53 近衛騎士団
結局、アリア、ステラ、サラは、暗くなるまで王城の周りをグルグルと走ることになった。
終わった頃には、軍服が汗でびしょ濡れになってしまっていた。
ポタポタと汗が落ちており、絞れそうなほどである。
当然、そうなるまで走らされたので、無事なワケがなかった。
三人は、近衛騎士団の詰め所に到着すると、崩れ落ちてしまった。
「し、死にますの……本当にヤバかったですわ……」
「さすがに疲れましたね。死ぬかと思いました」
サラとステラは、荷物から解放された後、四つん這いになってしまう。
「…………」
アリアはというと、地面に手と膝をついたまま、動かない。
「頑張ったな」
汗だくのバールが飲み物を持ってやってくる。
三人は、受け取ると、すぐに飲み干す。
(ああ! 染み渡る! 最高!)
アリアは声を出さず、満面の笑みを浮かべていた。
「ぷはぁ! 生き返りますの!」
「本当ですね!」
サラとステラも、嬉しそうな声を出している。
空になった容器をバールに返すと、三人は詰め所の入口で座りこんでしまう。
「最後まで残ったのは、お前たちだけみたいだな!」
荷物を片づけ終わったのか、フェイがやってくる。
もちろん、長時間走っていたため、汗でびしょ濡れになっていた。
「他の人たちはどうなったんですか?」
少し元気を取り戻したアリアは、質問をする。
「うん? 途中で脱落したやつらか? 医務室で寝ているぞ? 医者が言うには、全員、大丈夫だそうだ!」
聞かれたフェイは、さらっと答えた。
「そうですか。良かったです」
アリアはそう言うと、考えを巡らせる。
(エドワードさんとか、泡吹いて倒れていたけど、大丈夫なら安心だ。まぁ、そうじゃなかったら今頃、大変なことになっているし、当たり前か)
ふぅと息を吐きながら、そんなことを考えていた。
三人の様子を確認すると、フェイは口を開く。
「疲れていると思うが、今から団長のところに行って、挨拶をしてもらう! 案内するから、私についてこい!」
「今ですか!? 汗でびしょ濡れですよ!? 失礼じゃないですか!?」
アリアは、抗議をする。
「そうですわ! せめて、着替えてからいきたいですの!」
「仮にも団長のところにいくのですから、着替えたほうが良いかと」
サラとステラも、同調をした。
「大丈夫だ! 毎年、びしょ濡れのまま挨拶してるし、団長はそういうの気にしないから!」
フェイは、元気な声で答える。
(くっ! 休んだ後、行けたら良かったのに! 今は疲れているから、動きたくない!)
アリアは、心の中で悔しがった。
仕方なく、三人は立ち上がると、フェイの後ろをついていく。
数分後、団長のいる部屋に三人は入る。
「お! 今年は三人も残ったみたいだね! 体力があってなによりだ!」
イスに座っているミハイルは、三人を見るとそう言った。
(なんか、挨拶って感じがしないな。もっと厳粛なハズなんだけど)
和やかな雰囲気であったので、アリアは違和感を覚える。
「ああ! 緊張しなくて良いよ! 僕は、堅苦しいのが嫌いだからね!」
ミハイルはそう言うと、イスから立ち上がった。
その後、棚に畳んで置いてあった軍服を、三着、手に取る。
「はい! 君たちの新しい軍服! 明日からはそれを着てね!」
ミハイルは、三人にそれぞれ一着ずつ渡す。
受け取った軍服には、左胸に鷲の絵が刺繡されていた。
また、少尉の階級章もつけられている。
三人はお礼を言うと、軍服を受けとった。
(これで、私も士官か。全然、実感が湧かないな)
アリアは、手にした軍服を見ている。
「まぁ、大変なことも多いと思うけど頑張ってよ! それじゃ、フェイ! あとは頼んだよ!」
ミハイルはそう言うと、イスに戻った。
「はい、了解しました! 三人とも、近衛騎士団の基地を案内するから、ついてこい!」
フェイは返事をしたあと、お辞儀をし、団長室を後にする。
三人もお辞儀をすると、フェイについていく。
そこから、近衛騎士団の基地の中を案内される。
(王城の入口のほうにあった詰め所と違って、設備が充実しているな。まぁ、詰め所って、王城の警備のために設けられているだけだから、当たり前か)
アリアはフェイの後ろをついていきながら、そんなことを考えていた。
