61 積み上げられた死体
――4時間後。
空が明るくなり始めた頃には、戦闘も終了していた。
一部のエンバニア帝国軍の兵士をとり逃しはしたが、ほとんどの殲滅には成功していた。
天幕も、ほとんどが燃え尽きてしまい、黒くなった残骸からは白い煙が立ち上っている。
リーベウス大橋の周辺は、鉄と燃えた匂いが充満していた。
そんな中、アリアたちはフェイの指示で死体の片づけを行っている状況である。
体中に返り血と煤がついてしまっていた。
「ふぅ、かなり多いですね。まぁ、4千もいたようですし、当たり前ですか」
アリアは死体を積み上げると、手で額の汗をぬぐった。
「早く終わらせて、お風呂に入りたいですわ!」
サラも、引きずってきた死体を積み上げる。
「現状、お風呂は難しいと思いますけどね。ただ、リーベウス大橋を占領したので、水を汲んで体をふくくらいはできるかもしれません」
ステラは、冷静に状況を分析していた。
「まぁ、それも、エンバニア帝国軍をなんとかしてからだな。十中八九、リーベウス大橋を奪還するために、ダルム要塞から出撃してくるだろうし」
死体を引きずってきたエドワードは、アリアたちに向かって、そう言った。
すぐそばにいた学級委員長三人組も、うなずいている。
「エドワード! 気分が下がるようなことを言わないでくださいまし!」
サラは、プンプンと怒っているようであった。
「実際、そうだろ。ダルム要塞の2万全軍が来るとは思わないが、1万は最低でも出撃してくるハズだ」
「ああ、もう! 戦闘が終わったばかりなのに、そういう話はやめてほしいですの!」
サラは、これ以上聞きたくないと耳を塞いでしまう。
「まぁ、明日の朝までは大丈夫でしょう。ダルム要塞からは、それなりに距離がありますしね」
ステラは、サラに元気を出してもらおうとする。
「そうですよ、サラさん! だから、元気を出しましょう!」
アリアも、サラを慰めた。
「はぁ~! アリアとステラは優しいですの! それに比べて、エドワードは血も涙もありませんわ!」
「いや、僕は事実を言ったまでだ! そんな人を冷酷な人間みたいに言わないでくれ!」
エドワードは、すぐに反論をする。
「おーほっほっほ! なにを言い争っていますの! 醜いですわよ!」
積み上げられた死体を燃やしていたエレノアが戻ってくる。
どうやら、アリアたちが積み上げた死体を燃やすようであった。
「はぁ……お馬鹿さんは体力が有り余っているようで羨ましいですよ」
近づいてきたエレノアに向かって、ステラは毒を吐く。
「キー! 誰がお馬鹿さんですって、この暴力女! もう、許せませんの! 黒こげにしてあげますわ!」
エレノアはそう言うと、左腕をステラのほうにかざす。
「面白い冗談ですね。二度とそんな口がきけないようにしてあげましょうか?」
ステラも、剣をエレノアのほうに向ける。
「ちょ! あとで! あとでにしましょう! エンバニア帝国軍が奪還しに来ますし、それが終わってからでも、遅くないハズです!」
「そうですの! せめて、戦いが終わってからにしてくださいまし!」
アリアとサラは、慣れた様子でステラを止める。
「そうだぞ、エレノア! 楽しみは後にとっておいたほうが良い!」
エドワードはそう言うと、エレノアを羽交い絞めにした。
学級委員長三人組も、すみやかに止める。
アリアたちの動きは、一種の機能美のようになっていた。
そんな中、アリアたちの近くに白い髪を後ろで結んだ男性が現れる。
「あれ? 僕、言ってなかったっけ? ケンカをしたら、半殺しにして、首から下を埋めるって!」
ミハイルは、いつも通りの笑顔で近づいてきた。
その姿を見たエレノアは、暴れるのをやめる。
と同時に、エドワードの拘束を抜け出し、ステラに近づく。
