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アリアの軍生活  作者: 夕霧ヨル
ローマルク王国防衛編
57/148

57 ハインリッヒ・フォン・グラナック

 ――村を出発してから、1時間後。


 近衛騎士団の先発隊は、王都ハリルを目前にしていた。

 王都ハリルは、アミーラ王国の王都レイルと同じくらいの規模であり、高い壁に囲まれた都市である。


 そんな都市の周囲には、ミハルーグ帝国軍とイメリア王国軍の天幕が見渡す限りに広がっていた。


「とりあえず、邪魔にならない場所を見つけて、そこに先発隊を待機させようか!」


 馬車の扉を開けたミハイルは、近くを馬で走っているフェイとバールに伝える。


「はい!」


 二人は大きな声で返事をすると、自分の中隊に指示を出す。

 30分後には、王都ハリル周辺の空いている場所を見つける。

 ミハイルがミハルーグ帝国軍司令官の下に行っている間、先発隊は待機することになった。


「ふぅ~、やっと休憩できます! ここまで、まともな休みがありませんでしたからね!」


 馬から降りたアリアは、地面に座りこむ。


「本当ですの! 睡眠時間も少なくて、疲れましたわ!」


 サラも、アリアの隣に座る。


「途中、戦闘がありましたからね。それも、疲れの原因になっているかもしれません」


 ステラは、馬に餌をやっているようであった。


「ふわぁ~、なんだか眠くなってきました。でも、寝るのは、さすがに駄目ですよね?」


 アリアは腕を上に伸ばして、あくびをしている。


「良いのではないでしょうか? さっき、馬の餌をとりにいったとき、チラッと中隊の様子を確認しましたが、寝ている人が多かったですよ」


 ステラは馬の毛並みを櫛で整えながら、アリアのほうを向く。


「サラさんは、どう思いますか?」


「別に寝ても良いと思いますわ! どうせ、待機しているだけですの!」


「それじゃ、なにかあっても大丈夫なように、交代交代で寝ますか!」


「それが、良いですの!」


「私も賛成です」


 サラとステラは、アリアの案に賛成をする。

 それから、三人は交代交代で寝始めた。


 三人にとっては、寝られれば、どこでも良かったようである。

 それほど、三人は疲れ切っていた。


 近衛騎士団に着隊してから現在まで、まともな休日がない状況である。

 疲れていないワケがなかった。






 ――近衛騎士たちが寝ている頃。


 ミハイルは、フェイとバールを連れて、ミハルーグ帝国の天幕がある場所を歩いていた。

 近くでは、ミハルーグ帝国軍の兵士が動き回っている。

 奇異の目を向けられることはあったが、忙しいのか、誰も三人に話しかけようとはしなかった。


「どこに司令官がいるんだろうね? これ見よがしに、天幕の上に大きな旗とか立っていると思ったけど、見当たらないな!」


 ミハイルはそう言うと、両腕を頭の後ろで組む。


「ここら辺にはいないのかもしれません」


 隣を歩いているバールは、ミハイルのほうに顔を向ける。


「バール! お前の高身長を活かしても、旗を確認できないのか?」


 フェイは、ぴょこぴょこと飛び跳ねて、なんとか旗を探しているようであった。


「確認できないから進言をした」


 バールは、即座に発言をする。


「しょうがない! 忙しそうにしているから声をかけないようにしていたけど、聞いてみようか!」


 ミハイルはそう言うと、地面にしゃがんで作業をしている兵士に近づく。


「忙しいところ悪いんだけど、ミハルーグ帝国軍司令官のいる場所を教えてもらえないかな?」


 気軽な感じで、ミハイルは尋ねる。


「あぁ? お前、イメリア王国の兵士か? 見て分からないのか? こっちは忙しいんだよ! 他を当たってくれ!」


 ミハルーグ帝国の兵士は、イラついた声を上げる。

 その声を聞いた瞬間、フェイとバールは自分の武器を兵士の首元に当てていた。


「お前! この方は、アミーラ王国の近衛騎士団長だぞ! 現役の少将に向かって、なんだ、その口の利き方は! 死にたいらしいな!」


「団長に無礼は許さん」


 フェイとバールは、かなり怒っているようである。

 どうやら、兵士の態度が気に障ったようだ。


「ハイハイ! 二人とも、武器をしまって!」


 ミハイルは二人の肩を叩く。


「ふん! 命拾いしたな!」


「相手をちゃんと確認したほうが良い」


 二人はそう言うと、武器を背中に戻した。


「し、失礼しました! 今すぐ、司令官の下まで案内いたします!」


