48 卒業試験
――3月。
冬の寒さが和らぎ始め、春の訪れが一日一日と迫っていた。
レイル士官学校の入校生たちは、卒業前の最後の試験である卒業試験を迎えることとなる。
「いや~、あっという間の士官学校生活でした!」
「そうですわね! 思い返すと、なんだかいろいろとありましたけど、楽しいこともあった気がしますわ!」
「思い出に残る一年間でしたね。残すは明日から始まる卒業試験だけですか」
アリア、ステラ、サラは、女子寮の自分たちの部屋で荷物をまとめながら、そんなことを話していた。
女子寮の外は、かなり暗くなっている。
(本当にいろいろあったな。今までの人生の中でも、印象的な一年だ)
アリアは、レイル士官学校での一年間を思い返す。
(腕立て伏せをしたり、コニダールで死にかけたり、レイテルでフェイ大尉にボコボコにされたり、学級対抗戦で焼け死にそうになったり……あれ? ろくな思い出がない気がする……)
アリアは、それ以上考えるのをやめた。
「そういえば、アリア! 卒業した後の赴任先は、どこを希望しましたの?」
苦虫をかみ潰したかのような顔をしているアリアに向かって、サラは質問をする。
アリアは、元気な表情に戻ると、答えた。
「ダレス補給基地です! 生まれ育ったところですし、馴染みがありますからね! サラさんは、やっぱり、サリム基地ですか?」
「もちろんですの! 実家もありますし、慣れ親しんだ場所が一番ですわ! それに、屋敷にはピッグちゃんもいますの!」
サラは興奮しているのか、腕をブンブンと振っている。
ルーンブル山脈の麓で拾ったフユブタは、どうやら、モートン家の屋敷で飼われているようだ。
「あはは……ピッグちゃんをバレないように士官学校まで運ぶのは大変でしたね……」
アリアは遠い目をしながら、つぶやく。
二人が楽しそうに赴任地談義で盛りあがっている中、ステラはジト目を向けていた。
その視線に気づいたアリアは、ステラのほうに顔を向ける。
「ステラさん、どうしました?」
「いや、夢があって良いなと思いまして。私なんて、ほぼ決まっているみたいなものですから」
「……? ステラさんも、赴任地の希望を出したんですよね?」
「もちろん、バーミラ補給基地で出しました。ただ、ハリントン家の者は希望を考慮されず、ほぼほぼ近衛騎士団の配属になります。私の父も近衛騎士団に配属されたようなので、おそらく、私も入ることになるでしょう」
ステラは、げんなりとした顔をしている。
「うわぁ……頑張ってください……」
「ちょっと、可哀想ですの……」
アリアとサラは、憐みの視線をステラに向けた。
(近衛騎士団に配属されるなんて、絶対に嫌だ! キツイに決まっている!)
アリアは、レイテルの砂浜での訓練を思い出す。
(丸太を担がされたり、無理矢理、泳がされたりして、大変だったな……)
そんなことを思い出していたアリアは、ふと、サラのほうを向く。
「…………」
サラも、レイテルの砂浜での訓練を思い出しているのか、遠い目をしている。
「まぁ、お二人とも成績は良いですし、かなり高い確率で希望の赴任地にいけると思いますよ」
サラとアリアがげんなりとした顔になっていたので、ステラは元気づけようとした。
「はい! 私もそう信じています!」
「ワタクシもですわ!」
見違えたかのように二人は、元気を取り戻す。
(まぁ、そうは言っても、クレアさんが言っていたように希望が通る確率は低いだろうな。4組の入校生のほとんどが、後方の部隊を希望していたしね。貴族でも通らない人がいるのに、平民なんてなおさらだろう。まぁ、少しでも前線から離れた場所に配属されることを祈るしかない)
アリアは元気そうな表情とは裏腹に、そんなことを考えていた。
三人は荷物をある程度まとめ、消灯とともに眠りにつく。
――次の日の朝。
朝の点呼を終え、朝食を食べたレイル士官学校の入校生たちは、王都レイルにある闘技場へと向かっていた。目的は、卒業試験を行うためである。
1組から4組の入校生全員が参加する卒業試験は、3日間にわたる、トーナメント戦であった。
学級対抗戦と同じく、大規模な行事であるため、王族、貴族、将官などが見にくることになっている。
そのため、入校生たちのやる気は、凄まじいものがあった。
そのようにやる気十分の入校生たちが歩くこと、数十分間。
レイル士官学校の入校生たちは、闘技場に到着した。
闘技場の入口から、続々と入校生たちが入っていく。
「よし! 俺の引率はここまでだ! あとは、各自で体を動かすなり、好きに行動しろ! ただし、自分の番に遅れるのは駄目だからな! 入口に張ってあるトーナメント表を見て、いつ自分が試合するのか確認しておけ! 分かったか? あ! あと、開会式が1時間後にあるから、それまでには試合会場に並んでおけ!」
