42 小高い丘の上
――30分後。
2組と4組は、ビヨンド平原に展開完了していた。
アリアたちの目には、2組の入校生たちが腰にメイスをつけている様子が見える。
どうやら、重装甲兵にしなかったのは正解のようであった。
「メイスを持っているのは予想通りでしたけど……」
アリアは展開している2組を見ながら、言いよどむ。
「言いたいことは分かりますの……」
サラは、げんなりとした顔をしている。
「近衛騎士団の加勢はあると思いましたが、まさか4人もいるとは思いませんでしたね」
ステラはいつも通り、落ちついた声でそう言った。
アリアたちのいる場所からでも、一際異彩を放つ4人が見えている。
「というか、4人の中にフェイ大尉とバール大尉がいますよ!」
アリアは、思わず叫んでしまう。
4組の入校生たちがいるところからでも、槍を持ったフェイと大剣を持ったバールがいるのが見える。
「フェイ大尉とバール大尉は、普通の近衛騎士団の人よりも強いと思うので、実質6人換算ですね」
ステラは、冷静に状況を分析していた。
「余計、悪化していますの! 明らかに、おかしいですわ! これでは、絶対に勝てませんの!」
一人いるだけも強い近衛騎士団が数人もいるため、サラはプンプンと怒り出す。
「サラさんの言う通りです! こんなのおかしいですよ! まともな試合になるワケがありません!」
あまりにも意味が分からなかったため、アリアも怒気をこめた声を上げる。
「なにか大人の事情があるんでしょうね。あまりにも2組が勝てないので、親が文句を言ってきたのかもしれません。大勢の貴族の声を無視するのは、難しいですしね」
ステラはいつもと変わらない顔のまま、そう言った。
どうやら、アリア、サラと違い、怒ってはいないようである。
「もし、ステラの言った通りだったら、ふざけた話ですわ! なんで、子供たちの試合に親が口出ししますの! 戦場では、親の助けなんてありませんわよ!」
ステラの言葉を聞いたサラは、さらに興奮し出す。
怒っているサラを見たアリアは、逆に冷静になってしまう。
「はぁ……もう良いですよ。怒っていてもしょうがありません。とりあえず、どうするか考えましょうか」
「そうですね。最善を尽くすしかないようですし」
ステラは、アリアの言葉に同意する。
(とは言っても、劇的に状況を改善させる方法は思いつかないな。とりあえず、エレノアさんとエドワードを呼ぶか……)
アリアはそう思うと、5組の入校生たちのほうを向く。
「エレノアさん、エドワードさん! こっちに来てください!」
「おーほっほっほ! 分かりましたわ!」
「相談か、アリア?」
二人は、アリアに近づく。
サラ、ステラ、エレノア、エドワードの顔を見ながら、アリアは口を開く。
「とりあえず、近衛騎士団の4人を誰が担当するか決めましょう。死に物狂いで止めないと、4組が瞬殺されてしまいますしね。私も戦うので、4組の指揮はエドワードさんにお願いします。残りの人たちで担当を決めましょう」
「分かった」
エドワードはそう言うと、4組の入校生たちに自分が指揮をすることを伝えにいった。
「それで、誰が、誰を担当しますの?」
エドワードがいなくなった後、サラは口を開く。
「とりあえず、私はフェイ大尉を相手にします。サラさんはバール大尉を、ステラさんとエレノアさんは残りの二人の相手をしてください」
アリアは、担当を割り振っていく。
「フェイ大尉とバール大尉以外であれば、私でも勝てるかもしれないので、それで良いです」
「おーほっほっほ! あのおかっぱ頭の人以外であれば、誰でも良いですわ!」
ステラとエレノアは、アリアの案を受け入れる。
「ステラさん、エレノアさん! 頼みますよ! 二人が早く片づけて、加勢してくれないと4組が崩壊しますので!」
アリアは力のこもった声でそう言った。
「了解しました。今回は本当にマズいので、エレノアもアリアさんの指示に従ってくださいよ」
「おーほっほっほ! ワタクシを誰だと思っていますの! エレノア・レッドですわよ! ステラに言われなくても、それぐらい分かりますの!」
「それは良かったです。お馬鹿さんにも理解できたようで」
「また、ワタクシのことを馬鹿にしましたわね! キー! 許しませんわよ!」
