58 強力な助っ人
――アリアたちが王都ハリル周辺に到着してから、4日後の朝。
近衛騎士団の本隊も合流し、戦闘の準備を進めている状況である。
目標は、5千のエンバニア帝国軍が守るリーベウス大橋であった。
作戦開始日は、四日後の真夜中である。
そんな中、アリアたち、若手の士官は、ミハイルがいる天幕へ呼びだされていた。
「なんの用なんですかね、サラさん? わざわざ、団長がいる天幕に私たちを呼び出すなんて!」
天幕へ向かって歩きながら、アリアはそう言った。
「もしかすると、見張りのときに居眠りしていたのが、バレたのかもしれませんわ!」
サラは歩きながら、あわあわとしている。
「そんなことを怒るために、わざわざ、団長がいる天幕へ呼び出しますかね? フェイ大尉に怒られて、終わりだと思いますが」
ステラは、サラの発言を否定した。
「もしかすると、この中にやらかした人がいて、若手の士官全員で連帯責任をとらせるために呼んだのかもしれないな」
学級委員長三人組の前を歩いていたエドワードは、そう推測する。
「なにをやらかしたんですか、エドワードさん!?」
「今、正直に言えば、許してあげますわ!」
「団長の私物でも盗んだんですか、エドワードさん?」
三人はエドワードのほうに振り向くと、問い詰めた。
「なぜ、僕がやらかしたと決めつけるんだ! この中だったら、一番、サラが怪しいだろ!」
エドワードは、三人に犯人だと決めつけられたため、怒っている。
「ワタクシは、団長の私物なんて盗みませんの! そんなことしたら、大変なことになりますわ!」
サラはプンプンと怒りながら、言い返す。
「僕だって、盗んだりしないよ! 大体、ミハイル様の目をかいくぐって、私物を盗むなんて、不可能だ! 絶対、見つかるに決まっている!」
エドワードも、負けじと言い返していた。
そうこうしているうちに、アリアたちはミハイルのいる天幕近くに到着する。
(怒られるかもしれないな。ああ~、なんか緊張してきた!)
アリアは、心臓がドキドキとするのを感じていた。
「とりあえず、誰が代表して入りますか?」
ミハイルのいる天幕を指差しながら、ステラは尋ねる。
アリアたちは輪になると、小声で相談し始めた。
「私は、エドワードさんが良いと思います! ミハイルさんと親しいみたいですし!」
「ワタクシも、エドワードが良いと思いますわ! 少しでも、犠牲者を減らしますの!」
「それでは、エドワードさんが代表ということで」
三人は、勝手に決めつける。
「だから! なぜ、僕が代表になるんだ! ここには、学級委員長経験者が四人もいるだろう! レイル士官学校の教官室に入り慣れているんだから、その四人から決めたほうが良いだろう!」
エドワードも、代表して天幕に入るのが嫌なのか、必死で抵抗していた。
自分の身に降りかかる火の粉をはらうため、アリアは急いで口を開く。
「関係ありませんよ! ねぇ、かつての学級委員長の皆さん?」
アリアはそう言うと、学級委員長三人組のほうを向いた。
三人も、ウンウンとうなずいている。
どうやら、学級委員長三人組も、代表になるのは嫌なようであった。
そんな中、白い髪を後ろで結んだ男性がアリアたちに近づく。
「遅いなと思って来てみれば……君たち、輪になって、なにしているの?」
天幕の外に出てきたミハイルは、声をかける。
「へ? あわわ! 誰が代表して天幕に入るかなんて、相談していませんの!」
いきなりミハイルが現れたので、サラは慌ててしまう。
(サラさん! なに、本当のこと言っているんですか! 怒られますよ!)
サラの発言を聞いたアリアは、引きつった顔をしている。
「はぁ……そんなの誰でも良いでしょう。とりあえず、早く天幕の中に来てよ!」
ミハイルはため息をつくと、天幕の中に入っていく。
アリアたちも、ミハイルの後に続いた。
机の上に広げられた地図の周りでは、近衛騎士団の士官が忙しそうにしている。
(なんか、怒っているって感じではなさそうだ。本当になにか、私たちに用でもあるのかな?)
