76 エドワードによる稽古
「それで、彼は誰なんだい?」
試合が終わり、パンをモグモグしていたエドワードは、アリアに問いかける。
ノーマンの時間の許す限り戦ったが、今日も決着はつかなかった。
「ええ~と、こちらの方はクラフトさんと言います! なんでも、鉱山でお金を貯めて、カエリス士官学校に挑戦するみたいです! エドさんと目的は同じなので、紹介してほしいとのことで連れてきました!」
クラフトの隣に立ったアリアは、一生懸命に説明をする。
「俺の名前は、クラフト! カエリス士官学校で同期になるかもしれないから、よろしくな! いろいろと情報交換をしようぜ! あと、剣術も教えてくれ! お前ほどの腕があれば、士官学校の実技試験といえども、楽勝で通りそうだからな! そんな奴に習えば、俺も上達間違いなしだ!」
クラフトはそう言うと、エドワードに向かって、手を差し出した。
「はぁ……よろしく」
エドワードは、座ったまま、とりあえず握手をする。
と同時に、視線でアリアに訴えかけた。
(うわ! あの顔は、面倒ごと持ちこんだなって思っている顔だ! しょうがないでしょう! 誰も、助けてくれなかったんだから! 恨むなら、私以外を恨んでよ!)
アリアも、同じく視線だけで返答をする。
クラフトは、そんな二人の静かな戦いには気づいていないようであった。
笑顔のまま、口を開く。
「そう言えば、エドは出稼ぎ労働者だから、宿場街の宿屋に泊まっているだろう! 場所、教えてくれよ! 採掘が終わった後、行くからさ!」
「え? なぜ、教えなければならないんだ?」
エドワードは、パンをモグモグしながら、尋ねる。
あからさまに、警戒をしていた。
「おいおい、エド! つれないじゃないか! 剣術を教えてもらうからに決まっているだろう!」
クラフトは、当たり前かのように発言をする。
普通に嫌がっていたが、かなり粘られたため、エドワードは、渋々、宿屋の場所を教えた。
「それじゃ、夜に行くからな! 訓練用の剣はこっちで用意しとくから心配しないでくれ!」
宿屋の場所を確認したクラフトはそう言うと、どこかへ行ってしまう。
アリアたちは、その後ろ姿を眺めていた。
「……アリアーヌ。なんだい、彼は? どう考えても、面倒そうな人だったよ。もしかして、これから毎日、彼に剣を教えないといけないのかい?」
クラフトを見送ったエドワードは、ボソッとつぶやく。
パンは、すでに食べ終わっていた。
「……すいません、エドさん。押しが強くて、断りきれませんでした」
アリアは、申し訳なさそうに謝罪をする。
「おーほっほっほ! 良かったですわね、エド! 夜も体を動かせて、羨ましいですわ! せいぜい、頑張りなさい!」
エレノアはそう言うと、立ち上がり、採掘現場へ向かって歩き出した。
「まぁ、人に教えるのも良い経験になるよ! 意外と教えるのって難しいからね! なんで、こんなのもできないんだって、思うことがあっても、諦めてはいけないよ!」
ミハイルは、うなだれているエドワードの肩をポンと叩くと、エレノアの後を追う。
それに伴い、アリアたちも移動を開始する。
「……それは、ミルさんだからだと思います。昔、エレノアーヌが教えられたことをできなくて、ボコボコにされているのを見ましたし」
エドワードは、ボソッとつぶやくと、アリアたちの後を追う。
そんなエドワードを、学級委員長三人組は歩きながら慰めていた。
――その日の夜。
鉱山での採掘作業を終えたアリアたちは、いつもの宿屋の一階で食事をしていた。
ミハイルとカレンは、1週間程前から、夜になるとフレイル要塞の状況を確認しに出かけている。
そのため、若手士官だけがいる状況であった。
もちろん、エドワードに剣術を習いに来たクラフトも席に座っている。
「エド! そんなに食べて大丈夫なのか? これから、俺に剣術を教えるんだぞ?」
クラフトは、結構な量を食べているエドワードの心配をしていた。
「多分、大丈夫だ! 休憩もするし、そんな動き回るつもりはないからな! それより、本当にそれだけで、大丈夫なのか? 空腹だと、力が出ないぞ!」
エドワードは、手早く食事をしながら、クラフトのほうを見る。
アリアたちと違って、クラフトの机の上には、スープの入った容器だけが置かれていた。
「大丈夫だ! 俺は、露店で食べてきたからさ! それに、これから動くっていうのに、満腹だと困るだろう!」
クラフトはそう言うと、スプーンを手に持ち、スープをすくう。
ズズとスープをすする音が聞こえてくる。
と同時に、グゥという音も聞こえてきた。
「おっと、腹が鳴っちまったな! 気にしないで、食事をしてくれ!」
クラフトは、恥ずかしそうに顔を赤くしている。
あまりにも寂しい光景を前に、アリアたちは顔を見合わせた。
(これ、絶対、お金を貯めているから、料理を注文してないんだろうな! かなり本気で、カエリス士官学校に入るのを目指しているみたいだ!)