「おほほ……なにを言っていますの、団長? ワタクシとステラは大の仲良しですわ!」
エレノアはそう言うと、ステラと強引に肩を組んだ。
「ちょっと、なんですか、いきなり」
ステラはというと、非常に迷惑そうな顔をしている。
「ステラ! ここは、合わせてくださいまし!」
エレノアは、小声で指示を出す。
「え? 普通に嫌なのですが?」
「ミハイル様は、冗談ではなく本当にやる人ですの! ワタクシ、埋められたくありませんわ! ここは、ワタクシに合わせなさい!」
エレノアは、必死の形相で頼みこんでいる。
「うん? 君たち、なにを話しているの?」
ミハイルはそう言うと、ステラとエレノアに近づいてきた。
「なんでもありませんの! ねぇ、ステラ?」
エレノアは笑顔を作ると、ステラのほうを向く。
「は、はぁ……」
対して、ステラは困惑してしまっている。
「ちょっと! 笑顔! 笑顔になりなさい!」
エレノアは、ミハイルに聞こえないように小声で指示をした。
「そんなこと、いきなり言われても困りますよ」
「とりあえず、なんでも良いから、笑顔を作ってくださいまし!」
エレノアは、なんとかステラを笑顔にさせようとする。
「しょうがありませんね。今回だけですよ」
ステラはそう言うと、引きつった笑顔になった。
「ほら! この笑顔を見てください! 仲良しではないとできない笑顔ですわ! ほら! ステラもなにか言いますの!」
エレノアは必死で訴えかけた後、促す。
「ワー、ワタシタチ、スゴイナカヨシデスー」
対して、ステラは引きつった笑顔のまま、そう言った。
(ステラさん……もう少し、演技をしましょうよ……これじゃ、エレノアさんが可哀そうです)
ステラの棒読みを聞いたアリアは、そんなことを思ってしまう。
「はぁ……君たち、演技するにしても、もうちょっと頑張ろうよ。なんか、怒る気もなくなってきた。任務も成功させてくれたみたいだし、今回は見逃すことにするよ」
ミハイルは、ため息をついてしまった。
「ふぅ~、危なかったですの!」
エレノアは、額の汗を軍服で拭うと、すぐにステラから離れる。
ステラはというと、手で肩を払っていた。
汚いものがついたときのような仕草である。
「まぁ、ステラとエレノアは置いといて、お疲れ様! 君たちのおかげで、リーベウス大橋を奪還することができたよ!」
ミハイルは、いつも通りの笑顔に戻っていた。
アリアたちは、口々に光栄の極みです的なことを言う。
その後、ミハイルは思い出したかのように口を開く。
「あ! そういえば、少しは指揮について学べたかな? フェイには、一応、教えるように言っておいたんだけど!」
「はい! 勉強になりました!」
アリアは、元気な声で返事をする。
「勉強になったみたいでないよりだよ! それで、フェイの指揮はどうだった?」
「自分も戦いながら、的確に指示をしていて凄いと思いました!」
アリアは、腕をブンブンと振りながら、答えた。
「まぁ、フェイも近衛騎士団に来てから、結構、時間が経っているからね! それぐらいできてもらわないと困るよ!」
ミハイルは、満足そうな顔をしている。
「正直、今の私では、あそこまでの指揮はできないと思ってしまいました……」
アリアは、ポロリと本音をこぼす。
「大丈夫、大丈夫! 近衛騎士団で頑張っていれば、自然とできるようになるよ!」
ミハイルは、アリアを元気づけようとした。
「……そうですかね?」
「フェイとバールも、近衛騎士団に入ってきたときは、大して君たちと変わらなかったよ! だから、自信を持って!」
ミハイルはそう言うと、腕を頭の後ろに組む。
(フェイ大尉とバール大尉も、私たちと変わらなかったんだ……なんか、ちょっと希望が見えてきた!)