しばらくすると、寮と思われる建物の前に到着した。
「ここが、女子寮だ! 中を案内するから、ついてこい!」
フェイはそう言うと、速足で歩いていく。
三人は置いていかれないように、ついていった。
10分後、女子寮の案内が終了する。
三人は、フェイの部屋の前に立っていた。
「これが各自の部屋の鍵だ! なくさないように! それじゃ、基地の案内も終わったし、私は部屋に戻るとする! 夕食は部屋に置いてあると思うから、食べてくれ! 食べ終わった容器は、朝、食堂にいったときに返せばいい! 荷物は運んであるハズだから、確認しておけ! あと、なにか質問はあるか?」
フェイは早口で話すと、三人に部屋の鍵を渡す。
どうやら、部屋に戻って、早く休みたいようである。
「フェイ大尉、明日の予定を教えてください」
ステラは、落ちついた声で質問をした。
「とりあえず、明日の7時40分に私の部屋の前に集合しろ! あとのことは、そのときに指示をする! あ! あと、お前たちが配属された第2中隊の中隊長は、私だからよろしくな!」
フェイはそう言うと、手を差し出してくる。
三人は返事をすると、一人ずつ、握手をした。
その後、三人は自分に割り当てられた部屋に向かう。
「それじゃ、夕食を食べた後、お風呂にいきましょうか!」
「分かりましたの!」
「それが良いですね」
三人は言葉を交わすと、自分の部屋に入っていく。
(サラさんとステラさんの部屋に隣り合っているから、なにかあったら、すぐにいけて便利だな)
アリアは扉を開けながら、そんなことを思っていた。
中に入ったアリアは、部屋の中を見渡す。
ベッド、戸棚、机、イスなど生活する上で使う物は、一通り揃っていた。
(物は大丈夫そうだな。広さも一人で使う分には十分だ。とりあえず、腹ごしらえをするか)
そう思ったアリアは、イスに座り、机の上に置いてあった夕食を食べ始める。
食べ終わると、お風呂道具を持ち、サラ、ステラと合流をした。
女子寮のお風呂場で汗を流し終わると、三人は解散となる。
部屋に戻ったアリアは、ベッドの上に寝転がった。
(今日は本当に疲れたな。覚悟はしてたけど、初日からこれはヤバいよ。今日の午前中にあった卒業式が、遥か昔のことように感じるな。まぁ、そんなことを考えても仕方がない。とりあえず、明日に備えて、さっさと寝るか)
寝間着姿のアリアはそう思うと、目を閉じる。
疲れていたため、すぐに眠りについた。
――次の日の朝。
基地の食堂で朝食を食べた三人は、フェイの部屋の前に集合していた。
「よし! お前たち、集まったか! それじゃ、朝礼があるから、訓練場にいくぞ!」
部屋から出てきたフェイはそう言うと、歩き出す。
三人も返事をすると、後ろをついていく。
数分後、基地の中にある訓練場に到着する。
そこでは、お立ち台が見えるように、近衛騎士団の面々が整列している最中であった。
「団長が話した後に、一人ずつ自己紹介をしてもらうから、準備しておけよ! 私は自分の中隊の場所にいくからな!」
フェイはそう言うと、第2中隊が整列している場所に向かって、歩いていく。
お立ち台の近くには、三人の他に、エドワードたちがいるようであった。
しばらくすると、朝礼が始まる。
すると、ミハイルがお立ち台に上がった。
「おはよう! 今日も良い天気だね! まぁ、君たちも知っていると思うけど、昨日、近衛騎士団に新任の士官が着隊をしたんだ! 一人ずつ、自己紹介をしてもらうから、ちゃんと聞くようにしてね!」
ミハイルはそう言うと、お立ち台を降りる。
そこから、一人ずつ、自己紹介をしていく。
終わると、最後にミハイルが少しだけ話し、朝礼は終了した。
移動した三人は、訓練場にいる第2中隊の面々の前で改めて、自己紹介をする。
それも終わると、さっそく、訓練が始まった。
「午前は、実力を知ってもらうために、三人と試合をしてもらう! それぞれ、準備が出来次第、試合を行うようにしろ! 審判は、試合をしていない者が行え! 分かったか!」
「はい!」
フェイの言葉を聞いた第2中隊の面々は、大きな声で返事をする。
こうして、三人は試合をすることになった。
(なんだか、緊張する。相手が近衛騎士だからかな?)
