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80 最後の軍議

 ――アリアたちがトランタ山を出発してから、2週間後。


 ローマルク王国の中部を経由したアリアたちは、王都ハリルの周辺にある近衛騎士団の天幕へと戻ってくることができた。

 南部の森林地帯で戦っていた近衛騎士団の面々も戻っているようである。


 そんな中、アリアたちと別れたミハイルは、連合軍の指揮をするために張られた天幕を訪れていた。

 すでに、カレンとミハイルからもたされたフレイル要塞周辺の情報は、机の地図に記入されている状態である。


「それでは、北部の状況を地図に写しましたので、確認をお願いします!」


 連合軍の総司令官であるハインリッヒは、居並ぶ面々に、そう言った。

 その言葉を聞いた連合軍の上層部の面々は、北部の状況を確認するために、地図を眺める。

 時間が経つに従って、険しい表情になっていく。


(まぁ、そういう顔になるのも、しょうがない。なんたって、1ヶ月かけて分かったのが、一切隙のない防御態勢だということだけだからね。どんな方法で攻めても、かなり厳しい戦いになるのは、誰だって分かるほどだ。近衛騎士団が突っこんでも、相当数の死者が出るのは簡単に予想できるよ)


 ミハイルは、居並ぶ面々の顔を見ながら、そんなことを思っていた。

 天幕の中では、北部の状況について、それぞれの国の士官たちが活発な議論を交わしている。

 ただ、その内容は、あまり前向きなものではなかった。


 しばらくすると、ハインリッヒが口を開く。


「そろそろ、全体の状況を私から共有させていただきます。今回は一括して、私が説明しますので、そこのところは承知しておいてください」


 ハインリッヒはそう言うと、長い棒を片手に持ち、説明を始める。


「まず、ローマルク王国全域の状況から説明します。現在、現地住民の間で、反ローマルク王国の動きが、かなり活発になっている状況です。最も活発なのはエンバニア帝国軍の支配地域ですが、連合軍の支配地域でも、その兆しは見え始めています」


 ハインリッヒは、険しい顔をしていた。

 居並ぶ面々の顔も、渋いものになってしまっている。


(うう~ん、もし、仮に連合軍の支配地域で蜂起ともなれば、相当、厄介なことになりそうだ。外には、エンバニア帝国軍。中には、反ローマルク王国を標榜する武装集団。そうなってしまったら、さすがに勝利をするのは難しくなるな。一気にローマルク王国の国民が立ち上がり、連合軍に襲いかかってくるだろうしね)


 ミハイルは、珍しく真面目な顔をしていた。


「それで、エンバニア帝国軍の支配地域はしょうがないとしても、我々の支配地域の現地住民たちをどうなさるおつもりかな、総司令官殿? なにか、行動をせねば、いけないように思えますが」


 今回、援軍にきたイメリア王国の司令官であるミケーレは、質問をする。


「もう、すでにミハルーグ帝国軍5千が各地域に散って、反ローマルク王国の行動をしないように監視させています。不審な動きをする者がいれば、即座に捕縛するように命令しているので、ある程度の時間は稼げるハズです」


 ハインリッヒは、どのような対処をしているか、説明した。

 その説明を聞いたミケーレの顔が、さらに険しくなる。


「やりすぎると、余計に反発を招いてしまいそうですな。そこのところはどのようにお考えか?」


「その懸念は最もだと思います。ただ、ある程度、強制力を発揮しなければ、いけないのも事実です。強制力がなければ、不満が吹き上がり、容易に反乱が起きますからね。今はこれで納得していただくほかないのですが、よろしいでしょうか?」


「あい分かりました、総司令官殿。しょうがないとはいえ、なかなか、厳しいですな。残された時間も、そう長くはありますまい。いや、総司令官殿! 時間をかけて申し訳ない! 説明に戻ってくだされ!」


 ミケーレは、朗らかな笑顔になると、ハインリッヒに続きを促す。


「分かりました。それでは、説明を続けます。北部については、フレイル要塞にいる兵力は4万のままです。防御陣地の詳細については、地図に記されている通りなので、割愛させていただきます」


