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84 この世の地獄

 ――アリアたちがタイリースの屋敷の安全を確認してから、1時間後。


 太陽が昇り、明るくなっている中、アリアたちはタイリースの屋敷を後にしていた。


「もう、ひどいですの! 暴力女のせいで、ワタクシの頭に大きなたんこぶができてしまいましたわ!」


 エレノアは、歩きながら、頭をさすっている。

 現在、アリアたちは、他の近衛騎士団がいる場所へ向かうため、王都ハリルを歩いていた。


「金品を盗もうとしなければ、たんこぶはできなかったのでは? いくらタイリース中将の屋敷にある物だったとしても、駄目なものは駄目ですよ」


 エレノアの頭頂部にかかと落としを放った張本人であるステラは、エレノアをたしなめる。


「違いますの! ちょっと、確かめてみたかっただけですわ! 決して、学級委員長たちに借りたお金を、売り払って、返そうなんてしていませんの!」


 エレノアは、ステラのほうを向きながら、反論をした。


(一応、借金を返す意思はあったんだ。ただ、タイリース中将の屋敷にあった金品を売り払って、返そうとするのは良くないな)


 エレノアのたんこぶを眺めながら、アリアはそんなことを思う。


「これは、驚きだ! まさか、エレノアが借りた金を返そうとしているなんて! そのまま、踏み倒すかと思っていた!」


 エドワードは、心底、驚いたような顔をしている。

 学級委員長三人組も、返してもらえると思っていなかったのか、驚愕している。


「まぁ、エレノアにお金を貸したら返ってこないと思うのは、当然ですの! だから、エドワードたちの反応は自然だと思いますわ!」


 サラも、エドワードたちにならって、追撃をした。


「キー! 皆、ワタクシを馬鹿にして許せませんの! ワタクシは4大貴族レッド家の令嬢ですのよ!? お金なんて、家に帰ったら使いきれないほどありますの!」


 エレノアはそう言うと、誇らしそうな顔をする。


「いや、それ、エレノアのお金ではなくて、レッド家のお金だろう!? アルビス殿がそのお金をエレノアに与えるとは、到底、思えないな! もう学生ではないんだから、自分で払えって言われるに決まっている!」


 エドワードは、すかさず、ツッコミをした。


「くっ! なかなか鋭いですわね、奴隷1号! でも、家の廊下にある壺を売れば、お金は作れますの! 壺なんて、あってもなくても変わらないものだから、お父様も許すハズですわ!」


 エレノアは、元気な声を上げる。


「いや、絶対、アルビス殿、怒るだろうね! もし、僕の娘が、家にある壺を勝手に売り払ってたら、半殺しにするよ! このままだと、エレノア、普通にやっちゃいそうだから、アルビス殿に事情を話して、給料を天引きしてもらうことにするね!」


 エレノアたちの会話を聞いていたミハイルは、笑顔でそう告げた。

 学級委員長三人組は、その言葉を聞いて、嬉しそうな顔をする。

 対して、エレノアは、慌てたような表情になってしまう。


「げっ! 団長、それはやめてほしいですの! 借金をしてるなんて、お父様に知れたら、お説教されてしまいますわ! しかも、天引きなんて、使えるお金が少なくなるではありませんの!」


「いや、仮に僕がアルビス殿に報告しなかったら、エレノアはお金を返さないでしょう? もう、長い付き合いなんだから、それくらい分かるよ! エレノアも、僕が意思を曲げないことを知っているよね? だから、諦めたほうが良いよ!」


 ミハイルは、エレノアのことを突き放す。


「ああああああああ! ワタクシの使えるお金がなくなりますの! こんな異郷の地で命を懸けて頑張っていますのに、ひどいですわああああ!」


 エレノアはそう言うと、頭を抱えてしまう。


「ぷっ! 自業自得ですね、お馬鹿さん! これからは、せいぜい節約に励むと良いですよ!」


 悲壮な顔をしているエレノアとは対照的に、ステラは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


(ここだけの光景を切り取ると、すごくエレノアさんが可哀そうに見える。ただ、身から出た錆なんだよな。たまには、痛い目にあったほうが良いよね)


