43 後始末
「はぁはぁはぁ……」
アリアは、4組の入校生たちを攻撃しているバールの下へ向かって走っていた。
(さすがに、フェイ大尉を一人で足止めするのは無理があった……)
ボロボロになった体に鞭を打ちながら、アリアはそんなことを思っていた。
2組との試合が始まってから、アリアはずっとフェイと戦っていた。
当然、実力差があるため、防御をするので精一杯であった。
(フェイ大尉が手加減をしてくれていなかったら、今頃、動けなくなっていただろうな……)
戦闘が始まった直後、『近衛騎士団4人はやりすぎだから、今回は手加減をしてやる』とフェイが言って、槍を振るってきたことを思い返す。
(あれでも、手加減してるつもりなんだろうな……ちょっと、基準がおかしい気がする)
体中の痛みを感じながら、アリアはそんなことを思う。
実際、レイテルの砂浜で戦ったときより、今回のフェイのほうが弱く感じた。
だが、それでもアリアよりは強かったので、倒れない程度にボコボコにされてしまった。
アリアから攻撃をすることもあったが、全て対処され、痛烈な突きでお返しをされてしまうことが多かった。
(正直、私がバール大尉と戦えるとは思えない。だけど、少しでも粘れば、勝機を見出すことができるかもしれないから、ここは頑張るしかない!)
アリアは気合を入れると、足に力をこめる。
依然として、矢と魔法が飛んできているが、当たらないようにしながらバールの下を目指す。
1分後、あと少しで到着するという段階になって、アリアは違和感を覚えた。
(……さっきから矢と魔法が飛んでこないな。それに、暑くなっている気がする。2組に異変でも起きたのかな? 一応、確認するか)
アリアはそう思うと、後ろを振り返った。
その瞬間、違和感の正体を嫌でも分かることとなった。
「うわ!? なんですか、あれは!?」
アリアは、思わず大きな声を出してしまった。
ちょうど、先ほどフェイと戦っていた場所の上空に、直径20mはあろうかという巨大な炎の球が浮いているためである。
(状況を確認しないと!)
そう思ったアリアは、4組のほうを見る。
4組の入校生たちは戦闘をやめてしまっているようである。
バールも戦闘をやめ、『お前たち、退避しろ』と落ちついた声で言っているのが聞こえる。
その声で我に返ったらしいエドワードが、『全員、逃げろ! 負傷者も担いでいけ!』と叫んでいる姿が見えた。
近くで控えていた近衛騎士団も向かってきているようである。
(多分、4組は大丈夫だ! とりあえず、炎の球をなんとかしないと!)
アリアはそう考えると、炎の球を斬り払うため、フェイたちに近づく。
すると、聞き慣れた高笑いが聞こえてきた。
「おーほっほっほ! 負けるくらいなら、全て吹き飛ばして差し上げますわ!」
どうやら、巨大な炎の球を発生させている犯人はエレノアのようである。
フェイとステラから少し離れた場所で左手を上空にかざしていた。
戦っていたフェイとステラは、すぐに気づいたようである。
戦闘をやめて、エレノアの下に急いで走ってきていた。
アリアが炎の球に近づいたときには、すでにフェイとステラはエレノアのそばに到着していた。
「時間を稼いでほしいと言ってきたと思ったら……なにしているんですか!!」
珍しく怒鳴った声を上げながら、ステラはエレノアの顔面に向かって飛び蹴りをする。
「なにをしているんだ!! お前は馬鹿か!!」
ほぼ同時に、フェイも怒鳴りながら突きを繰り出していた。
魔法を維持するのに集中していたため、当然、エレノアは避けることができなかった。
「ぐへぇ!」
顔面にステラの飛び蹴り、お腹に刃引きされた槍の一撃を受けたエレノアは、情けない声を上げて、地面に倒れる。
そこから、ピクリとも動かなくなった。どうやら、気を失ってしまったようである。
「おい! マズいぞ! 魔法が消えない!」
エレノアが気を失ったことを確認したフェイは、大きな声で叫ぶ。
魔法の使用者が倒れたり、気を失ったりした場合、直前に発生していた魔法は消えるハズであった。
だが、巨大な火の球は消えなかった。
それどころか、地面に落ちてきているようである。
どうやら、こめられた魔力が多すぎるため、消えないようであった。
(このまま地面に落ちたら、どれだけの被害になるか分からない! しかも、戦闘不能になって倒れている人が回収されていないままだ! もし、あの人たちに燃え移ったら、確実に死ぬ! そうすると、ここは、斬り払うしかない!)
