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36 エレノア説得

「はぁ……やっぱり、こうなるか……」


 4組の担任のロバートは、終礼が終わった後、レイル士官学校の学校長がいる部屋へ向けて、建物の中を歩いていた。

 用件は、もちろん、エレノアの件である。


(まったく、ウワサには聞いていたが、とんだ問題児だな、エレノアは……)


 ロバートは、そんなことを思いながら、歩みを進める。

 なにを思ったのか、エレノアが訓練中にいきなり、巨大な火球を放ったのだ。

 その後、対処した三人を担架で運んだり、4組の入校生たちを落ちつかせたりと、いろいろと大変だったことを思い出す。


(死人が出なかったから、良かったものの、アリアたちがいなかったら、危なかったかもな。もし、あれが屋内訓練場に落ちていたらと考えるだけでも、頭が痛くなる)


 ロバートは、頭を押さえながら、歩く。

 すると、学校長のいる部屋の前に到着した。

 コンコンコンと扉を叩く。


「入れ」


「失礼します」


 ロバートは、扉を開け、学校長の部屋に入る。

 部屋の奥には、白髪が目立つ、壮年の男が座っていた。

 机の前まで、ロバートは移動する。


「それで、ロバート。なんの用だ?」


「はい。折り入って、お願いがありまして」


「言ってみろ」


 学校長は、机に肘をついて、手を組むと、ロバートを見上げた。


「その前に一つ質問なのですが、今日、エレノアが起こした事件を聞いていますか?」


「もちろんだ。なんでも、巨大な火の球を放って、危うく、死人がでるところだったのだろう?」


「はい。それなら、話が早いです。学級対抗戦で、エレノアを出場させるのをやめさせてください。訓練ならまだしも、学級対抗戦で、あのように突発的に動かれては、4組の入校生たちが死にかねません」


「ロバート大尉が来る前に、5組の担当教官も同じことを言いにきたぞ。だが、何度お願いされても、答えは同じだ。エレノア・レッドには、学級対抗戦に出場してもらう」


 なんの思慮もなしに、学校長は、ロバートに告げる。

 当然、ロバートは、納得することができなかった。


「なぜです!? 危ないのは、学校長も、承知でしょう!?」


「エレノアは、4大貴族の一つであるレッド家の令嬢だ。加えて、エレノアの父君は、魔法兵団長であるアルビス・レッドなんだぞ。出さないことになれば、貴族としての私の立ち位置がなくなってしまう」


 学校長は、うんざりとした顔で、そう言った。

 魔法兵団は、アミーラ王国軍の魔法兵が、全員、所属している部隊である。

 当然、その長ともなれば、絶大な権力を持っていた。


 しかも、アルビス・レッドは、4大貴族であるレッド家の当主なので、力が弱い貴族を、一瞬で干すことが可能である。


「入校生の命よりも、ご自分の保身のほうが重要なのですか!?」


「しょうがないだろう。私だって、学校長とはいえ、貴族なのだ。力のある貴族には、逆らえんよ。それに、4組の入校生がエレノアの暴走を止めたのだろう? それなら、今度、暴走したとしても、大丈夫だろう」


