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68 占領統治

 ――6月中旬。


 雨の降ることが多くなり、それに伴って空気はジメジメとしている。

 近衛騎士団は、ローマルク王国の南部で戦っているイメリア王国軍に加勢することとなっていた。

 そのため、近衛騎士たちは忙しそうに走り回っている。


 そんな中、アリアたち、若手士官は、近衛騎士団の指揮をするために張られた天幕へ呼び出されていた。

 呼びだした人物は、ミハイルである。


「絶対、無理難題ですの! 今度は、南部の重要拠点に潜入して、破壊工作をしてこいとか言われるに決まっていますわ!」


 サラは、げんなりとした顔をしながら歩いている。

 現在、アリアたちは、天幕へ向かっている状態であった。


「まぁ、十中八九、そうでしょうね。私たちは、士官にも関わらず部隊の指揮とかしていませんから。いてもいなくても変わらない存在。それが私たちです。なので、危険性の高い任務を割り振るにはうってつけなのでしょう」


 ステラは、現状を的確に分析する。


「……さすがに、そこまで卑下しなくても良い気がします。まだまだとはいえ、レイル士官学校を卒業した士官ですからね! 将来的には、部隊の指揮もしていくようにはなると思います! そうですよね、エドワードさん?」


 アリアは、エドワードに同意を求めた。


「アリアの言う通りだ! 例え、僕たちが近衛騎士団の中で、下から数えてすぐ程度の強さしかなくても、士官には違いない! そのうち、立派な指揮官になっているさ!」


 エドワードは、少しでも前向きになるように発言をする。


「おーほっほっほ! 僕たちって、下から数えてすぐ程度の強さなのは奴隷1号だけでしょう? この中でも、一番弱いくせに、ほざくんじゃありませんの!」


 エレノアは、痛烈な言葉を浴びせた。


「そうですわ! 若手士官最弱のエドワードに言われたくありませんの!」


「私はそこまで弱くないと自負しています。少なくとも、下から数えてすぐ程度の強さではありませんよ」


 サラとステラは、追撃をする。


(うわぁ……滅多打ちだよ。ちょっと、エドワードさんが可哀そうになってきたな……)


 一斉攻撃を受けたエドワードに対して、アリアは同情をした。


「……君たち、そんなに僕を虐めて楽しいかい?」


 エドワードは、がっくりと肩を落としてしまう。

 その様子を見た学級委員長三人組は、すぐに近づく。

 どうやら、エドワードを慰めようとしているようだ。


 そうこうしているうちに、ミハイルのいる天幕の近くへと到達する。


「とりあえず、心の準備だけはしましょう! それでは、入りますね!」


 アリアはそう言うと、天幕の前に立つ。


「失礼します!」


 大声でアリアは叫ぶと、天幕の中に入る。

 残りの若手士官たちも、アリアについて入っていく。


「お! 来たね、君たち! 待っていたよ!」


 ミハイルはそう言うと、イスから立ち上がり、地図が広げてある机に手をついた。

 アリアたちは、ミハイルの前まで歩き、立ち止まる。


「団長……今度は、どんな無理難題ですか? なるべく、死ななそうなものでお願いします……」


 エドワードは、気落ちした声で尋ねた。

 どうやら、先ほどの一斉攻撃から立ち直れていないようである。


「どうしたの、エドワード? なにか、エレノアにでも、悪口を言われたのかい?」


「いえ、なんでもありません……本題に入ってください……僕は大丈夫ですから……」


 エドワードは、全然、大丈夫そうではない声でそう言った。


「そう? 僕で良ければ、相談に乗るからね! それじゃ、さっそく、本題に入るよ! 君たちには、占領統治について、学んでもらう!」


 ミハイルは、一般的に使われない言葉を口にする。


(占領統治って、たしか、占領した地域で住民たちを統治するための活動だっけ? 軍主導で行うものだということは習った気がするけど、詳細は分からないな)


 アリアは、忘却の彼方にある記憶を引っぱりだしていた。

 周囲にいるサラたちも、キョトンとした顔をしている。


「まぁ、君たちからすれば、なんのことやらって感じだよね! 通常、占領統治は、佐官以上が知っていれば良いことだからってのもあるけどさ! 良い機会だから、学んでもらおうと思って、君たちを呼びだしたんだよ! 将来、この中から将官になる者もいると思うしね!」


