51 配属
結局、ステラとエレノアの試合が流れた後、卒業試験が引き続き行われることはなかった。
そのまま終了していまい、入校生たちはレイル士官学校に戻るしかなくなる。
アリアとサラが女子寮にある自分の部屋に戻った頃には、暗くなっていた。
ステラとエレノアはというと、火に巻かれてしまったので、王都レイルにある病院で治療を受けている。
部屋に来たカレンの話によれば、大したことはないようであり、すぐに復帰することができるようであった。
「とりあえず、良かったですね! ステラさんとエレノアさんが大丈夫そうで!」
「本当ですわ! 二人とも頑丈ですの!」
カレンが部屋から出ていった後、サラとアリアは喜ぶ。
現在、二人は部屋の掃除をしている最中であった。
3日後には卒業式があり、終わり次第、赴任先に向かうことになる。
そのため、卒業式の前の日までには、アンの点検を受ける必要があった。
「普段から掃除してるつもりですけど、結構、埃とかありますね!」
アリアは机を移動すると、陰の部分にたまっていた埃を箒とちりとりで取り除く。
「こういう機会でもないと、机とか服を入れる戸棚とかは動かしませんものね! 埃がたまっているに決まっていますわ!」
「そうですよね! さっさと、掃除してしまいましょう!」
「分かりましたの!」
アリアとサラは張り切って、掃除を頑張る。
(一応、大丈夫だと思うけど、他の部屋の状況も確認するか)
1時間後、そう思ったアリアは部屋の掃除をサラにお願いし、女子寮の他の部屋を見にいく。
(他の部屋も、掃除が進んでいるみたいだし、明後日の朝にはアン大尉の点検を受けれるかな)
アリアは、そんなことを考えながら女子寮の部屋を見回っていた。
終わると、ふたたび、自分の部屋の掃除を始める。
至って順調に、掃除は進んでいく。
この一年間、掃除する機会が多かったので、嫌でも慣れてしまっていた。
女子寮にいる入校生たちは、せっせと掃除をしている。
そんなこんなで、2日後の朝を迎えた。
「アリア、準備ができたかしら?」
女子寮の入口にいるアンは、尋ねる。
「はい!」
アリアは、大きな声で返事をする。
「それでは、見ていくわ。あなたも、一緒に来なさい」
「分かりました!」
こうして、女子寮の掃除状況をアンが確認していく。
数十分後、アンとアリアは女子寮の入口に立っていた。
「キレイに掃除できていたわね。これだったら、大丈夫だわ。あとは、各組の教室で待っているように、言っておいて。私は戻るから」
「はい!」
アリアは、大きな声で返事をする。
その声を聞いた後、アンは教官室へと戻っていく。
4月に入った当初は何度もやり直しを命じられていたが、今回は一発の合格であった。
その後、アリア、サラ、復活したステラは、4組の教室で待機することになる。
しばらくすると、男子寮の点検が終わったのか、ぞろぞろ入校生たちが教室に戻ってきた。
どうやら、男子寮も一発で合格したようである。
一緒に戻ってきたロバートから卒業式の説明をされると、午前中は終了した。
――午後。
昼食を食べ終えた入校生たちは、4組の教室で待機している。
多くの者が、そわそわと落ちつきがない状況であった。
ロバートに一人ずつ呼ばれて、教官室で配属先を伝えられるからだ。
「オウェ! もの凄く緊張してきましたわ!」
サラは、吐きそうな顔をしている。
「大丈夫ですよ、サラさん! きっと、サリム基地に配属されているハズです!」
「そ、そうですわね!」
「はい! だから、深呼吸をして、落ちつきましょう!」
「分かりましたの! スゥーハァー! スゥーハァー! スゥーハァー!」
イスに座っているサラは、アリアの勧めに従って深呼吸を繰り返す。
サラの机近くにいたアリアは、ふと、ステラのほうを向く。
今日の朝に戻ってきてから、憮然としたままである。
一応、受け答えはいつも通りにしてくれていた。
だが、表情に変化は見られなかった。
(ステラさん、落ちこんでいるな……自分のせいで、卒業試験が台無しになったのを気に病んでいるのかもしれない……)