顔をクラフトのほうに戻したアリアは、そんなことを思う。
そんな中、ステラが口を開く。
「これ、食べきれないので、食べてください。注文しすぎてしまいました」
ステラはそう言うと、料理の皿の一つをクラフトのほうに移動させる。
「ワタクシのも、あげますの!」
「私のもあげます!」
ステラの行動を見たサラとアリアも、同様の行動をした。
学級委員長三人組も、小皿に自分の料理をわけて、クラフトの目の前に置く。
「はぁ……僕のも、良かったら食べてくれ」
そんなアリアたちの行動を見たエドワードも、ため息をついた後、皿の一つを渡す。
「おお! 皆、ありがとう! 実はさ、カエリス士官学校に行くために節約していて、お腹が空いていたんだ! ありがたく食べさせてもらうぞ!」
クラフトは、パァと笑顔になると、嬉しそうに料理を食べ始めた。
その顔を見たアリアたちも、自然と笑顔になっていた。
いつも仏頂面のステラでさえ、笑顔になっている。
そんな中、エレノアは立ち上がると、ステラに近づく。
「おーほっほっほ! ステラーヌ! 人に分け与えるほど余裕があるなら、ワタクシに料理を寄越しなさい!」
エレノアはそう言うと、ステラの目の前にある皿の一つを持っていこうとする。
当然、ステラは許すワケがない。
「はぁ……手癖が悪いお馬鹿さんですね。少し眠ってもらいましょうか」
立ち上がったステラは、腰を低く落とすと、エレノアに肉薄する。
「へ? なんですの?」
エレノアは、皿に手を伸ばしたまま、顔だけステラのほうに向けた。
ステラはというと、少し引いた腕を解放し、正拳突きを放っている最中である。
油断しきっていたエレノアには、避けることができなかった。
「ぐへぇ!」
ゴンという音がした後、エレノアは口から息を吐き、後ろによろめく。
そのまま、ステラは流れるような動きで、エレノアのあご先に掌底をくらわせる。
すると、あご先をはねあげられたエレノアは、糸が切れた人形かのように崩れ落ちてしまう。
「よっと」
ステラは、エレノアの体を倒れないように支えると、そのままつかんで、イスに座らせた。
エレノアはというと、首を下げ、ピクリとも動かない状態である。
「お、おい!? そいつ、大丈夫なのか!? ピクリとも動かないぞ!! 死んだんじゃないか!?」
エレノアのほうに顔を向けながら、クラフトは驚愕していた。
「大丈夫ですよ。気絶しているだけですから。そんなことより、エレノアーヌの料理を皆で分けてしまいましょう。冷めたら、もったいないですしね」
ステラはそう言うと、机の上にあった小皿にエレノアの料理を分けていく。
「そうだな。今回はエレノアーヌが悪い。クラフトに料理を分けてしまったし、その分をいただこう」
エドワードは、ステラが盛りつけた皿をアリアたちのほうに移動させる。
アリアたちも、当たり前かのように、受け取っていた。
そのうちに、エレノアの前にあった料理は、全員に行き渡る。
もちろん、クラフトにも分けられていた。
「さて、夕食の続きをしますか。あ、クラフトさん。あとで、エレノアーヌに料理のお礼を言っておいてくださいね」
イスに座ったステラはそう言うと、夕食を食べ始める。
アリアたちも、なにも起きなかったかのように振る舞う。
「お、おう!」
クラフトは、ドン引きしながら、とりあえず返事をする。
その後、隣に座っているエドワードに顔を近づけた。
「お、おい!? あの子、滅茶苦茶強いじゃないか!? どんな訓練をしたら、あんな動きができるんだ!? もしかして、お前より強い?」
「さぁな。そんなことより、夕食を食べたほうが良い。訓練をする時間がなくなってしまうぞ」
