77 崩落
――アリアたちがトランタ山に到着してから、1ヶ月が経過した。
8月となり、夏本番といった感じの晴天が連日続いていた。
だが、鉱山の中は、ひんやりとしているため、それほど苦痛に感じることは少ない状況である。
この間、アリアたちの身元は、意外とバレていなかった。
ノーマン経由で竜騎兵と普通に話したり、クラフト経由で鉄鉱石を採掘しに来ている現地住民と会話しているにも関わらずである。
というか、かなり馴染んでしまっているのが現状であった。
今では、ノーマンとクラフトとともに、昼食を食べるのが日課になっている。
そんなワケで、アリアたちは、今日もパンを両手で持ち、地面に座り、昼食を食べていた。
だが、今日はいつもと少し雰囲気が違っていた。
「ええ!? もうエンバニア帝国に戻るのか!?」
クラフトは、驚きの声を上げる。
「明日には戻るなんて、ずいぶんと急だね! なにか、あったのかい?」
ノーマンも、驚きながら尋ねた。
「いや、別に悪いことがあったワケではない。カエリス士官学校に入学するためのお金が貯まったから、戻るだけだ。さすがに、鉱山労働をしつつ、試験勉強するのはキツイからな。戻って、本格的に試験勉強を始めたいんだ」
エドワードは、クラフトとノーマンのほうを見ながら、説明をする。
もちろん、嘘であった。
本当の理由は、フレイル要塞を含め、周辺地域の偵察が完了したためである。
今日の朝、ミハイルが言い出したため、アリアたちにとっても、いきなりの出来事であった。
「でも、カエリス士官学校の入校試験は3月だぜ? もうちょっと、ここで採掘作業をしても、大丈夫なんじゃないのか?」
クラフトは、なんとか引き止めようとする。
「いや、クラフト! カエリス士官学校の入校時の筆記試験はそんなに簡単ではない! 万全を期すなら、エドの言う通り、勉強に集中する期間があったほうが良いのはたしかだ! 実技試験は確実に突破するだろうし、僕のあげた筆記試験対策さえすれば、合格は間違いなしだしね!」
ノーマンは、一呼吸置くと、クラフトのほうに顔を向けた。
「というか、君が心配なのは、エドに稽古をつけてもらえなくなることではないのかな? それに関しては、昼休みだけだけど、僕が稽古をつけるから心配をしないでも大丈夫だ! 責任を持って、実技試験に受かるまでにはするからね!」
「たしかに、それもあるけど、俺はエドワードたちと別れるのが悲しいの! そんなことを言わせんなよ!」
クラフトはそう言うと、ノーマンの肩を小突く。
「ハハハ! たしかに、それはそうだね! でも、エドワードとはカエリス士官学校に合格すれば会えるだろう? まぁ、受かればの話だけどね!」
「おい! 俺が受からないみたいな話はやめろ! こっちは、これでも必死でやっているんだからな!」
「それじゃ、問題を出しても良いかい? 僕のあげた筆記試験対策の紙をやっていれば分かる、簡単な問題だから安心をしてくれ!」
「おう! どんと来い!」
クラフトは自信があるのか、胸をはっていた。
アリアたちは、パンをモグモグとさせながら、その様子を見ている。
「それでは、問題! 一般的に、攻撃側は防御側の何倍の兵力が必要か? ね? 簡単でしょう?」
ノーマンは、笑顔でクラフトのほうを向いていた。
対して、クラフトは、困ったような顔になっている。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ! すぐに思い出すから!」
クラフトはそう言うと、難しい顔をして考え始めた。
(そんなに考えこむほど、難しい問題かな? 答えは3倍。一応、私もレイル士官学校を出ているから、間違えてはいないハズ。他の皆も、すぐに分かっただろうな)
そう思ったアリアは、パンをモグモグさせている面々の顔を確認する。
