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75 クラフト

 ――20分後。


 昼休みの終わりが近づいていた頃。


 まだ、エドワードとノーマンの試合は終わりそうになかった。

 アリアたちは、すでに昼食のパンを食べ終わっている。

 ただし、ステラとエレノアはどちらかが勝つかで賭けをしているため、パンを残している状態であった。


 ガンガンガンと絶え間なく金属音が鳴り響いている。

 その音に惹かれてか、周囲には、野次馬が集まってきていた。

 その中には、ノーマンが連れてきたであろう竜騎兵の姿もある。


 どうやら、新米の士官が戦っている姿に興味を持ったようだ。


「いや、粘りますね、エドさん! 耐えて、反撃のときを待っているのかもしれません!」


 手に汗握る戦いを前に、アリアは腕をブンブンと振り、興奮している。


「見直しましたわ! ただのヘタレだと思っていましたが、評価を改めますの!」


 サラも、頑張るエドワードの姿を見て、考えを変えたようであった。


「私としては、さっさとノーマンさんに勝ってもらいたいんですけどね。そうすれば、顔面を思いっきり殴れますし」


 ステラは、いつも通りの顔で観戦している。


「キー! なにをやっていますの、奴隷1号! ワタクシのパンのために死ぬ気で戦いなさい!」


 エレノアはというと、エドワードを応援しているようであった。

 学級委員長三人組も、エドワードが勝てるように大きな声で助言をしている。


「腐っても、竜騎兵の士官。それなりと言ったところですかね」


 カレンは、つまらなそうに試合を眺めていた。

 どうやら、エドワードが粘っているため、飽きているようである。


「そりゃ、君から見れば、大体の相手なんて大したことないでしょう! まぁ、それは僕もだけどね!」


 ミハイルは、腕を頭の後ろに組みながら、言葉を続けた。


「さて、この試合が終わるのは、いつになるかな? というか、昼休みが終わるまでに決着つかなそうだけど! そろそろ、昼休みが終わるのにね!」


 試合を観戦していたミハイルは、野次馬のほうに顔を向ける。

 その目には、観戦している竜騎兵の集団が映っていた。


 しばらくすると、チラチラと懐中時計を確認していた男性が、エドワードとノーマンのほうに近づく。

 どうやら、時間切れのようであった。

 エドワードに攻撃をし続けていたノーマンは、男性が近づくと、攻撃するのをやめる。


「もしかして、そろそろ時間かい?」


 ノーマンは、大粒の汗を流しながら、近づいてきた男性に問いかけた。


「はい。これ以上は、厳しいです。夜までに戻ることができなくなってしまいます」


 男性はそう言うと、懐中時計をノーマンに見せる。

 それを見たノーマンは、首を横に振っていた。


「はぁ……本当に時間がないみたいだ! 決着をつけたかったんだけどね!」


 ノーマンはそう言うと、エドワードのほうに振り向く。


「済まない、エド! 時間がきたみたいだ! 明日以降も来るから、決着はそのときにでも、どうだい?」


「はぁはぁはぁ……僕もそれで構わない。とりあえず、今日は戦ってくれて、ありがとう。竜騎兵の強さというものを体感できたよ」


 エドワードは、肩を揺らしながら、手を差し出す。


「それは良かった! 僕も良い訓練になったよ! それでは、失礼をする!」


 ノーマンは、エドワードと握手をした後、竜に乗って移動を開始した。

 と同時に、エドワードがアリアたちのほうに帰ってくる。


 戻ってきた頃には、野次馬も解散していた。


「なかなか、良い勝負だったよ! お疲れ様! ハイ! エドのパン! すぐに食べてね! 昼休みが終わり次第、採掘作業を始めるから!」


 ミハイルはそう言うと、エドワードにパンを渡す。


「だんちょ……ミルさん! 少し休ませてください! このまま、採掘作業をしたら死にますよ!」


 エドワードはパンを受けとると、抗議をする。


「ちょっと動いたくらいで大袈裟だね! 大丈夫! そんなんで死ぬ人なんていないから! それじゃ、僕は水筒に水を汲みにいくよ! 午後の開始までには、採掘現場に来てね!」


