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71 トランタ山

 森で出稼ぎ労働者に扮したアリアたちは、トランタ山に到着していた。

 7月ということもあり、少し歩いただけでも汗をかいてしまう状況である。


「意外と簡単に突破できましたね。まぁ、あれだけ混んでいたら当たり前ですか」


 アリアは、周りで歩いている人たちに聞こえないよう、小声でそう言った。

 現在、アリアたちは、ツルハシを肩に担いで歩いている。

 山道には、アリアたちの他に、大勢の人がいる状態であった。


「検問もかなりいい加減でしたね。身分証を出したのに、ほとんど見ていませんでしたよ。あれでは、素通りさせるのと変わりがない気がします」


 ステラも、アリアと同様のことを思ったようである。


「まぁ、楽に通れるのに越したことはありませんわ。これなら、検問でバレる心配もないですの」


 サラは、巻き髪を失った悲しみから立ち直っていた。


「あとは、僕たちがへまをしなければ、大丈夫そうだな」


 エドワードは、かなり緊張した顔をしている。

 近くを歩いている学級委員長三人組は、エドワードの緊張をほぐそうとしていた。


「おーほっほっほ! 奴隷1号! そんなに緊張していては、鉄鉱石を採掘できませんわよ! ツルハシで頭を叩いて、緊張しなくしてあげますの!」


 エレノアはそう言うと、持っていたツルハシを振り上げる。


「うわぁ!? エレノア!! 頭、大丈夫か!? ツルハシで頭を殴ったら、死ぬに決まっているだろう!!」


 エドワードは、急いでツルハシを構える。

 学級委員長三人組も、エレノアの暴挙を止めようとしていた。


「キー!! 誰の頭が大丈夫かですって!? 奴隷1号のくせに生意気ですわ!! ワタクシの切られた赤髪の供養も兼ねて、真っ赤な血しぶきをあげなさい、奴隷1号!!」


 邪悪な笑みを浮かべたエレノアは、エドワードの頭に向かって、ツルハシを振り下ろす。

 ブンという音とともに、ツルハシの先端が迫る。


「くっ! こんなところで死んでたまるか! 僕は生きて帰るんだ!」


 エドワードは、持っていたツルハシで受けとめることに成功した。

 日頃、バールたちと行っていた訓練が活きたようである。

 ガンという鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。


 当然、周りにいた人たちは、何事かと二人のほうに目を向けた。

 次第に、『おう? ケンカか? やれ! やれ!』、『朝から血の気が多いな!』などの声が聞こえてくる。

 野次馬も、どんどんと集まってきていた。


「おーほっほっほ! 大観衆の前で散れるなんて、奴隷1号にしては、勿体ない最後ですの!」


 エレノアは、学級委員長三人組の静止を振り切りながら、剣を振り回すかのようにツルハシで攻撃をする。


「エレノア! やめろ! 僕を殺しても、切られた髪は戻ってこないぞ!」


 エドワードは、ツルハシを剣に見立て、攻撃を受け続けていた。

 ガンガンガンと金属音が連続で辺りに響く。

 それに伴い、野次馬が二人を煽る。


「はぁ……面倒ですね……」


 様子を見ていたカレンはそうつぶやくと、一瞬でエレノアの目の前に移動する。

 当然、エレノアが振り回していたツルハシが向かってきていた。

 だが、左手でいとも簡単に受け止める。


「少し痛いですけど、我慢してください。お仕置きは痛くないと意味がないので」


 カレンはそう言うと、右手でエレノアの後頭部をつかみ、地面に思いっきり叩きつけた。

 ゴンと周囲に鈍い音が響く。しかも、相当な威力があったのか、地面が少し陥没していた。

 その様子を見た野次馬は、一瞬で、静まり返ってしまう。


「いや~、朝からお騒がせして、すいませんね! それじゃ、先を急ぎますので失礼をします!」


 ミハイルはそう言うと、エドワードの襟首をつかんで、駆け出した。

 アリアたちも、置いていかれないよう、頑張ってついていく。

 カレンはというと、


「うごごごご!? 顔面が!! 顔面が削れますの!!」


 などと言っているエレノアの顔面を、地面に押しつけながら、ミハイルの後を追っている。


 そのまま、ミハイルを先頭にしたアリアたちは、トランタ山の山道を登っていった。






 ――20分後。


 アリアたちは、採掘現場に向かう山道の外れにある森にいた。


