64 仲良し計画
――夜。
ついに、アリアたちが心待ちにしていた水浴びの時間がやってきた。
「やっと、水浴びの時間が来ましたね! 久しぶりなので、楽しみです!」
アリアは、元気な声を出す。
現在、近衛騎士団に所属する女性陣とエレノアは、月明かりが差す森の中を歩いていた。
目的地は、リーベウス大橋の南3kmの地点である。
その地点は、モア大河に食い込む形で木々が生えているため、対岸で防御陣地を作成している獅子軍団からは見えない場所であった。
対して、近衛騎士団に所属する男性陣は、リーベウス大橋の北5kmの地点で水浴びをすることになっている。
また、獅子軍団も、防御陣地作成のかたわら、交代交代で水浴びをするようであった。
「本当に楽しみですの! やっと、ゆっくり水浴びができますわ!」
サラは、歩きながら腕をブンブンと振っている。
「まぁ、一応、モア大河を渡河したことで疑似的な水浴びをしてはいますけどね」
興奮しているサラに対して、ステラは、いつも通りの声でそう言った。
「あんなの水浴びに入りませんわ! ただ濡れただけですの!」
「たしかに、サラさんの言う通りかもしれません。結局、その後、血と煤と汗でベタベタになってしまいましたしね」
ステラはそう言うと、首をかく。
どうやら、首についた血と煤と汗のせいで、痒いようである。
「おーほっほっほ! 暴力女には、その汚い姿がお似合いですわ! 一目で野蛮だと分かりますもの!」
エレノアは、今日も元気にケンカを売っていた。
「はぁ……相変わらず、お馬鹿さんは手に負えません。三歩歩いたら忘れるほどの知能しかないのに、よく罠線に引っかかりませんでしたね?」
ステラも、当たり前のようにケンカを買う。
「キー! 誰が、鶏ですって!?」
「あ。鶏ではなく、お猿さんでしたね」
「違いますわ! 人間! 人間ですの! もう、許せませんわ! 今日こそは、あの世に送ってあげますの!」
「本当に面白い冗談を言いますね、お馬鹿さんは。私のことを倒せると、本気で思っているんですか?」
エレノアとステラは、いつも通り、一触即発の事態になる。
「アリア、止めなくていいんですの?」
「もう、良いですよ。ここは、決着がつくまで殴り合いでもなんでも、してもらいましょう」
「そのほうが良いかもしれませんわね。一度、白黒ハッキリさせたほうが良いですの」
アリアとサラは、諦めた顔をしていた。
二人は疲れていたため、ケンカを止める気力がない状態である。
そんな中、騒ぎに気づいたフェイがやってきた。
「お前たち、少しは仲良くしろよ……あと、そのまま、ケンカを始めたら団長に報告しないといけなくなるから、やめておけ」
フェイは、呆れているかのような声を出す。
「くっ! 今日こそ、あの世に送れると思いましたのに! ミハイル様に報告されたら、埋められてしまいますの! 命拾いしましたわね、ステラ!」
エレノアはそう言うと、剣の柄から手を放した。
「それは、エレノア、あなたのほうでしょう? 首と胴体が泣き別れにならなくて、良かったですね」
ステラも、抜きかけていた剣を鞘に戻す。
「キー! 本当にムカつきますの! この戦争が終わったら、けちょんけちょんにして差し上げますわ! 土下座しながら泣いて許しを乞うても、絶対、許しませんの!」
「ハハハ、それは、こちらの台詞です。戦争が終わったら、一生、人前に出られないような顔にしてあげますよ」
エレノアとステラは、ふたたび、険悪な雰囲気になる。
「はぁ……言ったそばから、ケンカをするなよ。お互いのなにが、そんなに気に入らないんだ?」
フェイは、ため息をついた後に尋ねる。
「この澄ました顔から吐き出される言葉が、ワタクシをいら立たせますの! なにも言えなくなるまで、ボコボコにしてやりたくなりますわ!」
エレノアはプンプンと怒りながら、そう言った。
「う~ん、全部ですかね? エレノアをなにかに例えるなら、蚊です。ブンブンブンブン、周りを飛び回っていたら、潰しますよね? それと一緒です」
ステラは、フェイのほうを見ながら、冷静に説明をする。
「誰が、蚊ですの! ブンブンブンブンなんて、飛び回っていませんわ!」