 ミハイルは、いつも通りの笑顔であった。


(知っていて、損はないことだと思うけど、問題はどうやって占領統治を学ぶかだ。連合軍がいる地域にでも派遣されるのかな? ローマルク王国の統治機構が機能していないから、実質的に統治を行っているのは、連合軍みたいなものだし)


 アリアは、頭の中で思考を巡らせる。


(だったら、危険はなさそうだし、悪くない任務かもしれない。この前のリーベウス大橋で騒ぎを起こす任務よりは、遥かに安全だろう。まぁ、そんな優しい任務を団長が私たちに与えるとは思えないけど)


 アリアは、希望的観測を捨てた。

 対して、サラたちは、逆に希望を見出したようである。

 ステラ以外の顔が、若干、柔らかくなっていた。


「団長! それで、僕たちが派遣されるのは、連合軍の占領している地域のどこなんですか?」


 すっかり元気を取り戻したエドワードは、質問をする。


「うん? 連合軍の占領している地域? ハハハ! なにを言っているんだい? 連合軍の占領統治なんて、あとで誰かに聞けば分かることだよ? 違う、違う! エンバニア帝国軍の占領統治を学ぶには、エンバニア帝国の占領している地域に行かないといけないでしょう? だから、君たちが向かうのは、北部のトランタ山だよ!」


 ミハイルは、いつも通りの気軽な感じで、そう言った。


(やっぱり、そんな甘い話ではなかったか……どう考えても、ヤバい感じしかしないよ……)


 アリアは、げんなりとした顔をする。

 サラたちの希望は儚く散ってしまったようであった。

 険しい顔のまま、ミハイルのほうを向いている。


「……トランタ山ということは、現地住民に混じって、鉄鉱石の採掘でもさせるおつもりですか?」


 エドワードは、考えられる可能性の一つを提示した。


「お! 察しが良いね! その通り! 君たちには、トランタ山で鉄鉱石の採掘をする傍らで、エンバニア帝国の占領統治を体感してもらおうと思ってね! よく、百聞は一見に如かずと言うでしょう? 実際に、目で見て、体を動かして、いろいろなことを吸収してほしい!」


 ミハイルは、いつも通りの笑顔のまま、続ける。


「本当は、出稼ぎ労働者のフリをして、フレイル要塞の防衛上の不備を見つけてもらいたいんだけど、君たちには難しいでしょう? 下手に深入りして、死んだら目も当てられないし! それに、見込みがあると思って、君たちを近衛騎士団に入れたは僕だからね! 君たちが死んだら、寝覚めが悪いことこの上ないよ!」


 ミハイルは、ぺらッと重要なことを話す。


(犯人は団長か! 私たちが近衛騎士団に配属されるように手を回したのは! くぅ~! 許せないよ! とはいえ、団長を恨んでも、今更感があるのも事実! 感情的には許せないけど、盾ついたところで意味はないか……)


 アリアは、モヤモヤを抱えながらも、なんとか割り切ろうとする。

 サラとステラも、同じようなことを考えているのか、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばっていた。


「アリア、サラ、ステラ! そんな顔をしないでよ! 自分で言うのもなんだけど、近衛騎士団に入れるのはとても名誉があることだ! だから、君たちくらいだよ! 近衛騎士団に入って、今みたいな恨めしい顔をしているのは! エドワードたちを見てみなよ! なんの疑問も持っていない顔をしているでしょう!」


 ミハイルはそう言うと、エドワードと学級委員長三人組のほうを向く。

 四人は、凄く複雑そうな顔をしている。


(いや、疑問大有りの顔だよ、あれは! おおかた、近衛騎士団にいるのは名誉なことだけど、キツイことばかりで嫌だなって思っているに違いない!)


