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45 雪山

 ――12月中旬。


 相変わらず冬ということもあり、気温は低かった。

 雪が降る日も、少しだけ増えている。


 定期試験が終わったのも、束の間、レイル士官学校の入校生たちはルーンブル山脈へ向かう馬車に詰めこまれていた。

 冬休み前、最後の訓練である生存訓練を行うためである。


 生存訓練は、アミーラ王国の北部にあるルーンブル山脈で行われる訓練であった。

 訓練内容は、3日間、ルーンブル山脈の麓で生き延びるというものである。

 限られた物を使い、食料、水などを自分たちで調達しなければならない過酷な訓練であった。


 当然、寝る場所も、自分たちで作成しなければならない。


 そんな訓練をするために、レイル士官学校の入校生たちを詰めこんだ馬車は、ルーンブル山脈へ向かっていた。

 馬車を走らせること、3日間。


 レイル士官学校の入校生たちは、ルーンブル山脈の麓に到着した。

 もちろん、その中には、アリア率いる4組の入校生たちもいる。


「よし! 揃ったみたいだな! まず、このルーンブル山脈がどういうところかってことを説明するぞ!」


 馬車を降りて整列をした4組の入校生たちの前に、ロバートは立っている。

 整列した入校生たちの先頭には、アリアがいた。


「ルーンブル山脈は、エンバニア帝国とアミーラ王国を隔てる山脈だ! 今は、雪が降り積もっていて、見てもよく分からないと思うが、夏でも山肌がむきだしで危険な場所であることに変わりはない!」


 ロバートは、一度言葉を区切る。


「昔の話にはなるが、アミーラ王国がかなり力を持っていた頃、ルーンブル山脈を越えてエンバニア帝国を奇襲しようとしたことがあった! 今、考えても無茶なことだと思うが、案の定、ルーンブル山脈を越えることはできなかった! 結局、10万の軍のうち、5万が凍死あるいは行方不明、残りの5万も凍傷にかかり、指や足がなくなった者が多くいたそうだぞ!」


 ロバートは、やれやれといった感じで手を横に上げた。


(うん? 行方不明? 遭難でもしたのかな? でも、大部隊で遭難なんてするのか? 周りに大勢の人がいるから、考えにくいよな)


 雪がチラチラと降る中、アリアは疑問を持った。

 ロバートは、そんなアリアの表情を見逃さない。


「学級委員長、なにか疑問でもあるのか? 俺が知っている範囲でなら、答えるぞ! 言ってみろ!」


「はい! なぜ、行方不明になってしまったのかが気になります!」


 いきなり指名されたアリアは、心臓が跳ね上がるのを感じながら、質問をする。


「まぁ、たしかに気になるよな! 今、俺たちがいる場所は、麓で大して風は吹いていない! だが、ルーンブル山脈に入ってからは、状況が一変する! 風よけとなる木が少なくなるからな! しかも、登れば登るほど、風は強くなる! しまいには、凄まじい勢いで雪が吹き荒れ、目の前にいる人ですら見えなくなってしまう! そうすると、どうなるか、分かるか?」


「自分がどこにいるか分からなくなると思います!」


「その通りだ! しかも、目の前が見えない状態で歩くと、方向感覚を失い、進んでいるつもりが同じ場所をグルグルと回ることになる! そうして歩いているうちに、大部隊がバラバラになってしまったみたいだな! それが、大部隊で動いていたにも関わらず、行方不明者が続出した原因だ! 理解できたか?」


「はい! 理解することができました!」


「それは、良かった! いろいろと話したが、もう少しだけ昔の山越えのことを話すぞ! まぁ、聞いただけで、当時の兵士たちが極限状態に置かれていたのは理解できただろう? そんな状況では、まともな理性を保つのも難しくなる! いきなり服を脱ぎだし、半狂乱になって叫びながら、どこかへ行ってしまう者も多かったみたいだ! 本当かよと俺自身も思うがな!」


 ロバートの言葉を聞いた4組の入校生たちは、ゴクリと喉を鳴らす。


「まぁ、昔の話はこれぐらいにしとくか! なにが言いたいかというと、ルーンブル山脈はそれだけ、危ないということだ! だから、今回の生存訓練では、自分たちで食料などを調達することになると思うが、決して無理をするなよ! 一日粘って手に入らなかったら、俺のところに来い! 水も火も食料も準備してあるからな!」


