47 鹿
――生存訓練3日目の朝。
雪が降っておらず、今日は快晴になりそうであった。
「ふぅぅ、やっぱり、朝は寒いですわね! ねぇ、ピッグちゃん?」
「ブヒ!」
サラによって名前をつけられたフユブタは、元気そうに鳴いている。
どうやら、サラに懐いているようであり、足元をウロチョロしていた。
「雨風をしのげるとはいえ、寒いことには変わりないですからね! でも、明日の朝までの我慢です!」
サラに続いて、アリアも寝床の外に出ると、両腕で体をさする。
「とりあえず、朝食にしましょうか」
ステラはそう言うと、寝床の近くの雪に埋めて置いた魚をとりだす。
昨日、木材で風よけを作っていたので、勢いは弱まっていたが、たき火は消えていなかった。
小枝を通した魚をステラが地面に突き刺している間、サラとアリアはたき火を復活させる。
その間、フユブタはサラの足元を動き回っていた。
しばらくすると、魚が焼き上がる。
焼き上がった魚を食べ終わると、三人は、今日も昨日と同様に魚とりへでかけた。
「相変わらず、水が冷たいですわ!」
「そうですね、サラさん!」
小川に入ったサラとアリアは魚を探すために、岩陰をのぞいている。
「ブヒ! ブヒ!」
小川の近くにいるフユブタは、二人を応援しているのか、動き回りながら鳴き声を上げていた。
「ピッグちゃんも応援してくれていますの! アリア! 頑張りますわよ!」
「はい! 魚をとらないと、ピッグちゃんが食料になってしますので!」
「それだけは、絶対に阻止しないといけませんの!」
サラとアリアは、気合が入ったようである。
バシャバシャと小川の中を動きながら、奮闘していた。
「はぁ……お肉が食べたいですね……」
小川の中にいたステラはそう言うと、フユブタのほうを向く。
「ブヒ!? ブヒィィ!」
ステラに見られていることに気づいたフユブタは、急いで、サラの近くまで走っていった。
「とりあえず、魚とりを頑張りますか。お肉のことは後で考えることにしましょう」
逃げていくフユブタを見送ると、ステラはつぶやく。
その後、午前中だけで20匹の魚がとれたため、三人は、いったん、寝床に戻っていた。
道中、食べられそうな木の実もとることができた。
そのため、明日の朝までの食料は十分に確保できている状況である。
三人はたき火の場所に到着すると、魚を焼き、食べ始めた。
「はぁ……毎日、魚ばかり食べているので、さすがに飽きましたね」
ステラは魚を食べながら、ため息をついていた。
視線は、フユブタのほうに向いている。
「ブヒ!?」
木の実を食べていたフユブタは、ステラの視線に気づくと、急いでサラの後ろに隠れた。
「駄目ですわよ、ステラ! ピッグちゃんは食べさせませんの!」
「そうですよ! 食料も十分にありますし、わざわざ、ピッグちゃんを食べる必要はないハズです!」
座って魚を食べていたサラとアリアは、ステラに抗議をする。
「分かっていますよ。ただ、お二人も魚を食べるのに飽きたのではないですか? 先ほどから、全然、減っていませんよ?」
ステラは二人が食べている魚を見ると、指摘をした。
たしかに、二人が持っている魚は、あまり減ってはいなかった。
食が進んでいないのは、明らかである。
「魚ばかりで、正直に言うと飽きていますわ! でも、ピッグちゃんは食べませんの!」
「飽きてはいますが、ピッグちゃんを食べるほどではないです!」
サラとアリアはそう言うと、頑張って魚を食べていた。
ステラもうんざりとした顔ではあったが、魚を黙々と食べている。
しばらくすると、アリアが思い出したかのように口を開く。
「あ! そういえば、昨日、森の中でエドワードさんが鹿を見かけたって言っていましたよ! 見回りをしているときに聞きました!」
「それは良い話ですね。もう、魚をとる必要もありませんし、午後は鹿を捕まえに行きますか。運が良ければ、お肉を食べられるかもしれません」
「良いですね! サラさんも大丈夫ですか?」
「ピッグちゃん以外のお肉だったら、大丈夫ですの!」
「決まりですね」
