54 協議
――王国歴500年5月。
大きな転換点を迎えようとしていた。
2年以上、エンバニア帝国と戦いを繰り広げていたローマルク王国は、その国土の4割を失ってしまっていた。
開戦から支援をし続けてきたミハルーグ帝国は、この状況を鑑み、大規模な派兵を決定する。
対エンバニア帝国の緩衝地帯となっていたローマルク王国を、失うワケにはいかなかったためであった。
同じくして、ミハルーグ帝国はアミーラ王国、イメリア王国に援軍を要請する。
ローマルク王国の南東部に位置するイメリア王国は、対岸の火事ではなかったため、すぐに派兵を決定した。
そのような状況で、アミーラ王国は対応を協議することになる。
王城の会議室。
そこには、アミーラ王国の主要な役職に就いている者たちが集まっていた。
「この部屋に集まってもらったのは、他でもない! ミハルーグ帝国の援軍要請に関して協議をするためである! まずは、宰相、国内情勢の概要を説明してくれ!」
豪華なイスに座ったハインツは、横で立っていたラルフ・ブルーのほうに顔を向けた。
ラルフは青い髪をした若い男性であり、4大貴族ブルー家の当主でもあった。
「承知しました」
ラルフは青い髪を揺らしながら、壁に立てかけられていた長い棒を持つ。
その後、机の上に広げられた大きな地図の前に立つ。
「現在、我が国は、税金を下げ、重要な産業に補助金を出すなどして国力回復に努めている状況です。ハミール平原の戦いに物資をとられていたため、国内は不景気になってしまいました。今でも、多少上向いてきたとはいえ、回復したとは言い難い状況です」
ラルフはそう言うと、地図の上にあるハミール平原を棒で指し示す。
「加えて、ハミール平原では、現在、エンバニア帝国に備えるための要塞を作成中です。そのために、莫大な戦費がかかっています。これが国力回復の妨げになっている状況です」
「どのくらい、戦費はかかっているのだ?」
険しい顔をしたハインツは、ラルフに質問をする。
「現在までにかかった戦費だけでも、600億ゴールドです。最終的には、1000億ゴールドほどかかると見積もられています」
「はぁ……そんなにかかっておるのか。だが、要塞作成をやめるワケにもいかんしな……今は、我慢のときか……」
ハインツは、気落ちしてしまう。
「王よ。説明を続けても良いですか?」
「頼む」
ハインツの言葉を聞いたラルフは、棒でレイテルを指し示す。
「次にレイテルでのスオット密輸の影響について説明します。さいわい、これに関しては、レナード殿が流入経路を潰してくれたため、国内でのまん延を防ぐことができました。その他、各都市に関しては、治安状況も改善され、国全体として流通が活発化している状況となっております。私からの説明は、以上です」
ラルフはそう言うと、お辞儀をして、長い棒を元の場所に戻した。
「ありがとう、宰相! 次、国外情勢に関して、レナード、概要を説明してくれ!」
ハインツはそう言うと、レナードのほうに顔を向ける。
「分かりました」
離れた場所でイスに座っていたレナードは立ち上がると、長い棒を手に取った。
そのままの状態で、先ほど、ラルフが立っていた場所に立つ。
「それでは、国外情勢について説明したいと思います。まず、エンバニア帝国について。エンバニア帝国は、ハミール平原に差し向けていた軍をローマルク王国侵攻軍に組み入れ、総勢10万の大軍で攻めています。北部4万、中部4万、南部2万に分けて、三方向から侵攻している状況です」
レナードは言葉を区切ると、続ける。
「対して、ローマルク王国は、ミハルーグ帝国の支援を受けながら、防衛を続けています。ですが、2年間にわたる戦いの結果、北部一帯は完全に制圧されてしまいました。中部、南部も、戦況が厳しい状況です。当然、治安も悪化しています。加えて、軍内部の規律も、相当緩んでいるようです」
それぞれの場所を棒で指し示しながら、レナードは説明をした。
「……そうか」
ハインツはそう言うと、黙ってしまう。
レナードは、そのまま続ける。