「ハハハ、蚊が先ほどから飛び回っていて、鬱陶しいですね。潰さないと」
「ああ、もう! お前たち! ケンカをするのはやめろ!」
フェイは、うんざりした顔をすると、持っていた槍の石突で二人の頭を順番に叩く。
ゴン、ゴンと鈍い音が暗い森に響く。
相当な威力であったのか、二人は、頭を押さえたまま、静かになってしまう。
「まったく! 世話が焼けるな!」
フェイはそう言うと、スタスタと歩いていってしまった。
「……二人とも、大丈夫ですか?」
アリアは、心配そうな声を出す。
「眼の球が飛び出るかと思いましたの……」
「一瞬、意識が飛んだかと思いました……」
エレノアとステラは、頭を押さえたまま、声を絞り出していた。
そんな中、サラは、二人のぶたれた場所を順番に触る。
「たんこぶができていますの。でも、血は出てはいないようですわ」
「ふぅ~、それだったら、安心ですね」
アリアは、ホッと胸をなでおろした。
その後、四人は、近衛騎士団の女性陣に遅れないようについていく。
しばらく歩くと、水浴びをする場所に到着する。
その頃には、ステラとエレノアもいつも通りに戻っていた。
近衛騎士団の女性陣に混じって、四人は水浴びを行う。
ついでに、着ていた軍服もジャブジャブと洗った。
30分後、水浴びを終了した四人は、軍服の水気を多少絞ってなくした後、そのまま着用をする。
予備の軍服を持ってきていなかったためであった。
全員が水浴びをした後、リーベウス大橋の近くに張った天幕へと戻ることになる。
「うわぁ……なんか、濡れていて気持ち悪いです!」
アリアは、げんなりとした顔をしていた。
現在、近衛騎士団の女性陣とともに、四人は月明かりが差す森の中を歩いて戻っている。
「水浴びをした後だから、余計、そう感じますの!」
サラも、同意する。
「まぁ、着ていれば、そのうち気にならなくなりますよ。それに、体温で乾くと思いますし」
ステラは、いつも通りの顔をしていた。
どうやら、あまり気にしていないようである。
「おーほっほっほ! ワタクシのように魔法を使えないとは不便ですわね! 見ていなさい! 軍服がすぐに乾く様子を!」
エレノアはそう言うと、左の手の平に火球を発生させた。
魔法で作った火球を用いて、着ている軍服を乾かそうとしているようである。
エレノアは、左手を動かし、軍服に近づけた。
その瞬間、ジュッという音ともに、軍服から湯気が出る。
どうやら、相当な火力があり、水が一瞬で蒸発したようであった。
「うわ! 凄いですね! みるみるうちに乾いていきますよ!」
「本当ですわ! 魔法って、便利ですの!」
アリアとサラは、興奮しながら、エレノアの軍服を見ている。
「おーほっほっほ! ステラ! 土下座すれば、あなたの服も乾かしてあげますわよ!」
エレノアは、右手を顎に当てて、得意げな顔をしていた。
「いや、遠慮しておきます。それに、手元はちゃんと見ておいたほうが良いですよ」
ステラはそう言うと、エレノアの軍服を指差す。
「え? 手元?」
エレノアはキョトンとすると、顔を下に向ける。
火球を当てられ続けた軍服からは、白い煙が上がっていた。
と同時に、なにかが焦げたような臭いが漂う。
「あ! エレノアさん! 軍服に火がついてますよ!」
「うわ! 本当ですの! 早く地面に転がって、消してくださいまし!」
アリアとサラはそう叫ぶと、持っていた袋でバシバシと叩く。
「うわあああ! 燃えていますわ!」
エレノアは火球を急いで消し、ゴロゴロと地面を転がる。
そのおかげで、数秒後には、軍服についていた火は消えていた。
だが、地面を転がったため、軍服は土まみれになってしまう。
もちろん、髪や顔にも土がついている。
「軍服を乾かそうとして、土まみれになっては意味がないですね」
ステラは、地面に寝転がっているエレノアを見下ろしていた。
「キー! ステラにも土をつけてやりますわ!」
エレノアはそう言うと、急いで立ち上がり、つかんでいた土を投げつける。
「そのようなものに当たる私ではないですよ」
ステラは、投げられた土を軽々と避けていた。