「エドワード、エレノア! 君たち、分かっている? 僕たちはアミーラ王国軍の近衛騎士団の一員なんだからね! あんなに目立ってはいけないんだよ!」


 ミハイルは、いつも通りの笑顔で二人を注意している。


「申し訳ありません……団長……」


「少し、はしゃぎすぎましたの……」


 エドワードとエレノアは、反省しているのか、うなだれていた。


「それに、本名を言ってはいけないよ! 僕や君たちは、アミーラ王国の中でも力がある貴族だからね! バレて捕まったら、アミーラ王国に不利益があるかもしれない! 僕たちだけじゃないよ! あそこで、ツルハシを振るっているサラたちも、捕まったらマズいからね!」


 ミハイルはそう言うと、アリアたちに近づく。

 アリアたちはというと、待っている間、暇であったため、ツルハシを振るう練習をしていた。

 ツルハシを振るうのをやめたアリアたちは、ミハイルに注目する。


「サラは、現役少将の娘でしょう? ステラは、王に近いレナード殿の娘だよね? 学級委員長をやっていた三人も、4大貴族ほどではないけど、それに次ぐくらい力を持っている貴族の息子でしょう? カレンも、裏世界では超有名人だからね?」


 ミハイルは、一人ずつ目線を移していく。

 最後にアリアの顔を見ることになる。


「アリアは……うん! 多分、捕まったらマズいよ! エドワード、エレノア! これで良く理解できたでしょう? 僕たちの身元が割れる危険性を!」


 ミハイルは、エドワードとエレノアのほうを向く。


「はい、団長!」


「分かりましたの!」


 エドワードとエレノアは、元気良く返事をしている。


(ああ~、私って捕まっても、大丈夫なのか~。分かってはいたけど、皆、貴族だもんな~。くっ! 身分の違いをこんなところで痛感することになるとは!)


 アリアは、ジト目でミハイルたちを見ていた。

 そんな中、カレンがアリアに近づく。


「アリアさん、大丈夫ですよ」


 カレンは、アリアの肩にポンと手を置いた。


(さすが、カレンさん! 同じ平民である私を慰めてくれるんですね?)


 アリアは、期待の眼差しをカレンに向ける。


「ミハイル様の言っていたのは、希望的観測です。実際は、平民、貴族に関わらず、拷問の後に殺されると思うので、安心してください。アミーラ王国の貴族とか言っても、信じてもらえないと思うので」


 カレンは、いつも通りの顔であった。

 どうやら、カレンなりに慰めようとしてくれているようだ。


(カレンさん……全然、慰めになっていませんよ……)


 アリアは、げんなりとした顔になってしまった。

 そんな中、ミハイルが口を開く。


「まぁ、皆、バレないようにね! とりあえず、目立つ行動をしないのと偽名を名乗るようにするのは忘れないで! それじゃ、鉄鉱石採掘にいこうか!」


 皆の顔を見渡していたミハイルはそう言うと、ツルハシを肩に担いで歩き始めた。

 アリアたちも、その後ろをついていく。

 目指すは、トランタ山にある鉄鉱石採掘現場である。






 ――30分後。


 アリアたちは、鉄鉱石採掘現場に到着していた。

 至る所から、カンカンカンという鉄鉱石を採掘している音が聞こえる。

 アリアたちのいる場所は、入ってすぐの場所であるため、かなり広い。


 だが、奥に伸びている坑道は、人が三人通れるほどの幅しかないようであった。

 現場に到着した労働者たちは、無数にある坑道に入っていく。

 手には、松明やら、ツルハシやら、採掘に使う道具を持っている。


 そんな中、アリアたちは、ツルハシを壁に向かって、振るっていた。


「よいしょ! よいしょ! 結構、固いですね!」


 アリアは、ツルハシを一生懸命に振るう。

 その度に、カンカンと岩を削る音が響く。


「かなり体力を使いますの! これは重労働ですわ!」


 サラは、額についた汗をぬぐうと、ふたたび、ツルハシを振るう。


「その割に、今のところ、ただの石しか出ていませんからね。鉄鉱石がある鉱脈までは、まだまだ、掘らないといけなさそうです」


 ステラは、ツルハシを振るい続けている。


「まぁ、新参者は自力で鉱脈まで掘り進めないといけませんからね。それでも採掘をするだけで、最低限、衣食住を保証してもらえるのです。その上、採掘した鉄鉱石の量に応じて、追加のお金も支給されます。皆、喜んで、鉄鉱石採掘を行うでしょう」


