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81 悪党の屋敷

 8月20日の早朝。


 太陽が昇り始めようかという時間帯であったため、日中と比べ、まだ涼しく感じられる。

 そんな中、王都ハリルの周辺に、ミハルーグ帝国軍が展開していた。

 反乱分子を逃がさないためである。


 すでに、王都ハリルの中にも、ミハルーグ帝国軍と近衛騎士団の士官が展開している状態であった。

 もちろん、新米であるが士官には違いないアリアたち、若手士官も参加している。


「さて、そろそろ、時間だね。君たち、準備は大丈夫かな?」


 薄暗い中、懐中時計を見ていたミハイルは、アリアたちのほうに視線を向けた。

 現在、ミハルーグ帝国軍の軍服を着たアリアたちは、王都ハリルの路地裏に隠れている。

 そこからは、かなり大きめの屋敷が見えていた。


「…………」


 ミハイルの問いかけに、アリアたちは顔の表情を動かさないばかりか、誰も返事をしない。


「まぁ、気乗りがしないのは、たしかだよね。ただ、君たちも頭では分かっているでしょう? ミハルーグ帝国とアミーラ王国の力関係上、仕方がないということは。ご機嫌を損ねたら、大変なことになるからね」


 ミハイルはそう言うと、ある程度離れた場所にある大きな屋敷をうかがう。

 鉄製の門は閉ざされており、見える範囲では、動きがなさそうであった。


(ああ、もう、本当に嫌だ。なんだよ、反ミハルーグ派の者たちの掃討って。その人たちも含めて、ローマルク王国の国民ではなのか? 絶対、ただの虐殺になるだろう。しかも、子供、女性含め、一族郎党を捕まえて、後で公開処刑にするって話だし。そもそも、私たちは、エンバニア帝国軍を追い返すために来たんじゃなかったのか?)


 アリアは、ミハイルのほうを向きながら、そんなことを考えてしまう。

 そんな中、屋敷に視線を向けていたミハイルが、アリアのほうに顔を向けた。

 どうやら、アリアの視線に気づいたようである。


「アリア、考えていることが顔に出ているって。士官なんだから、顔に出さないようにしないと駄目だよ。危機的状況に陥ったら、指揮官の顔を、皆、見るんだから。まぁ、とは言っても、僕も嫌そうな顔をしているだろうし、説得力はないかな」


 ミハイルはそう言うと、他の面々の顔を確認した。

 順番に、サラ、ステラ、エドワード、学級委員長三人組、エレノアと見ていく。

 アリアも、ミハイルの視線をなぞるように顔を動かす。


(……能天気なエレノアさんでさえ、嫌そうな顔をしているな。ステラさんも、珍しく、嫌そうな顔になっている。サラさんたちは、言わずもがな、露骨に嫌そうな顔をしている。まぁ、皆、そういう顔になるよね)


 サラたちの顔を見ながら、アリアはそんなことを考えていた。


「はぁ……君たちの顔を見ていると、余計、気落ちしてしまいそうだ」


 表情の確認が終わったミハイルは、ついてきていたカレンのほうに目を向ける。


「カレン、一応、心配だからついてきたみたいだけど、当然、目標の情報も調べているよね? アリアたちに教えてあげて。そうすれば、罪悪感も、多少なくなるだろうし」


「はぁ……面倒ですね。誰だろうと、どうせ捕まえるんですから関係ないと思いますけど。まぁ、私みたいに、善悪の感情がどこかへいってしまった状態よりはマシですか」


 カレンはため息をつくと、アリアたちのほうに顔を向ける。

 アリアたちも、自然とカレンのほうに顔を向けた。


「それでは、お目当ての人物であるタイリース・バーンについて説明をします。彼は、ローマルク王国の現役中将で、その権力を用いて、ミハルーグ帝国の支援物資を横取りし、高値で売りさばいていたようです。しかも、それだけにとどまらず、人身売買、違法薬物の売買など、ローマルク王国の裏世界でも、相当、幅を利かせていたみたいですね」


 カレンは、一呼吸を置くと続ける。


「今の地位も、賄賂などによって手に入れています。現役の中将としては、表向き、ミハルーグ帝国、エンバニア帝国のどちらにも肩入れをしない中立の立場を装っているようです。ただ、実態は、両国に情報を流しており、どちらかが危なくなっても、自分の立場が安全になるように立ち回っていたみたいですよ。軽く調べた情報はこんなものですね。私から見ても、惚れ惚れするほどの悪党だと思います」