 ロバートは、一度言葉を区切る。


「あと、寝床はここら辺に作れ! 教官たちがすぐに来れるようにな! 三人一組だから、まとめて動けなくなる危険性は少ないが、本当に気をつけろよ! 一人では、絶対に行動するな! とにもかくにも、なにかあったら、すぐ俺に報告しろ! 分かったか?」


「はい!」


 ロバートの言葉を聞いた4組の入校生たちは、大きな声で返事をした。

 こうして、ルーンブル山脈の麓での生存訓練が始まる。






「とりあえず、寝床を作りますか」


「そのほうがいいですわ!」


「夜に地べたで寝たら、死にますしね!」


 アリアとサラは、ステラの案に賛成する。


「雪を利用して作りますか? それとも、木とかで作りますか?」


「雪で作った寝床が崩れて埋もれたら嫌なので、木で作りたいです!」


「ワタクシは、どちらでも良いですわ!」


「それでは、木を利用して寝床を作りますか」


「はい!」


「分かりましたの!」


 アリアとサラの返事を聞いたステラは、麓の森の中を歩いていく。

 二人も、ステラの後を追っていった。


 こうして、ステラの監督下、寝床作りを開始する。


「ステラさん、凄い手慣れていますね! どこかで習ったんですか?」


 アリアは、斧で切り倒した木を、半分に割ろうとしている。


「カレンに教わりました。毎年、他の雪山で今回より厳しい生存訓練をしてたので、もう慣れっこですね」


 ステラは、いつもと変わらない表情で、木に向かって斧を振るっている。

 ガンガンガンと斧を打ちつける音が森に響いていた。


「ハハハ……凄いですね……」


 どう反応して良いのか分からなかったので、アリアは笑ってごまかす。


「よいしょ! よいしょ! よいしょですわ!」


 アリアとサラの近くでは、斧を持ったサラが使いやすい大きさに木を割っていた。


 2時間後、寝床を作るための木材が集まったため、先ほど整列していた場所近くに戻る。


「雪を使って寝床を作っている人たちが多いみたいですね!」


「まぁ、木を倒さなくて良いですからね。すぐに作れますよ」


 アリアとステラはそう言うと、寝床作成予定地に担いでいた材木を置く。


「ふぅ~、普通に重いですの!」


 2mはあろうかという材木を地面に置いたサラは、額についた汗をぬぐっている。


(学級委員長だし、4組の状況を確認したほうが良いよな)


 そう思ったアリアは、サラとステラのほうを向く。


「サラさん、ステラさん! すいません! 4組の様子を見てきますね!」


「分かりましたの!」


「先に寝床作りを始めていますね」


「お願いします!」


 アリアはそう言うと、4組の入校生たちの様子を確認しにいく。


(今のところは、特に異常はないか。まぁ、まだ半日も経っていないし、それも当然だな)


 そんなことを重いながら、アリアは見回る。

 どうやら、ほとんどの入校生は、雪を固めて、寝床を作成しているようであった。

 アリアたちのように、木を使って寝床を作成している入校生はほとんどいない。


(とりあえず、大丈夫そうだ。そろそろ、戻るか)