 ハインリッヒはそう言うと、中部のほうに目を向ける。


「次に中部の説明をします。中部の一大拠点であるダルム要塞には、援軍が到着し、総計5万ほどになっている状況です。防御陣地についても、拡充されているため、より攻撃することが難しくなってしまっています。ただ、リーベウス大橋に攻め寄せる気配はまったくありません。万が一、攻められても、リーベウス大橋の防御準備は完了しているので、問題はない状況です」


 ハインリッヒは、淡々と説明をした。


(中部から侵攻される心配はあまりなさそうか。ただ、ダルム要塞を奪い返すことは無理そうだな。現状では、フレイル要塞を攻めるよりも難しいだろう。まぁ、僕とカレンが防御準備を明らかにしたおかげなんだけどね)


 中部の説明を聞いたミハイルは、そんなことを思う。

 ミケーレも、特に質問はなさそうである。


「中部の説明は以上です。次は南部について説明したいと思います。現在、南部は、近衛騎士団とイメリア王国軍の活躍によって、前線をかなり押し上げられている状況です。ちょうど、ローマルク王国の半分ほどの位置に前線はあります。ただ、イメリア王国の現有戦力は1万8千、対して、エンバニア帝国軍は援軍を加えた3万と、今後も厳しい戦いが予想される状況です」


「ふぉふぉふぉ! まだまだ、前線を押し上げていきますぞ! エンバニア帝国軍が森林地帯に慣れるまでに、なるべく余裕を作っておきたいものですな!」


 ハインリッヒの説明を聞いたミケーレは、白髪頭をペチペチと叩いていた。


(さすが、元元帥といったところか。巧みな用兵術は健在のようだ。完全にエンバニア帝国軍が手玉にとられている。近衛騎士団は、イメリア王国の後方で侵入してきた者たちを撃退していただけだから、被害はないけど、それも前線でほとんど食い止めているからだろうしね)


 ミハイルは、表情には出さないが、感心をする。


「ミケーレ殿! 今後とも、南部はお願いします!」


「もちろんですじゃ、総司令官殿! 老骨とはいえ、まだまだ、働きますぞ!」


 ミケーレは、イスに座ったまま、朗らかな笑顔を浮かべていた。


「現状の説明は、これで終わりたいと思います。細かい点などは、後ほど、各軍の参謀同士で共有をしてください。ここからは、現状を踏まえて、連合軍がどのような方針で動くかを説明したいと思います」


 ハインリッヒはそう言うと、北部にあるフレイル要塞を棒で指し示す。


「連合軍は、北部の一大拠点であるフレイル要塞を陥落させ、トランタ山を取り戻します」


 総司令官にふさわしい自信に満ちた声で、ハインリッヒは宣言をする。

 その瞬間、天幕の中が騒然とする。

 主に驚いているのは、イメリア王国と近衛騎士団の士官だけではあるが。


「また、どうして。総司令官殿、理由をお聞かせ願えませんかな?」


 当然、疑問を抱いたミケーレは、質問をする。

 居並ぶ士官たちは、ハインリッヒの発言に注目をしていた。


「理由は、これ以上、ミハルーグ帝国が戦闘を続けられないためです。3日ほど前、私は陛下に戦況を直接報告しにいきました。その場で、これ以上の戦闘継続は難しいことを伝えられました。度重なる支援によって、本国の軍需物資や食料がなくなりかけているのが原因です。私も食い下がりましたが、どうやら、思っていた以上に深刻なようでして、決定は覆りませんでした」


 ハインリッヒは、悔しさの滲む顔をしていた。

 その顔を見るだけで、ハインリッヒにとっては、不本意だということが分かる。

 発言は続く。


「ただ、このまま即時撤退をすれば、これまでの戦いが無意味なものになってしまいます。なので、中部より勝ち目のある北部のフレイル要塞を陥落させ、その状況での講和を目指します。期限は、9月の終わりまでです。陛下から引き出せた譲歩は、これが精一杯でした」


 ハインリッヒは、苦々しそうな顔をしている。

 居並ぶ面々も、かなり渋い顔をなっていた。


「なるほど。事情は分かりましたぞ。ただ、フレイル要塞を陥落させたとしても、エンバニア帝国が講和をしてくれるとは思えないが、そこのところはどうお考えか?」


 ミケーレは、白髪頭を撫でながら、質問をする。


「私の考えでは、講和は成立すると思います。ミハルーグ帝国同様、エンバニア帝国もかなり無理をして、この度の侵攻をしている状況です。加えて、このまま、ミハルーグ帝国と全面戦争をするのは、望んでいないハズだと考えられます。そんなことになれば、アミーラ王国、イメリア王国が一気に攻めこんでくるでしょう。さすがに、2正面作戦をするほどの余裕はないハズです」