「だってさ。良かったね、カレンのお墨付きをもらえるほどの悪党で。どう? 少しは罪悪感がなくなったでしょう?」


 ミハイルは、アリアたちに顔を向けながら、手を横に広げている。


(……たしかに、罪悪感は少しなくなった気がするな。とんでもない悪党みたいだし。どの陣営からしても、そんな人はいないほうが良いな。ローマルク王国にとっては、なおさらだろう)


 カレンの言葉を聞いたアリアは、少しだけ表情を緩めた。

 残りの面々も、心なしか、多少、柔らかい表情になっている。


「ふぅ~、それじゃ、捕まえにいこうか! アリアたちも、少しはやる気が出たみたいだしね! こんな仕事はさっさと終わらせるに限る!」


 ミハイルはそう言うと、屋敷の門に向かって歩き出す。

 アリアたちも、顔を見合わせると、その後ろをついていく。

 最後尾は、いつも通りの顔をしたカレンであった。






 ――数分後。


 アリアたちは、標的の屋敷に近づいていた。

 ここからでも、鉄製の門の前に、門番と思われる二人組が見える。


「うわ!? あの人たち、絶対、ヒャッハー系ですの!! 現役中将の屋敷の門番があれなんて、この国はどうなっていますの!?」


 サラは歩きながら、驚いていた。

 学級委員長三人組も、ウンウンと頷いている。


(服装も軍服といった感じではないみたいだしな。どう見ても、裏世界の住人だろう。ローマルク王国軍の兵士を信用してないんだな。というか、本当にどうなっているんだ? 普通、あんなのが門番だったら、問題になるに決まっている。どうかしちゃってるよ、この国)


 隣にいたアリアは、目を細めながら、そんなことを考える。


「おそらく、ローマルク王国軍の兵士からの情報漏洩をさけるためでしょう。ローマルク王国軍内で様々な派閥があるようですし、誰の息がかかっている兵士か判別がつきませんからね。もう、これだけで後ろ暗いことをしていると、自ら発表しているようなものです」


 ステラは、冷静に状況を分析していた。


「あと、口出ししようものなら、タイリースの手下に殺される危険性もあるのかもな。裏世界のこととか、全然、詳しくないけど、そういう可能性もありそうだ」


 エドワードは、考えついたことを口に出す。


「さすがです、エドワード様。自然とそういう発想になるとは。裏世界の適性がありますよ」


 カレンは、いつも通りの顔で、そう言った。


「良かったね、エドワード! 悪党の中の悪党に褒められるなんて、凄いよ! これで、軍人をやめた後も、大丈夫そうだね!」


 ミハイルは、エドワードを茶化す。


「いらないですよ、そんな適正! 最近、自分でも忘れることが多いですけど、僕は4大貴族ブラック家の者ですからね! 例え、軍人をやめたとしても、家に恥じない仕事をしますよ!」


 茶化されたエドワードは、プンプンと怒り出してしまう。


「おーほっほっほ! 奴隷1号と一緒にしないでくださいまし! この恥さらしが! もう少し強くなってから、4大貴族の一員だということを名乗ってほしいですわ!」


 邪悪な笑みを浮かべたエレノアは、エドワードを罵倒する。


「くっ! 神様はなんて不公平なんだ! 僕のような良識ある人間の実力が低くて、こんな頭のネジが外れた者の実力が高いなんて!」


「キー! 誰が、頭の外れた者ですって!? ワタクシの頭は正常ですわ! どこをどう見たら、そんな考えになりますの!?」


 エドワードの反撃を受けたエレノアは、プンプンと怒り出す。

 そんな中、屋敷の門番二人組が動き出す。

 どうやら、アリアたちに気づいたようである。


「緊張がほぐれたみたいで、良かった、良かった! さぁ、お仕事の時間だよ! 頑張っていこう!」


 門番が近づいてきたこと確認したミハイルは、アリアたちに聞こえるように声を出す。

 その声を聞いたアリアたちは、いつでも戦闘できる態勢を整える。


「おい! お前たち! 見たところ、ミハルーグ帝国軍の兵士のようだが、こんな朝早くに何の用だ?」


 アリアたちが準備を完了した頃、門番の一人が話しかけてきた。


「ああ、門番さん! 緊急の言伝がありまして! タイリース中将にお会いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 ミハイルは、ミハルーグ帝国軍の兵士を装って、そう答える。


「はぁ? そんな話は聞いていないぞ! タイリース中将は、今、お眠りになっておられる! 用件なら、俺が聞いておくぞ!」


「いえ、話が話なので、直接、お会いして伝えるようにと命令を受けています。なので、今、ここで、お話するのはできません。ご容赦ください」


 ミハイルは、自然な笑顔を浮かべ、そう話す。

 門番二人組は、その言葉を聞いた後、ヒソヒソと話し始める。

 どうやら、アリアたちを疑っているようであった。


(まぁ、秘密の言伝って言っているのに、この人数だからな。しかも、正面から来ているし。怪しまれて当然だ。さて、団長はどうやって、この局面を切り抜けるつもりなんだろう?)


