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52 卒業

 ――卒業式当日。


 門出を祝うかのように、快晴であった。

 朝早くから動いていたレイル士官学校の入校生たちは、校庭に整列している。


 もちろん、アリア率いる4組の入校生たちも並んでいた。

 そこから、しばらくすると、レイル士官学校の卒業式が始まる。


 入校式と同様に、来賓として偉い人がたくさんいるようであった。


(お。さすがに、卒業式だから王族も来ているみたいだな。クルト王子がいるよ)


 列の先頭に立っているアリアは、目だけを動かして確認する。

 イスに座っているクルトは『ふわぁ~』と聞こえてきそうなほど、大口であくびをしていた。


 どうやら、クルトといえど、午前中の早い時間帯に偉い人の話を聞くと、眠くなるようであった。


(一国の王子が人前で大あくびは駄目でしょう……たしかに、退屈で眠いだろうけど……)


 アリアはそんなことを思うと、お立ち台のほうに目だけを向ける。

 そこでは、相変わらず、偉い人が長々と話をしていた。


(毎度毎度思うけど、話が長すぎるし、人が多いよ! あれかな? まったく頭に入ってこない話を、立ったまま聞くという忍耐を鍛える訓練の一種なのか? それだったら、少しは納得できそうだ!)


 あくびをかみ殺すと、アリアはそう思った。

 少しおかしな表情をしてしまうが、バレてはいないようである。


(まぁ、バレているかもしれないけど、式典の最中だから指摘できないだけかも。まぁ、立ったまま寝なければ、大丈夫でしょう)


 アリアはそんなことを思いながら、右耳から入ってきた言葉を左耳から放出していた。

 つまり、偉い人の話を聞いていないということである。

 まだまだ、話は続きそうであった。


 あまりにも暇であったため、アリアは頭の中で考えを働かせる。


(はぁ……それにしても、昨日は最悪な気分だったな。近衛騎士団に配属された衝撃が強すぎて、思わず泣いてしまった。泣き止んだ後も、引きずってしまったしな。まぁ、一晩寝たら、頭がスッキリしてたから良かったけど)


 アリアは、偉い人の禿げた頭を見ていた。


(サラさんも、今日の朝には普通に戻っていたな。覚悟も決まっていたようだし、現実を受け入れたみたいだ。今更、配属先も変わらないし、私も切り替えないと。そうは言っても、はぁ……近衛騎士団か……他の部隊だったら、まだ納得できたんだけどな)


 アリアは、なんとかして割り切ろうとする。


(まぁ、近衛騎士団は主に王族の警護をしているから、前線に出るのは少ないハズ。訓練はヤバいほど、キツイだろうけど、それだけは救いだな。そう考えたら、少しだけやる気が出てきた)


 アリアは、フツフツとやる気が出るのを感じていた。

 それから、延々と続く偉い人の話を聞きながら、アリアはこれからの生活に思いをはせる。

 しばらくすると、クルトがお立ち台に上がってきた。


 偉い人は紙を見ながら話すが、クルトは違うようである。

 なにも持たず、入校生たちを見ながら、話し始めた。


「私はあまり話すのが得意ではないから、手短に話す。まずは、卒業おめでとう。私もここの卒業生の一人だから、厳しさは理解しているつもりだ。だから、卒業できたことを誇りに思ってほしい。また、卒業してからは本格的に士官として活躍してもらうことになる」


 クルトは、息継ぎをする。


「エンバニア帝国の脅威は日に日に増しており、近い将来、必ず戦う日が来るだろう。そのときのために、準備をし、戦場で指揮をするのが、士官たる諸君の役目だ。だから、今日を始まりとして絶えず自己研鑽に励んでほしい。僕からは以上だ」


 クルトはそう言うと、すぐにお立ち台から降りて、座っていた場所に戻った。


(これだよ、これ! この短さだよ! さすが、第1王子! やっぱり、王族は違うな!)