 アリアは、冷めた顔でエレノアを眺めている。

 残りの面々も、アリアと同じようなことを考えているのか、同情することはなかった。

 そんな他愛のない会話をしながら、アリアたちは歩いていく。






 ――歩き始めてから、20分後。


 アリアたちは、タイリース中将の屋敷があるような高級住宅街から離れていた。

 道中、エンバニア帝国軍の兵士に捕縛された者たちが、連行されているのを何度も目撃する。

 女性、男性、子供を問わず、泣き叫びながら歩いていたのが印象的であった。


 中には、ローマルク王国の軍人なのか、気丈な表情で歩いている者も確認できた。

 だが、ほとんどの者が、いきなり捕縛されたため、大きな声で抗議したり、嘆いたりしていた。


 アリアたちは、そんな様子を見る度に意気消沈してしまう。

 今、まさに、目の前でそのような光景の一つが繰り広げられていた。


「待ってくれ! 私はたしかに駐在武官として、エンバニア帝国にいたことがある! だが、今は、ミハルーグ帝国軍の意思に背いた行動をしていないではないか! なぜ、反乱分子として、捕らわれなければならないんだ!?」


 アリアたちの前で、ローマルク王国の軍人らしい男が連行されながら、叫んでいる。

 その後ろでは、妻らしい女性と年端もいかない子供が泣いていた。

 横では、使用人らしき大勢の人が連行されている。


「ええい、うるさい! いいから、黙って歩け! 私はお前たちの事情なんて知らない! ただ、命令されたから連行しているだけだ! 申し開きは、上の者にしろ!」


 ミハルーグ帝国軍の兵士は大声で叫ぶと、無理矢理、歩かせていた。

 周りにいた兵士たちも、速く歩くように急かしている。


「こんなのは、おかしい! 誰か、助けてくれえええええ!」


 兵士に話してもしょうがないと思ったのか、連行された男は、大きな声で助けを求める。

 だが、当然、その声に反応する者はいなかった。

 そうこうしているうちに、立ち止まっていたアリアたちの前から、連行された者たちの姿が消える。


 ミハイルの先導の下、一連の光景を見終わったアリアたちは、再び、歩き始めた。

 そんな中、エドワードが口を開く。


「……実際、彼はエンバニア帝国と内通していたのだろうか? 無実の罪で捕らわれている可能性もありそうだな。まぁ、屋敷を探せば、どちらかはハッキリとするだろう。それで、無実だと分かれば、解放される可能性も出てくるハズだ」


 エドワードは、歩きながら、願望をボソッとつぶやいた。

 当然、その声はミハイルにも聞こえている。


「エドワード、君だって分かっているでしょう? そんなことにはならないって。無実だろうがどうだろうが、彼らは公開処刑されるハズだよ。ミハルーグ帝国は、この機に、反乱分子を一掃しようとしているからね。見せしめも兼ねて、少しでも疑わしい者は、処刑されてしまうかな」


 エドワードの願望に対して、ミハイルは残酷な真実を告げた。


「団長。私にも、そのことは分かっています。ただ、そうであれば良いなと思っただけです」


 その発言を最後に、エドワードは黙ってしまう。


(個人的な心情と国全体の思惑は違うものか。私一人が間違っていると思っても、国全体の思惑、正確に言うと国の上層部の人たちの意思には関係ないからな。私たち軍人は、言われたことをやっていればそれで良い。だけど、中には、権力志向やら自分の信じる正義のために、内乱を起こす人もいそうだよな。それか、ローマルク王国みたいに、実質的な国の機能を軍人が乗っ取ってしまうとか。どちらにしても、そこまで事態が進んでしまえば、地政学的な関係もあるけど、国民にとっては厳しいことになるだろうな)


 アリアは、長々と思考を巡らす。

 そんな中、ステラが歩きながら、アリアの肩に手を置く。


「アリアさん。あまり考えすぎないほうが良いですよ。私たちができることは勝利すること、ただ、その一点です。戦争に負け続けたせいで、事実上、ローマルク王国は崩壊しています。力を失ってしまうと、このように強引な内政干渉をされてしまいますからね。絶対に、戦争で負けてはいけませんよ」


 ステラは、自分に言い聞かせるように、そう言った。


「本当は話し合いで解決できれば良いんだろうけどね。それが、なかなか上手くいかない。当然だよね。国ごとに考え方が違うんだから。思想信条の違う人間が合意に至るのは難しいものだよ。中には、話し合う気なんてない場合もあるからね。結局、政治の延長上で戦争が始まる。僕みたいな力のある貴族でも、その流れをとめるのは難しいよ。ましてや、一般の国民になんて、不景気になるわ、徴兵されるわで迷惑極まりないことだと思うね」


