85 ヒャッハー系の巣窟
親子三人組が見守る中、アリアたちは剣を振るう。
ミハイルはというと、剣を弾き飛ばした後、どこかへ行ってしまったようである。
「くそっ! なんで、ミハルーグ帝国軍の兵士と戦わないといけないんだ!? 俺たちは、ただ、反乱分子を片づけようとしただけなのに!」
ミハイルに向かって大声を上げていた男が、再び、口を開く。
アリアたちは、その声に反応せず、淡々と男女十数人を無力化していった。
(ただの素人だな。相手にすらならないよ。この人たちも、普段は平和に暮らしていただろうに。なにが、ここまで殺戮に駆り立てるのかな? 誰か一人が始めたせいで、私も始めようってでもなったのか? 同じ国民同士で戦うなんて馬鹿みたいな話だよ)
そんなことを思いながら、アリアは剣を振るう。
今、現在、アリアの戦っている相手は、なんとか一撃を加えようとしているが、無駄な行動であった。
新米とはいえ、精鋭部隊である近衛騎士団に敵うワケがないのは明白である。
簡単に剣を弾き飛ばされると、剣の腹で頭を殴られ、そのまま地面に倒れ伏す。
どうやら、気絶してしまったようである。
(まぁ、モヤモヤは少しおさまったけどさ。こんなんで発散しても虚しいだけだよ。まったく、戦争っていうのは本当に嫌なものだな)
アリアは、つまらなさそうに倒した人を見ていた。
その近くでは、凄まじい勢いで、残りの面々が、男女十数人を無力化している。
結局、10分後には、襲いかかってきた者含め、大通りにいた暴徒たちは沈静化していた。
「お! もう終わったんだ! まぁ、これくらいは当然にこなしてもらわないと困るけどね! とりあえず、お疲れ様!」
いつの間にか戻ってきていたミハイルは、頭の後ろで両手を組んで、アリアたちを見ている。
その後方からは、大勢のミハルーグ帝国軍の兵士が向かってきていた。
(どこに行ったかと思ったら、ミハルーグ帝国軍の人たちを呼びにいっていたのか。まぁ、正直、こんなことを私たちがしても、しょうがない感はあるからな)
アリアは剣を鞘に納めると、親子三人組に近づく。
親子三人組はというと、先に戦闘を終えていたサラたちに泣きながら、お礼を言っているようであった。
(まぁ、同じ国民が襲ってくるんだもんな。普通に生きようと思っている人にとっては、恐怖でしかないハズだ。人間の本性なんて、こんなものかもしれないけど、それが全てとは思いたくないな)
アリアは歩きながら、そんなことを思っていた。
ほどなくして、ミハイルが連れてきたミハルーグ帝国軍の兵士たちが現場に到着する。
親子三人組は、その兵士たちに連れられて、安全な場所へと移動していった。
そんな中、親子三人組を襲っていた男女十数人は、縄で縛られ連行されてしまう。
最後まで、『なんで俺たちが連行されるんだ!?』、『そうよ! せっかく、私たちは、ミハルーグ帝国のことを思って、やったのに!』などと叫んでいた。
だが、ミハルーグ帝国軍の兵士たちは、一切取り合うことなく、テキパキと動いているようである。
大通りにいた暴徒たちも、次々と連行されていった。
「とりあえず、目に見える範囲でヤバそうな人たちもいなくなったみたいだね! 他の場所がどうかは知らないけど! そろそろ、僕たちも、当初の目的地に向かおうか!」
ミハイルはそう言うと、クッキーをモグモグしながら、歩き出す。
助けてもらったお礼にと、先ほどの子供がくれたものであった。
アリアたちも返事をすると、クッキーを食べながら、ミハイルの後をついていく。
(はぁ……久しぶりのクッキーは本当に最高だ。トランタ山に潜入したときに買ったクッキーも、帰りに食べてしまったしな。早く、いつでもクッキーが食べれる生活に戻りたいよ)