アリアは、少しだけ笑顔になる。
エレノア以外の面々も、ミハイルの言葉で元気を取り戻したようであった。
「元気になったようでなにより! それじゃ、死体の片づけ、頑張ってね!」
ミハイルはそう言うと、手を振りながら、どこかへ行ってしまう。
――半日後。
アリアたちは、相変わらず、死体の片づけをしていた。
死体自体は集め終わったため、燃え上がるのを待っている状態である。
辺りには、焼かれた死体から出る独特の匂いが充満していた。
「なんとも言えませんね、この匂いは」
アリアは積み上げられた死体が燃えるのを座って見ている。
パチパチと音を立てながら、勢いよく燃えていた。
「そうですわね」
隣で座っているサラも同意する。
「この匂いに慣れることは、一生ない気がします」
ステラの目には、燃え盛る火が映っていた。
エドワードたちは、少し離れたところにいるようである。
アリアたちと同じく、死体が燃えるのを見ているようであった。
エレノアはというと、積み上げられた死体に火をつけて回っているようである。
(この人たちも、昨日まではピンピンしていたんだよな。まさか、今日、自分が死んでいるなんて微塵も思っていなかっただろうに……人の命なんて、儚いものだ)
アリアは、黙ったまま、火を見つめていた。
(分かってはいるけど……自分がこうなったらと思うと……)
そう思った途端、寒気が体を走っていく。
火の近くにいるにも関わらずである。
「この人たちにも、家族がいると思うと、なんだかやるせない気持ちになりますわね。戦場で戦うのは、悲惨以外の何物でもありませんの」
サラは、ボソッとつぶやく。
「戦場では、人の命が軽くなってしまいます。結果として、彼らは死体になり、運よく、私たちは生き残った。ただ、それだけです」
ステラは、冷静を保っている。
「分かってはいますわ……ただ、なんだか、モヤモヤしますの」
サラは、頭では分かっているが、気持ちの整理はついていないようであった。
「その気持ちは重要なのでは? 人を殺して、なにも思わなくなるほうが恐いですよ」
ステラは、いつも通りの顔をしている。
「そうですわよね。ちょっとだけ、モヤモヤが消えましたの」
「お役に立てたようで、良かったです」
ステラは、火を見つめたまま、そう言った。
(人を殺しても、なにも思わないか。戦っている最中は、必死で気づかないけど、やってることは人殺しだもんな。せめて、なにもしていないときは、人間として大事なものを失わないようにしよう)
アリアは、燃え盛る死体を見ながら、そんなことを思う。
しばらくすると、フェイがやってくる。
「そろそろ、ミハルーグ帝国軍が来るハズだ! 到着したら、防御準備をすぐに始めるから、邪魔にならないようにな! エドワードたちにも、伝えておけ!」
「分かりました!」
「はいですの!」
「了解しました」
三人は立ち上がると、すぐに大声を上げた。
返事を聞き終えたフェイは、どこかへ行ってしまう。
数時間後、ミハルーグ帝国軍1万が来ると、すぐに防御準備を始めていた。
アリアたちは、邪魔にならないようにする。
夜になる頃には、死体と燃えた天幕の片づけが終了した。
その後、近衛騎士団は、ハインリッヒの好意によって、防御準備を手伝わないで済んだ。
疲れ切っていた近衛騎士団の面々は、防御準備をしているミハルーグ帝国軍の兵士に見えないように休むことができた。
――翌朝。
空が明るくなり始めた頃。
地平線にエンバニア帝国軍の姿が現れる。
もうもうと砂煙が舞い上がり、銅鑼のけたたましい音と喚声がアリアたちのいる場所まで聞こえてきた。
遠くからでも、エンバニア帝国軍が本気で奪還するために、兵士を揃えてきたのが分かる。
「君たち! ミハルーグ帝国の獅子軍団を見る、またとない機会だ! しっかりと目に焼きつけて、今後の戦闘に役立てるように! あと、この機会をくれたハインリッヒ殿に会ったら、しっかりとお礼を言うこと! 分かったかな?」
ミハイルは、集まった近衛騎士団の士官に向かって、聞こえるように声を出す。
「はい!」
士官たちは、大きな声で返事をする。
その中には、もちろん、若手士官であるアリアたちもいた。
現在、近衛騎士団の士官たちは、リーベウス大橋から少し離れた丘に集合している。
その場所からは、エンバニア帝国軍とミハルーグ帝国がぶつかるであろう平野が良く見えた。
「よし! 一応、ミハルーグ帝国の獅子軍団についておさらいをしておこうか! アリア! レイル士官学校で習ったと思うから、皆に説明してよ!」
ミハイルは、アリアのほうを向くと、大きな声で指名する。
「はい!」
アリアは、ビックリしたように返事をした。