「話になりません!」


 ロバートはそう言うと、部屋を出ていった。

 バタンと扉が閉められた後、学校長は窓から外を見る。


「面倒なものだよ、貴族というのは」


 そのつぶやきは、誰にも聞こえてはいなかった。






 ――3日後の夕方。


「ふぅ~、やっぱり、カレンさんが持ってきたエバーは凄いですの!」


 サラは、腕や体を確認しながら、そう言った。

 どうやら、やけどの痕は残っていないようである。


 アリア、ステラ、サラは、エレノアの一件の後、大事を取って休むように、ロバートに言われていた。

 そのため、三人は、女子寮の部屋で休むことになり、カレンの看病を受けていた。

 いつもの如く、カレンが持ってきた薬草であるエバーの効果で、三人は、劇的に回復していた。


「カレンさん! エバーって、やけどにも効くんですね!」


 アリアは、やけどの痕がなくなった手を見ている。

 3日前は黒くなっていたが、今はキレイな肌色をしていた。


「私も、初めて知りました」


 カレンは返事をすると、使い終わったエバーを袋に詰める。


「え!? もしかして、効くかどうか分からないで、使っていたんですか!?」


「はい。多分、大丈夫だと思って、使っていました」


「カレンさん! 実験台にしないでくださいまし!」


「まぁまぁ、二人とも怒らないでください。治ったから、良いではないですか」


 ステラは、カレンに助け舟を出す。


「まぁ、傷も残らずに治ったから、これ以上言うのをやめますわ!」


「私も、言うのをやめます!」


 サラとアリアはそう言うと、軍服に着替える。

 ステラは、すでに軍服を身につけていた。


「それで、これから、エレノアさんのところに行くんですよね?」


「そうですね。はぁ……気が重いですけど、エレノアさんの説得にいきますか……」


「そうするしかないですわね……」


 サラとアリアは、気が重そうに、返事をする。

 三人は、ロバートから、『エレノアをなんとかして、学級対抗戦でまともに戦ってくれるように説得してくれ』と頼まれていた。


 普通に嫌であったが、なにやら大人の事情があるようであった。

 そのため、三人は渋々了承をすることになった。


「とりあえず、同じ4大貴族のエドワードさんに、エレノアさんのことを聞きにいったほうが良いと思います」


 ステラは、エドワードに会うように提案をする。


「たしかに、そうですわね」


「私も、そのほうが良いと思います」


 二人は、ステラの案に賛成する。

 こうして、三人はエドワードに会うために男子寮へ向かった。


 数分後、男子寮へ到着する。

 三人は、男子寮の入口で4組の入校生を捕まえると、エドワードを呼んできてもらった。


「それで、僕になんの用だ?」


 いきなり呼ばれたエドワードは、少し不機嫌そうである。


「これから、エレノアさんが学級対抗戦でまともに戦ってくれるように説得をしに行こうと思っています。なので、エレノアさんのことを教えてください」


「はぁ……たしかに、僕とエレノアは幼馴染だ。だからこそ、忠告をしよう。エレノアは気分屋だから、説得するのは難しいと思うぞ。しかも、気に障るようなことがあれば、すぐに魔法を放ってくる。そのせいで、僕は何回も殺されかけているよ。常人を越えた魔力を持っているエレノアの魔法攻撃は、それだけで危険なんだ」


 エドワードは、げんなりとした顔をしながら答える。

 よほど、エレノアにひどい目にあわされているようであった。


「聞けば聞くほど、説得をするのは無理そうですね……ここは、同じオホホ属性のサラさんになんとかしてもらうしかありません! そういうワケで、サラさん! お願いします!」