ステラとエレノアは、いつも通り、一触即発の状態になる。
「ああ、もう! ケンカしてる場合ではないですよ! 二人とも、状況が分かっているんですか? 今、ケンカをして体力を消耗したら、馬鹿ですよ!」
アリアが急いで仲裁をしたため、なんとか二人は矛を収めた。
サラはアリアが落ちついたのを確認すると、口を開く。
「アリア! 確認ですけど、ワタクシがバール大尉の相手で良いんですわよね?」
「はい! 少しはバール大尉に慣れていると思うので、お願いします!」
「分かりましたの!」
サラは、元気よく返事をする。
アリアたちがそんなことを話していると、銅鑼の音が鳴り響く。
戦闘開始の合図であった。
「行きますよ!」
アリアは大声で叫ぶと、フェイのほうに向かって走り出す。
サラ、ステラ、エレノアも、その後に続く。
――アリアたちが突撃をしている頃。
多くの貴族や将官たちが小高い丘の上から、ビヨンド平原を眺めていた。
「……近衛騎士団に所属する者が4人も加勢するなど聞いたこともないぞ! 少し、やりすぎではないのか、ダニエル?」
金髪で威厳のある顔をした男性であるハインツは、口を開く。
アミーラ王国の国王であるハインツ・アミーラは、一際眺めが良い場所でイスに座っている。
その近くでは、第1王子であるクルト・アミーラを始めとした、有力な貴族がイスに腰かけていた。
「私もやりすぎだとは思います。ですが、あの組を相手にして圧倒的な勝利をおさめるには、致し方ないかと」
エドワードをそのまま老けさせたような顔をした男性であるダニエル・ブラックは、ハインツの疑問に答える。襟元には、大将の階級章がつけられていた。
「そこまでして、2組を勝たせる必要があるのか? たしかに、今まで全敗していて自信を失ってはいるだろうが、これでは学級対抗戦の意味がなくなるぞ!」
「王のおっしゃる通りだと思います。ですが、2組の入校生たちの親の手前、ずっと負けさせ続けるワケにはいかないのです。親たちの中には、それなりの力を持った貴族が何人もいます。彼らの文句を無視すると、最悪、王への反感を持ち余計なことをしかねないので、ある程度の譲歩はしょうがないかと」
「まったく、親なら親らしくしとけば良いものを! 少しは、そなたやアルビスを見習ってほしいものだ!」
ハインツはそう言うと、アルビスのほうを向く。
燃えるような赤い髪をした精悍な男性であるアルビス・レッドは、ハインツの言葉に反応する。
「お褒めいただき、ありがとうございます。私に関しては、逆にエレノアがなにかやらかさないか不安ですね。レイル士官学校に入って、多少良くなったとはいえ、気分屋なところは変わっていないので。少しは、ダニエル殿のご子息を見習ってほしいです」
「そなたの娘か……ウワサは聞いておるぞ! なかなか、破天荒のようだな! 今日も戦っておるのだろう?」
「はい。あそこで、近衛騎士団と戦っていますね」
アルビスはそう言うと、ビヨンド平原のほうを指差す。
その場所にハインツが注目すると、エレノアが近衛騎士団相手に優勢に戦っている様子が確認できた。
「たしか、エレノアは5組であったハズだな……なぜ、あそこまで剣を振るえるのだ?」
ハインツは、疑問を口にする。
「それは、この僕が剣を教えたからですよ!」
足を組んで戦闘を見ていたミハイルは、疑問に答える。
「そなたが、剣を教えるとは珍しいな!」
「暇つぶしに教えただけですよ!」
ミハイルは、あっけからんとしている。
「ほう、それだけで、あそこまで強くなるとは、魔法だけではなく剣の才能もあるようだな!」
ハインツはあごに生えた白いひげをさすりながら、感心していた。
「だからこそ、恐いのです。もし、エレノアが暴れた場合に、並みの者では止めることすらできません。まったく、困ったものです」
アルビスはそう言うと、非難の視線をミハイルのほうに向ける。
さすがに、ミハイルでも気づいたようであった。
「私は本当に暇つぶしで少し教えただけです! いやぁ~、才能があるというは羨ましいですね!」
「……お主が言うと、嫌味にしか聞こえないな」
アルビスは、ボソッとつぶやく。
「なにか言いましたか、アルビス殿?」
「いや、なにも言っていない……それよりも、戦況が動きそうだぞ」
