60 大混乱
モア大河を泳いで渡っている最中、サラを見つけたアリアは絶句をしてしまう。
「ふんふふ~ん!」
アリアの目の前で、サラはわしゃわしゃと泡立てながら、髪を洗っていた。
それも、足だけで立ち泳ぎをしながらである。
周囲には、サラが使っているシャンプーの良い匂いが広がっていた。
「……さ! ゴホン! サラさん!? なに、やっているんですか!?」
アリアは叫びそうになったが、堪えて、小声で話しかける。
「あ! 見つかってしまいましたの!」
対して、サラはいつもと変わらない大きさの声で反応してしまう。
「ちょ! サラさん! 静かにしてください! バレますよ!」
「ごめんですの! つい、声を出してしまいましたわ!」
サラはそう言いながらも、頭を洗うのをやめない。
「まぁ、それは良いですけど! サラさん! なんで、今、髪を洗っているんですか!? リーベウス大橋を奪取した後に洗えば良いじゃないですか!」
アリアは、意味が分からなかったので、問いただした。
「髪がベタベタで、もう、我慢出来ませんでしたの!」
サラはそう言うと、潜ってしまう。
どうやら、水中で、髪を洗い流しているようである。
(まぁ、ローマルク王国に入ってから、お風呂どころか、一回も水浴びをしていないからな。私も、髪がベタベタだし)
アリアは立ち泳ぎをしながら、手で髪をとかす。
濡れているはずなのに、髪が手に引っかかってしまう。
(サラさんにはああ言ったけど、実際、水浴びできるかは微妙だよな……なんだか、私も髪を洗いたくなってきた!)
アリアは、サラの姿を見て、自分も髪を洗いたくなってしまった。
「ぷはぁ! スッキリしましたの!」
そんな中、サラが水面に顔を出す。
月明かりに照らされた髪は、一目でサラサラだと分かる。
「……サラさん。シャンプーって、余ってたりします?」
アリアは、恥ずかしそうに質問をする。
「もちろん! 余っていますわ! ちょっと、待ちますの!」
サラはニンマリとすると、立ち泳ぎをしながら、ゴソゴソと動く。
数秒後、シャンプーが入った容器を取りだす。
手のひらにおさまる大きさであり、中にはいつもサラが使っているシャンプーが入っていた。
「はいですの!」
「ありがとうございます!」
サラから容器を受けとると、アリアは、蓋を開けてシャンプーを髪にかける。
「ああ! 良い匂いがしますね!」
適量をかけた後、蓋を閉めて容器を返すと、アリアは泡立て始める。
手を動かすたびに、シャンプーの良い匂いが周囲に広がっていた。
「久しぶりに髪を洗うと気持ち良いですね!」
「そうですの! シャンプーは最高ですわ!」
サラは、髪を洗っているアリアを眺めている。
そうこうしているうちに、ステラたちが泳いでやってきた。
「遅いなと思って来てみれば……なにをしているんですか、アリアさん?」
髪を洗っているアリアに近づくと、ステラは尋ねる。
「ハハハ……」
アリアは半笑いをすると、水中に潜ってしまった。
「サラさん? 私たちから離れたのは、シャンプーで髪を洗うためだったんですか?」
ステラは、アリアの近くにいたサラに質問をする。
「ごめんですの!」
観念したのか、サラは立ち泳ぎをしながら、顔の前で両手を合わせた。
「はぁ……もう、良いですよ。アリアさんが髪を洗い終わったら、いきますか」
ステラはため息をつくと、頭を切り替える。
そんな中、エレノアが泳いでサラに近づく。
「サラ! ワタクシにも、シャンプーですの!」
エレノアはそう言うと、サラの顔の前に手を出す。
「えぇ……もう、しょうがありませんわね」
サラは嫌そうな顔をしながら、エレノアの手にシャンプーを適量垂らした。
どうやら、シャンプーを減らしたくないようである。
「ありがとうですの、サラ! このお礼は、いつかしますわ! はゎ! 久しぶりのシャンプーは最高ですわね!」
エレノアは、満面の笑みで髪を洗っていた。
どうやら、本当に嬉しいようである。
そんな中、シャンプーを流し終わったアリアが水面に顔を出す。
「あれ? サラさん、エレノアさんにシャンプーをあげたんですか?」
「しょうがなくですわ!」