 30分程、見回ったアリアは、サラとステラの下に戻る。


「戻りました! 私も手伝います!」


 アリアはそう言うと、木材を肩に担ぐ。


「おかえりなさい、アリアさん。それでは、サラさんがやっているように木材を置いていってください」


「分かりました!」


 アリアは返事をすると、サラに近づくと木材を地面に置く。


「アリア! 帰ってきましたのね! それで、どうでしたの?」


 アリアに気づいたサラは、嬉しそうな声を上げる。


「4組の人たちは大丈夫そうでしたよ! 寝床作りも進んでいるみたいです!」


「それは、良かったですの! ワタクシたちも頑張りますわよ!」


「はい!」


 アリアは、元気よく返事をする。

 それから、4時間後。

 木材が足りなかったので、何回か、木を切り倒したりしたが、無事に寝床を作成することに成功した。


 他の入校生たちは寝床を完成させて、食料を調達しに行ったようである。


「結構、立派ですわね!」


「そうですね! これなら、大丈夫そうです!」


 サラとアリアは、完成した寝床を前にして喜んでいた。


「まぁ、余程、雪が降らなければ大丈夫なハズです。絶対ではないですけどね」


 ステラも、表情自体は変わらないが、満足気な声を出していた。


 三人が作った寝床には、地面からの冷気が伝わって来ないように木材が敷き詰められていた。

 また、雪が降っても大丈夫なように、2mくらいの長さがある木材を、床の端から互い違いに並べている。

 そのせいか、正面から見ると、寝床は三角形の形をしていた。


 一応、雪の重みで倒壊しないように、斜めの木材を支える支柱もつけられている。

 寝床の中も、それなりの広さがあり、三人で使うには十分であった。

 明らかに、他の入校生たちが作った寝床より、立派なものであった。


「それでは、寝床もできたことですし、食料調達に行きますか」


「分かりましたの!」


「はい!」


 三人は、剣などの必要な荷物を持つと、ルーンブル山脈の麓の森に入っていった。






 ――30分後。


 三人は、森の中を流れる小川に到着していた。

 雪がチラチラと降っているが、凍結はしていないようである。

 膝下くらいの深さであり、あまり深くはない。


「ステラ。冬の川に魚なんていますの?」


 川の流れる音を聞きながら、サラが質問をする。


「まぁ、見えるようなところにはいないと思いますよ」


 ステラはそう言うと、軍靴を脱ぎ、水に濡れないように足の裾をまくる。

 腕の裾もまくると、小川に入っていく。


「ステラさん! 寒くないんですか?」


 ジャバジャバと小川の中を歩いているステラに向かって、アリアは質問をする。


「え? 寒くないと思いますか? 死ぬほど、冷たいですよ」


 ステラは、アリアのほうに振り返ると、そう言った。

 それから、1分後。

 アリアとサラが見守る中、ステラに動きがあった。


「あ、いましたね」


 ステラはそう言うと、岩の陰に手を突っこむ。

 引き抜くと、その手には魚が捕まれていた。

 ステラは、腕を横に振り、アリアとサラのほうに向かって魚を投げる。

 空中を浮遊し地面に落ちた魚は、二人の目の前でピチピチと跳ねている。


「凄いですの、ステラ!」


「本当に凄いですよ!」


 サラとアリアは、驚きの声を上げた。


「まぁ、冬でも魚はこうやって岩の陰にいるもんですよ。私一人だと時間がかかりそうなので、お二人も魚を捕まえてください」


 ステラはそう言うと、他の岩陰を見にいく。


(川に入るのか……普通に冷たそうだから、嫌だな……)


 ステラの言葉を聞いたアリアは、顔をしかめる。


「アリア……気持ちは分かりますわ。でも、ステラ一人だけに任せるのはひどいと思いますの! ここは、ワタクシたちも頑張らないと駄目ですわ!」


 眉間にしわを寄せたサラは、アリアの顔を見ると、そう言った。


「……たしかに、そうですね。よし! さっさと捕まえてしまいましょう!」


 サラの言葉を聞いたアリアは、気合いを入れると服の裾をまくり、小川の中に入っていく。

 サラも、ジャブジャブと音を立てながら続く。


「ハハハ……これは、シャレにならない冷たさですよ……」


「そうですわね……命の危険を感じますの……」


 アリアとサラはブルブルと震えながら、つぶやく。


「アリアさん、サラさん。無理そうだったら、すぐに上がってくださいね」


「はい……」


「分かりましたの……」


 ステラの言葉を聞いた二人は凍えそうになりながら、返事をする。

 それから、アリアとサラは二人がかりで岩陰に隠れている魚を捕まえようとした。


「サラさん! そっちに行きましたよ!」


「任せますの! うわ! ヌルヌルしていますわ! 滑りますの!」


 アリアが追いこんだ魚を、なんとかしてサラは捕まえようとする。

 だが、水面から持ち上げた瞬間、滑って、小川に落ちてしまう。


「サラさん。捕まえたら、すぐに陸地に投げたほうが良いですよ」


 見かねたステラは、サラに助言をする。


「分かりましたの! アリア、頑張りますわよ!」


「はい!」


 なんとか声を上げて寒さを紛らわすと、二人は魚を捕まえるために奮闘する。


 結局、ステラが10匹、アリアとサラが2匹の計12匹で魚とりは終了した。

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