そう考えたアリアは、同じく机近くに立っていたステラに励ましの言葉をかけようとする。
「ステラさん、落ちこまないでください! 私とサラさんも闘技場で戦えなくなったことを気にしていませんから! ねぇ、サラさん?」
アリアはそう言うと、緊張がほぐれたらしいサラに視線で合図をした。
サラは同じく視線で了解したことを伝えると、口を開く。
「そうですわ! やろうと思えば、アリアとはいつでも戦えますの! だから、落ちこまないでくださいまし!」
「お二人とも、ありがとうございます。この埋め合わせは、必ずどこかでしますので」
いつも通りの顔に戻ったステラは、お辞儀をした。
だが、すぐ、憮然とした表情に戻る。
(……なにか、他にも悩みがあるのかな? ここは、直接、聞いてみるか。婉曲に探っても、時間の無駄だしな)
そう考えたアリアは、ズバリと聞こうとする。
「ステラさん! なにか、悩みでもあるんですか?」
「悩みと言いますか、どちらかというと思い残しです。まぁ、終わったことですし、考えても仕方がないですけど」
「やっぱり、あるんですね! 私とサラさんで良ければ相談に乗りますよ!」
「そうですわ! 相談するだけでも、気が晴れると思いますの!」
「お二人とも、ありがとうございます!」
ステラは、珍しく嬉しそうな顔をしている。
「それで、悩みって、なんですの?」
「闘技場で戦ったとき、エレノアの顔面が崩れるまで殴れなかったことです」
ステラは、ハキハキと二人に伝えた。凄く元気そうである。
「はぁ……聞かなければ、良かったですの……」
「私も同じこと思いました……」
サラとアリアは、げんなりとした顔になってしまった。
ステラとは対照的である。
そうこうしているうちに、ロバートが4組の教室にやってきた。
「ステラ・ハリントン! 教官室に来い!」
ロバートは、聞こえるように大声を出す。
どうやら、ステラの番が来たようである。
「はい!」
ステラは大きな声で返事をすると、急いで、教室を出ていく。
アリアとサラは、その後ろ姿を見送っていた。
数分後、二人が他愛のない話をしていると、ステラが戻ってくる。
ガラガラと、ゆっくり教室の扉を開けて、入ってきた。
アリアとサラは、ステラの姿を確認すると、急いで駆け寄る。
「どうでしたか、ステラさん!?」
「希望は通りましたの!?」
二人は興奮しながら、質問をした。
「……駄目でしたね。配属先は、近衛騎士団です。予想はしていましたが、改めて、聞かされるとキツイですね」
「ステラさん……」
アリアには、かける言葉が見つからなかった。
「落ちこまないでくださいまし……」
サラは、励まそうと声をかける。
「二人とも、悲しそうな顔をしないでください。一応は予想できたことです。覚悟はできていましたしね。さぁ、席に戻りましょう」
ステラはそう言うと、サラの席のほうに向かった。
(痛々しくて、見ていられないよ……)
アリアはそう思うと、隣にいるサラのほうを向く。
サラも同じことを考えているのか、沈痛な面持ちをしていた。
二人はステラを慰めようと、いろいろな話をする。
その間にも、次々と入校生たちが呼ばれていった。
帰ってきた者の表情は様々である。
希望が通らなかったのか、泣きながら教室に入ってくる者。
大喜びで周りに話しかける者。
落ちついた表情で、多くは語らない者。
入校生の人生が決まっていく時間であった。
そんな中、サラの番がやってくる。
「行ってきますの!」
「行ってらっしゃい!」
「サラさん、心の準備だけはしておいたほうが良いですよ」
二人は、教室を出ていくサラを見送った。
ステラは、時間が経過し、少し元気になったようである。
数分後、他の入校生と同様に、教室に戻ってきた。
すぐに、アリアとステラは近寄る。
「サラさん、大丈夫ですか?」
アリアは、心配そうに声をかけた。
「はぇ? なにがですの?」
対して、サラは呆けたような声で返事をする。
どうやら、魂がどこかへ行ってしまったようであった。
(これは、希望が通らなかったみたいだな……どうしよう?)