サラは、残りが少なくなった容器を突き出した。
「あ、もうほとんどないですね! それじゃ、最後はステラさんに使ってもらったら、どうですか?」
「たしかに、ワタクシたちだけ髪を洗うのは不公平な気がしますの! ステラ、手を出しますの!」
サラはそう言うと、容器の蓋を開ける。
「サラさん、ありがとうございます。実は、私も髪を洗いたいなと思っていたんですよ」
素直に応じたステラは、シャンプーをもらうと、すぐに髪を洗い始めた。
「はぁ……君たち、ここが敵陣だということを忘れていないか?」
アリアたちを見ながら、エドワードはため息をつく。
学級委員長三人組も、早くして欲しそうな顔をする。
結局、ステラとエレノアが髪を終わってから、アリアたちは対岸に上陸をすることになった。
上陸すると、すぐに、ステラは茂みの中に罠線があるかどうかを確認する。
数秒後、茂みの中から手招きをした。
どうやら、罠はなかったようである。
アリアたちはステラを確認すると、急いで茂みの中に隠れた。
「ふぅ~、サッパリしましたね! これで、戦闘に集中できそうです!」
アリアは、手で触って物がなくなっていないかを確認する。
「本当ですわね! これで、思い残すことはありませんの!」
サラもガサゴソと動きながら、同意した。
「サラさん。それ、死ぬ前に言うことですよ」
ステラは、ツッコミをする。
「おーほっほっほ! 髪がキレイになって、全力が出せそうですわ!」
エレノアは、やる気十分であった。
「もう、なんでも良いから、早く行かないと間に合わなくなるぞ!」
エドワードは、時間を気にしているようである。
学級委員長三人組も、ソワソワしていた。
「分かっていますよ、エドワードさん! 皆さん、少し急ぎ目で行きましょうか!」
アリアはそう言うと、茂みの中を移動し始める。
サラたちも小声で返事をすると、動き出す。
――1時間後。
アリアたちは、エンバニア帝国軍の陣地に近づいていた。
陣地の近くでは、兵士が松明を持って、巡回をしている。
茂みに隠れたアリアたちからは、兵士がふわぁとあくびをしているのが見える。
どうやら、あまりやる気がないようであった。
「こっち側は警備が緩いみたいですね!」
アリアは、嬉しそうな声を出す。
「まぁ、当然でしょう。大部隊が渡河していれば、嫌でも目につきますからね」
ステラは、いつも通りの声でそう言った。
「しかも、こっち側にはエンバニア帝国軍が4千もいますの! 例え、小部隊が来ても、十分対処できると思っているに決まっていますわ!」
サラは、付け加える。
「実際、そうだろう。少数の兵士で、4千のエンバニア帝国軍に挑むなんて自殺行為だ」
エドワードは、至極当たり前かのようにそう言った。
「おーほっほっほ! 奴隷1号! 臆病風に吹かれましたわね!」
「違う! 当たり前の分析だ! 天幕から逃げようとしたエレノアも、そのことは分かっているだろう!」
「くっ! 奴隷1号のくせに、痛いところを突いてきますの!」
エレノアは、顔をしかめる。
アリアたちがそんな会話をしていると、リーベウス大橋のほうから怒号が聞こえてきた。
どうやら、近衛騎士団がやってきたようである。
「近衛騎士団が来ているみたいですね! こちらも、動きましょう!」
アリアはそう言うと、剣を抜く。
サラたちも返事をして、剣を抜いた。
全員の準備は万端のようである。
「それでは、いきましょう!」
アリアは大声を出すと、茂みを飛び出す。
その後ろには、サラたちも続く。
「な、なんだ、お前たちは!」
先ほどあくびをしていた兵士は、松明を投げ、急いで剣を抜く。
「恨みはありませんけど、ごめんなさい!」
アリアは、低い姿勢のまま、兵士の足を斬りつける。
「うわぁぁぁ! あ、足があああ!」
兵士は、あまりの痛みに大声で叫んでしまう。
アリアは、その声に動揺せず、返しの剣で首を断つ。
胴体から離れてしまった頭は、無言のまま、ゴロゴロと転がっていく。
「皆さん、天幕を燃やしましょう!」
アリアは落ちた松明を拾うと、走り出す。
サラたちも、そこら辺にある松明を拝借すると、続く。
少し走ると、エンバニア帝国軍の天幕が見えてきた。
