78 崩落現場からの救出
アリアたちが鉱山の入口についた頃。
大勢の労働者たちが忙しそうに行き交っていた。
その中には、鉱山の崩落でケガしたらしい人を運んでいる者も多くいる状況である。
「おい! 誰か、手を貸してくれ!」
少し奥まった場所から、そんな声が聞こえきた。
アリアたちは、その声に導かれ、走り出す。
数秒後には、声の発生源の近くに到着していた。
そこは、数ある坑道の入口の一つである。
入口は、現在、崩落した岩で塞がれてしまっていた。
(……崩落に足が巻きこまれたみたいだな。あのままだと血を流しすぎて、死んでしまうだろう)
アリアは、大きな岩に左足を挟まれた男性を見ながら、冷静に分析をする。
その男性の近くでは、声を出していた人物が助けようと奮闘していた。
どうやら、彼の仲間のようである。
地面には、足を挟まれている男性のものであろう血が流れてきていた。
「うう~ん、これはよろしくないね」
状況を一瞬で理解したミハイルはそう言うと、カレンのほうを向く。
「たしか、カリスって、なんか拳法を使えたよね? あの岩、割れないの?」
ミハイルは、岩を指差しながら、小声で尋ねる。
周囲にいる労働者たちは大騒ぎをしている状況であった。
そのため、誰も、アリアたちを気にする様子はない。
「まぁ、割れなくはないですね。ただし、足を挟まれている男性も一緒に粉々になりますが」
カレンは、少し考えた後、そう答える。
「いや、それじゃ意味ないでしょう。はぁ……しょうがない、僕が動くか……」
ミハイルは、ため息をつくと、次の瞬間には消えていた。
と同時に、バゴンという轟音が聞こえてくる。
砂煙が舞い上がり、なにが起こっているのかはよく見えない。
「うわ! また、崩落が起きましたの! ヤバいですわ! こんな場所にいたら、死んでしまいますの!」
砂煙が周囲に広がる中、エレノアは急いで逃げ出そうとした。
そんなエレノアの服の襟首を、ステラがつかむ。
「いや、ここで逃げるのはありえないですよ。それに、分かっているでしょう? あれが、人為的なものだということを。崩落の危険性があるからって、逃げないでください」
ステラは、いつも通りの顔をしている。
もちろん、エレノアのことを逃がしはしない。
そんなステラの隣には、ゴミを見るかのような目をしているカレンがいた。
視線が向けられている先は、もちろん、エレノアである。
「な、な、なにを言っていますの!? そんなワケないでしょう!? 崩落なんて怖くありませんわ! ちょっと、用事を思い出しただけですの! でも、もう、大丈夫ですわ! 今は救出活動に集中しますの!」
振り返ったエレノアは、先ほどとは一転、やる気を見せる。
どうやら、カレンの顔を見て、逃げたら殺されると悟ったようであった。
そうこうしているうちに、ミハイルが戻ってくる。
「ああ~もう! 口の中にも、砂が入ったよ! ぺっぺっ!」
土まみれになったミハイルは、つばを吐いていた。
そんな中、崩落を聞きつけた労働者たちが音の発生源に集まる。
すでに、砂煙はおさまりつつあった。
「ゴホゴホ! お、おい! 担架だ、担架! 今なら、動かせるぞ! 早くしてくれ!」
音の発生源近くにいた男性は、大きな声を上げる。
その姿は、ミハイルと同様に土まみれであった。
足を岩に挟まれていた男性はというと、ピクリとも動かない。
ただ、足は岩から解放されていた。
潰れてしまったらしい足が、アリアたちのいる場所からでも確認できた。
(蹴ったのか殴ったのかは分からないけど、団長が岩をどけてくれたみたいだな! というか、どんな体の構造をしているんだよ! 普通、動かせないだろう!)
アリアは、土を払っているミハイルを見ながら、そんなことを思う。
そんなアリアの視線に気づいたのか、ミハイルがアリアたちのほうを向く。
「ほら、君たち! ツルハシを持って! あの坑道の奥に人がいるみたいだからね! 助けにいかないと! 大丈夫! 粉塵爆発が起こらないように指示をするから安心をして!」
ミハイルは、いつも通りの笑顔である。
対して、アリアたちの顔は、引きつってしまっていた。
ステラとカレンは、除いてであるが。
(粉塵爆発って……もう、響きだけでヤバいのが分かるよ! というか、ツルハシを打ちつけたときに火花が出るだろう! 絶対、爆発するに決まっている!)