ステラはそう言うと、魚にかじりつく。
こうして、三人は鹿を捕まえにいくことになる。
――午後。
三人は剣を持って、森の中を歩き回っていた。
目的はもちろん、鹿を捕まえることである。
そんな状況で、三人はエドワードたちの組と出会う。
なぜか、エレノアの組も一緒にいるようである。
「アリアたちも鹿狙いかい?」
「はい! もう魚は飽きました!」
「……失敗したな。鹿を見かけたことをアリアに伝えるべきではなかったよ」
エドワードはそう言うと、腕を横に広げ、首を振っていた。
「おーほっほっほ! あなたたちには負けませんわよ! 奴隷1号が見かけた鹿を捕まえるのは、ワタクシたちですわ! そうすれば、連日の腕立て伏せから解放されますの!」
「だから、奴隷1号じゃないと言っているだろう! まぁ、いい。僕たちは鹿を探しにいくとするよ! 腕立て伏せをするのは、うんざりだからね!」
エドワードはそう言うと、鹿を探すために歩き出す。
その後ろを、エドワードの組とエレノアの組がついていく。
どうやら、協力して、鹿を捕まえようとしているようである。
「分かりました! お互いに頑張りましょう!」
「ああ!」
アリアの言葉を聞いたエドワードは、背中を向けながら、手だけを上に振っていた。
「……エレノアがいましたの。厄介なことにならないといいですわね」
茂みにいるフユブタを体で覆い隠していたサラは、エドワードたちが立ち去ると、つぶやく。
「さすがに、大丈夫だと思いたいです! 今は鹿を捕まえることしか頭にないようですし、無茶はしないと思います!」
「まぁ、私たちに迷惑がかからなければ、それで良いですよ」
ステラはそう言うと、鹿を捕まえるために歩き出す。
アリアとフユブタを連れたサラも、後ろをついていく。
しばらく歩いていると、三人は鹿の足跡を見つけることに成功した。
雪の上に点々と鹿のものと思われる足跡が続いている。
「時間が経っていないみたいですね。多分、この近くに鹿がいますよ」
足跡を確認していたステラは、立ち上がった。
「本当ですの? ツイていますわ!」
「エドワードさんたちより早く捕まえることができるかもしれませんね!」
ステラの言葉を聞いたサラとアリアは、喜びの声を上げる。
「それは、まだ分かりませんよ。とりあえず、足跡を追っていきますか」
「はいですの!」
「分かりました!」
三人は鹿の足跡を追って、歩き出す。
歩くこと、数十分間。
「ブヒッ? ブヒ! ブヒ!」
サラの後ろを歩いていたフユブタが、いきなり茂みの中に走っていった。
「ピッグちゃん! どこにいきますの!」
サラは大きな声で叫ぶと、フユブタの後を追っていく。
「あ! サラさん! 待ってください!」
アリアも、サラの後を追う。
「サラさん、アリアさん、どこにいくんですか?」
ステラもそう言うと、二人の後を追う。
すると、数十秒後、三人の目の前にお目当ての鹿が現れる。
どうやら、フユブタは鹿の気配をつかんで、三人をいるところまで案内したようであった。
「サラさん、アリアさん! 鹿が逃げないように回り込んでください!」
「はいですの!」
「分かりました!」
返事をしたサラとアリアは、逃げようとした鹿の進路を防ぐ。
もちろん、両手で剣を構えた状態である。
進路を防がれた鹿は、方向転換をしようとした。
だが、振り返った先にはステラがおり、逃げることはできなかった。
「ハッ」
ステラは息を吐くと、持っていた剣で鹿の喉笛を一撃で斬り裂く。
鹿は、そのまま倒れてしまい、痙攣した後、動かなくなった。
喉からは、とめどなく血が流れている。
「これで、今日は鹿肉が食べれますね」
ステラはそう言うと、剣を振って血を地面に飛ばしていた。
「ピッグちゃん! お手柄ですの!」
剣を鞘に納めたサラは、フユブタを持ち上げると撫でる。
「ブヒ~」
フユブタは撫でられて気持ち良いのか、尻尾を左右にフリフリしていた。
「とりあえず、小川に運んで血抜きをしないといけないので、手伝ってください」