「次に、ミハルーグ帝国について説明をします。ミハルーグ帝国は、開戦したときからローマルク王国に対して、莫大な物資の支援をしていました。ですが、ローマルク王国が押しこまれてしまったため、8万の軍勢を派遣することに決まったようです。ただ、莫大な物資の支援をし続けていたため、ミハルーグ帝国に、それほどの余裕はない状況だと考えられます」
「まぁ、我が国に援軍要請をするくらいであるから、そうなのだろうな」
ハインツは、小声でつぶやく。
「次に、イメリア王国について説明をします。イメリア王国は、ローマルク王国に隣接しているため、即座に2万の軍勢を派遣することを決めたようです」
「2万もか……ずいぶん、大胆な選択をしたな」
「イメリア王国の総兵力の2割ですからね。それほど、事態を重く見ているということでしょう。私からの説明は以上です」
レナードはそう言うと、お辞儀をし、棒を戻すと元いた場所に戻った。
「大体、国内と国外の情勢は分かったと思う。今、聞いたことを踏まえて、ミハルーグ帝国からの援軍要請の是非について、意見を聞いていく! まずは、宰相、そなたからだ!」
ハインツはそう言うと、ラルフのほうを向く。
「私は、今回の援軍要請には反対です。大規模な出兵となれば、間違いなく、アミーラ王国は不景気に逆戻りします。ただでさえ、ハミール平原の要塞作成に、戦費がかかっているのです。これ以上の負担は、望ましくないかと」
ラルフは、反対の意見を述べる。
「そなたの意見は分かった! 次、レナード!」
ハインツはそう言うと、レナードのほうを向く。
「私は、賛成です。ローマルク王国を陥落させた後、エンバニア帝国は、イメリア王国と我が国に攻め寄せるでしょう。近い将来、どのみち、戦うことになるのです。ならば、少しでも戦力を削いでおいたほうが良いと考えます。また、援軍を出し渋れば、ミハルーグ帝国は、我が国を敵視するかもしれません。そうなれば、将来、物資の援助や援軍を借りることはできなくなるでしょう。なので、援軍要請に応じたほうが得策だと考えます」
立ち上がったレナードはそう言うと、イスに座った。
「たしかに、余がミハルーグ帝国の皇帝だとして、送ってこないと分かれば激怒するであろうな! レナード、そなたの意見は分かった! 次、ダニエル!」
ハインツは、ダニエルのほうを向く。
「私も、レナード殿と同様の意見です。ただ、大規模な援軍を出すことには反対です。現状、我が国の軍に、そこまでの余裕はありません。ハミール平原の戦いで、かなりの兵士が死んでしまったため、全体として軍の力が落ちてしまっている状況です。ここに、大規模な派兵が加わると、軍のさらなる弱体化はさけられないでしょう。そうなれば、近い将来、エンバニア帝国と戦うことになった際に、窮地に陥ってしまう可能性が高いです。なので、援軍は小規模に留めたほうが良いと思います」
「小規模か……ただ、そうすると、ミハルーグ帝国の皇帝は我が国に対して、悪い印象を持つではないか? 余であれば、少しの援軍しか送られてこなければ、憤慨すると思うがな!」
「王の懸念は最もだと思います。ただ、先ほども申し上げたとおり、大規模な派兵で我が国の軍が弱まってしまうと、エンバニア帝国に対抗することが難しくなる可能性が高いです。ミハルーグ帝国の面子を潰さない代わりに、エンバニア帝国の利になってしまいます。我が国にとって、エンバニア帝国が有利になるような行動は極力避けなければなりません。そのため、援軍は小規模なものでなければ、厳しいです」
「ムム……そなたの言うことも一理あるな! ただ、そうすると、ミハルーグ帝国の面子を潰してしまう……」
ハインツはそう言うと、考えこんでしまった。
会議室に重い空気が立ちこめる。
そんな中、いきなりミハイルが立ち上がった。
「王よ! 進言してもよろしいでしょうか?」
ミハイルは、右手を上げて、目に留まるようにする。
「なにか、良い案でもあるのか? 言ってみろ!」
ハインツは、自信がありそうなミハイルに興味を持つ。
「要は、小規模で、なおかつ、ミハルーグ帝国の面子を潰さないような軍勢であれば良いのですよね? ならば、うってつけの部隊があるではないですか!」
「そんな部隊があるのか? 早く、教えてくれ!」
ハインツは、解決の糸口を見出したのか、話すように促す。