アリアはそう考えると、大きな声を出す。
「フェイ大尉! ステラさん! 炎の球を斬り払いましょう!」
「正気か、アリア!? あの大きさは、さすがに無理だろう!」
「炎の球が大きすぎます! 無理ですよ!」
アリアの言葉を聞いた二人は、即座に返答をする。
「たしかに、現実的ではないよね! この僕がいなければ!」
いつの間にか、アリアたちの近くにミハイルがいた。
「団長!? もしかして、斬り払うつもりですか!?」
フェイは、ミハイルに向かって大きな声でそう言った。
「もちろん! 魔力をこめすぎて消えなくなった炎の球の処理は、美麗な僕に任せてくれ! 君たちはそこら辺に転がっている負傷者でも運んでいたまえ!」
ミハイルはそう言うと、炎の球の真下に向かって歩いていく。
その手には、剣が握られている。
「お嬢様方、負傷者をお願いします」
いきなり、メイド服姿のカレンが現れる。
その隣には、柔和な笑みが特徴的な男性であるレナードが立っていた。
二人の手にも、剣が握られている。
「父上!」
レナードを見たステラは、驚きの声を上げた。
「夏休みぶりだね、ステラ。元気そうでなによりだ。そっちにいるのはアリアさんかな? 娘をいつも世話してくれて、ありがとう。今後とも、仲良くしてあげてほしい」
「あっ、はい!」
レナードの言葉を聞いたアリアは、とりあえず、返事をする。
その返事を聞いたレナードは、優しさがあふれる顔でうなずく。
「それでは、炎の球をなんとかしようか。カレン、周囲に飛ぶであろう炎の処理を頼んだよ」
「承知しました」
カレンはそう言うと、次の瞬間には消えていた。
「ミハイル君、ちゃんとキレイに斬ってくれよ。炎が飛び散ったら、後始末するのが大変だからね」
レナードはミハイルのほうに向かって歩きながら、優しい声色で話かける。
「レナード殿……貴方くらいですよ、僕を君付けで呼ぶのは! まぁ、良いです! それでは、斬りますよ!」
レナードに気づいたミハイルはそう言うと、あと少しで地面に落ちそうになっている炎の球に向けて、剣を振るう。
「アリア、ステラ! 逃げるぞ!」
ミハイルが剣を振るった瞬間、フェイはそう叫ぶと、エレノアを担いで走っていく。
尋常ではないフェイの焦りようを見たアリアとステラも、走って、後を追いかける。
すぐに、その理由を知ることとなった。
ドゴンという爆音とともに、凄まじい熱風が三人を襲ったためである。
「うわあああああ!?」
後ろから馬車で追突されたかのような衝撃を背中に受け、アリアは空中を飛んでいた。
(なになになに!? なにが起きたんだ!?)
アリアは受け身をとって転がると、後方を振り返る。
(うん? なにが起きてるか、よく分からないけど、炎の球になにかしているんだろうな!)