アリアは訓練場で剣を構えながら、そんなことを考える。
少し離れた場所には、剣を構えた近衛騎士がいた。
「それでは、始め!」
準備が整ったと判断したようであり、審判は声を上げる。
すると、相手の近衛騎士が剣を振りかぶりながら、突っこんできた。
(くっ! 速い!)
アリアは、なんとか反応すると、剣で受け止める。
(重すぎる! これ、押し切られるかもしれない! なんとか受け流さないと!)
ジリジリと剣が押されているため、アリアは剣を少し引いて、受け流そうとした。
だが、次の瞬間、ガギンという音がした後、剣を弾き飛ばされてしまう。
どうやら、アリアが剣を引いたのを見逃さず、剣を横に返して、弾いたようである。
(噓でしょ……)
アリアは、呆然としていた。
今まで、こんなに簡単に剣を弾かれたことがなかったためである。
審判が大きな声で、相手の近衛騎士の名前を叫んでいた。
声が聞こえると、アリアは我に返る。
(さすが、近衛騎士! 私程度では、相手にならないか! 少しはいけるだろうと思っていたけど、考えを改めたほうが良いな!)
アリアはお辞儀をした後、弾き飛ばされた剣を拾う。
「次、お願いします!」
元の位置に戻ったアリアは、剣を構える。
そこから、近衛騎士との連戦が始まった。
当然、アリアは全力で戦う。
だが、ほとんどの近衛騎士に負けてしまった。
たまに、良い勝負をすることもあったが、勝つまでに至ることは少なかった。
結果、勝てたのは二人だけである。
午前中の間、ずっとアリアは試合をし続けたため、終わった後、訓練場から動けなくなってしまった。
「はぁはぁはぁ……サラさん、何人に勝ちましたか?」
同じく隣で動けなくなっているサラに、アリアは質問をする。
「……二人だけですの。アリアは?」
「私も二人です……もしかすると、同じ人かもしれませんね。ステラさんはどうですか?」
アリアは、心配そうに見ているステラに尋ねた。
「10人くらいですかね。ほとんど負けましたよ。学級対抗戦で勝てたのは、運が良かったみたいです」
ステラは、いつもと変わらない声で答える。
だが、顔は腫れているところが多く、一目で激戦を繰り広げたことが分かるような状況であった。
「ステラさんでも、10人ですか……やっぱり、近衛騎士団の人たちは強いですね!」
多少回復したアリアはそう言うと、立ち上がる。
「おかしいですわ! 一人一人がヤバいくらい強いですの! ついていけるか心配ですわ!」
サラも回復したようであり、地面に手をついて、立ち上がった。
その後、三人は食堂で昼食を食べ、自分の部屋で少し休憩すると、訓練場に戻ってきた。
しばらくすると、第2中隊の面々も集まってくる。
「よし! 集まったみたいだな! 午後は、小隊長が考えた訓練を実施しろ! アリア、サラ、ステラは、私の下に来い! それでは、小隊長、頼んだぞ!」
「はい!」
第2中隊の小隊長である4人は大きな声で返事をすると、自分たちの小隊に指示を出していた。
そんな中、三人はフェイの下に集まった。
「まぁ、午前中に戦って分かったと思うが、近衛騎士はそこらの兵士の比ではないほど強い! 当然、黙らせるほどの実力がないと、指揮をするのは難しい! 本当は士官であるお前たちに、小隊長をやらせるべきなのだろうが、今の実力では到底無理だ! まず、誰も従おうとしないからな!」
フェイは、一度、言葉を区切る。
「だから、お前たちには強くなってもらうために特別訓練を課す! 団本部から連れてきた二人と私の計三人で、お前たちを訓練する! それでは、さっそく、始めるぞ!」
フェイは刃引きされた槍を持ちながら、そう言った。
それから、三人は試合形式の訓練を始める。
当たり前だが、連れてきた士官二人もフェイに劣らないほどの強さであった。
そのため、アリア、ステラ、サラは、何度も弾き飛ばされる。
その度になにがいけなかったのかを教えられ、ふたたび、三人は向かっていくというのを繰り返していた。
暗くなる頃には、全体の訓練に合わせて、特別訓練も終了する。
午前中よりも体を酷使した三人は、終わった瞬間、地面に寝転がってしまった。
それほど、キツイ訓練であった。
もちろん、そのような訓練であるので、体中にアザができている状況である。
こうして、一日が終了した。
終礼が終わった後、夕食を食べ、お風呂で汗を流した三人は、すぐに眠りについてしまう。