アルビスはそう言うと、ビヨンド平原のほうに顔を向ける。
なんとか近衛騎士団の人を倒したエレノアとステラが、アリアに合流しようと動いている様子が見えた。
ただ、アリア自体はフェイにボコボコにされ、立っているのがやっとのようである。
「ほう! 近衛騎士団を倒すとは、やるな、あの二人! これは、意外と良い勝負をするのではないか? ダニエル、どう思う?」
戦況の推移を見守っていたハインツが、ダニエルに質問をした。
「たしかに、近衛騎士団を倒したことで、多少、戦局は良くなったでしょう。ですが、4組のほうをご覧ください」
「ふ~む?」
ダニエルが指差したほうをハインツは見つめる。
そこでは、サラを戦闘不能にしたバールが4組の入校生たちに向かっていっていた。
そのことに気づいたエドワードは、急いで、防御するための隊列を組もうと、指揮をしているようである。
だが、矢と炎の球が雨のように飛んできているので、混乱をしているようであった。
「どうやら、4組の学級委員長に変わり、私の息子が指揮をしているようですが、あの混乱した状態で突撃を防ぐのは無理でしょう」
「かなり無謀な突撃に見えるが、いけるのか?」
当然のようにハインツは、疑問を口にする。
「その答えは、近衛騎士団長に答えてもらいましょう」
ダニエルは、ミハイルのほうに顔を向けた。
「余裕だと思いますよ! 烏合の衆に負けるような者は、近衛騎士団にはいませんからね!」
ミハイルは、当たり前だと言わんばかりに答える。
ハインツたちが見守る中、バールは4組の入校生たちの下に着いたようであった。
すぐに、大剣を横なぎに振るう。
あまりの速さに、4組の入校生たちはまったく反応できずに攻撃を受けてしまっている。
その威力は凄まじく、一振りで5人の入校生たちが吹き飛ばされていた。
当然、その様子は小高い丘の上からも、バッチリと見えている。
「……私はあのような強者に守られているのだな」
バールの強さを前に、ハインツは引いてしまっていた。
それほど、4組の入校生たちとは圧倒的な実力差があるようであった。
「近衛騎士団の強さを知っていただけて光栄です! ただ、まだ諦めていない者がいるようですね!」
ミハイルはそう言うと、ビヨンド平原のほうに顔を向ける。
それにつられて、ハインツたちも顔を動かす。
ビヨンド平原をボロボロの姿で走っている小柄な者が見える。
向かっている先は、現在進行形で4組の入校生たちを倒しているバールのいる場所であった。
どうやら、フェイの相手をステラとエレノアに任せて、向かっているようである。
「うん? あれは、たしか4組の学級委員長か? まさか、あそこで大剣を振るっている者に挑むつもりか?」
ハインツは目を凝らしながら、声を上げた。
「そうみたいです! さすが、使節団救出のときに戦っていただけはあります! 素晴らしい根性ですね!」
ミハイルは、楽しそうに観戦をしている。
「ほう! 使節団救出に関わっていたのか! クルト! 見覚えはあるか?」
ハインツは、近くにいたクルトに質問をした。
「はい、父上。ハリントン家の令嬢と一緒にいた気がします」
「そうか! ミハイル! 名を教えてくれ!」
クルトの答えを聞いたハインツは、興味を持ったようである。
「名前をアリアと言います!」
「アリア? もしかして、貴族ではないのか?」
「はい! 正真正銘、平民みたいですよ!」
「そうか……貴族ではないのか……」
ハインツはそう言うと、黙って、ビヨンド平原のほうを眺める。
すると、いきなり上空に直径20mはあろうかという巨大な炎の球が現れた。
「な、なんだあれは!」
ハインツは指差しながら、大きな声で叫ぶ。
「あの馬鹿娘が!」
アルビスはそう言うと、小高い丘から飛び出す。
「ハハハ! あれはマズそうですね! 王よ、失礼します!」
ミハイルは笑いながら剣を持つと、次の瞬間には消えていた。
ビヨンド平原のほうからは、『おーほっほっほ! 負けるくらいなら、全て吹き飛ばして差し上げますわ!』という声が聞こえてくる。
いきなり現れた巨大な炎の球によって、辺り一帯は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。