 ミハイルは、ステラの発言に補足をする。


(結局、戦争は起きるべくして起こるのか。だから、各国ともに負けないよう、軍を整備する。ただ、ローマルク王国みたいに軍自体が腐敗して、戦う力がなくなってしまう場合もあるか。権力が人を変えるのか、そもそも、そういう人が権力の地位につくのか、どっちなんだろうな? はぁ……こんな卵が先か、鶏が先かみたいなことを考えるのはやめよう。疲れるだけだからな)


 アリアは、歩きながら、思考を停止させようとしていた、

 残りの面々は、それぞれ、いろいろなことを考えているようである。

 苦悩している者、仏頂面の者、なんとか感情を見せないように耐えている者。


 皆、繰り返される光景を前に、なんらかの影響を受けていた。

 そのまま、怒号と悲鳴が響く中、アリアたちは目的地に向かって、黙って歩く。






 しばらく歩いたアリアたちは、王都ハリルの大通りに到着していた。

 そこで、思ってもみなかった光景を目にする。


「な、なんで、国民同士が戦っていますの!? 絶対、おかしいですわ!! いったい、どうなっていますの!?」


 サラは、大きな声を上げて、驚いていた。

 アリアたちの眼前で、国民同士が武器を持ち、戦っているのだ。

 道の至る所に倒されてしまったであろう人が、たくさん横たわっていた。


 男性、女性、子供と区別なく、死んでしまっている。

 そんな中、親子と思われる三人組がアリアたちのほうに急いで走ってきていた。


「軍人さん、助けてくれ! このままじゃ、殺されてしまう!」


 夫と思われる人物が大きな声で叫んでいる。

 その横では、妻と子供と思われる人物が必死で走っているのが見えた。

 三人とも丸腰のようである。


 そんな三人組を、剣を持った男女十数人が追いかけてきていた。

 皆、獲物を前にした狩人の如き目をしている。

 そんな中、子供がつまずき、こけてしまう。


(これは、非常にマズい気がする! この距離では間に合わない!)


 アリアは、駆け出しながら、そんなことを考える。

 サラたちも、必死の形相をして、走り始めていた。

 眼前では、こけてしまった子供に夫婦が覆いかぶさって、守ろうとしている。


 そんな夫婦に向かって、数人の剣が振り下ろされていた。


(くっ! このままでは!)


 アリアは、剣を持った手を伸ばし、なんとか防ごうとする。

 だが、届きそうにはなかった。

 そんな絶対絶命の中、アリアたちの髪が大きく揺れる。


「はぁ……今日は剣を抜かないつもりだったんだけどな。ただでさえ、最低な日だっていうのに、余計、気落ちしちゃうよ」


 ミハイルは、剣を横にして、一人で数人の剣を受け止めていた。


「なんだ、お前!? ミハルーグ帝国の軍人だろう!? そいつらは、エンバニア帝国に協力する者たちだぞ!? お前たちが守る義理はないハズだ!」


 男の一人が剣に力をこめながら、声を荒げる。


「違う! そいつらは、私の商売を邪魔だと思っていた奴らだ! この混乱に乗じて、私たちを殺すつもりなんだよ!」


 夫が大きな声で反論した。


「なんだと!? 言いがかりはやめろ! お前は、エンバニア帝国の物品を売っていたではないか!? それだけで、万死に値する!」


「それは、戦争が始まる前の話だろ!? しかも、たまたま、手に入ったものを売っていただけだぞ! それを口実に人殺しをするなんて、お前たちは狂っている!」


 夫は、必死の形相で大声を上げる。

 その声を聞いた数十人は、アリアたち、もろとも包囲せんとした。

 どうやら、親子ともども、始末しようと考えたようである。


「君たち! 殺してはいけないよ! こんなんでも、ローマルク王国の国民だからね! あとで、エンバニア帝国軍に引き渡せるよう、手加減をしないといけないよ!」


 ミハイルはそう言うと、受けとめていた剣をまとめて弾き飛ばす。

 その威力は凄まじいようであり、空中を飛んでいた剣はみるみるうちに見えなくなっていく。

 と同時に、アリアたちは迅速に動き出す。


(頭の中のモヤモヤ発散のためにも、少し痛い目をみてもらおう。まったく、危機的状況では、人間の本性が見えて嫌になってしまうよ)


 アリアは、男女十数人に向かって、走りだしていく。

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