アリアはそんなことを考えながら、ステラのほうを向く。
「サラさん、とりあえず、席に戻りましょうか」
ステラはそう言うと、サラの肩に手を添え、席に戻っていく。
アリアも、その後ろをついていった。
ステラは、サラをイスに座らせると、慰めの言葉をかけていく。
アリアも、必死になってサラを励ます。
だが、サラは『はぇ?』、『ふわぁ?』と返事をするばかりであった。
どうやら、配属先を伝えられた際の衝撃が大きすぎたようである。
二人がなんとかして元気づけようとしている中、エドワードが近づいてきた。
「アリア、ステラ。ちょっと良いかい? こっちに来てくれ」
アリアとステラは顔を見合わせると、教室の隅に移動したエドワードについていく。
「なんですか、エドワードさん?」
アリアは怪訝な顔をしながら、尋ねる。
「いや、サラがあの調子だから、君たちは配属先を聞けていないだろうと思ってね。仲が良い君たちに伝えようと思ったんだ。なんせ、僕と同じ配属先だったからね」
「それで、どこだったんですか?」
ステラは、いつも通りの顔で質問した。
「近衛騎士団だ。サラにとっては、相当、衝撃的だったんだろうな。とりあえず、伝えたから、僕は席に戻るよ」
エドワードはそう言うと、二人を残して歩いていった。
「近衛騎士団ですか……考えられる中でも最悪ですね……」
「そうですね。とりあえず、私も近衛騎士団に配属されたので、その方向からサラさんを慰めようと思います」
「お願いします……」
アリアとステラはサラの下に戻ると、ふたたび、慰めようと奮闘する。
そうしていると、ロバートがアリアの名前を呼ぶ。
すでに、アリア以外の入校生は配属先を伝えられていた。
アリアは教官室に入ると、座ったロバートの前に立つ。
(結構、後方の部隊がある基地に配属されていた人が多かったからな。もう、残っていないかもしれない。しかも、成績が良いハズのサラさんでも希望が通らなかったからな……覚悟しておいたほうが良さそうだ)
アリアはロバートの顔を見ながら、そんなことを考えていた。
「たしか、アリアはダレス補給基地を希望していたな……その、なんだ……」
ロバートは、珍しく歯切れが悪かった。
(あ。これ、希望、通らなかったんだな。凄い言いづらそうにしているし)
ロバートの声を聞いた瞬間、アリアは悟る。
「ふぅ、なんて伝えたら良いか分からないな……」
ためらっているのか、ロバートは口ごもっていた。
(……このままだと、埒が明かないな。ハッキリと言ってほしい)
アリアはそう思うと、口を開く。
「ロバート大尉。希望が通らなかったのは分かりました。遠慮せず、言ってください」
「悪いな、アリア……気を遣わせたみたいで。よし! それじゃ、ハッキリと言うぞ! お前の配属先は、近衛騎士団だ!」
ロバートは覚悟を決めたかのような顔をすると、そう言った。
「は?」
聞きたくない言葉が聞こえたため、アリアは思わず、間の抜けた声を出す。
「だから、近衛騎士団だ! 平民が配属されるのは、かなり珍しい! お前の実力が、近衛騎士団の本部連中に認められたみたいだな! サラ、ステラ、エドワードもいるし、寂しくはないぞ! ダレス補給基地ではないが、胸を張れ!」
ロバートは、元気な声で激励する。
どうやら、不器用ではあるが、アリアを気遣ってくれているらしい。
「あ、ありがとうございます! こ、近衛騎士団に配属されて、光栄に思います! そ、それでは、失礼します!」
アリアは震えた声でなんとか返事をすると、お辞儀をし、教官室を出ていった。
ロバートがなにかを言っているが、アリアには聞こえていない。
(薄々分かってはいたけど、やっぱり、近衛騎士団か! せめて、他の部隊にしてよ! なんで、よりによって、近衛騎士団なんだ! 絶対、滅茶苦茶、大変に決まっている! レイテルでの訓練で休暇と言っていたんだ! 通常の訓練がどれだけキツイか、想像もつかない!)
アリアはそんなことを思いながら、廊下を走っていく。
その目からは、自然と涙があふれていた。
4組の教室に到着したアリアは、乱暴に教室の扉を開けると、ステラの胸に飛びこむ。
「うわぁ!? どうしたんですか、アリアさん!?」
ステラは、珍しく戸惑った顔をしている。
「うぇぇぇん! ステラさん、近衛騎士団に配属されちゃいましたよおお!」
アリアは泣きながら、ステラの顔を見上げた。
「とりあえず、落ちつきましょう!」
ステラは、なんとかしてアリアをなだめようとする。
そんな中、サラが泣き出していた。
どうやら、アリアの鳴き声で我に返ったようである。
「うわぁぁぁん! 近衛騎士団は嫌ですわああ! せめて、他の部隊が良いですのおお!」
サラはそう言うと、ステラに背中にすがりついていた。
「うわぁ……これ、どうしましょう……」
泣いているアリアとサラを前に、ステラは途方に暮れてしまっている。