アリアは、引きつった顔をしながら、そんなことを考えてしまう。
「もう、君たちの顔を見ているだけで、考えていることが手に取るように分かるよ! 粉塵爆発を心配しているんでしょう? さっきも言ったと思うけど、起こさないから安心して! 多分、大丈夫だから! ほら、早くツルハシを持って! 君たちがグズグズしていたら、助かる命も助からないよ!」
ミハイルはそう言うと、手を振り、早くするように急かす。
(え!? 多分!? 多分って聞こえたんだけど!? 絶対じゃなきゃ困るよ! でも、今更、引けないしな……ここは、覚悟を決めてやるしかない!)
覚悟を決めたアリアは、そこら辺にあるツルハシを拾いにいく。
サラたちも、凄く嫌そうな顔をしながら、ツルハシを拾う。
数秒後には、アリアたちの準備が整う。
「それじゃ、坑道を塞いでいる岩をツルハシで砕こう! 細かい指示は僕がするからね! よし! 頑張っていこう!」
ミハイルはそう言うと、今さっき砂煙が立っていた場所にある岩のほうを向く。
先ほどとは違い、少し移動しているとはいえ、岩は未だに坑道を塞いだままである。
アリアたちは、ミハイルの指示を受けると、岩に向かってツルハシを振るい始めた。
カンカンカンとツルハシを岩に打ちつける音が響く。
「お、おい! お前たち! 危ないぞ! 粉塵爆発が起こったら、大変なことになる!」
アリアたちが一生懸命ツルハシを振るっている中、追いついたクラフトが大きな声を上げてとめようとする。
「もちろん、分かっています! でも、やらなくちゃいけないんです!」
クラフトの言葉を聞いたアリアは、ツルハシを振るいながら、そう答えた。
「アリアの言う通りですの! 恐いけど、やる以外の選択肢がありませんわ!」
「命がかかっている作業だが、やる必要があるのはたしかだな!」
サラとエドワードも、アリアの言葉に同意をする。
学級委員長三人組も、ツルハシを振るいながら、ウンウンと頷いていた。
「クラフトさん。危ないので、近づかないほうが良いですよ。もしも、大きなケガをしてしまったら、カエリス士官学校に行けなくなるかもしれませんので」
ステラは、アリアたちの背後にいるクラフトに向かって、声をかける。
「お前たち……自分の命をかけてまで、助けようとするなんて……くぅぅぅ! 俺は、今、猛烈に感動したぞ! よし! 俺も岩砕きに参加する! 人数の多い方が良いだろう!」
クラフトはそう言うと、ツルハシを拾い、エレノアの隣で振るい始めた。
エレノアはというと、クラフトが隣に来ても、気にしていないようである。
「早く割れてくださいまし! 早く割れてくださいまし! そうじゃないと、死んでしまいますの!」
などと、ツルハシを振るいながら、言っていた。
どうやら、一刻も早く、この危険地帯から逃れたいようである。
そんなこんなで、5分後。
岩に亀裂が入り、割れ始めた。
アリアたちは、先ほどよりも力をこめてツルハシを振るう。
そのおかげか、岩にどんどんと亀裂が入っていく。
もう少しで割れそうといったところで、ミハイルが口を開いた。
「よし! ここからは、僕がやるよ! 君たちは危ないから、少し離れていて!」
ミハイルはアリアたちが離れたことを確認した後、岩に向かって、思いっきりツルハシを振るう。
バゴンという凄まじい音とともに、岩が砕け散る。
と同時に、岩の破片が凄まじい勢いで飛んできた。
アリアたちは、なにかを考える前に伏せる。完全に本能の成せる業であった。
そんな中、エレノア、カレン、クラフトは伏せていなかった。
「え? なんですの? なんで、皆、伏せ、ぶへぇぇ!!」
拳くらいの大きさの岩が、エレノアの顔面に直撃をする。
そのまま、地面に倒れてしまう。
カレンはというと、飛んできた岩の破片が遠くにいかないように、なにかをしているようであった。
残像のような姿が見えたり、消えたりしている。
そんな中、アリアはクラフトのほうに目を向けていた。
(クラフトさん!? なんで、伏せないんだ!?)