 アリアは、いつでも剣を抜けるように準備をしつつ、そんなことを思う。

 時間にして、約2分後。

 門番たちは相談を終えたようであり、一人が口を開く。


「やっぱり、お前たちを、タイリース中将の下に連れていくことはできない! 緊急の言伝なんだろうが、上に話しを通してから、また来い! それか、この場で内容を言え!」


 門番の一人はそう言うと、ミハイルに向かって、剣を向ける。

 残りの一人も、剣を向けた。


「もしかして、疑っていますか? 心外ですね! 彼らは、将来的に、こういうことをさせる予定の者たちです! 今回は、軽いお遣いなので、見学のために連れてきたのですが、駄目だったみたいですね!」


 一切の動揺を見せず、ミハイルは、手を横に上げ、首を振っている。

 対して、門番二人組は警戒を強めたようであった。


「今ので、確信できた! 剣を向ければ、多少なりとも、動揺をするハズだ! それなのに、お前たちの誰一人として動揺した様子がない! それに、そこの女! お前、裏の世界の住人だろう? 俺もこの世界は長いからな! お前みたいな目をした奴は何人も見てきたから、間違いはない!」


 門番の一人は、警戒をしながら、大声を上げる。

 まさに、一触即発の状況であった。

 そんな中、カレンが口を開く。


「ナルシスト。いつまでゴミみたいな芝居を続けるんですか? 時間の無駄ですよ。さっさと終わらせましょう」


「ちょっと!? ゴミみたい芝居って、ひどくない!? できるだけ穏便に解決しようとしたのに! しかも、ナルシストって! もう、トランタ山にいたときみたいな、演技をしなくて良いんだよ!?」


「演技もなにも、本心からの言葉ですよ」


「ひどいな! 僕は、ただ、自分の美麗さに自信を持っているだけなのに! というか、もう、僕の計画が台無しだよ! どうしてくれるの、カレン!?」


「どうするもこうするも、これだけの人数がいるので、正面突破で良いでしょう。変にゴチャゴチャやるほうが面倒ですよ」


 カレンは、面倒そうな顔をすると、門番に近づく。


「お、お前!? もしかして、アミーラ王国の裏世界の主か!? 女でカレンといえば、それしか思いつかないぞ!?」


 門番の一人が思いついたかのように、大声を出す。

 心なしか、構えた剣が震えているように見える。


「はぁ? 誰ですか、それ? 私の名前はカレンですけど、裏世界と関わりなんてありませんよ」


 カレンはそう言うと、震えている門番の後ろに回りこみ、右足で頭を蹴り飛ばす。

 その瞬間、ゴンという音ともに、男の首があらぬ方向に曲がる。


「さて、一人はこれでお終いですね。次はっと」


 カレンは、地面に倒れ、微動だに動かなくなった男から視線を外し、隣にいた男のほうを向く。


「ヒィィィ! 本物だ! 勝てるワケがない! 俺は死ぬなんて、まっぴらごめんだぞ!」


 門番の男は大声でそう叫ぶと、剣を放り捨て、急いで逃げ始める。


「はぁ……手間を増やさないでくださいよ。面倒くさい」


 カレンはため息をつくと、次の瞬間には姿を消していた。

 と同時に、走って逃げていた男の頭が弾け飛ぶ。

 屋敷を囲っている壁には、血やらいろいろな物がついてしまう。


「うわ! 頭が弾け飛んだよ! どんな脚力をしているんだろうね? 恐い、恐い!」


 カレンが倒したのを確認したミハイルは、そのまま、屋敷の門に近づく。


「もう、叫び声も聞こえてしまっていると思うし、うるさくしても大丈夫でしょう!」


 ミハイルは屋敷の門の前に到着すると、足裏で鉄製の門を蹴り飛ばす。

 その瞬間、バンという大きな破裂音が辺りに響く。

 蹴られた鉄製の門はというと、10mほど空中を舞った後、ガシャンという音をたて、地面に着地をする。


「それじゃ、君たち、いこうか!」


 ミハイルは、笑顔で、アリアたちのほうに振り向く。

 当のアリアたちは、意味の分からない現象を前に、ポカンとしてしまっていた。

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