ミハイルの様子を観察していたアリアは、疑問を持つ。
「まぁ、君たち、こっちに来なよ!」
ミハイルは地図の前までいくと、長い棒を持ち、手招きをする。
アリアたちは、促されるまま、ミハイルに近づく。
「よし! この位置だったら、全員、地図が見えるかな!」
ミハイルはそう言うと、リーベウス大橋が架かるモア大河を指し示す。
アリアたちの視線が、その場所に集まる。
「……ミハイル様。結局、私たちを呼んだ理由は、なんですか?」
エドワードは怪訝な顔をしながら、質問をする。
「ここでは団長だよ、エドワード! 君たちにある任務をお願いしようと思ってね! わざわざ、来てもらったんだ!」
ミハイルはいつもの笑顔で、アリアたちに答える。
(……ある任務? 嫌な予感しかしないな……」
アリアは、ミハイルの言葉を聞いた瞬間、顔をしかめた。
周囲にいたサラたちも、眉間にしわを寄せている。
「ちょっと君たち! あからさまに嫌そうな顔をしないでよ! 大丈夫! 任務って言っても、大したことじゃないから!」
ミハイルは、少しでも安心させようとした。
だが、アリアたちは険しい表情のままである。
そのまま黙っていると、ミハイルが口を開く。
「まったく、君たちは心配性だな! そんなに難しいことじゃないのにさ! ただ、モア大河を渡って、騒ぎを起こすだけだよ! 簡単でしょ?」
ミハイルの口調は、なんでもないかのように軽かった。
対して、アリアたちの顔は、ますます険しくなる。
(意味が分からない! 普通に考えて死ぬだろう! 敵陣の真っただ中、モア大河を渡って、騒ぎを起こすなんて無理に決まっている!)
ミハイルの言葉を聞いたアリアは、瞬時にそう思った。
「団長! さすがに無理です! 出来るワケがありません! 無駄死にするだけですよ!」
エドワードは、必死で抗議をする。
学級委員長三人組もウンウンとうなずいていた。
「だから、大丈夫だって! 昨日の夜、僕自ら、モア大河を渡って敵陣を見てきたけど、意外と警備は緩かったよ! ついでに、水浴びもできて、良かったとしか思わなかったけどな!」
ミハイルは、なんで抗議しているのかが分かっていないようである。
(それは、団長だからできることでしょ! どう考えても、私たちに出来るワケがないだろう!)
アリアは思わず口に出しそうになるが、グッとこらえた。
「いやいや、団長だからできたことでしょう!? 普通に考えて無理です! そもそも、なぜ、私たちが選ばれたんですか!?」
エドワードは、なんとかやらないで済むように、食い下がる。
「え? だって、君たち士官なのに小隊長とかの指揮官をやっていないでしょ? 他の補佐する役職もやっていないし、暇に違いないと思って選んだんだけど、駄目だったかな?」
ミハイルは、キョトンとした顔をしていた。
(いや、たしかに暇ですよ! 士官としての仕事なんて、なにもやっていないですしね! でも、それとこれとは話が違うでしょう!)
アリアは、心の中でツッコミをする。
「くっ! たしかに、士官として、まともに仕事はしていませんけど……」
痛いところを突かれたエドワードは、口ごもってしまう。
「大丈夫、大丈夫! あとで、安全な経路も教えるから! 君たちなら、きっとできる! 皆も、そう思うでしょう?」
ミハイルはそう言うと、天幕の中を見渡す。
アリアも、それにつられて、キョロキョロと周りを確認する。
(いや、皆、苦笑してるよ! 無理だと思ってる顔だよ、あれ!)