アリアはエレノアの放った魔法を見ながら、そんなことを思った。
炎の球は、先ほどと比べ半分ほどになっており、現在進行形で小さくなっていっている。
どうやら、ミハイルとレナードがなにかをしているようであった。
一瞬だけ、炎の球の周囲を動いている二人の姿が見える。
だが、あまりにも速すぎて、アリアではとらえきれなかった。
そんな状況で、呆けているアリアの近くにステラがやってくる。
「アリアさん! サラさんを運ぶのを手伝ってください!」
肩には、気を失っているサラが担がれていた。
「ハッ! 分かりました!」
我に返ったアリアは、ステラと協力して運ぶ。
サラの両手をステラが、両足をアリアがつかみ、脇に挟むような形をとっていた。
そんな状況で、アリアを先頭にして、二人はビヨンド平原を走っている。
「やっぱり、二人で運ぶと楽ですね! コニダールから逃げたときと比べると、雲泥の差ですよ!」
「あのときは、太ったおじさんを運んでいましたね」
「しかも、一人で、ですよ! 何度、おじさんを捨てようと思ったことか! ああ! 思い出したら、イライラしてきました!」
「まぁまぁ。アリアさん、落ちつきましょう。とりあえず、今はサラさんを運ぶのに集中しましょう」
「そうですね! 今は生きて帰るのが先決です!」
アリアはそう言うと、走りながら、後方を確認する。
先ほどと比べ、明らかに炎の球は小さくなっていた。
だが、斬り払われている余波で、ビヨンド平原中に炎の塊が飛び散っているようである。
そんな中、二人が走っていると、サラが意識を取り戻す。
「あれ? なんで、お空が見えますの? というか、手と足が痛いですわ!」
サラはそう言うと、ジタバタと暴れ始めた。
「サラさん! 起きたみたいですね!」
「とりあえず、運ぶ必要はないようですし、手を離しますか」
「分かりました!」
ステラとアリアはそう言うと、いきなり手を離す。
当然、受け身をとる準備をしていなかったサラは、そのままの姿勢で地面に落ちてしまう。
「ぶへぇ! 痛いですわ! もう、いきなり離さないでくださいまし!」
サラは急いで立ち上がると、そう言った。
「すいません、サラさん! まぁ、でも、サラさんを運ぶ必要もなくなったみたいですし、さっさと逃げますか!」
「そうですね」
「ちょ! 置いていかないでほしいんですの!」
三人は、そのまま、王都レイルのほうへ走っていった。
――次の日の朝。
「お前ら! さっさと手を動かせ! そうじゃないと、今日中に埋め終わらないぞ!」
ロバートは、4組の入校生たちに向かって、大きな声で叫ぶ。
「はい!」
4組の入校生たちは、大きな声で返事をすると、スコップで土をすくいとり、大きな穴に入れる。
(はぁ……なんで、こうなるかな……)
アリアはそんなことを思いながら、スコップを動かしていた。
まだまだ、炎の球によってできた大きな穴は埋まりそうにない状況である。
結局、炎の球自体はミハイルとレナードの活躍によって、切り払うことに成功していた。
アルビスの指揮下、魔法兵団の人が遠くから、魔法で作った水の球を当て続けたのも功を奏したようである。
戦闘不能になってしまった入校生たちも、近衛騎士団の手によって、運ばれ、事なきを得ていた。
ただ、炎の球によって、ビヨンド平原には大きな穴ができてしまっていた。
その大きな穴をどうするか、騒動が終わった後、アミーラ王国軍本部で話し合われたようである。
結果、今回の騒動の発端が4組に参加していたエレノアであったため、4組に埋めさせることが決定したようであった。
そのため、4組の入校生たちは必死になって、大きな穴を埋めているというワケである。
(というか、4組関係ないよな……エレノアさんだけだと終わらないから、適当に理由をこじつけて、4組にやらせているだけの気がする……)
アリアはそんなことを思いながら、黙々とスコップを動かす。
「おーほっほっほ! なぜ、ワタクシが穴埋めなどしないといけませんの?」
アリアの耳に、少し離れた場所で穴を埋めているであろうエレノアの声が聞こえてくる。
穴埋めをしながら、声のした方向にアリアは視線を向けた。
「当たり前だろ!」
エレノアの隣で穴を埋めていたフェイはそう叫ぶと、お尻に蹴りを入れていた。
フェイは、エレノアと戦闘していたのに暴挙を止められなかったため、穴を埋めることになってしまったようである。
「痛いですわ! なにをしますの!?」
「お前のせいでできた大穴だろうが! いいから、口を動かさないで、手を動かせ!」
「まったく、こんなの理不尽ですわ! ワタクシは、4組が負けないようにしただけですのに!」
「目的は立派だが、手段がおかしいぞ!」
「手段なんて、どうでもいいですわ! 勝てば良いんですの!」
「たしかに、ある種の真理ではあるが、学級対抗戦は訓練だからな! 訓練で死人を出しても、しょうがないだろう! はぁ……もういいや。なんか、疲れた」
フェイはそう言うと、エレノアと話すのをやめ、穴を埋めることに集中していた。
(……フェイさんも災難だな)
アリアも足元に視線を移すと、穴埋めを再開する。
結局、大きな穴を埋め終わった頃には、日が沈みそうになっていた。