 偉い人の長話に辟易としていたアリアは、表情には出さないが、感動していた。

 特に凄いことをしたワケでもないが、アリアの中でクルトが、頼りない王子から話が短い良い人に格上げされる。


 それから、30分後。

 永遠に続くかと思われた卒業式が終了した。

 その後、1組から順に教室に戻っていく。


 数分後、4組の入校生が揃ったことを確認すると、ロバートはお別れの挨拶を話し始める。

 いつものような鬼の形相ではなく、ボロボロと泣きながら話していた。


(うっ……なんだか、涙が出てきたよ……泣くつもりなんて、なかったのに……)


 ロバートの姿を見ているアリアは、もらい泣きしてしまう。

 アリアと同様に、卒業生の多くが涙を流していた。

 数十分後、ロバートの話が終わる。


 その後、卒業生たちは一人ずつロバートと握手をし、教室を出ていった。

 アリアもお礼を述べた後、握手をして、教室を出ていく。

 向かう先は、女子寮であった。


 数分後、アリア、サラ、ステラは、自分の部屋に到着する。

 まとめた荷物を持つと、三人は女子寮を出発する。

 王城にある近衛騎士団の詰め所に向かうためである。


「なんだか、本当に卒業したんだなって思いますね!」


 泣きやんでいたアリアは、元気な声を出す。


「そうですわね! 昨日と比べて、今日は晴れやかな気持ちですの!」


 隣を歩いているサラも、嬉しそうに言った。


「女子寮で初めて会ってから、一年が経ったんですね。いろいろとありましたけど、お二人と仲良くなれて良かったと思います」


 ステラはいつも通りの顔をしているが、少しだけ弾んだ声を出す。


「私もステラさんと出会えて良かったです! これからもよろしくお願いします!」


「ワタクシもですわ! 近衛騎士団に行っても、よろしくですの!」


「こちらこそ、よろしくお願いします。近衛騎士団でも、頑張りましょう」


「はい!」


「もちろんですの!」


 アリアとサラは、元気よく返事をする。

 その後、三人はレイル士官学校の校門に近づく。

 外には、軍で使われている馬車がたくさん停まっていた。


 近くには、多くの軍人がいる状況である。

 卒業生たちは、自分が配属された基地の名前を叫んでいる軍人の前に近づく。

 その後、なにかを話した後、馬車にのりこむ。


 手綱を持った軍人は、卒業生が乗ったことを確認すると、馬車を走らせ始める。

 そのような光景が繰り返されていた。


「皆、部隊から派遣された馬車に乗っていきますね! 私たちも、近衛騎士団の馬車を探しましょう!」


「そうですわね!」


「はい」


 校門付近に到着した三人は、混雑している中、近衛騎士団の馬車を探す。

 だが、いくら探しても見つからない。

 それどころか、近衛騎士団の者すらいないようである。


「あれ? まだ、来ていないんですかね?」


「そうかもしれませんの!」


「これだけ、探してもいないとなると、そうかもしれません。少し待ちますか」


「そうしますか!」


「それが良いですの!」


 邪魔にならないように、三人は校門の近くで待つことにした。

 しばらくすると、遠くのほうから三人の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 三人は、声のした方向を向く。


