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67 時間の有効活用

 連合軍の全体方針を決める軍議が終わった頃。


 アリア、サラ、ステラ、エレノアは、フェイ本人とフェイが連れてきた女性士官三人による特別訓練を受けていた。

 なんの命令も下されていなかったので、近衛騎士団は、暇もとい待機中である。

 その時間を有効活用するため、近衛騎士団の天幕がある場所の近くで訓練を行うことになった。


 少し離れた場所では、バールと男性士官三人による訓練を、エドワードと学級委員長三人組が受けている。


「ほらほら! どうした!? お前の実力はそんなものか!?」


 フェイは、刃引きされた槍による突きを繰り出し続けていた。


「待って! 待ってほしいですの!」


 サラは突きを必死でさばきながら、嘆願をする。

 ガンガンガンと金属音が鳴り続けた。

 サラは後退して、なんとか連続攻撃から逃れようとする。


「戦場で敵が待つとでも思っているのか!? 甘い!! 甘いぞ、サラ!!」


 フェイは、さらに突きの速度を上げた。

 金属音の鳴る間隔が、どんどんと短くなっていく。

 そのうちに、サラの反応できる速度を越えてしまう。


 当然、防御しきれなかった槍の突きは、サラ本人が受けることになる。


「あああああ! 普通に当たっていますのおおお! 痛すぎますわあああ!」


 サラは叫びながら、体をよじっていた。

 どうやら、槍の一撃から逃れようと必死なようである。


「サラ! ちゃんと剣で防御しろ! 体をよじっても意味がない! これが実戦だったら、体に突き刺さって死んでいるぞ!」


 フェイは叫びながらも、突きを繰り出すのをやめない。

 サラも、剣をブンブン振って、なんとか防御しようとしているが、まったく間に合っていなかった。

 もはや、ただただ、ボコボコにされているだけである。


「あああああ! 痛い! 痛いですのおお!」


 サラのそんな叫びが聞こえてくる状態であった。

 そんな中、エレノアとステラはそれなりに女性士官と戦えているようである。


「おーほっほっほ! どうですの、ワタクシの剣技は! 十分通用するようですわね!」


 エレノアは、余裕がありそうであった。

 笑顔を浮かべながら、剣を振り続けている。

 その様子を見た相手は、訓練にならないと判断したのか、いきなり剣の振る速度を速くした。


 と同時に、力を入れているようである。

 受け続けているエレノアの剣が、左右に大きく揺れていた。


「へ!? 少しお待ちになって!! 調子に乗って、ごめんなさいですの!! 前言撤回しますわ!!」


 マズいと思ったのか、エレノアは急いで謝る。

 だが、相手の女性士官の勢いは衰えることがなかった。

 とうとう、エレノアは攻撃を受けきれず、剣を弾かれ、大きな隙を見せてしまう。


 かろうじて、剣を放してはいなかったが、なにもできない状態である。

 当然、見逃されるワケがなかった。

 相手の女性士官は剣を片手で持つと、空いた手でエレノアの髪をつかむ。


 その手を引き寄せるのと同時に、顔面に向かって膝蹴りを繰り出す。

 エレノアの顔面は、勢いがついた状態で膝に激突した。

 ゴンという鈍い音が聞こえてくる。


「ぶふぁ!」


 まともに受けてしまったエレノアは、変な声を出す。

 そのまま、相手の女性士官はもう一度、膝蹴りをくらわせようとする。


「二度も受げまぜんわよ!!」


 髪を持っている腕に向かって、エレノアは右手で持っていた剣を振るう。

 さすがに、危ないと判断したのか、相手の女性士官は髪から手を放すと、後退していく。


「鼻!? 鼻、折れていませんわよね!?」


 エレノアは、左手で何度も自分の鼻を触る。

 鼻が折れているどころか、鼻血すら出ている様子はなかった。

 エレノアが顔面を確認している中、ステラは、相手の女性士官と一進一退の戦いを繰り広げている。


 ステラは、何度も剣を弾かれているが、決定的な隙を見せることはなかった。

 どうやら、相手の女性士官は、ステラより少し強いくらいの実力しか出していないようである。

 外から見ている分には、かなり良い訓練をしているように見えていた。


 そんな中、アリアはというと、相手の女性士官の足元を執拗に狙い続けている。

 相手の女性士官は、刃引きされた大剣で防御をしていた。

 細かく攻撃されているため、反撃できないようである。


(よし! 足狙いは効いているな! 大剣は予備動作が大きいから、このまま足元を狙い続ければ、反撃はできないハズ! そのうち、隙ができるだろうから、それまでの我慢だ!)