「僕が団長を務めている近衛騎士団です! それならば、小規模で、なおかつ、ある程度の軍勢と同じくらい戦えると思います!」
「なるほど、近衛騎士団か! それならば、ミハルーグ帝国の面子を潰すことはないであろう! ただ、いなくなってしまうと、王城の警護がな……」
ハインツはそう言うと、渋い顔をしていた。
どうやら、王城の警護が薄くなって、自分の身に危害が及ぶことを懸念しているようである。
そんな中、ダニエルが立ち上がった。
「王よ。心中お察しします。ただ、王城の警護に関しては、王都レイルに駐留している第1師団が代行で行えば良いかと。近衛騎士団ほどではありませんが、それなりに実力は持ち合わせているので、賊程度に不覚をとることはないと断言できます」
「そなたがそう言うのであれば、大丈夫なのだろう! レナード! そなたはどう思う?」
安心したのか、いつもの表情に戻ったハインツは、質問をする。
指名を受けたレナードは立ち上がった。
「私が団長をしていた頃と変わっていなければ、大丈夫だと思います。ただ、今はミハイル君が団長をしているので、なんとも言えません。もしかすると、弱くなっている可能性もありますね」
レナードは、柔和な笑みを崩さず、毒を吐く。
「レナード殿は、相変わらず厳しいですね! かつての副団長を信じてくださいよ! 大丈夫です! 今でも、近衛騎士団はその名にふさわしい実力を持っていますよ!」
ミハイルは、笑顔をレナードに向ける。
「それなら、良かった。王よ。近衛騎士団を派遣しても、大丈夫みたいです」
「分かった! 座って良いぞ!」
ハインツはそう言うと、ラルフのほうに顔を向けた。
レナードはというと、静かに座る。
「宰相! 近衛騎士団の派遣にあたって、戦費はいかほど、かかりそうだ?」
ハインツは、隣に立っているラルフに質問をした。
「人数が分からないと、なんとも言えません。ミハイル殿、近衛騎士団は何人ぐらいいますか?」
ラルフは、ミハイルのほうに顔を向ける。
「大体、1000人くらいですね! まぁ、それほど、戦費はかからないと思いますよ!」
ミハイルは、笑顔で答えた。
「1000人くらいですか……王よ。少しの間、お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「分かった!」
「ありがとうございます」
ラルフはそう言うと、懐から、紙を出して確認し始めた。
どうやら、どのくらい戦費がかかるかを計算しているようである。
数分後、紙をしまうと、ラルフが口を開く。
「今、この場で細かい数字を申し上げることはできませんが、許容範囲内ではあると思います。見積もられる戦費は、財務大臣に調べさせた後、あとで報告をします」
ラルフは、ハインツの顔を見ながら、そう言った。
「よし! 決まりだな! 他になにか意見がある者はいるか?」
ハインツはそう言うと、会議室を見渡す。
誰も、手を上げようとはしなかった。
「他に意見はないようだな! それでは、近衛騎士団を援軍として送ることとする! 速やかに行動できるように、調整をせよ! それでは、解散!」
ハインツは大きな声でそう言うと、会議室を出ていく。
残された者たちも、次々と足早に部屋を出ていった。
そんな中、ダニエルがイスに座っているミハイルに近づく。
「ミハイル殿、今回の援軍はかなり危険なものになるだろう。近衛騎士団であれば、万が一にも大丈夫だとは思うが、危ないと思ったら、すぐに戻ってきてくれ。アミーラ王国軍の兵士が、自国の防衛でなく、他国の防衛で死ぬのは忍びないからな」
ダニエルはミハイルの顔を見下ろしながら、そう言った。
「もちろんですよ! 近衛騎士たちにも、家族はいますからね! 他国の防衛のために死んだなんて、説明できないですよ! 無駄死にさせたと思われるに決まっています!」
「分かっているなら、それで良い。君たちの無事を王都レイルから祈っているよ」
ダニエルはそう言うと、部屋を出ていく。
「あ。ミハイル君。うちの娘を死なせたら、八つ裂きにするからね。それでは、また、今度」
ミハイルに近づいてきたレナードはそう言うと、次の瞬間には消えていた。
「ふぅ~、恐い、恐い!」
一人残ったミハイルは、手を横に振る。