 エドワードたちの顔を見たアリアは、口に出そうになるが、グッと我慢をした。

 サラとステラも、なにかを言いたそうな顔をしている。

 そんな中、エレノアが口を開く。


「おーほっほっほ! アリアたちが近衛騎士団に配属された経緯はどうでも良いですの! それより、団長! ワタクシは、鉄鉱石の採掘なんてしたくありませんの! ですので、王都レイルに帰らせてもらいますわ!」


 エレノアはそう言うと、急いで、天幕の外へ出ていこうとする。

 そのとき、天幕の入口から、ある人物が入ってきた。

 アリアたちには、見覚えのある顔であった。


「うわ! なんですの、貴方! 早くどいてくださいまし! 戦略的撤退の邪魔ですわ!」


 エレノアは、天幕の外へ逃げようとした。

 だが、軍服姿の女性は動かない。

 そのせいで、エレノアは、天幕の外へ逃げ出すことができない状況である。


「ミハイル様? たしか、エレノア様も出稼ぎ労働者に扮するハズですよね? なぜ、逃げようとしているのですか?」


 一瞬で状況を把握した女性は、質問をした。


「お! カレン! ちょうど、良いところに来たね! エレノアを捕まえて、こっちに連れてきて!」


「ミハイル様の言うことを聞くのは、嫌ですが、承知しました」


 カレンは返事をすると、エレノアの顔面を鷲づかみにして、そのまま引きずって連れていく。

 ミシミシと嫌な音が、アリアたちの耳に聞こえてくる。


「あああああ! 顔面が潰れる! 潰れますの! ワタクシの麗しい顔面が潰れてしまいますわ! 分かりました! 分かりましたの! もう、逃げないから、放してくださいまし!」


 エレノアは、必死でカレンの腕を引きはがそうとする。

 だが、カレンの力が強すぎるのか、意味を成してはいなかった。


「本当ですか? そう言って、逃げ出そうとしているのではないんですか?」


「本当! 本当ですの! だから、放してくださいまし! このままだと、顔面が大変なことになりますわ!」


「そうですか。エレノア様の言葉を信じましょう」


 カレンはそう言うと、エレノアの顔面から手を放す。


「顔!? 顔は大丈夫ですわよね!?」


 解放されたエレノアは、アリアたちのいる場所に戻り、顔をペタペタと触っている。

 どうやら、顔面に異常がないかを確認しているようであった。


「さて、カレンも来たことだし、具体的な説明をしようか! おっと! その前に、君たちに渡しておくものがあったよ!」


 ミハイルはそう言うと、机の上に置いてあった紙の束を手に取る。

 すると、一枚ずつ、アリアたちに手渡した。

 もちろん、カレンにも渡されている。


「団長? なんですか、これは?」


 紙を受けとったエドワードは、書いてある内容を見る前に、質問をした。


「出稼ぎ労働者として、潜入する君たちの設定が書かれた紙だよ! 馬鹿正直に、近衛騎士団に所属している何々です、なんて言ったら、すぐに捕まるからね! 身分とか偽装しないと駄目でしょう? だから、僕が昨日、徹夜で君たちの設定を考えたんだよ! 感謝してよね!」


 紙を配り終わったミハイルは、いつも通りの笑顔で話す。

 アリアたちは、紙を手に持つと、内容を確認し始める。

 そんな中、一瞬で紙に書かれていたことを理解したらしいカレンは、懐から短刀を取りだす。


「ミハイル様、なんですか、この設定は? 冗談は顔だけにしてください」


 カレンはそう言うと、短刀を凄まじい速度で動かし、紙を切り刻み始める。

 数秒後には、机の上に塵となって積もっていた。


「ちょっと! カレン! 酷くないかい! 昨日、徹夜で書いた紙を細切れにするなんて! なにが、君をそこまで駆り立てたんだい!?」


 ミハイルは驚きながら、尋ねる。


「本当に分からないんですか? そうだとしたら、重症ですよ。一度、頭の中を清潔な水で洗ったほうが良いかもしれません。なんなら、私自ら、やりましょうか?」


 カレンは、いつもと変わらない仏頂面であった。

 ただし、声色には、殺意がこもっている。


「それには及ばないよ、カレン! 美麗な僕は、頭も完璧だからね! 中身を見るまでもないよ!」


 対して、ミハイルはいつも通りの笑顔であった。

 慣れているアリアたちでさえ、カレンの声色に少しビビッている中で、である。

 エレノアなどは、慣れていないため、目をキョロキョロと泳がせまくっていた。


(うわぁ……カレンさんを一瞬で怒らせるなんて、ヤバいことが書かれているんだろうな……心して、確認しないと駄目だ)


 アリアは、ビビりながら、そんなことを考える。

 その後、アリアは、紙に書かれた内容に目を通していく。

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