 アリアは、腕がしびれるのを防ぐため、振っている間は半分握っている状態を維持し、当たる瞬間に力を入れるようにしていた。

 そのようにして剣を振るっていると、突如、相手の女性士官がアリアの剣の腹に向かって、蹴りを放つ。


 振り上げられた軍靴は、ちょうど、アリアの剣の腹をとらえる。

 その瞬間、バンという音とともに、剣を上方に弾かれてしまう。

 どうやら、アリアの横なぎに慣れたようである。


(ハッ!? 嘘でしょう!? 私の剣を見切ったとはいえ、剣を蹴り上げるなんて普通は無理できないよ!? どれだけ、目が良いんだ!?)


 アリアは驚愕しながらも、体勢を立て直そうとした。

 その間に、相手の女性士官は大剣を振りかぶる。

 アリアが体勢を立て直した頃には、ブオンという重い風切り音とともに、大剣が迫ってきていた。


(速すぎる! 今から、避けるのは無理だ! 受けるしかない!)


 瞬時に判断したアリアは、左の手の平を剣の腹に添え、横にした状態で頭上に掲げる。

 と同時に、剣の衝撃に備え、肘を少し曲げた。


(ふぅ~! なんとか、間に合った! これで、大丈夫だろう!)


 防御の体勢をとれたアリアは、安堵する。

 瞬く刹那、女性士官の振るう大剣が、アリアの剣と激突をした。

 パンという、およそ剣と剣が打ちつけ合う音とは考えらない破裂音が周囲に響く。


 その瞬間、アリアは、自分の目の前が暗くなったように錯覚をする。


(え? なにが起こった?)


 地面が近づく中、アリアはそんな感想を抱く。

 そのまま倒れようとしたアリアは、寸前で現実に帰ってくる。


(ハッ! 今は訓練中だ! 体勢を立て直さないと!)


 思い立ったアリアは、地面に倒れると、そのまま転がり女性士官から距離をとった。

 その後、急いで立ち上がり、剣を構える。

 アリアの目には、大剣を受けた場所が少しだけ凹んでいるように見えた。


(どれだけの威力だよ! 剣が凹んでいる! それほどの威力だったから、受けた剣が頭に当たったのか! それで、一瞬、意識を手放しかけたみたいだな!)


 横なぎを放つ体制に入った女性士官を見ながら、アリアはそんなことを考える。


(というか、防御の姿勢をとらないと! 呑気に分析している場合じゃないよ!)


 アリアは、剣を逆手で持ち、剣の先を地面に向けた。

 その状態で、右肘を折りたたみ、持ち上げた右太ももで剣の腹を支える。

 重心も右側に寄せ、体全体を使っての防御体勢を完成させていた。


(戦場でこんなことをしていたら、他の敵に倒されてしまうよ! でも、今回はしょうがない! 少しでも、衝撃に耐えられるようにしないと!)


 そんなことを思っていたアリアに向かって、女性士官の横なぎが放たれる。

 うなりを上げた大剣は、アリアの剣に衝突した。

 パンという破裂音が周囲に響く。


(よし! 今回は、受け止めることができそうだ!)


 初撃を受け止められたため、アリアは確信に似た思いを抱く。

 だが、次の瞬間、アリアはフワッとした浮遊感を感じる。

 女性士官が、剣ごと、アリアの体を弾き飛ばしたためであった。


「うわぁぁぁ!」


 アリアは、矢が飛ぶかのような速度で空中を飛んでいく。

 飛んでいった先には、不運なことにエレノアがいる。

 現在進行形で、肘打ちと膝蹴りの連続攻撃を受けていたエレノアは、当然、反応することができない。


 二人は衝突をすると、そのまま、もつれあいながら、地面をゴロゴロと転がっていく。


(いや~、危なかった! エレノアさんがいなかったら、天幕に突っこんでいたよ! とりあえず、フェイ大尉に怒られることはないだろうから良かった!)


 アリアは転がりながら、そんなことを思っていた。






 ――特別訓練が始まってから、1時間後。


 アリアたち四人は、地面に座りこんで休んでいた。

 少し離れた場所では、エドワードと学級委員長三人組が訓練をしているのが見える。

 フェイたちは、天幕に戻って、休んでいるようであった。


「ああ! もう、本当に嫌ですわ! こんな訓練を続けていたら、いつか死にますの!」


 サラはプンプンと怒っている。

 フェイの槍での攻撃が当たったのか、顔には青いアザができていた。


「本当です! 訓練が厳しすぎますよ! 戦場で戦っていたほうが、まだ楽な気がします!」


 アリアはサラに同意して、声を上げる。


「おほほ……顔面がぐちゃぐちゃにならなかったのは、奇跡ですわ……」


 エレノアはというと、先ほどから顔を触って、骨が折れていないかを確認しているようであった。


「もう少し、緩い訓練をしても罰は当たらないと思います。ただ、強くなっているのは実感できますけどね」


 ステラは、軍服の袖をまくって、腕にできた青いアザの状態を見ている。


(リーベウス大橋の欄干から飛んで以来、ステラさんとエレノアさんがケンカすることもなくなったな! まぁ、私の見ている限りの話ではあるけど! 見ていないところでは、ケンカしているかもしれない! ただ、二人の関係に変化があったのは確かみたいだ!)


