49 アリア対エドワード
――卒業試験3日目の昼。
闘技場で行われる卒業試験も終盤になっていた。
これまでに勝ち残った8人が、午後の準々決勝に出場する予定となっている。
アリア、サラ、ステラは、順調に勝ち進んでいた。
三人は、午後から始まる準々決勝に向けて、闘技場内の訓練場で体を動かしている。
「サラさん、ステラさん! 午後から準々決勝ですね! 緊張していますか?」
アリアは剣を振り、感触を確かめていた。
「き、き、緊張なんてしていませんわ!」
準備運動をしていたサラは動揺したのか、声が震えている。
「特に緊張はしていませんね」
対して、軽く素振りをしているステラは、いつもどおりの声色であった。
「サラさん、緊張しすぎですよ! 普通にやれば、次の相手にも勝てるに決まっています!」
「余計、緊張するから、やめてくださまし! オウェ! なんだか、吐きそうですの!」
緊張が極限に達しているのか、サラは吐きそうな顔をしている。
「サラさん、失礼します」
見かねたステラは、サラの後ろに回りこむ。
「へっ?」
意図が読めないのか、サラは間の抜けた声を出す。
「痛いかもしれませんけど、少し我慢してくださいね」
ステラはそう言うと、両手で握り拳を作り、サラのこめかみをグリグリと押した。
「ああああああ! いきなり、なにしますのおおおお! 痛いですわああああ!」
サラの絶叫が訓練場に響きわたる。
周りにいた入校生たちの視線が一点に集まっていた。
「あと、少しの我慢です」
ステラは、こめかみグリグリをやめようとしない。
なんとかしてサラはステラの手をどかそうとするが、失敗し続けていた。
数秒後、サラはこめかみグリグリから解放される。
と同時に、へたりこんでしまう。
「はぁはぁはぁ……頭が割れるかと思いましたの……」
サラは息を切らしながら、頭を押さえている。
あまりにサラの絶叫が衝撃的だったため、アリアは呆然として動けなくなっていた。
「どうですか、サラさん? 緊張はほぐれましたか?」
「もう! たしかに、緊張はほぐれましたけど、もっと良い方法があるハズですの!」
しばらくすると、サラは頭を押さえながら、立ち上がる。
「大丈夫ですか、サラさん!?」
サラの声で我に返ったアリアは、急いで近づく。
「大丈夫ですの! 少し頭が痛いですけど、動く分には問題ありませんわ!」
サラは押さえていた手を放し、体を左右にひねって、調子を確かめていた。
「それは良かったです!」
安心したアリアは、ホッと胸をなでおろす。
「準々決勝が始まる頃には、頭の痛みも治まるハズです」
「本当ですわよね?」
「はい。カレンにこめかみグリグリをされたとき、私はいつも数分で治っているので大丈夫です」
「それ、当てになりますの? まぁ、良いですわ! アリア、軽く相手をしてほしいんですの!」
「良いですよ!」
アリアは、サラの申し出を快く受け入れる。
そんな中、エレノアとエドワードが三人の下にやってきた。
「さっき凄い声で絶叫してたけど、サラ、大丈夫か?」
エドワードは、心配そうな声で尋ねる。
「ご迷惑をおかけしましたの! でも、もう、大丈夫ですわ!」
サラは腰に手を当てて、胸を張っていた。
どうやら、大丈夫なことを強調したいようだ。
「おーほっほっほ! ステラ、あと一つ勝ったら、ワタクシと当たりますわね! 大観衆の前でボコボコにして差し上げますわ!」
エレノアは、ステラを挑発する。
「へぇー、面白いことを言いますね、お馬鹿さん。なんなら、今すぐ、やっても良いんですよ?」
ステラはそう言うと、持っていた剣をエレノアに向けた。
「キー! ワタクシは、お馬鹿さんではありませんの! もう、我慢できませんわ! ボコボコにして差し上げますの!」
エレノアは、持っていた剣を振ろうとした。
「ああ、もう! こんな場所でケンカしないでください!」
「そうですわ! 闘技場で戦えば良いんですの!」
アリアとサラはそう言うと、斬りかかろうとするステラをとめる。
「エレノア! あとで戦えるかもしれないんだから、今は我慢しろ!」
エドワードはエレノアを羽交い絞めにして、慣れた手つきで引きずっていく。
どうやら、レイル士官学校の生活の中で、嫌でも慣れてしまったようである。
「放しなさい、奴隷1号! あの暴力女は、今、ボコボコにしないと気が済みませんの!」
「ハイハイ、分かったから。あっちへ行こうな」
「キー!」
訓練場に響くほど、エレノアは大きな声で叫んでいた。
サラとアリアのおかげで、なんとか怒りを収めたステラは、午後一発目の準々決勝に出場する。
さすがに、相手は3組の学級委員長であったので、一撃とはいかなかったようである。