「はい!」
ロバートの言葉を聞いた4組の入校生たちは、大きな声で返事をする。
その後、闘技場の入口付近にいた4組は解散となった。
ロバートはというと、観客席へ行ってしまったようである。
「サラさん、ステラさん! トーナメント表を見にいきましょう!」
「もちろんですの!」
「確認しましょうか」
サラとステラは、アリアの案に賛成した。
三人は人混みをかき分け、トーナメント表の前にたどり着く。
「あ! ステラさん、第1シードですよ! 凄いです!」
「そうみたいですね。まったく、嬉しくはないですけど」
アリアの指差した場所を確認したステラは、いつもと変わらない表情で答える。
「ゲッ! 第4シードにエレノアがいますわ! なんで、いますの!」
「え!? 本当ですか!? エレノアさんって、5組ですよね!」
アリアは、急いで、サラの指差した場所を確認する。
たしかに、第4シードのところに、エレノア・レッドの名前が書かれていた。
「うわ! 本当に第4シードですよ!」
「なぜ、5組の入校生なのに入ってるんですかね。 というか、全体的に、このトーナメント表、おかしいですよ。明らかに、なにかしらの忖度が働いているとしか思えませんね」
「そうですか? たしかに、エレノアさんがいるのはおかしいと思いますけど、それ以外は普通だと感じましたけど?」
「ワタクシもアリアと同じ意見ですわ!」
「いえ、よく見てください。アリアさんとサラさんのほうが強いハズなのに、エドワードさんが第3シードになっていますよ。しかも、有力な貴族が勝ち残りやすいように配置されているようです」
ステラはそう言うと、トーナメント表を指差し始める。
アリアとサラは、指差された場所を確認していく。
「どうですか?」
「たしかに、実力というよりは、貴族の力関係で決まっているように感じました!」
「どう考えても、納得がいかない部分が多かったですの!」
トーナメント表を確認したアリアとサラは、少し怒っていた。
「この調子だと、審判も有力な貴族寄りの判定をすることが多いでしょうね。なので、有無を言えないほど、叩き潰す必要がありそうです」
「そうですね! なんだか、やる気が出てきました!」
「絶対に負けたくありませんの!」
ステラの言葉を聞いたアリアとサラは、怒りをやる気に変える。
その後、三人は軽く体を動かすと、闘技場の中心部にある試合会場に向かう。
そこでは、すでに残りの4組の入校生たちが整列していた。
数分後、卒業試験の開会式が始まる。
学級対抗戦のときと同様に、偉い人の話が続く。
整列したレイル士官学校の入校生たちは、立ったまま、黙って聞いている。
(なんで偉い人って、話が長いのかな? 立って聞いている、こっちの身にもなってほしい。早く終われとしか思っていないから、話の内容も頭に入ってこないしな)
偉い人の話を聞きながら、アリアはあくびをかみ殺す。
少し変な表情になっていたが、観客席からはバレていないようである。
1時間後、卒業試験の開会式が終了した。
「毎度毎度、立っているだけで疲れますね」
「本当ですの。長すぎますわ」
観客席へ向けて歩いているアリアとサラは、疲れた顔になっていた。
「自分から話すことがあったら、短く簡潔に話そうと、改めて思いますね」
ステラは、二人の隣を歩いている。
三人は自分の試合の番になるまで、観客席で休むことにした。
卒業試験は順調に進んでいき、アリアの出番となった。
自分の番になる前に体を動かしていたアリアは、準備万端である。
「アリア~! 頑張ってくださいまし~!」
「頑張ってくださ~い!」
アリアが試合会場で剣を構えると、サラとステラの応援の声が聞こえてきた。
(応援してくれているみたいだし、負けるワケにはいかないな)
アリアはそう思うと、剣を握る手に力をこめる。
相手となる入校生も、剣を構え終わっていた。
先ほどから、この入校生に向けて、割れんばかりの声援が降り注いでいた。
どうやら、応援団がいるようである。
相手の入校生の両親と思われる人が、手をブンブンと振りながら、大声を出していた。
(いや、そこまでするか、普通? どれだけ過保護なんだ)
チラリと応援団を見たアリアは、そう思った。
そうこうしているうちに、準備ができたことを確認した審判が手を上げる。
「始め!」
手を振り下ろすと、同時に試合が始まる。
(あんなに応援されていて、申し訳ないけど、一撃で終わらせます)
アリアはそんなことを思うと、一気に間合いを詰める。
相手の入校生は、開始と同時にアリアが突っこんでくると思わなかったのか、剣を構えたまま、動けずにいた。
(この勝負、もらった!)