(皆、顔色一つ変えていないし、分かっているみたいだな。さすがに、皆、レイル士官学校を出ているし、分かって当たり前か。カレンさんも、困った顔とかしてないだろうし、分かっているだろうな。まぁ、表情だけ変えてない線もあるにはあるけど)
アリアは、皆の顔を一通り見終わると、クラフトに視線を戻す。
クラフトはというと、思い出せないのか、ムムム顔をしていた。
「そんなに難しい問題かな? エド! 問題の答え、分かる?」
見かねたノーマンは、エドワードに尋ねる。
「もちろん。答えても良いのか?」
エドワードは、当たり前だと言わんばかりの顔をしていた。
「待った! 待った、待った! あと少しで出てきそうなんだ! だから、待ってくれ!」
クラフトは、エドワードに答えさせないように腕をブンブンと振る。
「だそうだ、ノーマン。もう少し、待ったほうが良さそうだ」
「そうみたいだね! パンでも食べて、気長に待とうか! 思い出そうと努力したものほど、記憶の定着は良いからね!」
ノーマンはそう言うと、持っていたパンをモグモグし始めた。
アリアたちも、談笑をしながら、パンを食べている。
そんな中、エレノアがプルプルとし始めた。
(エレノアさん、言いたくて堪らなさそうだ。きっと、パンを食べ終わって暇なんだろうな。ここは、止めるべきだろうけど、面倒だからいいや。余計な体力を使いたくないし)
アリアは、気づかないフリをすることにした。
他の面々も、チラッとエレノアのことを見た後、気づかないフリをする。
どうやら、アリアと同じ考えのようであった。
しばらくすると、我慢できなくなったのか、エレノアはいきなり立ち上がる。
「もう~! そんなことも分かりませんの! 答えは!」
エレノアはクラフトのほうを指差しながら、言葉を続けようとした。
そんなとき、大きな影がエレノアを覆い隠す。
「え? いきなり日影になりましたの。雨でも、降ってくるのかしら?」
疑問に思ったエレノアは、上を見上げる。
そこには、竜の大きな顔があった。
現在進行形で、大きな口がエレノアに迫っている。
「あああああ! ワタクシは餌ではありませんの! 食べても、おいしくありませんわよ!」
エレノアは、手をバタバタとして、なんとか食べられないようにしていた。
だが、健闘むなしく、パクっと食べられてしまう。
それでも、エレノアは前と同じように竜の牙を持ち、食べられないように耐えていた。
「ああ~! セキライは頭が良いからね! エレノアーヌが余計なことをしないようにしたのだろう!」
ノーマンは、エレノアを食べようとしている竜を見ながら、ウンウンとうなずく。
「まぁ、クラフトが頑張って考えている中、答えを言おうとしたエレノアーヌが悪いな。良い勉強になるだろう」
エドワードは、チラッとエレノアのほうを確認した後、パンをモグモグしていた。
(エドワードさんの言う通り、ここは放置一択だろう。助けるのも面倒だしな。まぁ、本当に危なかったら、ノーマンさんが止めるだろうから、大丈夫に違いない)
そう思ったアリアは、なにも起きていないかのように振る舞う。
他の面々も、面倒なのか、無視をしている。
「もうううううう!! 気づかないフリはやめますの! なんでもいいから、早く助けてくださいまし!」
現在進行形で食われかけているエレノアは、必死で大声を上げていた。
すると、ステラが立ち上がり、顔を空に向け、エレノアを丸飲みにしようとしている竜に近づく。
当然、その姿は足をジタバタさせているエレノアにも見えていた。
「さすが、ワタクシの親友! 助けてくれるんですわよね?」
エレノアは、目を輝かせてステラのほうを向く。
スタスタと歩いていたステラは、すぐ、竜の足元に到着する。
「なんだか、大変そうですね。せいぜい、食べられないように頑張ってください」
顔をエレノアのほうに向けたステラは、ニッコリとした後、そのまま戻ってしまう。
