62 獅子軍団
リーベウス大橋にエンバニア帝国軍が迫る中、近衛騎士団の士官は、戦場になるであろう平野が良く見える丘にいた。
ミハイルは、ミハルーグ帝国の獅子軍団について、アリアに説明させる。
(レイル士官学校で習ったことは覚えているけど、詳しい内容はあやふやなんだけどな)
アリアは、ミハイルがいる場所に向かって走りながら、そんなことを思っていた、
「アリア少尉がミハルーグ帝国の獅子軍団について、説明します!」
ミハイルの隣に到着したアリアは、大きな声を上げる。
近衛騎士団の士官たちの視線がアリアに集まっていた。
「ミハルーグ帝国の獅子軍団は、重装甲騎兵を主体とした軍団です! 装備した2mほどのランスから繰り出される突きは、馬上ということも相まって、凄まじい威力があります! あ、あとは、野戦においては、最強の存在です! これで説明を終わります!」
アリアは、とりあえず、覚えていることを全て声に出す。
「うう~ん、30点! ほとんど、忘れてしまっているね! まぁ、しょうがないか! とりあえず、腕立て伏せ100回!」
「はい!」
アリアは、大きな声で返事をすると、その場で腕立て伏せを始めた。
そんな中、ミハイルは士官たちのほうに目を向ける。
「さて、部下の不始末は上官がつけようか! フェイ! 獅子軍団について説明して!」
「了解しました!」
指名されたフェイは、急いでミハイルの隣に来た。
近くでは、アリアが腕立てをしている状態である。
「部下に代わり、フェイ大尉が獅子軍団について説明します! 獅子軍団は、ミハルーグ帝国が誇る重装甲騎兵軍団です! 機動能力、防御能力、攻撃能力の全てが高い軍団であり、一度、突撃を始めれば、止めることは不可能となります!」
フェイは、一呼吸置く。
「また、そんな突撃を援護するために、重装甲魔法騎兵も随伴しており、馬上から凄まじい勢いの水魔法を放ちます。これらが組み合わさることによって、平野部における野戦では、負け知らずの軍団だと知られるようになりました! 私からの説明は以上です!」
フェイは、自信を持って発言していた。
「う~ん、80点! まぁ、さすがは最前線で戦う部隊の指揮官といったところかな? 腕立て伏せ、100回で良いよ!」
「お褒めいたただき、光栄です!」
フェイはそう言うと、アリアの隣で腕立て伏せを始める。
ミハイルは、前のほうにいる副団長に目を向けた。
「それじゃ、最後に副団長! 獅子軍団が最も活躍した戦いについて、説明よろしく!」
「え!? 私ですか!?」
副団長は、驚きの声を上げる。
どうやら、自分が指名されることはないと高を括っていたようであった。
「うん! ビシッとお願いね!」
「はぁ……」
副団長は息を吐くと、『あれ~? たしか、レイタンシア会戦だったよな?』と、つぶやきながら、ミハイルの隣に立つ。
「獅子軍団が最も活躍した戦いは、レイタンシア会戦だ! エンバニア帝国の属国であったローマルク王国が独立を決定づけた戦いでもある! ローマルク王国の東部にあるレイタンシア平原で行われ、結果、獅子軍団の活躍で、ミハルーグ・ローマルク連合軍が勝利をすることになった!」
副団長はそう言うと、ミハイルのほうを向く。
「すいません、団長……詳しい兵員数を忘れてしまいました……」
申し訳なさそうな顔で、副団長はそう言った。
「ええ!? 大佐なのに、それは困るよ!? しょうがない! ここからは、僕がざっくりと説明をするしかないか! とりあえず、副団長は、腕立て伏せ、1000回ね!」
「1000回!? なぜ、私だけ、そんなに多いんですか!? しかも、大勢の士官が見ている前でやるなんて、屈辱以外の何物でもありません!」
副団長は、驚いた顔で抗議をする。
「当然でしょ! 僕がいなくなったときに、指揮をするのは君なんだよ! そんな立場にいる人間が、レイタンシア会戦を詳しく説明できないのは、駄目でしょう! 戦いの知識のない者が指揮をしたら、どうなるかなんて、君だって知っているハズだよ!」
「くっ! 分かりました! これからは、しっかりと戦史についても学んでいきます!」
副団長は、悔しそうな顔をしながらも、了承をした。
どうやら、ミハイルの言葉に反論できなかったようだ。