 アリアは、隣にいたサラに向かって拝み手をする。


「なんですの、オホホ属性って! ワタクシは、『おーほっほっほ』なんて言いませんわ! それに、エレノアと話したこともありませんの!」


 サラは、プンプンと怒っていた。

 そんなアリアとサラの様子を見ていたステラが口を開く。


「やっぱり、殺したほうが早いと思うので、殺してきますね」


 ステラはそう言うと、女子寮に帰ろうとする。


「ちょっと待ってください、ステラさん! 殺す以外の方法を考えましょう!」


「そうですの! とりあえず、殺すのは駄目ですわ!」


 アリアとサラは、急いでステラの手をつかむ。


「お二人がそこまで言うなら、殺すのはやめておきます」


 ステラがそう言うと、二人はホッと胸をなでおろした。


「はぁ……殺すとか普通に言わないでくれよ。心臓に良くない。それに、エレノアは相当強いぞ」


「そうなんですか?」


 アリアは、疑問を口にする。

 サラとステラは、エドワードに注目した。


「ああ、僕では足元にも及ばない」


「それだと、よく分からないですね」


「……傷つくぞ、アリア。まぁ、君とは実力差があるから、しょうがないな」


「なにか、傷つけるようなことを言いましたか? それより、もっと分かりやすく、エレノアさんの実力を教えてください」


「分かった、分かった。これなら、どうだ。エレノアは、近衛騎士団の団員と試合をして、勝ったことがある。しかも、剣の試合でだ」


「え!? エレノアさんって、5組の入校生ですよね!? まともに剣を振れるんですか!?」


 アリアは、思わず、大きな声を上げる。

 ステラとサラも驚いているようであった。


 魔法を使う者は、魔法を使って攻撃をするので、剣などの武器を使うことは稀である。

 そのため、武器を使う魔法兵は珍しいのが現状であった。

 三人は、今までエレノア以外に聞いたことがなかった。


「信じられないと思うが、エレノアの剣の腕前は相当のものだ。昔、ミハイル様がお遊びでエレノアに剣を教えていたら、あっという間に強くなったみたいだぞ」


「……なにやっているんですか、ミハイルさん」


 アリアは、ミハイルの顔を思い出しながら、そう言った。

 その後、三人はエレノアのことをエドワードに聞いたが、まともな情報はないようであった。


「とりあえず、エドワードさん。ありがとうございました」


「4組のためにも、エレノアの説得が成功することを祈っている」


 アリアのお礼を聞いたエドワードはそう言うと、男子寮に戻っていく。


「はぁ……ロクな情報がありませんでしたね。とりあえず、エレノアさんの部屋に行きましょうか……」


 ガックリと肩を落としたアリアはそう言うと、女子寮へ向かって、トボトボと歩いていく。

 サラとステラも、アリアの後ろをついていっていた。






「はぁ……教官室に入るワケでもないのに、なんでこんなに緊張するんだろう……」


 エレノアの部屋を前にしたアリアは、ボソッとつぶやく。


「たしかに、謎の緊張感がありますの……」


 サラは、そんなアリアの隣に立っている。


「行きますよ」


 ステラはそう言うと、コンコンコンと扉を叩く。


「ちょ! まだ、気持ちの準備が!」


「そうですの!」


 アリアとサラが抗議をするが、遅かったようだ。

 エレノアの『どなた?』という声とともに、扉が開け放たれる。


「あら、あなたたち、なにか用かしら? ワタクシ、忙しいのだけれど」


 三人の目の前に現れたエレノアは、面倒そうな顔をしていた。


「こちらも忙しいので、単刀直入に言います。学級対抗戦で、アリアさんの指示に従ってください」


 アリアがなにかを言う前に、ステラがまくしたてる。

 どうやら、エレノアと話すのが嫌なようであった。


「おーほっほっほ! それは、難しい話ですわね! ワタクシ、自分よりも弱い人の命令は聞けませんの! それでは、失礼しますわ!」


 エレノアはそう言うと、部屋の扉を閉めようする。


「はぁ……大人しくしていれば、痛い目を見ずに済んだものを……」


 ステラは小声でつぶやくと、扉を強引にこじ開け、エレノアに殴りかかった。

 サラとアリアは、いきなりのことで反応ができない。


「なんですの?」


 エレノアは、怪訝な顔をしながら、ステラの拳を避ける。


「チッ!」


 ステラは、舌打ちをすると、ふたたび、エレノアの顔面目がけて、拳を振るう。


「あら、あなた。私になにか不満でもあるのかしら?」


 エレノアは、落ちついた声で、ステラに話しかける。

 だが、声とは裏腹に、拳はステラに向かっているようであった。


「不満しかありませんね」


 ステラは、エレノアの攻撃を避けながら、落ちついた声で答えた。

 そんな二人の様子を見ていたアリアとサラは、我に返ると、とめるために動き出す。


「ステラさん! やめてください!」


 アリアは、急いでステラを羽交い絞めにする。


「アリアさん、放してください。こういう手合いは痛い目を見せたほうが良いんですよ」


 ステラは、アリアを振りほどこうとした。

 目の前では、サラが低い姿勢で両手を広げている。


「エレノア! やめますの!」


 サラは、エレノアの腰付近を両手で抱え、必死に動きをとめている。


「おーほっほっほ! ワタクシ、売られたケンカは買う主義ですの!」


 エレノアは、高笑いを上げると、強引にステラのほうに向かおうとした。


「ああ、もう! 誰か、二人をとめてくださ~い!」


 アリアは、女子寮に響くような大きな声で叫ぶ。

 すぐに、四人の周囲には、入校生たちが集まってきた。


「お前たち! なにをしてるんだ!」


 ついでに、今日の女子寮の当直であるアンも、騒ぎを聞きつけて、やってくる。

 しばらくすると、入校生たちとアンの協力によって、騒ぎは収まった。

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