 兵士は急いで立ち上がると、ミハイルに向かって、右手をあげ敬礼をする。


「いや、忙しいところ、悪いね! それじゃ、お願いするよ!」


 ミハイルも右手をあげ敬礼を返す。

 そこから、兵士の案内に従って、三人は歩き始めた。


 30分後、ミハルーグ帝国軍司令官のいる天幕に到着した。

 入口の横には、獅子の絵が描かれた大きな国旗が置かれている。


「忙しい中、わざわざありがとう! 助かったよ!」


「いえ! お役に立てて、光栄です! それでは、失礼します!」


 ミハイルの言葉を聞いた兵士は敬礼をした後、戻っていった。


「それじゃ、入ろうか! 二人とも、失礼がないようにね!」


「はい!」


 フェイとバールが返事したことを確認すると、ミハイルは天幕の中に入っていく。


「すいません! 援軍で来たアミーラ王国の近衛騎士団長ですが、ミハルーグ帝国軍司令官はいますか?」


 天幕の中に響き渡るように、ミハイルは大声を出す。

 その瞬間、大きな机の周辺にいた士官たちはミハイルに注目する。

 沈黙が流れる。


「アミーラ王国の近衛騎士団長ですか! 少し遅かったので、心配しましたよ!」


 天幕の奥にいたハインリッヒ・フォン・グラナックは、急いで駆け寄る。

 ハインリッヒは、優しそうな面持ちをした男性であった。

 30代くらいの見た目に反して、つけている階級章は大将のものである。


「道中、エンバニア帝国軍の斥候隊と遭遇しましてね! 安全を期して、西に迂回したので、遅れてしまいました!」


 ミハイルはそう言うと、右手を差し出す。


「ああ! 名乗りもせず、失礼しました! 私は、ミハルーグ帝国軍を率いているハインリッヒというものです! よく来てくれました!」


「私は、アミーラ王国の近衛騎士団長、ミハイルです! よろしくお願いします!」


 ミハイルはそう言うと、固い握手を交わした。


「さっそく、戦況の確認をしていただきたいのですが、大丈夫ですか?」


 ハインリッヒは手を放すと、机の前に移動しようとする。


「もちろんです! ただ、その前に少しだけ確認したいのですが?」


 ミハイルは、笑顔のまま尋ねた。


「なんですか?」


 ハインリッヒは足を止め、ミハイルのほうを向く。


「近衛騎士団は、どこに天幕を張れば良いですかね? あと、食料を切らしていまして、援助していただけるとありがたいです!」


「天幕は王都ハリルの出入りに邪魔にならないところであれば、どこでも大丈夫です! 食料については、副官に準備をさせましょう! エドウィン! 頼むよ!」


 エドウィン・フォン・トロッタのほうを向いたハインリッヒは、指示をする。


「了解しました」


 20代くらいの精悍な顔をした男性であるエドウィンは、返事をした。

 階級は少佐である。


「ハインリッヒ殿、ありがとうございます! フェイ、バール! 先発隊がいる場所まで、案内をして! あと、本隊の受け入れ準備もお願い! 場所は邪魔にならないところでね!」


 ミハイルはハインリッヒにお礼を言うと、フェイとバールに指示をする。


「了解しました!」


 二人は大きな声で返事をすると、エドウィンの後ろをついて、天幕の外に出ていった。


「さて、ミハイル殿! 机の前に来てください! 地図で戦況を確認していただきます!」


「分かりました!」


 ハインリッヒに促され、ミハイルは地図が見える位置まで前進する。

 机一面に広げられた地図には、線が引かれ、至る所に数字が書かれていた。


「それでは、説明を始めます。まずは、北部から! 北部一帯は、現在、エンバニア帝国軍4万に占領されています! そのせいで、鉄の原料である鉄鉱石を採掘できず、ほぼミハルーグ帝国が供給している状態です」


 ハインリッヒは、机に立てかけられていた棒を使い、ローマルク王国の北部を指し示す。


(ということは、エンバニア帝国軍に、鉄鉱石を使われているんだろうな。対して、こちらは鉄不足にされていると。ミハルーグ帝国も支援はしているんだろうけど、厳しい戦況だな)


 ミハイルの顔から、笑顔が消える。


「ご察しの通り、これだけでも、相当厳しい状況です! 王都ハリルがミハルーグ帝国に近い場所になければ今頃、滅ぼされていたでしょう!」


 ハインリッヒはミハイルの顔を確認すると、地図に向き直った。


「説明を続けてください」


 ミハイルは地図を見たまま、促す。


「分かりました! 次は、南部の説明をします! 南部は、2万のエンバニア帝国軍が侵攻中です! 森林地帯があるため、進軍の速度は遅いですが、着実に王都ハリルに迫ってきています」