「本当に頼むよ! それじゃ、腕立て伏せ、始めちゃって!」
「はい!」
副団長は大きな声で返事をすると、その場で腕立て伏せを始める。
すでに、アリアとフェイは腕立て伏せ100回を終了しており、元いた場所に戻っていた。
「それじゃ、レイタンシア会戦についての概要を説明するよ! 獅子軍団2万とローマルク軍1万の計3万が、エンバニア帝国軍10万と衝突した戦いね! 普通に考えたら、エンバニア帝国軍が勝つと思うけど、結果、獅子軍団の活躍で連合軍が勝利をしたんだ!」
ミハイルは、一呼吸を置く。
「この会戦によって、エンバニア帝国軍は引かざるを得なくなってしまう! 虎の子の竜騎兵が相当数倒されたのも原因だったみたいだね! そういうワケで、ローマルク王国は独立を果たし、獅子軍団の名は周辺諸国に轟くことになった! まぁ、かなりザックリだけど、こんなところかな?」
迫りくるエンバニア帝国軍を見たミハイルは、近衛騎士団の士官のほうに顔を向ける。
「本当は、どんな部隊展開をするかとか、獅子軍団の内訳とか、考えうる対処方法とかを説明したいんだけどな~! そろそろ、戦闘が始めるみたいだし、やめておくよ! とりあえず、実際に目で見て、強さを体感してくれ! 分かったかな?」
「はい!」
丘の上にいる近衛騎士団の士官たちは、大きな声で返事をした。
エンバニア帝国軍の姿は、丘の上からでも確認できるほど、リーベウス大橋に近づきつつある。
対して、ミハルーグ帝国の獅子軍団は、昨日のうちに到着した1万も加えた2万で、リーベウス大橋の前面に展開していた。
通常の馬より一回り大きい馬にまたがった兵士たちの手には、2mほどのランスが握られている。
もちろん、馬と兵士のどちらにも重厚な鎧がつけられていた。
魔法騎馬兵でさえ、重装甲化している状況である。
太陽の光を受けて、無数の鎧が輝いている。
そんな中、今、まさに、獅子軍団が動き出そうとしていた。
「ステラさん、どんな戦いになりますかね?」
丘の上から平野を見ていたアリアは、質問をする。
すでに、エンバニア帝国軍の騎馬兵は、リーベウス大橋のすぐ近くまで来ていた。
合わせて、獅子軍団の兵士たちもランスを脇に抱え込み、突撃する態勢をとっている。
「ここから見る感じだと、エンバニア帝国軍は2万5千ほどいるみたいですね。一応、騎馬兵に有効な鎖を持ってきてはいるでしょうが、それでも獅子軍団に勝つのは難しいでしょう」
ステラは、冷静に状況を分析した。
「兵員数では、獅子軍団が負けているみたいですけど……あ! エンバニア帝国軍の騎馬兵が、鎖を伸ばし始めましたよ! あれで、転ばせるつもりみたいです!」
アリアはエンバニア帝国軍を指差すと、大きな声を出す。
エンバニア帝国軍の騎馬兵たちは、二人一組で鎖の端をそれぞれ持ち、走りながら伸ばしていた。
ちょうど、馬の足元に引っかかるように、鎖は伸ばされている。
「ヤバいですの! 獅子軍団の危機ですわ! あれで転ばされたら、負けてしまいますの!」
サラは顔を青くしながら、ブンブンと腕を振っていた。
「落ちつけ、サラ! そんなので獅子軍団が負けるワケないだろう!」
フェイはサラに近づくと、げんこつをする。
「痛いですわ!」
サラは頭を押さえ、涙目になってしまう。
「とりあえず、戦闘が始まるから、獅子軍団の動きをしっかりと見ていろ!」
フェイはそう言うと、平野のほうに目を向ける。
すると、けたたましい銅鑼の音が鳴り響く。
その音を聞いた獅子軍団が、喚声を上げながら突撃を開始する。
(始まったみたいだ。このままだと、マズいけど、どうするんだろう?)
アリアは、突撃していく獅子軍団を見ながら、そんなことを思っていた。
そんな状況で、獅子軍団の隊列に変化が起きる。
前面に出ていた重装甲騎兵の間から、重装甲魔法騎馬兵が姿を現したのだ。
すると、手をかざし、水の魔法を放ち始める。
激しい流れを思わせる水流が、エンバニア帝国軍の騎馬兵に当たっていく。
「うわ! 水の勢いが凄いですの! どんどんと騎馬兵をなぎ倒していきますわ!」
サラはそう言うと、ブンブンと腕を上下に振っていた。
(サラさんが興奮するのも納得だ! 威力がありすぎる! あんなの盾を持った重装甲兵でも防げないよ!)