一枚しかないクッキーを味わいながら、アリアはそんなことを思っていた。
――大通りを出発してから、30分後。
アリアたちは、いかにもヒャッハー系の巣窟ですと言わんばかりの場所に到着していた。
辺りには濃い鉄の匂いが充満し、絶え間なく怒号と悲鳴が聞こえてくる状況である。
また、建物が林立していため、薄暗くはあったが、周囲を確認することは可能であった。
「うわ! 真っ二つになっていますの! 気持ち悪いですわ!」
サラは、道端に転がっているヒャッハー系を見ながら、吐きそうな顔をしている。
いろいろな物が飛び出してきているので、アリアたちはチラッと見た後、すぐに顔をそむけた。
「これは、バールか、バールの姉がやったのかもね! まぁ、やろうと思えばできなくはないけど、こんな感じで敵を倒すなんて、大剣じゃないと難しいよ!」
ミハイルは、いつも通りの笑顔をしている。
どうやら、相当なグロ耐性があるようであった。
(バール大尉のお姉さんか。ということは、この前、フェイ大尉主催の特別訓練で私の相手をしてくれた人だな。まぁ、長身で有り得ないくらい力があったから、このくらい、できそうではあるけど。というか、それが事実だったら、あれでも手加減してくれていたんだな。刃引きされていたとはいえ、剣越しでも、頭を潰すなんて簡単そうだし)
アリアは歩きながら、そんなことを考えていた。
真っ二つの遺体の他にも、顔面がぐちゃぐちゃになっている者、キレイに首が斬られている者、心臓と喉を突かれている者が、道端に転がっている。
アリアたちは、そんな遺体を見ながら、ヒャッハー系の巣窟を進んでいく。
道中、娼婦と思われる女性たちが、全力で走っている姿を何度も見た。
どうやら、なにかから、逃げているようである。
アリアたちは、特に害もなさそうであったので、そのまま見逃していた。
そんな中、ミハイルが口を開く。
「いや、さすが近衛騎士団の士官! タイリース中将の部下程度では相手にならないよね! まぁ、屋敷の中で、アリアたちと戦ったくらいの実力があれば、逃げることくらいはできそうだけど!」
ミハイルは、特に警戒した様子もなく、歩いていた。
(しかも、誰一人、ヒャッハー系が逃げているのを見かけていないからな。確実に始末して回っているんだろう。なんにしても、ヒャッハー系の人たちにとっては災難な話だろう)
アリアは、一応、いつ戦闘が起きても良いように警戒をしながら、そんなことを思う。
残りの面々も歩きながら、警戒自体はしているようであった。
そのまま、アリアたちは、ミハイルの先導の下、しばらくの間、ヒャッハー系の巣窟を歩き回る。
どうやら、ミハイルは取りこぼしがないかを確認しているようであった。
時折、壊れた建物の内部に入って、中を捜索などしたが、いるのは動かなくなったヒャッハー系だけである。
(強いだけじゃなく、仕事にも抜かりなしか。普通、士官って、作戦を立てる能力とか、指揮能力とかが重要だと思うけど、近衛騎士団の士官に至っては強さも必要なんだよな。改めて、ここでやっていく自信がなくなりそうだよ)
アリアは、建物の中の遺体を横目に、そんなことを思ってしまう。
それから、3時間後。
ヒャッハー系の巣窟を見終わったアリアたちは、近衛騎士団の士官たちに追いついていた。
「もう、そろそろ終わりそうだね! はぁー! 疲れた!」
ミハイルは腕を上空に伸ばしながら、そんなことを言う。
現在、アリアたちの目の前には、20人ほどのヒャッハー系とそれを取り囲んでいる近衛騎士団の士官たちがいる。
どうやら、最後の詰めであるようだ。