「キー! ただ、嫌味を言いに来ただけですの! 希望を持たせるようなことをするなんて、最悪ですわ!」
エレノアは、竜のよだれでベタベタになりながら、喚き散らす。
そんな中、クラフトがいきなり立ち上がった。
「お、おい!? お前たち!! 仲間が食われそうになっているんだぞ!? 助けないのか!?」
クラフトは、アリアたちの顔を見ながら、訴えかける。
「大丈夫ですよ、クラフトさん。前もノーマンさんが助けてくれましたので。今回も危なくなったら、助けてくれますよね?」
ステラはそう言うと、ノーマンのほうを向く。
「もちろん! だから、クラフト! 安心して、問題の答えを考えると良い! それに、セキライだって、エレノアーヌが餌じゃないことは分かっている! あれは、少し遊んでいるだけだよ!」
ノーマンは、クラフトのほうを向くと、そう言った。
「本当に大丈夫か? 俺は早く助けたほうが良いと思うけどな……」
クラフトは疑念を抱いていたが、地面に座り、問題の答えを考え始める。
「ちょっと! 本当に食べられますの! 遊びじゃありませんわ! 現に凄い力が加わっていますの!」
エレノアは、必死で声を上げ、助けを求めていた。
だが、動く者は誰一人としていないようである。
そんな状況下、ゴゴゴゴバンという大きな音が響いてきた。
と同時に、衝撃波がアリアたちを襲う。
(一体、なにが起こったんだ!? とりあえず、状況を確認しよう!)
衝撃波をやり過ごしたアリアは、急いで、立ち上がる。
原因はすぐに分かった。
なぜなら、鉱山の中から土煙が出てきていたためである。
「鉱山が崩れたぞ! 中に人がいるみたいだ! 手が空いている者は集まってくれ!」
鉱山の入口の近くにいた人が、大きな声を上げていた。
当然、アリアたちにも聞こえている。
「え!? 今は、昼休みですわよね!? なぜ、中に人がいるんですの!?」
サラは、大きな声を上げ、驚いていた。
「多分、昼食を早めに食べて、採掘をしに行っていた連中だろう! 休憩時間でさえ、惜しむ連中はいるからな!」
クラフトは、サラの疑問にすぐ答える。
サラとは違い、慣れているのか、落ちついているようであった。
「よいっしょと! とりあえず、助けに行ったほうが良さそうなのは間違いない! カリス! エレノアーヌのことを解放してきて!」
立ち上がったミハイルは、カレンにお願いする。
「はぁ……面倒ですね」
カレンは、ため息をつくと、次の瞬間には消えていた。
と同時に、アリアたちのいる場所にエレノアが飛んでくる。
「連れてきましたよ」
1秒もしないうちに、カレンは戻ってきた。
その足元には、エレノアが倒れている。
「もう、痛いですの! 顔面を蹴らないでくださいまし! 陥没するかと思いましたの!」
倒れていたエレノアは、顔面をペタペタと触りながら、急いで立ち上がった。
「よし! 揃ったみたいだし、助けに行こうか! あまり時間をかけると危なそうだしね!」
ミハイルは、エレノアの無事を確認すると、凄まじい勢いで走り出す。
アリアたちも、置いていかれないようについていく。
「なんか、一瞬、カリスさんが消えたように見えたけど、気のせいか? というか、全員、走るの速すぎるだろう! 一体、どんな体の作りをしているんだ!」
クラフトは、疑問を口にした後、すぐにアリアたちを追う。
「クラフト! 僕は、負傷者をすぐに運べるように竜たちを準備しておくから、助け出したら、言いに来てくれ!」
ノーマンは、走っているクラフトに向かって、大声を出す。
「分かった! 救出したら、すぐに報告しにいく!」
クラフトは、大きな声で返事をする。
その返事を聞いたノーマンは、竜に近づく。
すでに、周囲には、命令を待っている竜騎兵たちがいた。
ノーマンは、その竜騎兵たちに向かって、次々と指示を出していた。