アリアも、口には出さないが、興奮している。
重装甲魔法騎馬兵の水流攻撃を受けた騎馬兵は、なすすべもなく、落馬してしまう。
当然、兵士が持っていた鎖も地面に落ちてしまっていた。
前面が崩れたエンバニア帝国軍に向かって、重装甲騎馬兵たちが突撃をする。
速度自体はそれほど出ていないが、着実に進んでいく。
エンバニア帝国軍の後方にいる騎馬兵も、矢や炎の球を懸命に放ってはいた。
だが、獅子軍団には、あまり効いていないようである。
そんな中、重装甲騎馬兵に踏みつぶされているであろう兵士の悲鳴が聞こえてきた。
「うげぇ! 踏みつぶされて、ぐちゃぐちゃになっていますの! あんな死に方は、絶対、嫌ですわ!」
サラは、吐きそうな顔をしている。
獅子軍団が通り過ぎた後には、原形をとどめていない遺体が散乱していた。
当然、地面は血まみれである。
「まるで、動く壁ですね。逃げ切れなかったらひき肉になる、おまけ付きの」
ステラは、いつも通りの顔でそう言った。
「最悪なおまけですの! というか、強すぎですわ! こんなの勝ち目がありませんの!」
サラは、獅子軍団のあまりの強さに引いてしまう。
丘の上にいる近衛騎士団の士官たちも、絶句していた。
(こんなに強いんだったら、アミーラ王国も取り入れれば良いのに……なんで、やらないんだろう?)
アリアは、次々と引き潰している獅子軍団を見ながら、そんなことを疑問に思った。
「いや~、ウワサには聞いてたけど、実物は予想以上だね! 平野でまともにぶつかり合ったら、近衛騎士団でも勝てない気がするよ!」
ミハイルは、腕を頭の後ろで組みながら、アリアたちのいる場所に近づく。
(お! 良い機会だし、団長に聞いてみるか!)
そう思ったアリアは、ミハイルのほうを向くと、口を開いた。
「団長! 質問しても、よろしいでしょうか?」
「僕が答えられる範囲であれば、良いよ!」
ミハイルは、いつも通りの笑顔をしている。
「我が国でも、獅子軍団のような編成の部隊を作れば良いと思うのですが、なぜ作らないんですか?」
「作らないんじゃなくて、作れないの! 40年前くらいかな? 当時のアミーラ王国軍本部の人たちも、同じこと考えて、獅子軍団と同じような部隊を作ろうとしたんだ! だけど、上手くはいかなかった! 理由は、二つあるみたいだよ!」
ミハイルは、一呼吸を置く。
「まず、一つ目はアミーラ王国の馬では、力が足りないということかな! 鎧もそうだけど、獅子軍団の兵士が持っているランスも相当な重量があるからね! 馬がすぐに潰れてしまって、戦闘どころではなかったみたいだ!」
ミハイルはそう言うと、続ける。
「二つ目は、重装甲魔法騎馬の育成が難しいということかな! エレノアのせいで、感覚がマヒしているかもしれないけど、基本的に魔法兵って、非力だからね! 馬を走らせるならまだしも、重い鎧をつけて、戦闘なんてできないよ! 例え、育成できても、膨大な時間とお金がかかるから、ミハルーグ帝国のような力を持った国ではないと、難しいのが現状だね! どう納得できた?」
「はい! ありがとうございました!」
アリアは、大きな声でお礼を言った。
「どういたしまして! お! そんなことを話していたら、エンバニア帝国軍が逃げ出したみたいだよ!」
ミハイルは、平野のほうに目を向ける。
そこでは、銅鑼が打ち鳴らされる中、退却していくエンバニア帝国軍が見えた。
獅子軍団は、そのまま追撃をしていく。
だが、しばらくすると、追撃をするのをやめてしまった。
どうやら、エンバニア帝国軍に追いつけなくなったようである。
「まぁ、鎧が軽い分、普通の騎馬兵のほうが速いよね! 当たり前と言われれば、当たり前だけど!」
ミハイルは、逃げていくエンバニア帝国軍を見ながら、そんなことを言っていた。