 そこでは、おかっぱ頭の軍人が手を振っていた。


「あれ、多分、フェイ大尉ですね! 行きましょうか!」


「分かりましたの!」


「はい」


 急いで荷物を持つと、三人はフェイと思わしき人の下へ行く。


「三人とも、卒業おめでとう! とりあえず、そこにある馬車に荷物を載せてくれ!」


 近づいてきた三人に対して、フェイは指示をする。

 返事をすると、三人は近くにあった馬車に荷物を積みこむ。

 近衛騎士団ということもあり、馬車は専用のものであった。


 軍で一般的に使われる馬車よりも、遥かに頑丈そうである。


「よし! 積み終わったか! ちょっと、ここで待っていてくれ!」


 フェイはそう言うと、一緒に来ていたらしい数人の近衛騎士とともに、校門へ向かっていく。

 待っている間、三人は、バールと他愛のない話をしていた。


 しばらくすると、数人の卒業生を連れて戻ってくる。

 その中には、エドワード、1組から3組の学級委員長などが含まれていた。

 どうやら、近衛騎士団に配属された者たちのようだ。


 フェイは、その卒業生たちにも、荷物を馬車に積みこむように指示する。

 と同時に、近衛騎士たちが、馬車から重そうな荷物を降ろしていた。


「バール大尉……あれって、なんですか?」


 嫌な予感がしたアリアは、荷物を指差しながら質問をする。


「荷物だ」


 バールは、短く、そう言った。


「いや、それは分かってるんですが……」


 あまりにも簡潔な答えに、アリアは言い淀んでしまう。

 さらに、質問をしようとしたところ、肩を叩かれた。

 アリアは、肩を叩いた人物のほうに顔を向ける。


「アリアさん……今だけでも、嫌な気持ちにならないほうが良いですよ」


 ステラはアリアの顔を見ながら、首を横に振っていた。


「そうですわ……少しでも、気力を温存しますの……」


 サラは、なにかを悟ったようである。


「いや、もう、それ、なにが起こるか言っているようなものじゃないですか……」


 アリアはそう言うと、ガッカリとした面持ちになった。

 数分後、エドワードたちが荷物を積み終わる。

 すると、迎えにきた近衛騎士たちと卒業生たちを残し、馬車は出発してしまう。


 起こっていることが理解できていないのか、エドワードたちは困惑した表情をしている。

 対して、バールの隣にいる三人は、げんなりとした顔になっていた。


(やっぱり、こうなるか……)


 アリアは、人数分用意された荷物を見ている。

 そんな中、ガラガラと音を立て、馬車は遠ざかっていく。

 完全に見えなくなると、フェイが口を開いた。


「注目!」


 いきなり大きな声を出されたので、エドワードたちはビクッとする。

 その後、フェイのほうに顔を向けた。

 三人も注目する。


「これから、お前たちには近衛騎士団がどういうところか知ってもらう! 各自、地面に置かれた荷物を背負え!」


 全員の視線を受けながら、フェイは大きな声で叫ぶ。

 当然、困惑が広がっていた。

 対して、三人は黙々と指示された通りに荷物を背負う。


 想像以上に重いため、フラフラとしてしまっていた。


「フェイ大尉……これは、どういうことですか?」


 エドワードは困惑しながら、質問をする。


「これから荷物を背負って、近衛騎士団の詰め所まで向かってもらうだけだ! 分かったら、さっさと準備をしろ!」


 これ以上言うことはないとばかりに、フェイは急かす。

 周囲にいた近衛騎士たちも、早く準備するように促していた。

 エドワードたちは、困惑したまま、荷物を背負う。


 かなり重いため、アリアたち同様、フラフラとしていた。


「よし! 準備ができたみたいだな! お前たち、ついてこい!」


 フェイはそう言うと、走り始める。

 荷物を背負ったアリアたちも続く。

 バールを含めた近衛騎士数人は、周囲を囲んでいる。


(はぁ……始まってしまったか……それより、この荷物、コニダールで背負った太ったおじさんくらい重いんだけど、なにが入っているんだ……)


 アリアは走りながら、そんなことを考えていた。

 始まって時間が経っていないため、まだまだ、頑張れそうである。

 サラとステラも、あまり息を切らしていないようだ。


 対して、エドワードたちは必死の形相で走っている。

 息も切らし始めていた。

 誰が見ても、キツイということが丸分かりの状況である。


「おい! こんなんでへばってどうする! お前たちは近衛騎士になるんだぞ! もっと気合いを入れろ!」


 フェイが叫びながら、エドワードたちに近づく。

 周囲にいた近衛騎士数人も同じようなことを大声で言っている。


(うわぁ……大変そうだ。へばらないように頑張らないと。あんなに滅茶苦茶言われるのは、嫌だな)


 アリアはチラリと後ろを振り向いた後、そう思った。

 サラ、ステラ、アリアは、フェイの代わりに先頭を走っているバールについていく。


 しばらくすると、王城まで続く大通りに到着する。

 あと少し走れば、近衛騎士団の詰め所に着きそうであった。

 その頃には、荷物を背負った全員が死にそうな顔になりながら走っていた。


(本当にキツイ! 肩がもげそうだし、足も痛すぎる! 限界が近い気がするな! サラさんとステラさんは大丈夫か?)


 アリアは息を切らしながら、二人のほうを向く。

 サラは、大粒の汗を流し、なんとか食らいついている。

 ステラも、息を切らしながら、走っていた。


(状況は私と一緒か! まぁ、でも、近衛騎士団の詰め所は王城の敷地内にあるから、もうすぐで終わるハズだ! そう信じないと、気力がもたない!)


 アリアは、自分を奮い立たせる。

 その目には、王城しか見えていない。

 数分後、王城のすぐ前まで到着する。


(やったー! これで、終わりだ! この苦行から、やっと解放されるよ!)


 アリアは内心で喜びをかみしめながら足に力を入れる。

 最後の気力を振り絞っていた。


 だが、現実は無常である。

 王城を目の前にして、先頭を走っていたバールが、いきなり方向転換をしたのだ。

 結果、どんどんと王城から離れていく。


(……終わりだ)


 アリアは体に力が入らなくなるのを感じた。

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