 ミハイルは、いつも通りの笑顔で答えた後、水筒を持って、どこかへ行ってしまった。


「はぁ……やっぱり、疲れるだけだったな……とりあえず、パンを食べよう……」


 エドワードはそう言うと、急いで、パンを食べ始める。

 その近くでは、エレノアがステラに食ってかかっていた。


「賭けはワタクシの勝ちですわ! さっさとパンを渡しなさい!」


「はぁ? どう見ても、引き分けだったでしょう。だから、賭けは成立しませんよ」


 ステラは、両手に持ったパンを急いで食べている。

 その隣には、カレンが立っていた。

 エレノアが、なにかしようものなら、問答無用でボコボコにしそうな雰囲気を放っている。


「くっ! 今日のところは諦めてあげますの!」


 本能に従ったエレノアはそう言うと、エドワードに近づく。


「奴隷1号! なんですの、あの試合は! 勝てる機会は何回もありましたわ! ワタクシをヤキモキさせたお詫びにパンを寄越しなさい!」


「ああ、もう! そんなのは僕が一番分かっているよ! これをあげるから、静かにしてくれ! どうせ、昼休みが終わるまでに食べきれないからな!」


 エドワードはそう言うと、パンの3割ほどを割り、エレノアに渡す。


「ふん! 今回はこれで我慢してあげますわ! 感謝しなさい!」


 エレノアは、パンをもらうと、ムシャムシャと食べ始める。

 エドワードとステラが食べ終わるのを確認したアリアたちは、採掘現場へ向かい、歩き出す。






 ――アリアたちがトランタ山に潜入してから、2週間が経過した。


 この間、アリアたちの身元がバレることはなかった。

 鉱山での採掘も順調に進み、鉄鉱石も少量ではあるが出始めている。

 そのため、日当も多くなり、アリアたちはホクホク顔で宿場街に戻ることが多くなっていた。


 エドワードとノーマンは、あの日以来、毎日、昼休みに試合を行っている。

 試合をし始めの頃は、ノーマンが優勢であった。

 だが、そのうちに慣れたのか、エドワードとノーマンは互角の戦いを繰り広げるようになっていた。


 鉱山で働く労働者も、昼食を食べながら、観戦をするのが日課になっている。

 そんなワケで、今日も、アリアたちはパンを食べながら二人の試合を観戦していた。


「今日も、頑張っていますね、エドさん! 日に日に動きが良くなっていますよ!」


「そうですわね! 今日こそ、勝つかもしれませんわ!」


 アリアとサラは、パンを食べながら、観戦を楽しんでいる。

 そんな二人とは違い、エレノアとステラは今日も賭けをしていた。


「おーほっほっほ! 今日こそ、パンをもらいますわよ! 覚悟しなさい、ステラーヌ!」


「飽きませんね、エレノアーヌも。毎日、夕食と朝食をたくさん食べているのに、すぐにお腹が空くなんて、不便な体をしているみたいで可哀そうです」


「だれが、不便な体ですって!? ツルハシを毎日、毎日、振るっているせいで、すぐにお腹が減るだけですの! 断じて、食いしん坊ではありませんわ!」


 エレノアとステラは、今日も元気そうである。

 相変わらず、学級委員長三人組も、エドワードの応援をしていた。

 その近くでは、同じく竜騎兵たちがパンを食べながら、ノーマンの応援をしている。


 ミハイルとカレンはというと、パンを食べながら、黙って観戦をしていた。

 どうやら、余計なことを言わないようにしているようである。

 そんな中、アリアたちと同世代くらいに見える男性が近づいてきた。


「あんたら、あそこで戦っている奴の仲間だろう?」


「はい、そうですが、なにか?」


 アリアは、警戒をしながらも、自然な対応を心掛ける。

 サラたちも、他愛ない会話をしつつ、警戒をしているようであった。


「いや、あんたらも、あのくらい強いのかと思ってさ!」


「全然、強くないですよ! 彼は、エンバニア帝国軍の竜騎兵になるため、懸命な努力をしていましたからね! 対して、私たちは、ただの出稼ぎ労働者! 儲かると知って、彼の付き添いで来ただけです!」


「お! それなら、あそこで戦っている奴は金を貯めて、ミハルーグ帝国の皇都カエリスにある士官学校に入るつもりだろう? 士官のほうが、まだ竜騎兵になれる確率が高いから、当然と言えば当然か!」


 男性は、腕を組みながら、ウンウンと頷いている。


「ハハハ……そうみたいですね……」


 アリアは、愛想笑いを浮かべ、サラたちのほうを向く。


(うわ! なんだか、よく分からないけど、話が長くなりそうだ! 皆さん、助けてください!)


