたび、シャンプーを拝借してしまって、ごめんなさい」
「あ。私もたまに、サラさんの部屋に忍びこんで、シャンプーを借りていました。ごめんなさい」
アリアとステラは、剣を構えたまま、そう言った。
「もう、そんなこと、どうでも良いですわよ……というか、ステラにいたっては、どうやって侵入していましたの? ワタクシがいないときは、鍵をかけていたハズですわ」
「女子寮の部屋って、簡単に鍵開けができるんですよ。鍵の構造が単純なので」
「……もし生きて帰ってこれたら、ワタクシの部屋の鍵だけ変えることにしますわ」
ステラの言葉を聞いたサラは、げんなりとした顔をしている。
そのような状況で、アリアたちの眼前に、一騎の竜騎兵が舞い降りてきた。
(……なるほどね。私たちにトドメを刺さなかった意味が分かった)
アリアは、竜騎兵を見ながら、そのようなことを思う。