「お! アリアたち! タイリース中将の捕縛には成功したみたいだな! 無事に成功して良かったよ! まぁ、団長がついているから万が一にも失敗することはないだろうけど! それでも、お疲れ様!」
アリアたちに気づいたのか、槍を背負ったフェイが近づいてくる。
その体には、ほとんど、返り血がついていなかった。
「フェイ大尉!? まだ戦闘中ですよ!? 団長はいいとしても、槍を構えておいたほうが良いと思います!」
一応、剣を構えていたアリアは驚きながら、ツッコミをする。
「あぁ! それなら大丈夫だ! 先輩方が責任を持って倒してくれるからな! どうやら、運動不足を解消したいみたいだぞ!」
フェイはそう言うと、戦い始めた近衛騎士団の士官のほうを向く。
そこでは、現在進行形で、少佐や中佐の階級にある者が一方的な戦闘を繰り広げている。
軍服自体はミハルーグ帝国軍のものであったが、さすがに顔を見ただけでアリアたちには分かった。
「まぁ、小隊長とか、中隊長とかだったら、まだ体を動かすけどさ! 佐官にもなると書類仕事ばかりだからね! 体がなまってしょうがない! 僕も、佐官のときは、少し空いた時間でレナード殿によく稽古をつけてもらっていたよ!」
ミハイルは、腕を組みながら、ウンウンとうなずいている。
(まぁ、たしかに階級が上の人って、太っている人が多い気がするな。あれは、書類仕事ばかりしているせいなのか。あと、年を取って、太りやすくなるのも原因かもな)
アリアは、背伸びをしているフェイを見つつ、そんなことを思った。
そうこうしているうちに、20人ほどのヒャッハー系があっという間に片づけられてしまう。
「団長! この辺りにいるタイリース中将の部下たちは倒し終わりました!」
剣についた血を振り払った副団長が、ミハイルに報告をする。
「うん、お疲れ様! 一応、この辺りを見回ってきたけど、最後にもう一度、取りこぼしがないかを見ておいて! 終わったら、帰ってきて良いからさ!」
「了解しました、団長!」
「それじゃ、僕は総司令官に報告してくるから、あとはよろしくね!」
ミハイルはそう言うと、歩いていってしまった。
その後、アリアたちを含めた、近衛騎士団の士官たちは、副団長の指揮の下、ヒャッハー系の巣窟を見回る。
数人ほど隠れていた者を始末したが、ほとんど見て回るだけで終了した。
2時間後には、近衛騎士団の士官たちは、王都ハリルの入口の門をくぐり抜ける。
逃げ出そうとした者たちを捕縛しているミハルーグ帝国軍の兵士の邪魔にならないよう、注意を払ってではあるが。
そんな中、王都ハリルの外に出たアリアたちから少し離れた場所に、なにかが落ちる。
(なんだろう?)
ドサッと地面になにかがぶつかった音が聞こえたため、音の発生源のほうにアリアは振り向く。
そこでは、人が倒れていた。
「アリア! あれ!」
同じく顔を向けていたサラが、指を差す。
「どうやら、追いつめられた末の身投げみたいですね」
ステラは、王都ハリルの周囲を囲む城壁の上のほうを見ている。
アリアも、その視線の向いている先を確認した。
城壁の上で、ミハルーグ帝国軍の兵士がなにやら騒いでいる様子が見える。
「お前たち、あまり見るな。ミハルーグ帝国軍の兵士に変な難癖をつけられるかもしれないから、やめておけ」
アリアたちの様子を見ていたフェイは、苦々しそうな顔でそう言った。
その声を聞いたアリアたちは、すぐ、正面に顔を戻す。
(……もう、本当に今日は最悪な日だな。戦場で戦うのも嫌だけど、それ以上だよ。だって、戦争に関係ない人が殺し合っているわ、捕縛されてるわで、意味が分からないもの。さっさと、アミーラ王国に帰りたいな)
アリアは歩きながら、そんなことを思っていた。