そんな中、騒ぎに気づいたフェイがやってくる。
「本当に! 目を離すと、すぐにケンカを始めるな、お前たちは!」
フェイはそう言うと、またも、石突での一撃を二人に加えた。
頭を叩かれた二人は、すぐに頭を押さえ、うずくまってしまう。
どうやら、先ほども威力があるようであった。
「凝りませんね、二人とも」
「本当ですわね」
アリアとサラは、うずくまってしまった二人を見守っている。
――3時間後。
戻ったアリアたちは、なぜかミハイルの天幕に呼ばれていた。
ミハイルは、ロウソクの近くにある簡易ベッドに腰かけている。
その前には、エレノアを含めた近衛騎士団の若手士官全員が立っていた。
「ごめんね、わざわざ集まってもらって! 君たちにやってもらいたいことがあってね!」
ミハイルは、全員が揃ったことを確認すると、口を開く。
「……もしかして、また、無理難題ですか?」
エドワードは、怪訝な顔をしながら、質問をする。
「どれだけ、警戒しているの! 別にこの前のも、無理難題ではないでしょう! 実際、君たち、全員生きているし!」
ミハイルは、心外だと思っているのか、驚いた顔をしていた。
(いや、十分、無茶苦茶だったでしょ! 全員、生きて帰ってこれたのが不思議なくらいだ!)
アリアは、渋い顔をする。
周囲にいたステラ以外の面子も眉間にしわを寄せていた。
ステラはというと、いつも通りの顔をしている。
「この前の話は、もういいです。それより、やってもらいたいことの内容を教えてください」
エドワードは、さっさと本題に入りたいようであった。
「せっかちだね、エドワード! なに、リーベウス大橋からモア大河に向かって、縄をつけて飛び込んでもらうだけだよ! ねぇ? 危険もあんまりないし、簡単でしょ?」
ミハイルは、気軽な感じで、全員に伝える。
(いや、なにがどうなって、そうなるんだ? まるで、意味が分からない)
アリアは、険しい顔になってしまう。
当然、周囲にいた全員が意味の分からないといった顔をしている。
今回ばかりは、ステラも同様であった。
「いや、意味が分かりませんよ!? なぜ、僕たちがそんなことをしなければいけないのですか!?」
「いや、実はさ、ステラとエレノアを仲良くさせる方法ないかな~と考えていたときに、閃いたんだよ! 昔、僕もこの方法で近衛騎士団の同期と仲良くなったからね! いや~、懐かしいな! レナード殿に無理矢理やらされたのが昨日のことのように思い出せるよ! ハハハ!」
ミハイルは、遠い目をしながら、笑う。
「……父上、なに余計なことをしているんですか」
ステラは、露骨にイラついた顔をしている。
どうやら、頭の中に父親であるレナードの顔が浮かんでいるようであった。
「それで、なぜ、僕たちも飛ぶことになるんですか!? ステラとエレノアだけ、飛べば良いではないですか!?」
エドワードは、ミハイルに迫る。
「え? だって、君たち、レイル士官学校を卒業した同期でしょ? 同期であるステラとエレノアが飛ぶんだったら、君たちも飛ばなくちゃ! 仲間外れはいけないよ!」
ミハイルは、謎理論を展開していた。
「それとこれとは別でしょう! 団長、考え直してください!」
エドワードは、必死で食い下がる。
「それじゃ、エドワード! なにか僕に提案してよ! ステラとエレノアが仲良くなる方法を!」
「それなら、こんなのはどうですか! ステラとエレノアだけの天幕を作って、一緒に過ごしてもらうというのは! これなら、自然と仲が良くなっていくハズです!」
エドワードは、力がこもった声で提案をした。
「面白いことを言いますね、エドワードさん。殺しますよ?」
「奴隷1号! なにを言っていますの! 丸焦げにしますわよ!」
ステラとエレノアは、すぐに食ってかかる。
「駄目みたいだよ、エドワード? ああ! もう面倒だから、僕の案で決定ね! さっそく、リーベウス大橋に行ってもらうから!」
ミハイルはそう言うと、立ち上がり、天幕の外に出た。
と同時に、入れ替わりで近衛騎士団の面々が入ってくる。
入ってきた近衛騎士団の面々は、すぐにアリアたちを拘束し始めた。