「ただ、今すぐ、なんとかしないといけないワケではなさそうですね」


「おっしゃる通り! こちらに関しては、森林地帯での戦闘が得意なイメリア王国軍2万に足止めをしてもらいます! それで、多少は時間を稼げるかと!」


「戦力も同数ですし、南部は大丈夫そうですね」


 ミハイルの顔が少しだけ優しくなる。


「あ! 勝手に決めていますけど、私が連合軍の総司令官になることは、各国軍の司令官に了承してもらっています! ミハイル殿にも、了承していただけるとありがたいのですが!」


「援軍の多さからしても、ハインリッヒ殿が適当だと思います! ローマルク王国軍の司令官がやっても、誰も従わなさそうですしね!」


 ミハイルは、笑顔で了承した。


「ありがとうございます、ミハイル殿! さて、話を戻しますか! 問題は中部です!」


 ハインリッヒはそう言うと、王都ハリルに近い橋を棒で指し示す。


「中部は最も切迫しています! 王都ハリルから東に30kmの場所にあるリーベウス大橋まで、エンバニア帝国軍が迫ってきている状況です! いつ、王都ハリルに侵攻してきてもおかしくありません!」


 ハインリッヒは、力のある声でそう言った。


(なんで、こんなになるまで攻められているんだ? ここでエンバニア帝国軍がさらに軍を派遣してきたら、詰みだろう……)


 ミハイルは珍しく険しい顔になってしまう。


「言いたいことは分かります! ほぼ詰みなのは、誰が見ても明らかですからね!」


 ハインリッヒは、なんとかミハイルの機嫌を直そうとする。


「そもそも、こうなる前にローマルク王国は、なにか手を打とうと思わなかったんですか?」


 ミハイルは、険しい顔のまま、尋ねた


「もちろん、救援要請は来ていました! ですが、莫大な物資を送っている以上、自分たちで、なんとかしてほしいというのが陛下の意思でして……説得をしている間に、ここまで、戦況が悪化してしまいました。完全に私の不徳の致すところです」


 ハインリッヒは、シュンとしてしまう。

 周りの士官たちも、悔しそうな顔をしていた。

 どうやら、なんとかしようと頑張ってはいたようである。


「なるほど。たしか、ミハルーグ帝国は、最近まで、西のエザイア王国と国境線で争っていましたね。そっちに軍を派遣していて、余裕がなかったのもあるのではないですか?」


「いえ、余裕自体はありました! 一応、我が国はガリス大陸の中でも有数の大国なので! ですが、陛下は自国の兵士を他国の防衛のために送るのを嫌っていたので、説得に時間がかかってしまいました!」


「至極当然の感覚だと思います! そもそもの話、支援を受けていたローマルク王国がなんとかしないといけないことですからね!」


「それを言っては、お終いですよ、ミハイル殿! 話を戻しますよ! とりあえず、リーベウス大橋を奪還しないと、危機的な状況は変わりません!」


 ハインリッヒは、力強い声を上げる。


「なにか、方策はあるんですか?」


 ミハイルは、ハインリッヒに尋ねる。


「現状、損害を出さずに奪還する方法は思いついていません! ミハルーグ帝国軍3万で力押しすれば、さすがにいけると思いますけど、甚大な被害が出るのは確実です! そうすると、後の戦闘に支障をきたす可能性が高くなってしまいます! それが、悩みどころですね!」


 ハインリッヒは、思案顔をしていた。


(まぁ、橋を落とすのは難しいだろうね。大河を船で渡ろうとしても、攻撃の的になるだけだと思うし。しょうがない。この状況だったら、近衛騎士団が動くしかないな)


 ミハイルはそう思うと、口を開く。


「ハインリッヒ殿! リーベウス大橋の奪還は、近衛騎士団にお任せください!」


「やってくれますか! それは、ありがたい! ただ、分かっているとは思いますが、かなり厳しい戦いになりますよ!」


「安心してください、ハインリッヒ殿! 近衛騎士団が少数といえど、十分に戦力になることをお見せしましょう!」


「それは、心強い! それでは、リーベウス大橋奪還をお任せします!」


「承知しました!」


 ミハイルは、笑顔でそう言った。

 そこから、リーベウス大橋奪還作戦をハインリッヒとミハイルで相談し始めた。

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