だが、それほど苦戦することなく、勝利していた。
ステラの次は、エレノアの試合であった。
相手は、2組の学級委員長である。
さすがに、近衛騎士を倒すほどの腕前を持つエレノアには、勝てなかったようであった。
見届けたアリアは、試合会場へと向かった。
(ふぅ~、さすがに準々決勝にもなると、緊張するな)
アリアは、試合会場で剣を構える。
先ほどから、心臓の音がうるさく、手からは汗が噴き出ていた。
「アリア! 学級委員長の座を賭けて君と戦い、負けてから、僕は誓ったんだ! 次に試合をするときは、必ず勝とうと! だから、今回は勝たせてもらうよ!」
エドワードはアリアに剣先を向けると、大きな声で叫ぶ。
その声を聞いた大観衆は、一段と盛り上がりを見せる。
(うわぁ……凄い気合いだ。ここは私も負けないように、なにか言っておいたほうが良いか)
そう思ったアリアは、口を開く。
「今回も勝たせてもらいます! 覚悟してください、エドワードさん!」
「おおぉ!」
アリアの叫びを聞いた大観衆は、さらに盛り上がる。
誰もが二人の試合の行く末を見届けようと注目していた。
双方が準備できたことを確認した審判は、手を上げる。
「始め!」
審判は大きな声を上げるとともに、手を振り下ろす。
「はぁぁぁあ!」
開始の合図を聞くと同時に、エドワードが上段から斬りかかる。
(とりあえず、受け流して、様子を見るか)
そう考えたアリアは、剣を横にして受け流す体勢をとる。
エドワードは、そのまま剣を振り下ろす。
ブウンという風切り音が聞こえてくる。
その音を聞いたアリアの顔色が変わる。
(これ、受けては駄目なやつだ! 避けるしかない!)
アリアは瞬時にそう考えると、体をひねって避けようとする。
だが、少し遅れたため、避けられるかは微妙であった。
「くっ!」
アリアは、顔面スレスレでなんとか剣を避けることができた。
凄まじい風圧がアリアの顔に吹き付ける。
アリアは片目を閉じて耐えながら、ひねった勢いで横に回避をした。
結果、上段からの一撃は空を切ることになる。
だが、完全に避けきれたワケではないようであった。
剣を振った後に、アリアの髪の切れ端がユラユラと落ちてきていたからだ。
どうやら、刃引きされた剣に髪が少し巻きこまれ、切れてしまったようである。
「奇襲は失敗したか!」
エドワードはそう言うと、剣を引き、後方に下がった。
(髪が少し切れただけで良かった! どうやら、思ってた以上に強くなっているみたいだ!)
アリアはそう思うと、剣を握る手に力を入れる。
「アリア、どうだい! 今では、エレノアとまともに打ち合えるくらいにはなったんだ! 罵倒されながら、訓練した日々は無駄ではなかったよ!」
自分の剣がアリアに劣らないことを確信したエドワードは、感動しているようであった。
(エレノアさんと打ち合えるほどか……これは、本気を出さないと駄目そうだな……)
そう考えたアリアは、感動に浸っているエドワードの足元に向かって、剣を横なぎに振るう。
「ちょ! 卑怯だぞ、アリア!」
エドワードはそう言うと、横なぎの一撃を防ぐ。
それで、アリアの動きは止まることがなかった。
足を狙って、次々と横なぎを放つ。
「今は試合中です! それに戦場では、隙を見せてしまったら死にますよ!」
アリアは剣を振りながら、そう言った。
「くっ! これでは!」
エドワードはというと、アリアの連続攻撃を前に防戦一方となっている。
非常にやりづらそうであった。
それもそのハズである。
アリアは、他の入校生たちに比べて小柄だ。
そのため、普段、戦っているような感覚で試合をすることができない。
しかも、足を狙って執拗に攻撃を繰り出してくる。
アリアにとっては、いつも通りのことであった。
だが、エドワードには慣れていないことであり、おのずと体勢が崩れた状態になってしまう。
「どうしたんですか、エドワードさん? 防御しているだけは勝てませんよ! 私に勝つのではないんですか?」
アリアは横なぎを出し続けながら、挑発をする。
ガンガンガンと金属がぶつかり合う音が闘技場に響きわたっていた。
「そこまで言われたら、覚悟を決めるしかないな!」
エドワードはそう言うと、横なぎに当たるのも構わず、いきなり突っこんでくる。
当然、勢いのある横なぎが、エドワードの左足に直撃をした。
ボキという鈍い音が聞こえる。
どうやら、エドワードの左足は砕けてしまったようである。
「くっ! 折れたか! 刃引きされていなかったら、足がなくなっていたな!」
かなりの痛みなのか、エドワードは顔をしかめた。
だが、止まらず、アリアに迫ってくる。
(捨て身か! このままだと、攻撃をもらってしまう!)