「はあああ!」
アリアは叫びながら、周囲にいた敵兵を斬り伏せる。
その後、持っていた松明で火をつけた。
すると、天幕は、瞬く間に燃え出す。
周囲にいたサラたちも、敵兵を倒し、天幕に火をつけていく。
「おーほっほっほ! 燃えなさい! 真っ赤に!」
エレノアはというと、炎の球を連発しながら、そんなことを言っていた。
松明より火力があるため、多くの天幕が一瞬で燃え上がる。
どんどんとアリアたちは、天幕に火をつけていく。
しばらくすると、陣地の3割ほどが火に包まれることになった。
風で飛び火をしているようであり、他の天幕にも燃え移っている状況である。
「アリアさん。天幕に火をつけるのは、このくらいで良いのでは?」
ステラは、斬りかかってくる敵兵をなで斬りにすると、アリアのほうを向く。
「そうですね! ここからは、指揮官狙いでいきましょうか! 皆さんも、良いですね?」
アリアは、近くにいるサラたちに向かって叫ぶ。
エレノア以外は、声に反応して、大声で返事をする。
すぐに、敵兵を倒しながら、指揮をしている者を探しにいく。
「エレノアさん! 聞いてますか?」
アリアはエレノアに近づくと、大きな声を出す。
「おーほっほっほ! もちろん、聞こえていますわよ! 天幕を燃やしながら、指揮官も狙えば良いのですわよね?」
エレノアは、現在進行形で炎の球を放ちながら、答える。
「もう、それで良いです! とりあえず、頼みましたよ!」
アリアはぶっきらぼうにそう言うと、向かってくる敵兵に斬りこんでいく.
リーベウス大橋を突き進んでくる近衛騎士団とアリアたちの奇襲によって、エンバニア帝国軍は大混乱をしているようであった。
至るところで、同士討ちが起きてしまっている。
そんな中、アリアたちはリーベウス大橋に近づく。
目の前では、多くの近衛騎士たちが展開している。
どうやら、橋自体は制圧できたようであった。
まともな指揮がない中、エンバニア帝国軍の兵士は、なんとか押し戻そうと奮闘している。
だが、近衛騎士のあまりの強さに、なすすべもなく倒されてしまっていた。
(これ、私たちが騒ぎを起こす必要あったのかな?)
アリアは、混乱した敵兵を倒しながら、そんなことを思ってしまう。
それほど、近衛騎士団の強さは圧倒的であった。
そんな中、アリアたちを見つけたフェイが駆け寄ってくる。
体中に血がついており、相当な数の敵兵を倒したことがうかがえた。
「お! お前たち、生きていたか! 任務が成功したようでなによりだ!」
「フェイ大尉!」
アリアはフェイの姿を見ると、喜びの声を上げた。
「とりあえず、お前たちは、私の近くで戦え! そして、学べ! 実戦での指揮を! 分かったか?」
「はい!」
アリアたちは、大きな声で返事をする。
エレノアは離れた場所で、天幕を燃やしているため、聞いていないようであった。
そこから、アリアたちは、近くで戦いながら、フェイの指揮する様子を見る。
(一瞬で状況を把握して、的確に指示を出している! しかも、戦いながら! 凄すぎる!)
アリアは迫ってくる敵兵を倒しながら、そんなことを思っていた。
サラたちも、敵兵を倒しつつ、フェイを観察しているようである。
フェイはというと、アリアたちを気にせず、次々と指示を出していた。
と同時に、エンバニア帝国軍の兵士を串刺しにしている。
(第2中隊の人たちも凄い気がする! 指示に対して、あそこまで迅速に反応するのは、余裕がないと無理だ! 実際、私がいた中隊の人たちは、こんなに動けないだろうな! まぁ、もちろん、的確な指示があってのものだとは思うけど!)
アリアは、周囲で展開している近衛騎士たちを見ていた。
もちろん、個人の実力で優れているのは間違いない。
だが、集団として動く近衛騎士たちの強さは、常軌を逸していた。
エンバニア帝国軍の兵士は、生き残っている指揮官の指示を受けて、なんとか戦おうとしているが、意味がない状態である。
集団として戦う前に、瓦解させられてしまっていた。
(私、こんな部隊の指揮官になるのか……自信、なくなってきた……)
一方的な戦いを見ながら、アリアはそんなことを思ってしまう。