クラフトに適当な返事をしたエドワードは、目の前の料理を食べ続ける。
その様子を見たクラフトは、ずいぶんと豪華になった夕食に手をつけた。
どうやら、これ以上聞いても、無駄だと悟ったようである。
その後、アリアたちは談笑しながら、夕食を食べていた。
――30分後。
アリアたちは、宿屋にある裏庭に来ていた。
それなりに広さがあるので、剣を振るう分には問題なさそうである。
裏庭は、アリアたちが持ってきた松明があるため、明るかった。
「さて、どのくらい強いんですかね、クラフトさんは? 意外とエドさんより強かったりして!」
アリアは、隣にいるサラに話しかける。
現在、アリアたちは、エドワードとクラフトから少し離れた場所で、稽古を見守っていた。
「それはありませんわ! 強いなら、わざわざ、エドに稽古を頼む必要がありませんもの!」
サラは、即座にアリアの言葉を否定する。
そんな中、ステラが口を開く。
「そろそろ、始まりますよ。とりあえず、実力を見るために試合をするみたいですね」
ステラはそう言うと、二人のほうを指差す。
そこでは、今まさに、クラフトがエドワードに斬りかかっている最中であった。
叫び声を上げながら、クラフトは剣を振り下ろす。
対して、エドワードは迫ってくる剣を半身で軽々と避ける。
その後、無防備なクラフトの胴体に蹴りを入れた。
「ぐほ!?」
変な声を上げたクラフトは、そのまま、少しだけ後退をする。
「振りは良いけど、動きが直線的すぎる! それでは、簡単に避けられてしまうぞ!」
エドワードは、訓練用の剣を肩にかけ、クラフトを見ていた。
どうやら、剣を構える必要がないと考えているようである。
「まぁ、なんだか、そんな気はしていましたよ。私が最初にエドさんと戦ったくらいの強さですかね」
地面に座っていたアリアは、レイル士官学校で始めてエドワードと戦ったときのことを思いだしていた。
クラフトは、エドワードとの稽古に夢中であり、聞こえてはいないようである。
「たしかに、そのくらいの強さですわね。素人に少し毛が生えたくらいですの」
サラも、アリアの発言に同意をした。
「ですが、力はあるみたいですね。少し技術を学べば、それなりにはなりそうですよ」
ステラは、冷静にクラフトのことを分析する。
当のクラフトはというと、エドワードに状況別の対処方法を学んでいるようであった。
「そういえば、エレノアーヌさんと学級委員長さんたちがいませんね。どこに行ったか、知っていますか?」
アリアは、思い出したかのように、声を出す。
「食堂で料理を注文して、食べているみたいですわよ。学級委員長たちは、近くのイスに座って、変な行動をしないように監視していますの」
稽古の様子を見ながら、サラはアリアの疑問に答える。
「お金が足りなかったみたいで、学級委員長さんたちにたかっていましたよ。いやはや、救いようがないお馬鹿さんですね」
ステラは、腕を広げ、首を横に振っていた。
「まぁ、いつもエレノアーヌさんは、鉱山の採掘で得たお金を考えもせず、使っていましたからね。それで、学級委員長さんたちはお金を貸したんですか?」
「滅茶苦茶嫌がっていましたけど、最終的に貸したようですね。エレノアーヌに粘られて、仕方なくといった感じでしたよ」
「絶対、お金は戻ってきませんの。強制的に取り立てるしかありませんわね」
三人は、稽古の様子を見ながら、そんなことを話している。
結局、エドワードとクラフトの稽古は、夜10時くらいまで続くことになった。
(いや、やる気があるって素晴らしいな! 私もクラフトさんを見習って、明日の採掘作業を頑張ろうかな?)
稽古を見届けたアリアは、歩きながら、そんなことを思っていた。