アリアは驚きながら、剣を引こうとした。
だが、エドワードの左足に直撃したばかりなので、勢いを殺しきれず、遅れてしまう。
「アリア! これで、終わりだ!」
勝利を確信したのか、エドワードは振りかぶった剣を振り下ろす。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい! このままだと、負けてしまう!)
剣が迫る刹那、アリアは頭を全力で働かせた。
(剣での防御は間に合わない! かといって、受けたら一撃で戦闘不能になる! しょうがない……一か八か、試してみるしかない!)
そう考えたアリアは、剣を手放し、両手でエドワードの剣を挟みこもうと構える。
「……?」
当然、エドワードは怪訝な顔をした。
だが、問題ないと判断したのか、振り下ろす剣を止めることはない。
あと少しで直撃しようかというとき。
アリアに動きがあった。
「ふぅ!」
息を吐きだしたアリアは振り下ろされた剣を両手で挟みこみ、左側に受け流す。
そのことによって、アリアに当たるハズだった剣は、軌道をずらされる。
「なに!?」
まさか、両手を使って受け流されると思っていなかったのか、エドワードは驚愕してしまう。
そのまま、受け流した剣は、アリアの左肩に直撃をする。
「ッ!」
苦痛に顔をゆがめたアリアは、一瞬、体が硬直した。
だが、すぐに体を左側にねじり、一回転をする。
「うおおおお!」
アリアは、そのまま、回し蹴りを放つ。
ブという短い音とともに、エドワードのみぞおちに吸いこまれていく。
剣を受け流され、体勢が崩されているため、避けることはできなさそうである。
「グハッ!」
回し蹴りがみぞおちに突き刺さると同時に、エドワードは息を吐きだす。
そのまま、よろめきながら、後方に下がる。
「まだだ!」
声を絞り出したエドワードは、みぞおちを左手で押さえ、なんとかふんばろうとした。
だが、相当な威力だったのか、抵抗むなしく、膝をついてしまう。
その瞬間、闘技場は大歓声に包まれた。
「ふぅ~、なんとか勝てた」
アリアはそう言うと、ぶらりと垂れ下がった左腕を右手で押さえながら、審判のほうを見る。
視線を受けて我に返った審判は、声を出そうとした。
だが、その瞬間、闘技場に入ってきていた審判数人に口を防がれてしまう。
その後、審判たちは少し離れた場所でヒソヒソと話し始める。
(なにをしているんだ? 早くしてくれないかな。肩が痛いんだけど)
左肩を押さえ座りこんでいたアリアは、審判たちのほうに顔を向けた。
その顔からは、大粒の汗が流れている。
すでに、エドワードは担架で運ばれていたため、闘技場に残るのは審判たちとアリアだけであった。
「ちょっと~! 今の勝負はどう考えても、アリアの勝ちですわよ~! なにを話していますの~!」
「おかしな判定を下したら、あなたたちと家族が不幸な目に遭いますよ~!」
観客席にいるサラとステラが、大きな声を出している。
どうやら、勝敗をどうするべきか、審判たちは話し合っているようであった。
(まぁ、たしかに、剣を先に手放したのは私だからな。たまたま、カレン流拳法術が上手くいって勝ったけど、正直、紙一重だった。負けを宣告されても、しょうがない気がするな)
肩を押さえ座ったまま、アリアは審判たちを見ている。
しばらくすると、審判たちの下に、エドワードの父親であるダニエルと第1王子クルトがやってくる。
二人は審判たちに、なにかを伝えているようであった。
言葉を言い終えた二人は、すぐに戻っていく。
と同時に、今回の審判が闘技場の真ん中に急いでやってくる。
「勝者、アリア!」
立ち止まった審判は、大きな声で叫ぶ。
(私の勝ちか。運が良かったな)
アリアは立ち上がると、肩を押さえたまま、観客席のほうへ戻っていった。