「総司令官殿のお考えは分かりましたぞ。フレイル要塞を陥落させ、現状の支配地域のまま、講和をすれば、ローマルク王国の半分は取り返したことになりますしな。イメリア王国にとっては、悪くない講和だと思いますぞ。これ以上の攻勢ができない状況では、それが最善でしょうな」


「ご理解していただけたようで、ありがとうございます」


 ハインリッヒはそう言うと、安心したような顔をする。

 どうやら、ミケーレを説得できてホッとしているようであった。


(アミーラ王国としても、悪くはないな。というか、しょうがない気もする。実際、ミハルーグ帝国軍が撤退をしたら、ローマルク王国の全土がエンバニア帝国のものになると思うし、それよりは全然マシだろう)


 二人の会話を聞いていたミハイルは、そんなことを考える。

 そんな中、ハインリッヒの視線がミハイルのほうに向く。


「ミハイル殿も、賛同していただけますか?」


「もちろんです! 本国に確認するまでもないでしょう! 時間が惜しい今、ゴネてもしょうがないですしね! それで、なにから始めますか? 本格的な侵攻を前に、足元を固める必要があると思いますが?」


「おっしゃる通りです。なので、まずは、支配地域にいる反ミハルーグ帝国の者たちを一掃します。かなり強引な方法をとらざるを得ないですが、時間が惜しいので、四の五のは言ってられません。8月中に完了させる予定です。ただ、イメリア王国軍は南部から動けませんので、近衛騎士団に手伝いをお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」


 ハインリッヒは、ミハイルの顔色をうかがう。


(うう~ん! できれば、参加したくないな! かなり凄惨な現場になると思うし、なにより心情的に良くないからね! かといって断れないから、士官だけの参加で勘弁してもらおう! そのほうが少しはマシでしょう!)


 ミハイルは、一瞬のうちに考えをめぐらす。

 と同時に、口を開く。


「近衛騎士団の士官だけの参加でも大丈夫ですか? ひいき目に見ても、戦力としては申し分ないと思います!」


「ハイ。それで、大丈夫ですよ。近衛騎士団の方々には、一般の兵で相手ができない者たちを、なんとかしてもらう予定なので」


「ありがとうございます!」


 思ったよりも簡単に認めてもらえたので、ミハイルは、笑顔で返事をする。

 その顔を見たハインリッヒは、居並ぶ面々のほうに顔を向けた。


「とりあえず、直近の動きの概要はこんなところです。詳細については、また後ほど伝達します。今からは、フレイル要塞攻略の概要を説明したいと思います。まず、陽動として、ローマルク王国軍3万とミハルーグ帝国軍2万の総計5万でダルム要塞を攻めます。と同時に、ミハルーグ帝国軍5万5千と近衛騎士団でフレイル要塞を攻略します」


 ハインリッヒは、地図の上で軍を模した駒を動かす。


「むぅ……総司令官殿。方針自体に異論はないが、ローマルク王国軍の者たちを出撃させても大丈夫なのかな? たしか、ワシが提案したときは、厳しいとの回答であった気がするが?」


「その点については問題ありません。ローマルク王国軍の後ろには、獅子軍団がいますので。逃げることはできません。個人的には、このようなやり方は嫌いですが、状況が状況なので、しょうがなく、この案を採用しました」


「たしかに、あまり気持ちの良い策ではないな。ローマルク王国軍の兵士たちは、気の毒なことになるだろう。ワシができるのは、祈ることだけじゃな」


 ミケーレはそう言うと、顔を天井のほうに向ける。


(自分たちで戦えなくなった国の末路か……ローマルク王国軍の兵士たちは、捨て石として、ダルム要塞にぶつけられるみたいだしね。しょうがないとはいえ、可哀そうなことだ。僕たちにできるのは、フレイル要塞を陥落させて、少しでも早く陽動を終わらせるくらいかな)


 ミハイルは、ミケーレの顔を見ながら、そんなことを思っていた。

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