 カレンは、いつも通りの顔でツルハシを振っていた。

 その言葉を聞いたアリアは、ツルハシを振るうのをやめ、周囲を見渡す。

 アリアたちのような新参者が、近くでツルハシを振るっている。


 その表情は、苦痛に満ちているというよりは、必死に頑張っているという感じであった。

 見張りの兵士もいるにはいるが、木製のイスに座って、ガクリと首を下げてしまっている。

 どうやら、寝ているようであった。


(キツイにはキツイけど、やらされているって感じではないな! しかも、見返りもあるし! 現地の人だけでなく、エンバニア帝国から出稼ぎに来る人も多いワケだ!)


 アリアは、そんな感想を抱いた。


「アリアーヌ! 手を止めないでくださいまし! 少しでも、鉄鉱石の鉱脈に近づくために頑張りますの!」


 サラは、手がとまっているアリアに声をかける。


「分かりました、サラーヌさん!」


 アリアは、偽名を使い返答すると、すぐに採掘を始めた。


 少し離れた場所からは、『おーほっほっほ! さっさと掘りますの、奴隷1号! そうでないと、頭をかち割りますわよ!』、『エレノアーヌも口を動かさないで、手を動かしてくれ!』などという声が聞こえてくる。


(また、エレノアさんが騒いでいるな……)


 アリアは、ツルハシを振りながら、二人のほうに目を向ける。

 騒いでいる二人の傍らで、ミハイルの監視の下、学級委員長三人組が黙々とツルハシを振るっているのが見えた。


 ほどなくして、ミハイルになにかを言われたらしいエレノアとエドワードは、一心不乱に採掘を始める。

 どうやら、騒ぐ前に採掘をしろ的なことを言われたようであった。


「アリアーヌさん。手がとまっていますよ。疲れてしまいましたか?」


 また、動きがとまったアリアを見かねたのか、ステラは声をかける。


「あ! すいません、ステ! ごほん! ステラーヌさん!」


 素の名前で呼びそうになったアリアは、ごまかすように採掘を始めた。


「アリアーヌさん? 本当に頼みますよ」


 ステラは、アリアのほうを向いている。

 どうやら、その言葉には、二重の意味があるようであった。

 その後、アリアたちは休憩を挟みながら、鉄鉱石採掘を続けていた。






 ――数時間後。


 鉱山の中に兵士が入ってきて、お昼になったことを伝えた。

 その声に反応して、労働者たちが続々と鉱山の外に出ていく。

 アリアたちも、その流れに乗って、外に出た。


「外はこんなに明るかったんですね!」


 松明の光だけが頼りの鉱山から出たアリアは、顔の前に手を掲げる。


「本当に眩しいですわ!」


 サラも、顔の前に手を掲げ、目を細めていた。

 そんな中、ステラが空のほうを指差す。


「あれは……竜ですかね? 初めて見ましたよ」


 ステラは目を細めながら、つぶやく。


「なにかを運んでいるみたいですが、さすがに中身までは分かりませんね」


 カレンも、目を細めて空を眺めている。

 さすがに、カレンでも、竜が吊り下げている大きな木箱の中身までは透視できないようであった。


「うわ! 竜ですよ、竜! 凄いですね!」


「本当ですの! 凄い速度でこっちに来ていますわ!」


 アリアとカレンは、空を眺めなら、キャッキャッしている。


「ほら、君たち、珍しいから見ておいたほうが良いよ! 竜なんて、なかなか、お目にかかれないからね!」


 アリアたちの近くにいたミハイルは、エレノアたちに声をかけた。

 対して、エレノア、エドワード、学級委員長三人組は、返事をする気力もないようである。

 ミハイルの指示の下、アリアたちの三倍の速度で採掘作業を行っていたため、ヘロヘロになってしまっていた。


「ちょっと動いたくらいでヘロヘロになるなんて、体力がないね、君たち! もっと、体力をつけないと駄目だよ!」


 ミハイルは、いつも通りの笑顔である。

 エレノアたちとは違い、疲れているようには見えなかった。


「……団長は、ほとんど指示してただけではないですか」


 疲れた顔をしたエドワードは、ボソッとつぶやく。


「ミルだよ、エド! 名前を間違えないでね!」


 ミハイルはそう言うと、腕を伸ばしながら、エドワードに向かって小声でそう言った。

 そんなことを話している間にも、竜の姿はどんどんと大きくなっていた。

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