アリアは、伏せたまま、驚いてしまう。
クラフトはというと、完全に呆けてしまっているのか、立ったまま微動だにしない。
その様子はエドワードにも見えていた。
急いで、伏せたまま、クラフトの足を引っ張り強引に倒す。
「うぉ!」
などと、声を出してクラフトは、そのまま顔面から地面に倒れこむ。
その直後、岩の破片は、クラフトが立っていた場所を通過する。
間一髪の出来事であった。
岩の破片が飛び終わると、今度は、ザアアという音が聞こえてくる。
どうやら、坑道の入口を塞いでいた岩を割ったことにより、奥の土砂が流れ出してきているようであった。
アリアたちは、すぐに立ち上がると、鉱山の入口のほうへ退避をする。
今度ばかりは、クラフトも迅速に反応した。
ステラはというと、気絶したエレノアの足をつかみ、引きずって退避していた。
当然、エレノアの体の至る所には、砂がついてしまっている状況である。
しばらくすると、土砂の動きがとまった。
(意外と量は多くなかったな。坑道の入口付近でおさまっているし。というか、団長、大丈夫かな?)
アリアは、坑道の入口に近づくと、キョロキョロとし始める。
すると、すぐに、土砂の中から生えている腕を発見した。
「うわ! ミルさん、埋まっていますよ! 助け出さないと!」
アリアは、急いで腕を持つと、引っぱり始める。
「痛い、痛い、痛い! そんなに引っ張ったら、腕が折れるよ! もっと優しく救出して!」
そんなミハイルの声が、土砂の中から聞こえてきた。
「皆さん、そこのナルシストは勝手に土砂の中から這い出てくると思うので、放置で大丈夫です。そんなことより、坑道の中にいる人たちを救出しましょう」
アリアたちに向かって、カレンはそう言うと、土砂の上を進み、坑道の中に入っていく。
(たしかに、団長がこんなので死ぬとは考えづらいな。カレンさんの言う通り、救出を優先したほうが良さそうだ)
そう考えたアリアは、カレンの後を追う。
残りの面々も、続々と坑道の中に入っていく。
「お、おい! ミルさんを助けないで大丈夫なのかよ!」
クラフトはそう言いながらも、アリアたちの後をついていく。
そんな中、気絶していたエレノアが意識を取り戻す。
「ハッ! 皆はどこに行きましたの?」
エレノアは急いで立ち上がると、周囲の状況を確認するため、キョロキョロとする。
当然、ミハイルの腕が目に入ってくる。
「ああ! 腕が! 腕が生えていますの! ヤバいですわ!」
エレノアはそう言うと、急いで、土砂から生えている腕を引っぱり始めた。
「だから、痛いってば! 皆、行っちゃうし、本当にひどいよ! 体をはって、土砂を止めたっていうのに!」
ミハイルがそう言った瞬間、バンと土砂が弾ける。
と同時に、ミハイルが現れた。
どうやら、なんらかの手段で、土砂をどかしたようである。
そんな中、エレノアは坑道の中に吹き飛ばされてしまった。
ミハイルが出てきたときの衝撃波をモロに浴びた結果である。
坑道の中からは、『うわぁ! なにか、飛んできましたよ!』、『人みたいですけど、どこから湧いたんですかね?』、『というか、これ、エレノアーヌじゃないのか?』などという声が聞こえてきた。
「ナルシスト! こっちに来て、手伝ってください! 何人か、動けない人がいるので、人手がいります!」
ミハイルが坑道の入口付近に立っていると、カレンの声が聞こえてくる。
「はぁ……美麗な僕の肌が、このままではガサガサになってしまうよ……」
カレンの言葉を聞いたミハイルは、土だらけの頬を触りながら、坑道の中を入っていく。
しばらく経った頃、アリアたちは動けなくなった人たちを鉱山の外へ運び出し始める。
「アリアーヌ! こっちだ! この木箱に寝かせてくれ!」
アリアたちの姿を確認したノーマンは、大きな声を上げて手を振っていた。
(なるほど! 竜で運ぶのか! 地上を進むよりも早いし、そっちのほうが良いだろうな!)
ノーマンの近くで待機している竜を見たアリアは、そんなことを思う。
「まったく、エンバニア帝国は最高だぜ! 俺たちみたいな平民を運ぶのに、竜を使ってくれるなんてな! ローマルク王国の奴らだったら、鉱山の崩落が起ころうが無視だったぞ、無視!」
アリアたちと一緒に動けなくなった人を運んでいたクラフトは、大きな声を上げていた。
(……とりあえず、今は救出に集中するか。正義の是非は、後で考えても大丈夫だろう)
アリアは、走りながら、そんなことを考えてしまう。