顔をしかめたアリアは、そう思った。
周囲にいた士官たちは、皆、苦笑いをしている状況である。
「いや、思いっきり苦笑しているではないですか!?」
エドワードは、すかさず突っこむ。
「彼らは僕がなにか提案すると、よく、ああいう顔をするんだ! いつも通りだよ! おっと! そろそろ、時間かな?」
長い棒を立てかけたミハイルはそう言うと、懐中時計を確認する。
「君たちも、ついてきて! ちょうど、一緒に行ってもらう人が来るから!」
ミハイルは懐中時計をしまうと、スタスタと天幕の外へ出ていく。
アリアたちは顔を見合わせた後、後ろをついていった。
(なんか、途中で話が途切れたな……このまま、うやむやになって、結局、行かされる流れか。はぁ……諦めて、切り替えよう……)
諦めたアリアは、少しでも前向きになろうとする。
歩きながら、周囲を少し確認した。
結果、サラたちも諦めたような顔をしていることが分かった。
どうやら、アリアと同じような考えに至ったらしい。
そんな中、エドワードがおもむろに口を開く。
「団長! これから来る人は、どんな人なんですか?」
「う~ん、僕も詳しくは知らないんだよね! なんでも、魔法兵団が誇る、秘蔵っ子らしいよ! 一人で魔法兵20人分くらいの実力があるってさ! 凄いよね!」
ミハイルは歩きながら、質問に答える。
その言葉を聞いたアリアは、少しだけ嬉しそうな顔をする。
「サラさん、ステラさん! そんな凄い人が一緒に行ってくれるなら、いけるかもしれませんね?」
アリアは、隣を歩いている二人に尋ねる。
「そうですの! 少し希望が湧いてきましたわ!」
サラは、先ほど違い、腕をブンブンと振って興奮している。
「いけますかね? 厳しいことには変わりないと思うんですが」
対して、ステラは冷静そうであった。
「僕もステラと同意見だ! 君たちも、そう思うだろう?」
エドワードはそう言うと、学級委員長三人組のほうを向く。
彼らは、ウンウンとうなずいている。
どうやら、同じ意見のようであった。
そこから、アリアたちはああでもない、こうでもないと話をしていた。
5分後、ミハイルが立ち止まる。
そこは、近衛騎士団が駐留している場所の近くであった。
王都ハリルに続いている道の近くでもあるので、通りかかる馬車からは良く見える場所である。
「ここだったら、大丈夫でしょう! ええっと……お! ちょうど来たみたいだね!」
ミハイルはそう言うと、道の先を眺める。
すると、遠目からでも豪華だと分かる馬車が近づいてきた。
赤い旗が取り付けられており、風を受けて、たなびいている。
「うわ! 凄い馬車ですね! 団長の馬車くらい豪華ですよ! そんなのに乗れるなんて、凄い人に違いありません!」
アリアは腕をブンブンと振って、興奮していた。
「そうですわね! きっと、魔法兵団の中でも、相当な実力がある人ですの!」
サラも、アリアと同様に興奮した声を上げる。
ガラガラと音を立てながら、馬車は近づいてきていた。
そんな中、アリアは違和感を覚える。
ステラ、エドワード、学級委員長三人組が、先ほどから、黙ったままであったからだ。
ミハイルも笑顔のまま、固まっていた。
「エドワードさん、どうかしたんですか?」
疑問に思ったアリアは、質問をする。
「いや、なんでもないんだ……きっと、違うに決まっている……」
エドワードはアリアに向かって、つぶやく。
どうやら、なにかを信じたくないようだ。
(本当にどうしたんだろう? とりあえず、ステラさんにも確認するか)
そう思ったアリアは、ステラのほうを向く。
「ステラさん、なにかあったんですか?」
「特に、なにもありませんよ」
ステラはそう言うと、なぜか腰を落とし、カレン流拳法術の構えをとっていた。
(なんで、構えているんだ!? 明らかにおかしいよ!)
アリアは、あたふたとし始める。
サラも、皆の様子がおかしいことに気づいたのか、あわわとしていた。
そんな中、ミハイルは懐から手紙を取り出す。
「はぁ……絶対、面倒を見切れないから、こっちに援軍として寄越したでしょう……アルビス殿、恨みますよ……」
ミハイルはそう言うと、手紙を放り投げ、原形がなくなるほど剣で切り刻んでいた。
アリアとサラは、一瞬で誰が来るのかを理解してしまう。
そうこうしているうちに、ミハイルたちの目の前に馬車が停まる。
その後、飛び降りた従者が、馬車の扉をすぐに開けた。
すると、中から、燃えるような赤い髪をした女性が降りてくる。
その瞬間、ステラの姿が消えていた。
「おーほっほっほ! みなさ、ぶへらぁ!」
なにかを言おうとしていたエレノアは、そのまま、5m程、吹っ飛んでしまう。
「さぁ、皆さん。団長から任務の詳細を聞くために、天幕に戻りましょうか」
殴った張本人であるステラはそう言うと、スタスタと歩き出す。
「なにしますの、ステラ! ちょっと、こっちを向きなさい! キー! 無視をするんじゃありませんの!」
エレノアは立ち上がると、急いでステラの後を追う。
(はぁ……たしかに、強いけどさ……なんでよりによって、エレノアさんなんだろう……)
ステラとエレノアの後ろ姿を見ながら、アリアはそんなことを思っていた。