アリアは相手の入校生に近づくと、剣を横なぎに振るう。
ブンという風切り音とともに、アリアの振るった剣が迫る。
「うっ!」
やっと、相手の入校生は動き出したようである。
だが、迫る剣と比べて、その動きはあまりに緩慢であった。
当然、間に合うワケもなく、横なぎの一撃が相手の剣に当たる。
その瞬間、ガンという音とともに、火花が散った。
相手の入校生は剣を持っていることができなかったようである。
空中を回転しながら、剣が飛んでいく。
数秒後、空中を舞っていた剣が地面に落ちる。
静まり返った会場に、カランカランと剣が落ちた音が響く。
声を出している者は、一人もいない。
誰が見ても、勝敗は明らかであった。
あまりに早く決着がついたため、審判も唖然としているようである。
剣を鞘に納めたアリアは、審判の顔を見た。
「し、勝者! アリア!」
アリアに見られたことによって、我に返った審判は、急いで大声を上げる。
その瞬間、会場は熱気に包まれた。
入校生の母親と思われる人の半狂乱になった叫び声も聞こえてくる。
父親と思われる人は、必死でなだめているようであった。
(うわぁ……なんか、悪いことしたな……)
観客席のほうをチラリと確認したアリアは、後味の悪さを感じていた。
拍手が鳴り響く中、アリアと相手の入校生は退場をする。
そのまま、観客席に座っているサラとステラの下に歩いていく。
「アリア! 1回戦突破おめでとうですの!」
「おめでとうございます」
観客席に戻ってきたアリアに、サラとステラは声をかける。
「ありがとうございます! とりあえず、1回戦突破できて良かったです!」
アリアはそう言うと、観客席にあるイスに座った。
「やぁ、久しぶりだね。なかなか、良い試合だったよ」
そんな三人の下に、レナードが近づいてくる。
その隣には、付き添いをしているらしいメイド服姿のカレンがいた。
「レナードさん、ありがとうございます!」
アリアは、元気よくお礼を言う。
「父上、なにをしにきたんですか? 暇なんですか?」
ステラは、少し棘のある言い方をする。
「そう邪険にしないでくれよ、ステラ。娘の晴れ舞台を見にきただけじゃないか」
対して、レナードは柔和な笑みを崩さず、優しい声色で答える。
「それでは、もう私の試合は終わりましたので、帰ってください」
「はぁ……ひどいね、そんな一発で分かる嘘をつくなんて。どう思う、カレン?」
レナードは、横にいるカレンに尋ねた。
「まぁ、お嬢様は年頃ですし、父親を鬱陶しく思うのは当然かと」
いつもと変わらない表情で、カレンは答える。
「……ハハハ、泣けてきたよ。これは、退散した方が良いのかもしれない。アリアさん、サラさん、頑張ってね。僕とカレンは、もう行くよ」
「はいですわ!」
「分かりました!」
レナードの言葉を聞いたサラとアリアは、大きな声で返事をした。
「もう、早くどこかへ行ってください」
「ハイハイ。ステラも頑張ってね」
レナードはそう言うと、カレンとともに、どこかへ行ってしまった。