 そんな思いをこめた顔で、サラたちを見る。

 対して、サラたちは、微妙な顔をしていた。

 どうやら、あまり関わりあいになりたくないようである。


(くっ! 皆、薄情だな! ここは、頼れるカレンさんと団長に助けを求めよう!)


 そう決意したアリアは、ミハイルとカレンのほうを向く。

 ミハイルはいつものニコニコ顔であり、カレンはというと、いつもの仏頂面であった。

 アリアが視線で助けを求めても、表情は変わらない。


(もう、皆、面倒臭そうな人を私に押しつけるなんて、ひどい! こうなったら、私の演技力を見せつけてやる!)


 アリアは、自分の力だけで、この局面を乗り越えようと決心をする。

 そんな気持ちを知ってか、知らずか、男性は口を開く。


「あ! それなら、後で俺に紹介してくれよ! 目的は同じだから! 俺もさ、鉱山で金を貯めて、カエリス士官学校に行くつもりなんだ! いや~、本当、良い時代になったよ! 俺みたいな平民でも、カエリス士官学校に挑戦できるなんてさ! ひと昔前だったら、考えられないよ!」


 男性は、またも、腕を組んで、ウンウンと頷いていた。


「そうみたいですね! でも、勉強とか、実技試験とか大丈夫なんですか?」


「正直、かなり厳しい! でも、俺は諦めないよ! エンバニア帝国の士官の待遇は最高だからね! 機会があるなら、挑戦するまでさ! それに、ローマルク王国の奴らから救ってもらった恩もあるしな!」


 男性はそう言うと、昔を思い出しているのか、憤慨した顔をする。

 サラたちは、話に興味を持ったようであり、男性の話に聞き耳を立てていた。


「そんなに、ローマルク王国の人たちはひどかったんですか? 私は出稼ぎ労働者なんで、そこら辺には疎くて!」


「そうか、出稼ぎに来たのなら知るワケもないだろうな! 俺は、トランタ山の近くにある村の出身だから、嫌というほど、ローマルク王国の奴らのことを知っているぞ! あいつらは、散々、俺たちのことをこき使いやがってな! まともな金も食料も貰えない中、ひたすら採掘作業をする日々だったよ!」


 男性は、憤慨した顔のまま、続ける。


「当然、死人が出てもおかまいなしだ! そのせいで、何人も俺の仲間は死んでいった! 脱走しようと思ったのは、一度や二度ではないぞ! ただ、脱走したとしても、見せしめに殺されるだけだったけどな! まぁ、昔のことだから、これ以上はやめておくよ! とりあえず、エンバニア帝国軍が来てくれたおかげで、俺を含め、大勢の人たちが助かったってワケだ!」


 男性は、あまり思い出したくないのか、話を切り上げてしまった。


(……本当に地獄みたいな環境だったんだろうな。少し聞いただけでも、簡単に想像ができる。この人にとっては、エンバニア帝国軍が救世主に見えただろうな。前、助けた村とは違って、宿場街も活気に満ちているし、ここら辺に住んでいる人たちにとっては、ローマルク王国よりエンバニア帝国の領地になっていたほうが良いと考えている人が多そうだ」


 男性の話を聞きながら、アリアはそんなことを思ってしまう。


「なんだか、湿っぽい話をして済まないな! それじゃ、試合が終わったら、俺のことを呼んでくれよ! あ! 俺の名前は、クラフトだからな! 大声で叫べば、すぐに飛んで来るから、よろしく!」


 クラフトはそう言うと、立ち上がり、どこかへ行ってしまった。


「なんだか、あまり人の話を聞かなさそうな人でしたね」


 ステラは、去っていくクラフトの後ろ姿を眺めている。


「そうですね! でも、話だけ聞いていたら、それなりに根性はありそうでしたよ!」


「まぁ、口だけの可能性もありますわ! そんなことより、試合を見たほうが良いですの!」


 アリアの言葉を聞いたサラは、試合をしているエドワードとノーマンのほうを向く。

 相変わらず、ガンガンと金属を鳴らしながら、槍と剣で戦っているようであった。


(なんだか、今回もそうだけど、ローマルク王国の終わっている部分ばっかり感じるな。少しは良いところないのか。そうじゃないと、なんのために戦っているのか分からないよ。私は、ローマルク王国の悪政を存続させるために、戦っているワケではないからな)


 アリアは、ローマルク王国に入ってからの日々を思い浮かべながら、観戦を続けていた。

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