剣を鞘に納めたサラはそう言うと、そこら辺にあった長い木の棒に、紐で鹿の足を巻きつける。
「分かりました!」
アリアも、鞘に剣を納め、持っていた紐で鹿の足を木の棒に巻きつけた。
それが終わると、ステラとアリアは木の棒の端を持ち上げ、小川に向かって歩いていく。
サラはというとフユブタを持ち上げたまま、二人の後をついていっていた。
小川に着くと、ステラとアリアは鹿の内臓を取りだし、小川に鹿をつけて血抜きを行う。
血を抜くまで時間がかかるため、処理が終わると、三人は小川のほとりで休憩も兼ねて、座って休んでいた。
「それにしても、ピッグちゃんですか? お手柄でしたね。あのとき、食べなくて良かったですよ」
ステラは、サラのそばにいるフユブタを見ている。
「ステラが褒めていますの、ピッグちゃん! 良かったですわね!」
サラは座った状態でフユブタを膝に乗せると、頭を撫でる。
「ブヒ! ブヒ!」
頭を撫でられたフユブタは、嬉しそうに鳴き声を上げていた。
そうして、三人が休んでいると、エドワードたちがやってくる。
「あの血の跡は、鹿のものだったか。先を越されたみたいだな」
エドワードは、アリアの目の前で、ガックリと肩を落としていた。
(なんだか、可哀想だな……鹿肉は結構ありそうだし、情報をもらったお礼として、ある程度あげても大丈夫だろう)
そう思ったアリアは、サラとステラのほうを向く。
「サラさん、ステラさん! ここは、鹿の情報をもらったお礼として、エドワードさんたちに鹿肉をある程度分けるなんて、どうですか?」
「良い提案ですわ! どうせ、三人では食べきれませんの! それなら、分けたほうが良いですわ!」
「たしかに、そのほうが良さそうですね。あとで、エドワードさんたちに鹿肉を分けましょうか。エレノアを除いて」
ステラは小川に浸かっている鹿を眺めたまま、そう言った。
「キー! なんで、ワタクシは抜きですの! おかしいですわ!」
当然、ステラの言葉を聞いたエレノアは怒り出した。
「なんとなくです」
「意味が分かりませんわ! 今度という今度は、許しませんの! 覚悟しなさい、ステラ!」
エレノアはそう言うと、座っているステラに殴りかかろうとする。
「あくびが出るほど、遅いですね」
いきなり立ち上がったステラは拳を避けると、エレノアのお腹に正拳突きを放つ。
「おうぇ!」
ステラの動きがあまりに早かったため、エレノアはまともに受けてしまう。
吐きそうな顔をしながら、小川のほうへ後退していく。
「隙ありです」
小川に近づいたエレノアに向かって、ステラは飛び蹴りを放つ。
エレノアは避けることができず、顔面でもろに受けてしまい、そのまま、小川に落ちる。
「キー! なにするんですの、ステラ! あなたも私と同じ目に合わせてあげますわ!」
エレノアはそう言うと、低い姿勢のまま、速い速度で小川の中を歩き、ステラの足首をつかむ。
結構、速い速度で近づいてきたため、ステラは意表をつかれてしまう。
「うわ!」
ステラは驚きの声を上げると、小川の中に引きずりこまれてしまう。
バシャンと大きな音が響く。
そこから、二人はずぶ濡れになりながら、殴り合いのケンカを始めてしまう。
「またですか……」
「ピッグちゃん、ここで待っていますのよ!」
アリアとサラはそう言うと、小川の中にジャバジャバと入っていく。
「はぁ……皆、二人を止めるぞ!」
ため息をついたエドワードは、急いで、小川に向かう。
その後ろには、エレノアの組とエドワードの組の入校生たちが続いていた。
数分後、ケンカを止めることに成功する。
その後、血抜きが終わった鹿を、全員で解体し、食べやすい大きさに切った。
それが終わった頃には、暗くなってきていた。
寝床に戻ると、ステラとエレノアの仲直りも兼ねて、全員でたき火を囲みながら鹿肉を食べることになった。
鹿肉を皆で焼いて食べているうちに、二人の機嫌も直ったようである。
たらふく鹿肉を食べたので、アリア、ステラ、サラは、寝床に戻ると、すぐに寝てしまった。
こうして、ルーンブル山脈の麓での生存訓練は、無事に終了することになった。