 アリアは、ステラとエレノアの様子をうかがう。

 二人とも、いつもならどちらかが挑発をしてケンカを始めていた。

 だが、現在、その兆候は見られない。


 リーベウス大橋の欄干から飛んだことが影響しているのは、明らかである。


(まぁ、二人とも、ちょいちょい、手が不自然な動きをしそうになっているけど、気にしないでおこう!)


 アリアは、なにも見なかったことにした。


 その後、アリア、ステラ、エレノアが体力の回復に努めていると、いきなりサラが口を開く。


「良いことを思いつきましたわ! フェイ大尉たちとバール大尉たちの訓練を、時間ごとに交代交代で受けるようにしますの! そうすれば、事故死をする確率が低くなりますわ!」


 サラは、パァと顔を輝かせている。


「名案ですよ、サラさん! バール大尉たちは、優しく訓練をしてくれそうですしね! 少なくとも、死ぬ危険性はないと思います!」


 アリアは同意すると、エドワードたちのほうを見る。

 バールたちが、手取り足取り、丁寧に戦い方を教えていた。

 当然、フェイたちのような、荒々しい訓練ではない。


「おーほっほっほ! サラ! 頭が冴えていますわね! 奴隷1号たちが楽な訓練で、ワタクシたちがつらい訓練をするのは、どう考えてもおかしいですもの! フェイ大尉たちの訓練を受けさせて、地獄を見せてやりますわ!」


 エレノアは、悪意がこもった笑顔をしている。

 エドワードたちがボコボコにされていないのが、気に食わないようであった。


「意外と良い案かもしれません。毎回、毎回、ボコボコにされていたのでは、やる気も失せてきますしね」


 ステラは、サラの案に乗り気なようである。


「全員、賛成みたいですわね! それでは、さっそく、フェイ大尉のところに全員で行きますの!」


「おー!」


 サラの言葉に同意したアリアたちは、立ち上がると、フェイのいる天幕に向かって歩き出した。






 ――数分後。


「それで、なにか用か?」


 フェイは、自分のベッドの上に座って休んでいる。

 天幕の中には、先ほど訓練をつけてくれていた三人もいた。

 それぞれ、自分のベッドの上に座っている。


 もちろん、目線は、天幕の中に入ってきたアリアたちに向いていた。


(雰囲気がヤバい! 下手なことを言ったら、この場でボコボコにされそうだ!)


 アリアは、若干、顔が引きつってしまう。

 そんな中、サラは口を開く。


「その~……たまには、バール大尉たちの訓練も受けてみたいななんて思いましたの……」


 目が泳ぎまくっているサラは、ぼそぼそとつぶやいた。


「なんだ? 私と先輩方の訓練では不服か?」


 フェイは、サラに質問をする。

 周囲にいた女性士官三人の目つきが鋭くなっていた。


「ヒィィ!」


 サラは小さく悲鳴を上げると、横にいたアリアたちに視線で助けを求める。


(すいません、サラさん! 恐すぎます!)


 アリアは、サラの視線に気づいていないフリをした。

 エレノアはというと、


「ヒューヒュー!」


 下手くそな口笛を吹いて、ごまかそうとしている。


(エレノアさん、頭、大丈夫かな? たしか、レイル士官学校の筆記だけの定期試験で、1位とっていたハズなんだけど)


 アリアは、冷めた目でエレノアのことを見ていた。


「はぁ……」


 そんな中、ステラがため息をつくと、説得を開始する。


「いえ、不服というワケではありません。ただ、女性と男性では、筋肉の付き方に違いがありますので、男性とも訓練をしておいたほうが良いと考えた次第です」


 ステラは、とりあえず、理由を述べた。


「ハハハハハ! それなら、大丈夫だ! 先輩方はそこらの近衛騎士よりも筋肉があるからな! 男どもはビビッて、近づかないくらいだ!」


 フェイは、笑っている。

 対して、先輩方三人は、顔に青筋を浮かべると、立ち上がり、フェイに近づく。


「あれ? 先輩方、どうかしましたか?」


 フェイは、引きつった顔をしている。

 アリアたちは危険を察知したため、すでに天幕から離脱していた。


「ああああ! ちょっと、待ってください! 言葉の綾! 言葉の綾ですって!」


 フェイの声は、天幕の外にいても聞こえてくる。

 アリアたちは、さっさと天幕から離れてしまった。

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